戦女神は微笑まない   作:につけ丸

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6話


 

 

 

 文京区根津 草薙家 am 10:51 

 

 午前の便で関東に戻った護堂は脇目も振らず根津の実家に帰宅した。

 最低限の荷物を持ち、七雄神社とやらの地図を確認する。

 

 今日が平日で良かった。

 

 妹の静花に見つかると散々問い詰められるのが目に見えている。

 プンプンと擬音をつけて昨日どこにいたのかを問いただしてきそうな静花の姿を思い浮かべながら、ショルダーバックを背負って立ち上がった。

 

 すると、背中に声を掛けられた。

 

「ああ、おかえり。帰っていたのかい……ふむ、護堂。夜遊びもいいけれどほどほどにしておきなさい」

 

「いやじいちゃんが想像してるような事じゃないから心配しなくていい!」

 

「そうかい? 夜遊びというのも、そう間違っているとは思えないけどね。その様子だとまた何日か家を空けるつもりなんだろう?」

 

「うっ」

 

 だからこの祖父は怖いのだ。

 老いも若いも女性との噂が絶えない洒脱な遊び人であり、民俗学の元教授だった祖父の観察力は相当なものだ。

 護堂の浅はかな考えは一発で見抜かれてしまう。

 

「深くは聞かないよ。けど昨日も静花が護堂を待って夜遅くまで起きていたからね」

 

「……そっか、静花には悪いことしたなぁ」

 

 自分から背負い込んだこととはいえ、可愛い妹に心配かけるようなことはしたくなかったのだが。

 

 はあ、とため息をつく。

 

「まあ、大変そうだけど何とかやってみるよ。春休みのときみたいにじいちゃんは留守番しててくれ。あ、あと静花にも上手く誤魔化しといて欲しい」

 

「やれやれ、本当に言うようになったね。承知した、静花には言っておくから気をつけるんだよ」

 

「うん」

 

 祖父──草薙一郎は妙に愛嬌と色気の入り混じった仕草でウィンクした。年老いてもその遊び人の性は衰えず。

 察しよく自由にやらせてくれるのはいいが、そんなんだからご近所の奥さん連中が夢中になって草薙家の平穏が揺らぐのだと辟易とした気持ちも生まれた。

 

 

 七雄神社 石段 pm 12:04 

 

 

 七雄神社は都心のまっただなかにあった。

 こんな場所によく……。という気持ちが湧く。

 

 案外、正史編纂委員会とやらは金を持っているのかもしれない。

 先日のアレクと護堂の戦いでも数十億は被害が出たと聞く。

 それでも大概だが、戦場がこの付近──港区やはたまた浜離宮恩賜庭園あたりだったら被害額数百億は超えていたらしい。

 

(そう考えたらマシか)

 

 イタリアのカンピオーネ──サルバトーレ・ドニとの戦いでミラノのスフォルツェスコ城をゴミにしてしまったし、場所が悪ければイタリアのコロッセオや今も見える東京タワーもぶっ壊していたかもしれない。

 今はまだ未遂で終わっている。

 

 そんな事をつらつら考えていると七雄の200段はありそうな石段を登り終えた。

 ちょっと気が滅入る。

 

「これを毎日登るのか、一苦労だな……」

 

 一息ついて顔を上げると、朱色の鳥居が待ち受けていた。

 その先に、勾配の大きい瓦屋根の拝殿が見える。屋根が大きく大棟は短い、いかにも神社という風情の建物だ。

 敷地はそこそこ広く、高台のめいっぱいを境内に変えているようだ。拝殿の奥には静かな林が立ち並んでいた。

 

 その先で待っていた少女と赤ちゃん──祐理と百合若が迎えてくれた。

 

「おはようございます、草薙さん。七雄のご聖域へようこそいらっしゃいました」

 

「ぱぁぱ!」

 

 私服の祐理は嫌な顔ひとつせず百合を抱え、そして護堂を迎えてくれた。

 

「おう。これからよろしくな……あー、筋肉痛はもういいのか?」

 

 筋肉痛に苛まれ、自分の鞄すら持てなかった彼女がすぐさま快癒したとも思えない。

 もしかして魔術を? 不思議そうな目線を送ると苦笑しながら祐理が答えてくれた。

 

「情けないことですが百合若ちゃんが助けてくれているんです。私の腕に負担がかからないくらい体重を軽くしてくれて……百合若ちゃんは神力で飛べますから」

 

「そういや俺も持ち上げられたっけ」

 

「正直、助かっているんです。筋肉痛のままでは百合若を抱え続けるなんてできませんから」

 

 祐理の茶味の濃い毛先を弄んでいる百合若を撫でてやる。なんの神様だか知らないが、魔術が得意な神格だったのかもしれない。

 

 そこで言葉を切った祐理は歩き出し、やさしげな微笑ともに促した。

 

「──それでは、こちらへ」

 

 

 神殺しの魔王と、まつろわぬ神々が押しかける七雄神社だが、一応体裁としては神社だ。

 だから他の神様を迎え入れるには祭神に面通しをしなければいけないのだとか。

 七雄神社の境内にある鎮守の森を抜けていく。杉や檜が林立し、その林縁には(オケラ)が枝を伸ばしていた。

 まだ6月なのでノコギリみたいな蕾をつけているが、10月になれば白い花をつける。

 

「あ、ここです。あの岩陰にある祠へと向かいます」

 

 鎮守の森を少し歩いたところに小川が流れている。目をこらすと、平屋の家くらいはありそうな大きな岩が見えた。

 

 祠の前には群がるように咲くムラサキや独特な匂いのトベラが白い花を咲かせていた。まるで異界とを隔てる境界みたいだ。

 

 大岩に隠れるようにその祠はあった。あそこに用があるらしい。

 ボロアパートみたいにぎしぎしと音のなる橋を渡る。少し足元が不安だ。百合若も祐理の手から離れてふよふよ飛んでいる。

 

 中に入ると祐理は早速、神楽を奉納した。

 

 しゃん。しゃん。

 巫女鈴が鳴らし、流麗な神楽を舞う。暗中でも艷やかに輝く垂髪が美しい。

 舞いで生まれた微風に、油に灯った火が揺れる。

 

『なんとも拙い踊りですこと』

 

「メリッサ。いたのか……っというかケチつけるなよ。あんなに綺麗じゃないか」

 

 しゃらららん! 

 思ったことを言うと一定のリズムを刻んでいた鈴の音が一際高く鳴った。

 

 ふと巫女の方を見ると、なぜか素早い動作で巫女鈴をおいて扇子で顔を隠していた。

 

『草薙さま……』

 

「な、なんだよ」

 

 メリッサになぜか呆れた目で見られた。

 

『やれやれ先が思いやられますこと……ともかく。……火の女神から申しますなら、真なる火は揺らめくことはありません。我が男子へ向ける情動のごとく()()()()()へ一直線に向かうもの。ですが……』

 

 メリッサは油に揺れる火を指した。扇子をあおぐ巫女の舞で大きく揺らめいている。

 

「そうか? 扇子であおいでたらしょうがないじゃないか?」

 

『それは人の子の理。神に連なるものとそれに仕える理は当然違うものでしてよ』

 

「そういうもんか」

 

 メリッサと護堂が雑談していると祐理は見事な巫女然としたすがたを取り戻していた。

 祝詞を捧げる。

 異邦の神を迎え入れるため許しを乞う奏上だった。

 

「かけまくも畏き須佐の大神の御前に奏上いたします……」

「此度、武蔵の社を斎庭と祓い浄め、装い奉り……」

「御身の尊き御神徳を賜りたく仰ぎ奉り、讚え奉ります……」

 

 万里谷祐理はメリッサに言わせれば未熟。

 とはいえ、優秀な巫女である。

 東欧の魔王デヤンスタール・ヴォバンに生贄の身とはいえ神の招聘の儀式に参加し、そのうえで成功させたメンバーの一人だ。

 どんな思惑、都合、経緯であれ、神の招聘の成功は人類史に刻むべき椿事である。

 

 当代でも指折りの巫女が執り行う儀式。そしてまつろわぬ神々と神殺しが見守る儀式は、当然の帰結として成功した。

 

 ──一陣の風が吹いた。

 

 洞窟という密閉空間で吹いた不自然な風を異様に思いながら、静謐の一言に尽きる神事は終わった。

 初夏でさえ肌寒い洞だが、祐理は白衣と若草色の袴に汗を滲ませながら頬に髪を張り付けて護堂たちへ微笑した。

 

「無事にお許しをいただけました。それでは戻りましょうか」

 

「もういいのか?」

 

「はい。七雄は聖域ではありますが鹿島神宮のように格式と長い歴史を兼ね備えたお宮などとは違いますから……正直申しますと、御祭神もちょっと曖昧なところがあるんです」

 

 だから、ある程度略式でもいいのだと祐理は眦を下げて言った。

 

「ふぅん。だったらさっき祈ってた神はなんだったんだ?」

 

「三貴子の御一人、スサノオ様です。委員会とかの荒ぶる神には深い御縁がありますから、七雄にも勧請させていただいてたんです」

 

「スサノオかぁ。俺でも聞いた事のある神様だな」

 

 そんな事を話しながら拝殿のほうへ向かう。

 鎮守の森を抜けて境内にもどり、それから少し歩いたところに一軒の平屋があった。

 

 田舎の公民館を思わせる、少し古びた建物は七雄神社の社務所だった。

 

「えと……こ、ここが、これから私たちが住むことになる場所ですっ」

 

「そ、そっか」

 

 思わず鼻頭をかいた。

 別にやましい心は決してないのだが気恥ずかしい。不整脈だろうか? 

 妙に心音が安定しない。

 

『まあ、わたくしが住まうにはなんと見窄らしい……しかし、ああっ! ここが草薙さまと過ごす新しき夢殿たる聖域──愛の巣なのですねっ!』

 

「おい! 妙な言い方をするなっ」

 

 メリッサがまた胡乱な事を口走った。この牝鷹、本当にどうしてくれようか。

 

 そう思った瞬間「おほほーっ!」とすぐさま逃げ出し、頭上で旋回しはじめた。

 

「はあ。ったく……」

 

 空を飛べる相手はこれだから厄介だ。

 

「さっさと中に入ってこれからの準備をするか」

 

「そ、そうですね! ……気も紛れますし」

 

 これから住むことになる社務所の座敷で荷物を広げ、屋内を確認する。祐理は勝手知ったるとばかりに私物を二、三、持ってきていて、メリッサはあらゆるものにケチを付けながら一人評論会を開いていた。

 護堂も確認したが、特に珍しいものもない普通の平屋だった。

 

「やっぱ万里谷以外にも職員がいたのか……」

 

 七雄に勤めていた祐理以外のの職員が引き上げた痕跡を見つけて申し訳ない気がしたが、こればかりは仕方がない。

 護堂は新生活に思いを馳せて、頬を叩いた。

 

 

 七雄神社 社務所 pm 17:44 

 

 

「そんな訳で改めてよろしく頼む」

 

 夕刻の座敷で護堂と祐理のふたりは気づけば社務所にある座敷で正座になって向かい合っていた。

 

 私物の配置やら掃除やらやっているといつの間にか日が暮れていた。

 護堂は動きやすいジャージのままだが、祐理はいつの間にやら装いを新たにしていて白衣に若草色の袴という臨戦スタイルだった。

 

 護堂の言葉に祐理は頭を下げた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 それから祐理は躊躇いがち俯いた。

 

「……このような仕儀となり申し訳ありません。やはり、八丈島で草薙さんがまつろわぬ神の方々を庇護されるのをお止めすべきでした……」

 

「うーん。正直、あの時はかなり軽率だったと思ってるから責任があるなら俺にあると思う」

 

 もう既に反省の念でいっぱいだ。とはいえそう悪い選択肢でもなかったんじゃないかと思っているのも事実だ。

 

 神殺しとまつろわぬ神、戦いばかりというのもつまらない。

 

「だから万里谷は気にすることないぞ。うん」

 

「いえ。草薙さんが抱える荷物が増えるのを黙って見過ごしていれば、それは恥ずべきことですから……! それどころか私が、神殺したる草薙さんのお荷物を少しでも多く背負わなければいけない立場ですから!」

 

「お、おう、そうか……?」

 

 少し気負いすぎじゃないか? 護堂は不安になった。

 

「まあ実際、ここまで来たらおれたちは運命共同体だしなぁ。今回はふたりの共同責任って形にしようか」

 

「う、運命共同体……ですか……?」

 

 祐理の亜麻色の目が大きく揺らいだ。

 

「た、たしかに、ある意味では一つ屋根の下で暮らすことになるのですから、そういう捉え方もできますね……!」

 

「ひ、ひとつ屋根の下はあんまり強調しないでくれ!」

 

「あ、す、すみません! ですが、わ、分かりました。今後は草薙さんのお荷物を共に抱えて行けるようしっかりお支えして参ります! ──こんなふつつか者ですが末永くよろしくお願いいたします」

 

 三つ指をついて深々とお願いされてしまった。

 神々の面倒をみるための共同生活が嫁入り前の同棲になったのかと錯覚した。

 

(いや、おかしい。そんなはずはない……よな?)

 

 護堂は自分の認識に間違いはないはずなのに、折り目正しく頭を下げる祐理に誤認しかけてしまった。

 かなり問題のあるセリフだったことに後から気づいたのか、祐理の首元がみるみる赤く染まり……気まずい雰囲気の流れるなかで護堂はそういえばと思い出した。

 

「そ、そうだ万里谷。連絡先を交換しておこう。昨日、甘粕さんからスマホを受け取ってたよな? 妙な形で共同生活みたいになっちゃったけど連絡手段は確保してたほうが楽だとおもってさ!」

 

「は、はあ。スマホ? ……でございますか……」

 

「……あー、もしかして嫌だったか?」

 

 レスポンスが芳しくない祐理に護堂はハッとした。

 祐理は容姿端麗な少女だ。

 化粧っ気も少ないが、生まれ持った容姿は可憐で抜きん出ている。異性からそういう申し出は大量に来ていた違いない。

 だったら護堂との連絡手段の交換だって厭うのも仕方ない。

 

「あ、いえ。嫌というわけではなく申し訳ありません、今までこういった通信機器をもっていなかったので……」

 

「ええ? それはそれで凄いな……」

 

 スマホ普及率95%以上と言われるような世の中で、そんな時代に取り残されたような……しかも花も恥じらう十代の女の子がいたとは。

 驚愕というより珍獣でも見るような目になってしまう。

 

「あの……?」

 

「ああ、悪い。だったら使い方もよく分からないよな。とりあえずLINEを入れとくか」

 

 ともあれ連絡先の交換を無事に終え、まったりしていると時計は19時を回っていた。

 

「っと、俺達もシャワーを浴びて飯を食うか。今日は早めに寝よう明日は学校だしな」

 

「そうですね。もう二日もお休みしていますしこれ以上は休めません」

 

 護堂が先にシャワーを浴び、その間、祐理は甘粕から渡された食事の準備をした。初日なので大変でしょうと。

 ラインナップが妙だ。

 しいたけやらチーズはいい。

 鰻に牡蠣、スッポンを扱った料理まである。よく分からない謎の肉まであった。

 

(……用意されたお食事に作為的なものを感じるのは気のせいでしょうか……)

 

 

 

 七雄神社 社務所 pm 20:57 

 

 

「──うぅ〜! だぁぉあ!」

 

 シャワーを浴び、食事を終え──事件が起きたのはそんな時だった。

 交代交代で抱いていた百合若がカンシャクを起こし、指先一本を振り不思議な力でまたしても護堂を引っ張ったのだ。

 さすがに護堂もさるもの。

 魔術に対する抵抗力をあげることで対抗した。

 

「おぉっと……」

 

 のが……寝巻きにしていたジャージが百合若の力で引っ張られ、瞬く間に剥がれてしまった。

 

「いたずらっ子すぎるぞ。服が脱げたじゃないか」

 

 

(──!?)

 

 

 それに当てられたのは間近にいた祐理であった。

 

 ムワァァ……。

 

 このマタギ……いや、魔王すけべ過ぎる!! 

 

 祐理は思わず瞠目した。

 百合若の頬をつねる護堂に、百合若がさらにムズがって胸板がのぞく。それに意外と割れた腹筋まで。

 

 さすが羅刹の君、他の同級生男子たちより逞しい体だ。

 普段は力をひけらかすことなく温厚だから忘れてしまうが彼も人類最強の戦士(チャンピオン)なのだと思い知らせる。

 

「うぅ……。頭がぼぅっと……」

 

 無防備な状態で真正面から突っ込んできた若いオスの色気に、おぼこい祐理は額に手首を当ててふらついてしまった。

 

「万里谷!? 疲れが溜まったのかもしれない。きょ、今日は、早く部屋に行って休もう! 俺も万里谷の部屋まで付き合うからさ!」

 

「も、申し訳ありません。あの……それで、この社務所に寝室は()()しかないとのことで……」

 

「そうなのか!?」

 

 それは……かなり不味くないだろうか? 

 祐理もやられてしまったが……実は、護堂もしっかりとボディブローを受けていた。

 

 容姿端麗な同級生の少女との生活など護堂はまったく予想出来ていなかった。だからずっとドギマギしっぱなしだった。

 加えて、湯上がりで火照った少女のしっとりとした美髪が揺れる姿はかなり毒だった。

 風に漫ろ(すずろ)い、少女の馥郁たる香りが護堂の鼻腔を強襲しまくっていた。

 

 霊長類は視覚が発達してきたから嗅覚が衰えがちだ。

 しかしカンピオーネへと新生した護堂の嗅覚は、人間が忘れていた野生の時代を思い出している。

 嗅覚は鋭敏で、祐理の()()の匂いは毒だった。

 

 理性は今にも倒れてしまいそうなプロボクサー。

 とはいえ、この窮状でも己を奮い立たせ、情動に抗って見せていた。

 

 護堂は元野球部員。

 野球をやっていた護堂も当然知っている日本人メジャーリーガーが残した、幻の名言に勇気をもらう。

 

 ──Losing is not an option.(負けるという選択肢はない)

 

 鋼の意思で、祐理へ付き添い寝室へ向かう。

 

(耐えてくれ……!)

 

「そちらが寝室となっています。お布団は委員会の方で用意していただいてるらしいです」

 

「へぇ。毎度毎度世話になってて悪いなぁ」

 

 扉を開けると布団が敷いてあった──一つだけ。

 

(くそっ! あの不良公務員!!!)

 

 和式の部屋で、畳の座敷にはすでに中央に布団が敷かれていたのだ。これもあのニンジャの仕業に違いなかった。

 

 正直、なんとなくこんな展開になるのは悟っていた。どうする、挙動不審な護堂に気づかず万里谷がつぶやくように語りかけてきた。

 

「草薙さん。八丈島でのホテルでも申し上げましたが、やはり一つ屋根の下で同棲する以上、こういった場面は増えると思います」

 

「ど、同棲……?」

 

「……ですのでその……今日は一緒に……というのはいかがでしょう?」

 

「え!」

 

 繊細でか細くも、凛とした美声が護堂の鼓膜を穿った。

 

「あ、けっ、決して二人だけではなく百合若ちゃんもいますから! ですから破廉恥な女だと思わないでください!」

 

「百合若か。そうだな、そうだよな」

 

 忘れてたいたが、百合若もそばにいる。眠いのかコックリコックリ首をあげさげしている。

 

 三人川の字になって寝れば問題はない。二人はカチコチになりながら、布団へと入った。

 

 

 

 七雄神社 社務所 寝室 pm 21:22 

 

 

「ふふ、こうして眠っている姿は人とかわらないのですね……」

 

 護堂はこんらんしている。

 どこをどう間違えたのだろう。気づけば護堂は祐理と百合若をはさんで同じ布団に入って川の字になっていた。

 

 より不味いのは祐理がそこまで嫌がっていないことである。それに加えて赤ん坊を撫でる柔らかな笑みからは母性を感じた。

 感じてしまった。

 先日までは青い果実そのままだったのに。そのギャップにまたドギマギさせられてしまう。

 

(……眠れない)

 

 二燭光(にしょっこう)の薄ぼんやりとした明るさのもと護堂は中々寝付けなくなかった。

 

 草薙護堂は戦士である。

 良き戦士の条件は、よく食べ、よく眠ること。

 つまり護堂は神を殺めた人類最上位の戦士だから、寝ようと思えば一瞬で眠れるのだ。いつもなら。

 

 ……今日はなかなか眠気が来なかった。

 

「…………あの、草薙さん。まだ起きていらっしゃいますか」

 

「あ、ああ。どうかしたか万里谷」

 

 控えめな少女がおずおずと声をかけてきた。

 

「お昼のときもいいましたが、よろしかったのでしょうか。このような仕儀となり……本当はお嫌ではないでしょうか?」

 

「………………。その事か……」

 

 祐理はもう何度目かの質問を投げかけてきた。

 彼女が何度も気にかけるのは、やはり護堂自身が明確な答えを出せていないからだろう。

 

 ──だけど、もう答えは見つかった。

 

 祐理に何度も問いかけられることで、護堂の中にあった原石のごとき想いが研磨され──答えを獲た。

 

「……わ、私のようなおもしろみのない者と共に暮すのもそうですが……。なによりまつろわぬ神々とだなんて……」

 

「…………そうだな。ありえない、って思うよな」

 

 祐理は静かにうなづいた。

 

「数週間前の鹿島神宮での一件も、おおよそは聞き及んでおります。本当はご不満ではないのでしょうか? もしそうであれば甘粕さんか薫さんにお伝えして──」

 

「──いや、いいんだ」

 

 護堂は小さく固辞した。

 やさしさによる心遣いを、頑固さを覚えるくらいの声音ではねのける。

 

「正直、俺だってまつろわぬ神と暮らすなんて不安だ。どうなるか分かったもんじゃない。それは頭だけじゃない。心にも身体にも刻まれてる」

 

 頭に刻まれたおぞましい王冠。それを意識して、指でなぞっていく

 そしてなぞった強ばった指を折り曲げ、折り曲げ、また折り曲げ。

 

「……でも、こうも思うんだ」

 

 護堂は右手で拳を作った。

 

「まだ全然ぼんやりしてて輪郭だって捉えられてないけど、でもさ、俺たちカンピオーネとまつろわぬ神の関係がさ」

 

「──殺し合うだけってのは、悲しすぎる」

 

「草薙さん……」

 

 握りしめた拳が血の気を失い、白むほど強く。

 それはきっと荒ぶる羅刹王の秘めた神々への憎しみの強さだった。

 

「まつろわぬ神って、話できるんだ。今はこんな赤ちゃんだけど、一緒に寝ようとしてる」

 

「……」

 

「だったらさ、せっかくだったらさ。言葉が交わせるんだなら。……別の関係を探してみたいじゃないか」

 

 護堂は震える右拳を押さえつけるように左の掌で包みこんだ。

 

「俺は神様や同じカンピオーネを倒そう! って思っても、殺そう! って思ったのはない……と言い難いけど。でもやっぱり進んで誰かを殺したくはないよ」

 

「草薙さん……」

 

「まあ、偉そうなこと言ったけど。万里谷まで付き合わせてすまないと思ってるよ」

 

 すまなそうに頬をかいた。

 

「正直キツいだろ、俺みたいなカンピオーネやまつろわぬ神といるの」

 

「──いえ」

 

 護堂はハッとして俯かせていた視線をあげた。

 

 その先にあったのは春に咲きみだれ花びらの舞うような山桜の美しさだった。

 思わず息を呑んだ。楚々とした少女の浮かべる笑みは美麗に尽きた。

 

「ちっとも辛くはありません。少々戸惑ってはいますが、草薙さんの御心のままに従いたいと思います」

 

「そっか」

 

 揃って微笑しあった。

 

「……てか、そうそう。そうやって笑ってくれると俺も落ち着くよ。まあ……部活の合宿みたいな感じでさ。気楽にやっていこうぜ」

 

「気楽に……ふふ、そうですね。気楽に」

 

 そうは言うものの護堂は非常に焦っていた。

 そういえば祐理は校内でも際立った美貌で名高い女の子だ。

 しかも今はそんな美少女となぜか同じ布団に入って子どもと川の字になっているのである。意識しないほうがむりである。わざわざ部活などいう単語を引っ張ってきたのもそのためだ。

 

「あ、話し方だって崩していいんだからな?」

 

「いえ、それとこれとは話が別ですので。ふふ……」

 

 なんとか表面上は笑い合えているが──本格的に不味い。

 

 布団に入ったことで、すっかり乱れきった襦袢の裾元から形良いおっぱいの谷間が覗いている。

 慎ましく貞淑な大和撫子の無防備なすがたに思わず視線がそちらへ集中する。

 

 なんとかその魅惑の谷間から視線を振り切るが、男のチラ見は女のガン見。そんな格言があるように、護堂の視線に気づいた祐理が恥ずかしそうに着物を整える。

 

「は、破廉恥(はれんち)な目で見るのはお止めください……そ、それに大したものはございませんよ……?」

 

「い、いやっ」

 

 大したものだった。という言葉は飲み込んだ。そんなことを言えば流石の祐理でも一生涯の軽蔑は免れない。

 

 的皪とした白い歯をのぞかせて祐理が困ったように笑う。嫌がる素振りをあまり見せないものだから余計に気まずくなる。

 

 このままずぶずぶこの居心地の良いぬるま湯に浸りつづけるのは不味いんじゃないか? 今からでも布団から抜け出し、風呂場の水風呂に飛び込もうか本気で悩んだ。

 しかし二人の会話は声が大きかったらしい。

 

「あー、うぅ? ぱぁーぱ、まま……」

 

「あ……ふふ。百合若ちゃんを起こしてしまいましたね。なで……なで……百合若ちゃんはいい子ですよ……お手々をぎゅ~ってしましょうね……」

 

 茶味の強い頭髪が近づいてくる。

 柔らかな笑みの祐理が百合若に身を寄せると、自然、護堂の肩に彼女のおでこが触れた。

 微睡みのなかで覚醒と半覚醒を繰りかえす百合若に子守唄を歌いはじめた。

 

 

ねんねんころりよ おころりよ

 

坊やは よい子だ

 

ねんねしな

 

ねんねのお守りは どこへ行った

 

あの山こえて 里へ行った

 

里のみやげに なにもろた

 

でんでん太鼓に (しょう)の笛

 

起きゃがり小法師(こぼし)に 振り鼓

 

起きゃがり小法師(こぼし)に 振り鼓

 

 

 

 耳元で奏でられていた子守唄が、羅刹王の荒ぶる激情を鎮めていく。

 

 祐理の白魚さながらの繊手が護堂の固く白んでいた右拳に重ねられる。

 

 乙女から安らぎをおくられた。

 

 

 巫女が託宣とともに常在戦場の戦士を安息の日常へと導いてくれる。

 

 拳がゆっくりと開いて、重ねていた手を百合若の柔らかな小さな手に重ねる。人と魔王と神の、重なった三つの手の感触が心に刻まれる。

 

 その夜、久しぶりによく眠れた気がした。





花澤香菜入眠ASMAR!?
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