戦女神は微笑まない   作:につけ丸

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7話

< 万里谷祐理

 

今日

 

 

 

 拝啓

 

 盛夏の折、カンピオーネたる草薙護堂様へ、

 畏れ多くも、武蔵野の媛巫女 万里谷祐理が言上申しあげます。

既読4:34
      

 

 不慣れな私に格別のご配慮として、このような連絡手段を

 ご啓示なされたこととても喜ばしく思います。

既読4:47
      

 

 空前の苦難ともいうべき楽少なく苦多き道でしょうが、

 どうぞご指導御鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

既読4:54
      

 

 敬具

 

 万里谷祐理

既読4:56
      

 

      
6:15  おう!

 これからよろしくな! 

 

      
6:15  ……いやいや! 固すぎる! もっと肩の力を抜いてくれ! 

 

Aa          

 


 

 連絡先を交換しあった翌朝。

 朝起きて開いたスマホに届いていた壮絶なログである。

 

(機械に疎いって言ってたけど……まさかこれほどか……)

 

 IT革命も成熟しスマホが普及したこの現代社会でもはや天然記念物ものだ。抜けたところがある、とはいうがこれはもう浮世離れしたと表現した方が正しい。

 

「はあ、前途多難だな」

 

 一応、返信をしておいたがとうの祐理は弁当を作るといって台所に立っていた。

 割烹着を着込み、どこぞの若奥様といった風情だ。

 せかせかパタパタと支度をする祐理に申し訳なくて手伝おうと申し出てみたが、固辞されてしまった。

 断られた護堂はというと、社務所の軒下で百合若へうちわを扇いであげていた。

 六月も終わりかけの七月直前。

 猛暑を超えて酷暑へとスキルアップしていく気温計を恨めしげに見やり、エアコンが設置されていない社務所で涼を取るのは至難の業だ。

 

「ぁお〜ぅぅ〜」

 

「お、百合若もあおいでくれるのか? ……ちょうどいい感じだ」

 

 体温の高い赤ん坊には朝からこの暑さは辛いだろうと扇いでいたのだが。腐ってもまつろわぬ神、汗ひとつもかいていないし機嫌良さそうに風を送ってくれる。

 

「百合若はもしかして暑い方が好みなのか?」

 

「ぉおー!」

 

「はは、言ってることはわかんないけど熱いのが好きなのは伝わってくるぞ。しっかし、百合若も神様なんだよな。うぅ〜ん。一体なんの神様なんだか」

 

 思い浮かんでしまうのはイタリアの地で出会った少年の顔。

 軍神ウルスラグナの一側面だった少年と、百合若はかなり似通った存在なのだろう。傷つき零落した気配が記憶を揺さぶるのだ。

 とはいえまつろわぬ神特有の尊大さは欠片もないし、見透かしたような言動どころか言葉もまともに喋れない。

 本当の赤ん坊のように純粋無垢だ。

 

 そしてもう一人の零落仲間はというと。

 

『草薙さま! 早朝の散歩中にこのような美しき草花を見つけました。どうぞお受け取りくださいまし!』

 

 バタバタと羽を振りながら、紅色のあざやかな一輪の花を咥えて来た。

 花売りの乙女のごとく護堂の肩口に止まって嬉しそうに差し出す。ただ、咥えた花に問題があった。

 見覚えがある、あれは──

 

「へえ、ありがと──って、これキョウチクトウ(毒花)じゃないか!」

 

『ああっご無体なっ』

 

 夾竹桃(キョウチクトウ)といえば毒花として有名な花だ。

 慌てて軒先から花を投げ捨てる。

 ひゅん。

 投げ捨てた花は地面に落ちる前に、メリッサが掻っ攫っていった。そしてそのままキョウチクトウの花弁を丸呑みして嚥下した。

 

『はあぁぁ、やれやれ。乙女のおくりものを粗雑に扱うなど……草薙さま、男子にあるまじき振る舞いでしてよっ』

 

「うるさいっ、毒のおくりものを渡して来るなっ……そういえば毒がたしなみがどうのとか言っていたなぁ……」

 

「く、草薙さん? なにかあったのでしょうか、そんな大声を出して? もう朝餉の支度ができたのですが……」

 

「ああ、悪い。ちょっとメリッサのやつがなぁ……って朝から凝ってるなぁ。穴子の炊き込みご飯にウナギの肝の吸い物か? 凄い豪勢だな」

 

「いえ、それほどのことでは。昨日の余りに少し手を加えただけですし、お弁当にも入りますから。ですのであまり味が落ちない物をと」

 

「弁当まで用意してるのか! 本当に申し訳ないなあ。じゃ、いただくな」

 

「は、はいっ」

 

 なぜだろう?

 三角巾を頭に巻いた祐理が、料理の手もつけずお盆で口元を隠しながら見つめて来る。そんなに見られると食べにくい。

 

『きぃ〜! 妬ましい! わたくしも手料理を振る舞いましたのにっ! なんですか、この! この! ……悪くない味ではないですか!』

 

「は、はい! 精進が足らず申し訳ございませんっ」

 

「褒めてるじゃないか」

 

 牝鷹が暴れ始めて祐理からの視線も途切れてしまった。

 

「……というかメリッサ……、お前、小うるさい小姑みたいになってるぞ」

 

『なっ』

 

 途端、メリッサが砲弾でも打ち込まれたように後ずさった。

 

 絶句である。

 

『恋を追い、愛を求め、身を焦がしてきたこの火の女神に──小姑と!? 男を惑わす()()()()()魔女にっ!? ……な、なんという狼藉! なんという屈辱! なんという非礼でしょうか草薙さま!?』

 

「悪かった! 悪かったから肩で叫ばないでくれ!」

 

 

 肩に飛び乗ってきては耳元で甲高く叫ぶメリッサへすぐに謝罪を投げつけて、追い払う。「朝っぱらからなんでこんなに疲れてるんだ……?」と辟易としながら朝食をつまみ、そこでふとした疑問を口にした。

 

「なあ、メリッサは聖秘儀ってやつは何時終わるか知ってるのか?」

 

『聖秘儀にございますか。はて……。天と地の狭間にあるすべての事物を見通せるわたくしでも、この儀式の果ては見通せません』

 

「本当か?」

 

 惚けるような言い様に、目線が強くなってしまうのを抑えられない。

 

『あらなんと素敵な眼差し。ふふふ。熱々しい目線で見詰められると胸が熱く焦がれてしまいますわ』

 

 しかし、メリッサもさるもの。飄々として受け流してしまった。

 そうして翼を羽毛扇子のごとく口元を隠し、少しだけ真剣な声音で語った。

 

『そも、聖秘儀とは──《鋼》による《鋼》のための剛直なる殿方たちの暗黒祭にございます。我らたおやかなる女神の系譜にとってこれほど忌み嫌うものもございません。わたくしが本気で臨むならばこの世の全てを記した幽世から啓示を得るのも可能でしょうが……あまり気乗りいたしません」

 

「そうか」

 

 迂遠だが強い拒絶を感じた。

 護堂だってニライカナイ島でオオムカデと虜囚になっていた過去をほじくられるのはいい気がしない。きっとメリッサもそうなのだ。

 護堂はそれ以上無理強いはしなかった。

 

 ともあれ朝っぱらから疲れる一幕……いや、祐理のLINEも合わせれば二幕か……で気疲れしてしまった。そよそよ、と百合若から送られる風をほほに受けた。

 

「百合若。俺の心を穏やかにしてくれるのは、実はお前くらいなんじゃないか……?」

 

「だぅ〜、ぱぁぱ!」

 

「なんというかパパ呼びにも慣れてきたし……」

 

 百合若の巻き毛の髪をぐしぐしとガサツな仕草で撫でてやる。

 狂い鳥メリッサも機械音痴の祐理も大概だが、草薙護堂も負けてはいない。

 清濁併せ呑みこの順応が早すぎる男は、まつろわぬ神に囲まれる奇妙な境遇に慣れ始めていた──!

 

 

 七雄神社 石段前 am 7:35 

 

「じゃあ俺達学校に行ってくるけど、大人しくしておいてくれよ」

 

『ふふふ……それはどうでしょう……。草薙さまのお帰りが遅ければわたくしも心変わりしてしまうやも……』

 

「勘弁してくれ……」

 

 騒がしい朝食を終え、護堂と祐理は共同生活最初の登校。

 メリッサにだる絡みされていた護堂は、やっと社務所を出た。身支度を整えて待ってくれている祐理と合流して登校する。

 鎮守の森の静かな気配と、朝の清涼な空気とが相まって気持ちいい。とはいえ……都心とは思えないほど森閑としているのはいいが……。

 

「蚊が多いんだよなあ」

 

 梅雨真っ盛りの時期、つまり人類の天敵”蚊”は、人類代表のチャンピオンにすら寄ってくる。七雄の社務所で寝泊まりしたのはいいが、現代風の建物のように密閉性が良くない。

 昨夜は寝室では見かけなかったが、今日は朝から近くを飛び回っている。

 カンピオーネになって良かった数少ない利点として、蚊を異常な集中力で確殺できることだろう。夜目が利くから真夜中に耳元にやってきた蚊を取り逃がしたことはない。

 ぱん、ぱん、と手を叩けば一撃二、三殺は訳無い。

 

「七雄は都心でも少ない林がありますから蚊が多いんです。その、私も朝から首筋を刺されてしまったようで……赤くなってます」

 

 襟元を開いて象牙色の首筋に赤い斑点が2,3箇所ほど見えた……が、清楚な少女からそんな仕草をされ艶めかしものを覚えて咄嗟に目をそらした。

 これが無自覚だから恐ろしい。

 

「痒みは感じませんからお気になさらずとも大丈夫です」と言った後、祐理はおとがいに手を当てて深い憂慮を口にした。

 

「ですが羅刹の君であられる草薙さんやまつろわぬ神に挑む蚊というのも恐ろしいものを感じます……。一度、血を浴びてしまえば神獣や魔物へと変じてしまいそうな……」

 

「た、たしかに……」

 

 遠回しに護堂をジークフリートの体を鋼鉄にした竜並にヤバいと言っていることになるが、眩いうなじが目に焼き付いて護堂は気づかなかった。

 

 ──だが、何故だろう。

 

 護堂の""と""がさっきから全力で何かを訴えかけている。

 痒みのない痕。

 虫など寄り付かない神とカンピオーネの寝室。

 護堂の忘れてしまった奇妙な感覚。

 

 祐理とは一緒の布団に入ったくらいでなにもイベントは起きなかったはずだ。

 

 一体……なんなんだろう……?

 

 護堂が眼鏡をかけた名探偵であれば謎が解けたかもしれないが、シャーロキアンどころか探偵ものもろくに摂取しない一般カンピオーネである。『戦士』の"智慧の利剣"も精錬可能な智慧と知識がなければは無用の長物。

 ゆえにこの謎は迷宮入りすることとなった。ちなみにこの謎はアレクも解けない。

 

「それにしても百合若ちゃんは大丈夫でしょうか……」

 

 心配そうな表情を浮かべて

 まあ"あの"メリッサと赤ん坊の百合若というメンツで留守番なのだ。不安になっても仕方ない。

 

「メリッサもいるんだしあんまり気にする必要はないんじゃないか。俺達と出会うまで二人だけで生きてたんだし上手くやるだろ」

 

 まあ、護堂も気にならないと言ったら嘘になる。

 だがそれと同じくらい、隣の大和撫子美少女との共同生活が上手くやれるのか不安なのも事実だ。

 なんとなく無言になり──手がこつんと触れ合い、顔を真っ赤にして俯いた祐理が前髪をしきりに触って目元を隠そうとしている。その仕草が否応なくドキリとさせる。

 視線を彷徨わせていると学校の校舎が

 

「く、草薙さんっ! 学校の皆様に、わ、若い、だ、男女が同じ場所に住んでるなどと知られればふしだらな関係を築いていると誤解を受けかねません! あまり吹聴されないように、そして気づかれないようにしましょう!」

 

「そ、そうだな! なるべくバレないようにしよう……特に三バカ、名波反町高木にバレたら大変なことに──」

 

 

 

 

「──何してるの?」

 

 地獄の釜から這い出てくるような声に振り向けば血走った瞳をした修羅──もとい三バカが一、反町の姿があった。

 これはマズイ! どうにか誤魔化さねば!

 

 っと。護堂が平静を装って、軽い仕草で挨拶をしようとした。

 

「おう、反ま──」

 

 

「ブォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 どうにか誤魔化そうと策をねっていた瞬間。

 戦国時代の合戦のさなかにでも迷い込んだのかと誤認するほどの法螺貝が鳴った。

 見れば機先を制するように反町がどこからか取り出した螺貝を吹いている──と見せかけて口で低い音を真似しているだけだ。

 

「EMERGENCY CALL!!!」

 

 なお、英語圏では何か激情に訴えかける時はアルファベットを小文字ではなくすべて大文字にする文化があるという。

 その高らかな叫びに私立城楠学園の男子たちが群がるように集った。

 紙袋を目出し帽のように被った童帝(わらべのみかど)に祝福されし清らかなるチン騎士たちである。

 穴の空いた目の部分からは敵意と怒気を込めた血走った目は共通していて、祐理が完全に怯えている。よく見れば上級生もいる。

 

「「「処す? 処す?」」」

 

「ステイッ! ステイッ! まだだ! まだだ! 事実確認を行う! ──護堂、貴様なぜ万里谷さんと一緒に登校……否ッ、歩いていた!? も、もしやあれなのか? 我々に内緒の男女のお付き合い的なあれなのか!?」

 

「なんでって。そこで会ったからちょっと一緒に登校してただけで──」

 

「嘘発見器に、感! 今だいけぇッ! ゴーゴーゴー!!!」

 

「草薙さん!?」

 

 多勢に無勢だぁ! いっけぇ!

 された護堂は瞬く間に簀巻きにされ、抵抗虚しく運ばれていった。

 

 向かう先は──異端審問室(教室)

 

 

 

 城楠学院 1-5 am 7:55 

 

 

 無駄に手際のいい拉致劇に護堂は気づけば中央に用意された一組の机と椅子に座らされ、尋問を受けていた。どこから用意したのか遮光カーテンがはられ、室内は暗く、光源は机にあるライトだけだ。

 

「──というわけで第一回、草薙護堂は学園一番の美少女を独占するクズ野郎だ査問会をはじめたい! 残念ながら名波が気絶したためこの反町が音頭を取る! 皆の衆、異論はないか?」

 

「有無! 今日こそ我々は恋愛共産主義の平等思想に基づいて、不当に富を独占するブルジョワジーを糾弾してくれるわ!」

 

 三バカの二人、反町と高木が熱く腕を交差させて声を上げる。なんだかんだノリのいいクラスメイトも乗っかってヤンヤヤンヤとはやしてている。

 止めろよ、護堂の強い眼差しに何人かのクラスメイトが目を逸らすが動く気配はない。

 

 ため息をついていると──

 

「──ねえ、くさなぎ……」

 

 名波とは言うと虚ろな表情で護堂を見つめていた。ただ無表情なのに鼻筋に何重もの皺ができているのが滅茶苦茶怖い。

 無色透明な瞳の名波が寸毫のゆらぎすらなく護堂を直視してくる。

 

「万里谷さんはぼ、ぼくが最初に……お、お、お…………」

 

「……お、推してたんじゃないか……」

 

「それを……横から……取るなんて……ダメ……」

 

「……ダメだよくさなぎ……」

 

「ねえ……」

 

「「お、落ち着け名波!」」

 

 

 BBSされて顔ない(フェイスレス)といった具合に取り乱している名波を反町と高木が必死に正気に戻そうとしている。脳を破壊され妄執に囚われブツブツと呟くすがたはカンピオーネでも戦慄するものがあった。

 

「はぁっ……はぁっ……! く、草薙さんっ!」

 

 やっとのことで追いついた万里谷が教室に姿を現した。象牙の肌と亜麻色の髪が暗い空間に眩しい。

 ただ少女の美しさとは対照的に表情はかなり曇っていた。

 

(草薙さん!? 一体、どうして縛られているのですか? それにこの怪しげな呪術のごとき空間は……?)

 

(だ、ダメだ万里谷! いまコイツラを刺激するのはマズイ。俺がなんとか宥めるから、自分の安全を優先してくれ)

 

(いいえ。草薙さんだけそのような重荷を背負わずとも──)

 

「──貴様ァ! なぜさっきから目が合うたびにすぐ目を逸らし合ったり、ときどき頰を赤らめながら見つめ合っちゃったりして、ふたりだけの世界を作ってる!」

 

「オ、オレは見たぞ! 草薙と万里谷さんが並んで歩いているとき……いや、これだけでも極刑に値するが……に偶然手と手がぶつかって、ふたりして恥ずかしそうにうつむいて、立ち止まったりしていた!」

 

「こ、のォ! 見ろ、俺のこの教科書を! 貴様の暴虐極まる振る舞いに涙し、ページはふやけ、潮のような涙を流しているではないかッ!」

 

 懐からヨレた教科書を机に叩きつけ、身も世もなく高木が叫ぶ。まともに取り合う気にもなれず半眼になった。

 

「待て反町! 怒りでおかしくなりそうだったが俺は気付いたぞ! 前提がおかしいッ!」

 

 ガバッと立ち上がった名波が叫んだ。

 

「草薙の通学ルートは反町が発見した場所では、重なり合わない! 加えて言うなら万里谷さんの通学ルートも、重ならない。しかぁし!」

 

 だん! っと、護堂の座る机を両手で叩いた。

 

「先日我々が見かけた巫女服姿の万里谷さんの発見ポイントと学校となら──! ここから導き出される答えはッッ!」

 

「「なっ!」」

 

「なんでお前たちは入学して数ヶ月しか経ってないクラスメイトの通学ルートを知ってるんだよッ」

 

「い、いい加減になさいませ! 数を頼りにひとりの同級生を襲うなど言語道断の蛮行です。このような狼藉、決して許されません。人として恥をお知りなさい! ……それに草薙さんとは男女の関係とは不謹慎も甚だしい誤解です!」

 

 凛然とした一喝に、三バカが怯んだように顎を引いた。

 

「た、たしかに万里谷さんからは邪な感情は感じられない……彼女いない歴=年齢の俺の審美眼に間違いはねぇ……」

 

「…………まあそれが草薙の減刑に影響することも一切ないが…………」

 

「──草薙ァ! さすがにこれ以上は万里谷さんに申し訳ないため……というか令和ではライン超えに抵触するため、お前にトドメを刺し、この尋問に終止符を打つ!」

 

 名波が取り出したもの──それは武器でも、拷問器具でも、なかった。

 

「こ、これは──カツ丼!?」

 

 おかしい! こんなもの令和でも、いや平成ですら古臭い昭和の定番じゃないか! ほかほかと白い湯気のあがるタレの染み込んだ肉と純白の白米がのぞく大盛りのカツ丼。これを前にすれば偽善者気取りの魔王でさえ太刀打ち不可能。

 護堂はバカにできない魔力をカツ丼から感じ取っていた。美味しいからね。

 

(嘘だろ!? あ、朝は万里谷が用意してくれた朝食をたべたのにめちゃくちゃ食べたい……!)

 

 大和撫子的亜麻色美少女の手作り朝食食べておきながらそれを言ったら殺されても文句は言えねぞテメー!

 

 カンピオーネ草薙護堂が『獣』の本能に従うか揺れる様を、不安げな顔で見つけながら祐理が首を振った。迷いに瞳が揺れまくっている護堂へ必死でアイコンタクトを送る。あれはいけない、と!

 

(い、いけません草薙さん! いかに『王』であろうと──そのカツ丼を食べてしまったら……!)

 

 

いただきます! 

 

 

(あぁっ、そんな!)

 

 儚げな巫女の願い虚しく、魔王はカツ丼をかきこんだ。

 カンピオーネに魔術は効かない! しかし経口摂取ならば話は別とばかりに、完全無欠の自白剤として機能した。

 魔術の世界など露ほども知らない三馬鹿だが、この時ばかりは正解を引き当てた瞬間である!

 

「さぁ吐け! なぜ貴様と万里谷さんは一緒に歩いていた!?」

 

 

 

 

「──じつは俺と万里谷は、一緒の神社で住み込みのバイトを始めたんだ」

 

 

 

「「「クサナギ、それはちょっと万死に値しないか? 」」」

 

 

──グラグラ!  ──グラグラ! 

 

 震度3~4くらいの地震が校舎を揺らす。

 

 三バカたちの怒気が校舎を揺るがしたのかと錯覚したが……いや、これは本当の地震!

 

「うおっ、地震だ!」

 

「くそ、こんなときだってのに……」

 

「言ってる場合かッ、みんな机の下にもぐれ!」

 

 名波がカリスマを発揮し、クラスメイトを誘導するなか護堂は祐理の手を引いて教室から抜け出すことに成功した。

 どうせ教室にとどまっても地震が収まれば再び査問会とのたまう馬鹿騒ぎが再開されるのは目に見えていた。

 

「あ、静花」

 

 それから三バカの追撃を躱している途中、中等部の校舎から視線を感じた。

 見ると──極寒の視線を向ける妹の姿があった。

 

 ──くぃくぃ。

 

 首を振って、親指で首を掻っ切るような仕草。

 学校の不良が校舎裏にでも呼び出しているジェスチャーと全く同じだが、違う。十年来の妹の考えは分かる。

 

 

家で待ってろ。

 

 

 どうやら巫女と魔王たちの受難は終わっていないらしい。

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