(膨らむ文字数とバトル)
クラスメイトから住所を聞き出した祐理は倒れた少女の家へと訪れていた。
巫女として修行と職務に励んできたから、多少の呪い程度なら解呪は可能だ。
怪しげな祈祷師などよりもよほど信頼のおける存在という自負がある。そんじょそこらの悪霊など歯牙にもかけない神々から魅入られている媛巫女の位にもある。
ゆえに万里谷祐理は、一人で来た。経験からくる自負と異変を見逃した自責に突き動かされてきた。
しかし。
(それは間違いだったかもしれません)
目前になって、祐理は後悔し始めていた。伏見めぐみの家は……いや。
──この一角は異様の一言に尽きる。
閑静な住宅街の珍しくもない一軒家。
しかし、それは世の裏側を知らない一般人から見た話。
祐理の目に映るのは、明確な異常。
悪々しい気配が立ち上っている。経血じみた赤とどす黒い色がとぐろを巻いている。
奥底には地上の生物とは一線を画すものがいるのだろう。
怪物の気配──神獣がいる。
祐理も妖怪や悪霊程度なら追い払う技量はある。巫女としての本分ではないが、親しんだ知識から連枝のごとく伸びた業がある。
されどこれは位階が違う。
人類でも指折りの実力者が対応せねば追いつかない。あるいは、人類最強の戦士カンピオーネでなくば。
『尋常ならざる土地ですね』
護堂のもとへ駆けもどり来臨を希うか? そう迷っていると。
肩口から玲瓏な声が耳元へやってきた。
「はい。霊脈と水脈の流れが複雑に絡み合ったのでしょう……霊地とならなかったのが不思議なほどです。もとはそういった神聖なる霊地だったはずですが、何らかの要因で反転し、汚穢に満ち呪われたように思えます」
不意にかかった言葉に反射で答えて──
「──め、メリッサ様!? どうしてこの場所に!」
羽ばたきと共に肩に女神が止まった。
『今更気づいたのですか? そなたの頭上でずっと飛んでいたでしょう。不穏な土地へ向かうにはあまりに足元が疎かですよマリア・ユリ』
「あ、はい。申し訳ありません。……ではなく! どうしてこの場所に!? 七雄のお社で百合若ちゃんを見ていただいていたのでは!?」
祐理の言葉に肩の牝鷹は肩をすくめた。
『御子はわたくしが散歩でちょ〜っと目を離した隙に姿を晦ましましたわ。まあそちらは良いでしょう。草薙さまが追っているのを見ましたし……』
「草薙さんが?」
なぜ? という疑問より早く、メリッサが呆れた視線を送ってきた。
『そ、れ、よ、り、も。です。……そなた、このような穢れの土地へ向かうなら何故草薙さまへ伝えなかったのです?』
「うっ……」っと言葉に詰まり、「その……。元々、異変を見つけたのは私なんです。ですが日々の慌ただしさに失念してしまい……これほど大事になったのは私に責任があります……。それに日々苦労を重ねていらっしゃる草薙さんにご迷惑をかける訳にもいかず……」ボソボソとうつむきがちに指を擦った。
『やれやれ……。どうしてそう器用にすれ違うことが出来るのですかこの二人は……』
「はい?」
『とにかく。……この地、あばら家が立つには不相応と言わざるを得ません。神に連なるものの
祐理も同感といった風に頷く。
隅田川にも程近く、大地を巡る霊脈の交差点となっているこの家はたしかに神獣などの超高位存在のねぐらに持って来いだ。
正史編纂委員会の仕事はこういった霊地の監督にあるのだが、やはり追いつかない部分もあるのだろう。
祐理はそこで違和感を口にした。
「ですが、気になるのは事態の進行が早すぎるように思えます」
『ほう?』
「以前……一週間前ほどです。鑑定した時には霊障の域を出ませんでした。いくら霊脈や水脈の影響があったとはいえ短い期間で神獣へと成長するでしょうか? あるいは……」
あるいは「メリッサさまや百合若ちゃんの神気が覚醒を促した、のでしょうか?」と口にしようとして噤んだ。
彼らは衰弱した神だ。
自我の凝り固まった自儘なまつろわぬ神が人を視界に映す。それだけ、神としての力が衰えている証左となる。
だがら祐理が口にしかけた言葉は刃だった。神の自尊心を傷つける言霊の刃だ。人と神の間柄では慎むべき禁句。
なにより、寝食をともにする者へかける言葉ではない。咄嗟に悟った。
『……いえ。口惜しいですが傷つき力を失った御子やわたくしでは影響は少ないでしょう。遠方に居られた草薙さまも考えにくい』
メリッサはなにも気づかなかったように言葉を続けた。
『となると……』
「メリッサさまは他に要因があるとおっしゃるのですか?」
『わかりませんか。そなたには
女神メリッサは答えを示さず、促すように巫女へ言った。
祐理は女神の言葉にすこし驚いて、おもむろに──目を凝らした。祐理はその性根に反して反則じみた強力な霊視能力者だ。
曰くのある土地や人物に近づけば大方の来歴は見通してしまう。それほど使い勝手がいいものではないが、カンピオーネである草薙護堂へ仕えるなら有益以外のなにものでもない。
この地からも、祐理がこれまで霊視してきた逸品や土地と同じく”力”を感じる。
──最初のイメージは龍。
水と関連付けられる獣は多いが、やはり最も有名で強大なのは”龍”。昔から蛇行する水や河川は龍神と結びつけられてきた。江戸城から東に位置する隅田川は、四神相応で水のエレメントである青龍になぞらえられた。
「この地、伏見さんの家がある鐘ヶ淵に残る龍神の伝承。その伝説が器となり、龍として形成を始めていた神獣の成長を早めてしまったのですね……」
『よろしい。神通無限なるわたくしから見てもそなたの天啓を読みとる瞳は人の子にしては大したものと認めても良いでしょう。あとは目の閉じ方さえ覚えてしまえば
わたくしの巫女!? っと不穏な言葉にツッコミをいれようと言葉がでかかった瞬間だった。
見終わったと思った霊視に続きがあった。
いや、霊視ではなく幻聴。耳朶を打ったのは鐘の音。世の邪気を祓う神聖なる音。ついで水底から天上を見上げる二つの眼光。
──月いづく 鐘はしづめる 海の底
誰かの詠んだ見知らぬ詩が聞こえる。
霊視は知りたいことが全く無意味で役に立たないもの拾ってしまう。そう考えながら『沈鐘伝説』という単語がちらつく。
鐘は煩悩を打ち払う霊力を持つ。そのため河川を氾濫させる竜神を封じ込める霊力があると信じ、川や湖に鐘が沈んでいる……そんな伝承が日本には点在する。それらの類話をまとめて沈鐘伝説と呼ぶ。
霊視はなにか祐理へ訴えかけているのか、それともただの無意味な霊視だったのか。分からない。
それに。
(江戸城を東に見立てるなら、鐘ヶ淵は──鬼門の方位になる……のでしょうか)
『難しい顔をしてなにを立ち止まっているのです。ゆきますよ』
「あ、はい。申し訳ありません」
嫌な予感がある。少しだけ気にかかった疑問に後ろ髪を引かれながら、祐理は眼前の困難へとその優れた目を向けた。
「アハハ……万里谷さん、鷹匠さんみたい、だね……」
『ぶ、無礼なっ! 零落した身なれど人の子に羽根をもがれ飼いならされた覚えはありませんよ小娘!』
「あ、アレ? まだ白昼夢を見てるみたい。鷹が喋ってる……」
「メ、メリッサさま伏見さんはお身体を悪くされておりますっ、どうかお気を鎮めてください……! 」
迎えてくれためぐみは普段の騒がしさからは考えられない憔悴した様子だった。肩に鷹という奇妙すぎる風体でやってきた祐理へ、大した反応もない。メリッサは激昂したが。
彼女を労りながら、件の壺のある場所へ案内してもらう。
「これなんだけど……」
「拝見いたします」
やはり、というべきか。
座敷に置いてあった壺は暗く暗く、瘴気を放っていた。見ただけで大凡察しはつくほど異様な力が蠢いている。一般人であるめぐみも何かを感じ取っているのか、距離を取っている。
『おりますね』
「はい」
「いる、って……?」
『心に何ら憂いなく渦巻くオーケアノスのほとりに佇む
覗き込んできためぐみへ間髪入れずメリッサが言霊を謳うと深いクマの刻まれた眼が閉じられ、やがて安らかな寝息を立てた。
祐理も頷いた。神だの魔王だのが跳梁跋扈する世界だ、あまり深く関わってもいいことなどない。
『さて
「あの……。さきほどから気になっていたのですが、メリッサさまの巫女……とは……?」
『なにを言うのです。わたくしと寝食をともにする巫女がわたくしを奉ずる巫女となるのは当然のこと……今更、疑問を挟むこともないでしょうに』
「き、聞いておりません!」
いつも勝手な女神だが今日は格別だ。ついに他所の巫女をかっさらいにきた。
冗談かと思ったが、メリッサは至極真面目だった。普段は纏わない威厳を持ち出して、忘れがちになる彼女が女神だという事実を示してくる。
『我が身は
「ええ!?」
たしかに神からの加護を一身に受けられる。それは巫女にとって何よりの慶事だ。
とはいえ祐理の所属する神道とはまったく違う、それも地球の反対側にあるような地域の女神だ。あまりにも風俗風習が違いすぎる。役目を全うできるとも思わないし、そもそもメリッサという自由な女神がお固い自分と相性が良いようにも思えなかった。
祐理はすぐさま及び腰になった。
『なにやら胡乱なことを考えていますね』
メリッサは翼をひるがえした。
『なにも可笑しなことはないでしょう。そなたの器量は絶花。わたくしが
もともと日本でいう巫女は西洋の魔女とイコールだという。
魔女、とはキリスト教から見た古き女神に仕えた女たち。極論、巫女と魔女は立っている場所からの見え方の問題でしかない。
となれば世界最高峰の霊視能力を備える媛巫女が、魔女の神へ仕えるのも理解できない話ではない。
「で、ですがっ! お、畏れ多くも暁の女神に奏上させていただきます。わたくしには役者不足ですっ!」
『ほう?』
「わ、私はいまだ恋を知らず男性も良くしりません。ですから恋多く、愛に溺れ、陰陽の陰を極めたメリッサさまの……ええっと、その、”奔放”な振る舞いはできかねますっ!」
過ごしてすぐ気付いたがメリッサは相当な男好きだ。
男なら何でも良い訳ではないようだが、とにかく
『──お前は
「──!?」
たった一言で全てがひっくり返った。
もはや恐慌状態だ。
思い浮かぶのはたった一人。最近、心のなかで日に日に存在感を増していく少年。カンピオーネにPTSDがある自分となぜか相性のいい男の子。そこまで思い至って祐理は俯いた。
「ですから! ……く、草薙さんには……お待ちしている方が……」
『? わたくしは草薙さまとは一言も申しておりませんが……。そうでしたのね、そなたは草薙さまに恋をしていたのですか』
「め、メリッサさま!!!」
『ふふふふ。これくらいの戯れは許しなさい。それに……以前も申しましたが古き妻を捨て、新しき愛を得る。それが間違っていると申すものは己の小心を声高に叫んでいるのと同じ。男女がいにしえの雑婚から一人の伴侶を選ぶようになり結婚をはじめてより、離婚と浮気もまた男女の縁なのですよ』
「己の論法を押し通すためにめちゃくちゃなことを言わないでください!」
めちゃくちゃなことを言っているが、めちゃくちゃな自論をめちゃくちゃな力で押し通すのがまつろわぬ神の精髄である。
『そなたが草薙さまに恋をしている、と言うならばよいでしょう。わたくしを奉るそなたが神殺しの殿を見事射止めたならわたくしの威光は眩く輝くに違いありません──覚悟しなさい。いつか必ず報われる時が来ます!』
「ええぇ!?」
結局。
押しが強かったのものあったが、拒み切ることもできず、なし崩しにメリッサの巫女(仮)という形で押し切られてしまった。
一悶着あったが、落ち着きを取り戻し、祐理は壺を前に正座していた。メリッサの巫女だとなんだと言われようと、この壺は何とかしなければならない。
それに……。
(それに……草薙さんのお力添えを少しでもできるかもしれません……)
心を掻き乱し続ける少年の一助になれるかもしれない。そんな下心があるのは生真面目な祐理には口が裂けてもいえない本音だった。
メリッサが言う。
『よいですか。わたくしの巫女という看板を背負うならば、この壺にひそむ神獣ていど炙り出せて当然です。美、魔女の業、毒、変身術……わたくしには多彩な権能がありますが、やはり我が本地は火。火の女神の巫女として火術を会得なさい』
「ですが火のイメージなどこれまでの修行では……」
祐理のこれまでの修行は炎という荒々しいものから遠ざかることにあった。世俗の穢れや垢を拭い、静観なる境地で聖なるものへ近づく。そんなものばかりだった。
『始原より──女は火!』
メリッサの一喝が叩きつけられる。
『大神ゼウスはかつて黄金の時代に人類から火を隠しました。その火は災厄に惑う人類を憐れんだプロメテウスにより返還されました。──そう、火は隠されたのです。もとより世には火があったのです。お前たち人の子が
広大な天にも火があった。雷が落ちた火災から人は最初の火を得た。
無辺な大地にも火があった。石を叩きつけ飛ばした火花で種火を得た。
森閑とした木々にも火はあった。木々を擦り合わせ摩擦熱で発火させた。
有名な日本神話の火を産んだイザナミが女陰を火傷し死去した神話だが、これは女性の身体には火が備わっているという
ならば──人も火を宿す。
メリッサが声を張り上げる。
朗々と一対の羽しかない矮小な鳥類と思えないほど声高に。
『お聞きなさい
『人もまた火を体内に持ちます。大神ゼウスは
『なぜわたくしが巫女に美しさを求めるのか。それはわたくしが美しいだけではありません。貞淑であろうと化粧をせずとも、燃え盛る火であることを求める美と火の女神であるゆえ』
虎が強いことに理由がないように。野生の雌豹に美を見出すがごとく。
草薙護堂をはじめとした理由なく強い男がいる。
ならば理由なく美しい女もまたいる。
僧籍に入った尼やシスターがベールやウィンプルで顔を隠そうと、誘蛾灯に誘われる蝶のごとく男を呼び寄せてしまう。さながら燃え盛る火のごとく。
『ゆえに、わたくしたちに静謐など不要! 情動とは焔。恋と愛に耽溺する我らは火! 三角形の
気付けば祐理は火を宿していた。
「暁の車よ。わが裡に宿る熱にて──」
熱に浮かされるように口遊んだ言霊が熾火と化し、やがて壺を炎上させた。ガタガタと壺口が揺れ、中に入っていた潮水がゴボリと沸騰している。
釉薬がふたたび溶け出すほどの熱量は、壺に憑いていたものを追い出した。
『────』
声なき絶叫とともに這い出てきたのは、やはり龍。
人の何十倍もある蛇を思わせる龍蛇が、空を旋回している。
『ヨコセェェェ……!』
龍の神獣は人語らしき叫びをあげながら、西へと消えていった。
『む、逃しましたか。まあこんなものでしょう』
「はぁはぁ……!」
神獣を警戒させるほどの術、それを予告無しにぶっつけ本番でやらされた祐理の負担は大きかった。もともと体力に乏しい彼女だから相当体力をすり減らしている。
まともに動けず膝をついて酸素をもとめて肺を上下させている。
『……やれやれ。手のかかる子。わたくしの巫女としての自覚を持ちなさい』
「申し、訳……っ、ありません!」
『今は火急の事態。我が背に乗ることを許します。参りますよッ』
祐理の様子に呆れたメリッサが──変化した。
現れたのは二十メートルほどの神鵰。魔女の神として変身術に長けたメリッサが自身を巨大化させることは児戯に等しい。
疲労困憊なのに恐縮する祐理をひっつかんで背に乗せる一幕もあったが、二人は南西への方角へと飛び立った。
「はぁ、やっと捕まえた」
祐理とメリッサの状況なんて知らない護堂はやっとのことで百合若を捕まえた。とうの百合若は必死の形相で追ってくる護堂がおもしろかったのか、捕まえられても楽しげに嬌声を上げている。
ちなみに百合若が飛んでいるのを見た人間はいない。まつろわぬ神の特権というか、人に見られたくないと思えばそれだけで人は神を認識できなくなる。だから百合若を異常な赤ん坊だと認識したものは存在しない。
まあ性質の悪いことに、人に見えないのをいいことにすぃ〜っと展望デッキまで駆け上がっていったのだが。
「神様って高いところ好きなのか……? 煙となんとやらは──おわっ!?」
捕まえた場所は日本で一番高い建築物。
だから不意にでかかった言葉は──口にできなかった。ご立腹の様子で指をぐるぐるする百合若に、護堂もぐるぐるを強いられた。
「だぁ! うぅ~~!!!」
「ぐぇ、わ、悪かったって!」
妙な挙動をしていたからか、周囲の観光客に異常者をみる目で見られている。赤面しながら百合若を抱えてその場を離れる。
「いたずらっ子がすぎるぞ、おまえ」
整った鼻梁の鼻先をつまんでぐりぐりするが、痛がった様子もなく笑っている。のんきだなぁ、と独り言ちる。
と。そこで正午を知らせるチャイムが聞こえてきた。
地域が違うからか、少し毛色の違うように思えたが特に気にもせず護堂は展望デッキにあるレストランへとむかった。
「万里谷には悪いけどどうせ今から七雄に寄って学校に戻っても間に合わないだろうし、なんか美味いもんでも食べて帰るか」
「ぁーい!」
「まったく、こういう時は元気だな」
警察に補導されなきゃいいけどな。
レストランで席に座り、料理を適当に見繕う。一応、目線を気にして隅っこに座ったが、こんな真昼間に赤ん坊を抱いた学生など目立って仕方がない。
「まあいいか」
というか展望デッキに上がるだけでも結構入場料を取られている。小遣い制の男子高校生にはかなり辛い出費だった。
旅立った偉人たちも元を取らなくちゃ浮かばれない。景観はこれ以上なく素晴らしいが生憎、天気は悪い。
「あぉーうぉー!」
「ん。どうした百合若……ああ、あれは江戸城だ」
「あぉーうぉー?」
「あー、たぶん明治神宮か……?」
展望デッキにあるカフェで百合若と景観を楽しんでいると、ガラス越しに水滴がいくつか張り付いた。
「降り出してきたかぁ。傘持ってきてないぞ──ん?」
カチッ、カチ。
スカイツリーから見下ろす景色の隅で、なにかが瞬いた。
護堂という超級の戦士だからこそ対応できた。
数百メートル離れた場所からの攻撃を!
「──危ないっ!!!」
水の弾丸が展望台の分厚いガラスを穿つ。蜘蛛の巣状に砕け、スカイツリー内部を素通りするがごとく虚空に消えたのが威力を物語るなによりの証拠。
観光客からの悲鳴を無視し、百合若を抱えて身も世もなく転がった。
次弾、次々弾、次々々弾、次々々々弾、次々々々々弾!
「クソッ! 遠慮なしか!」
無数に放たれる水弾は──やがて展望デッキを水浸しにした。そこで護堂はやっと気づいた。
水の弾丸が真水ではなく、潮水であることを。
『ヨコセ……ヨコセ……。ヨコセ!!!』
軋むような声とともに水がさざめいてナニカへと変貌した。
周囲の観光客が悲鳴を上げてエレベーターへと殺到する。大量の人が集まる方向へ、顎を向け──
「我は最強にして全ての勝利を掴むものなり!」
『雄牛』
百合若をはなし聖句を唱え、権能を行使する。選んだのは天下無双の力士となれる『雄牛』だ。敵は巨大な水の塊、やはり相応の重量があった。
『雄牛』の発動条件を満たし、狙いどおり化身が発動した。
「おぉおおおおおお!!!」
裂帛の気合を込めて、そこら中に散らばったガラス片を投げつける。化身の膂力に裏打ちされたガラスの打球は、元野球少年の制球も相まって正確に怪物を穿った。
ぱしゃんぱしゃん。打球に渦巻く水が粉砕され、精錬され、削ぎ落とされ、長い尾をもつ怪物へと化していく。
「龍……だって!?」
やがて現れたのは──龍の怪物。
少し前、祐理とメリッサが壺から追い出した個体と同じ神獣。目玉を生やした神獣がぐるりと視線を回し、そして護堂を視界におさめると咆哮した。
『ヨコセ……ヨコセェェェ!』
護堂はハッとして手放してしまった百合若の存在を思い出した。あの怪物が求めていたのは殺戮などではなく、子供……つまり百合若だったら。
さっきまで百合若のいた場所をみれば、すでに百合若は捉えられていた。水の中に状況を理解していない赤ん坊がいる。
「百合若! ──クソッ!」
神獣は百合若を拉致すると穴をあけたガラスから大きく空へ飛翔した。
連れ去られた百合若を追い、護堂は大穴の空いたガラスから乱気流吹き荒れる外界へと飛び出した。
はぁはぁ……キルケーの魔女……?