東照宮の奥に広がる異空間。紫禁城もかくやという城が建つまつろわぬ神を封じた場所。
本来、この城には神しかいなかったはずだ。
神しかいない孤独な神聖な空間だったはずだ。
しかし今は違う。うごめく影が無数にあった。猿どもの歩武が城を揺らし、静謐だった空間を騒がせている。
大戦を前にしたサルどもが爪を掲げ、牙を剥き、野性が思うままに狂乱する。
混沌と狂騒で満たされたサルどもの頂点に──
無機質な石像ではない。
崇高なる神をかたどった偶像のごとき神韻縹渺とした風格があった。霊妙な力感に溢れた石像は、まさに神そのもの。
何を隠そう、東照宮に『弼馬温』の呪縛で封じられていた《鋼》のまつろわぬ神であった。
かのまつろわぬ神は今、己に刻まれた”異常出生”の再現──
石から生まれる、という異常出生のモチーフはユーラシア大陸の各所で確認できる誕生神話だ。例えばコーカサスの『
この英雄譚に登場する英雄ソスランも石から生まれた。裸のサタナを見た羊飼いによって受胎させられた、という何とも言えない経緯だが鋼鉄の肉体を持つ不死身の英雄となった。
彼の母サタナは、アテナイの王エリクトニオスの母アテナ、イエスの母マリア、釈迦の母マーヤーらと同じく処女母神の系譜に属する。
日本の桃から生まれた桃太郎もその話に属する。
桃は五行では金に当て嵌められる金気の果実だ。桃を司る女神は西王母といい、その名のとおり西を象徴し仙人たちの宴である蟠桃会を開催する仙界の女主人だ。
桃という金果から生まれ、戦場という金気に満ちた空間でかの勇者は無敵を誇った。
ローマ帝国で崇拝されたミトラス教のミトラスもまた松明と短剣を携えて石から生まれたという。
彼らはすべて《鋼》の一党。龍蛇を調伏し、下僕とする、猛々しい剛直なる戦士ども。
ゆえに『弼馬温』の呪縛で封じられている石猿──『美猴王』も《鋼》だ。
石から生まれ、天上の都で暴れまわり不老長寿の桃を盗むと、やがて鋼鉄の身体を得た。
しかしやりすぎた彼は釈迦如来に捕らえられ、五行山の岩の隙間に封印されてしまう。そして三蔵法師の弟子となって功徳を積むことを許され、天竺までの取経の旅に出た。
注目すべきは”石”から生まれ、その後”石”に封じられ、三蔵法師に解放されたこと。
つまり誕生秘話の再生産。
『美猴王』にとって──”石への受胎”と"石から生まれた"という儀式は二度起きた。
ゆえに。
『美猴王』は復活のため神話をなぞっている。石の殻が割れ、卵の殻のように剥がれ落ちるとき。
まつろわぬ闘神の再誕は成る。
『弼馬温』の呪縛は木っ端微塵に破壊され、石猿は蘇る。
緊箍児というなの王冠を額に嵌め、石像のなかで一点、目だけが生身だった。眼球は赤く、瞳孔は金。”火眼金睛”──邪悪を祓う霊眼が輝く。
正規の手段で『弼馬温』という大呪術を弱めるには”斬竜刀”というキーアイテムが必要となるが、この場にはない。ゆえに代替として霊眼を強く輝かせる。
やがて空から赤い狭霧が降り注いできた。
南西の地で、鋭い剣によって引き裂かれた蛇の血。《鋼》の神々にとってなによりの滋養となる竜蛇の命が慈雨のごとく!
「くくく……この感覚、分かるぞォ。あの生っちょろい白面は約定を果たしたか! 滾々と我の本地と呪力が溢れるてくるわ! そらそら我が王国の民よ! 舞えぃ踊れぃ! 武神にふわさしき神楽を我に捧げよ!」
ドドン! ドンドン! ドドドッドドッドドッ!
大地を震わす戦太鼓の律動が、城を揺らす。
ドドン! ドンドン! ドドドッドドッドドッ!
ダンダン! ダダッダダッダダッ! ダン! ダン! ダン!
戦太鼓と地面をけたぐる足踏みが大地を鳴動させる。静謐なる地母神の領域を、血に酔う戦士たちの鼓動でもって辱めていく。
太鼓の殷々たる調べにサルの王は満足した。
眼下の猿たちは……実のところ本物のサルではない。 もとは人間。日光東照宮近辺に住む住民だとか、東照宮の観光客だった人間たちだ。
普通の生活を営んでいた彼らをサルの王──『美猴王』が引っ捕らえサルに変えてしまったのだ。
「善哉、善哉。我は《鋼》の郎党、竜蛇を征する星のもとに生まれた神。ゆえに竜蛇の血と神力は我らを昂ぶらせ、荒ぶる本性を思い出させる劇薬にもなる。ふふふ、今にして思えば只のサルとして怠惰に暮らす日々も悪くはなかったのう。嗚呼、口惜しや口惜しや!」
ばきばき……。石の殻が剥がれ落ちた。
自由になったのは腕一本──右腕だけ。
だが万夫不当の英雄にはそれだけで十分。
耳元に手をやって爪楊枝サイズの小さな棒を取り出した。これこそ『美猴王』の名高き武器、海底に住む竜王から
伸縮自在の如意禁錮棒。
「ははは。さあて一仕事やるとするかね。ゆけぇい如意棒よォ
裂帛の気合とともに棒を前につき出す。
空気の弾ける音とともに掌から放たれた如意棒が、凄まじい勢いで異空間を突き破り、西天宮を崩壊させ、東照宮を吹き飛ばす。
如意棒は止まらない。ソニックブームで山や建築物を崩壊させながら勢いが衰えることはない。
『美猴王』の意思に追随し、如意棒を構成する神代の金属”神珍鉄”が形を変える。
質量保存の法則を一切合切無視したバカげた膨張をはじめ──
隅田川は鐘ヶ淵へと直撃した。
世界巨人型神話に類似した神話として、巨大な動物が世界を支えているという信仰がある。
世界を支えるがゆえに度々起きる地震と結びつけられ、彼らが身動ぎするから地震が起きるのだと地震神話として語り継がれてきた。
巨大な動物は地域によってさまざまな姿でイメージされる。
ヒンドゥー教──大亀アクパーラ、白い象アイラーヴァタ、竜王ヴァースキ。
ギリシャ──巨人アトラース。
北欧──世界蛇ヨルムンガンド。
メソポタミア──太母神ティアマト。
東アジアではとりわけ巨大な蛇”世界蛇”が顕著に残る。伝説は鎌倉時代には海外から輸入され、やがて信仰のなかで変容した。
蛇から
時の流れともに仏教を起源とする地震を抑える
大地震や黒船来航が重なり恐怖に駆られた民衆によって地震除けの鯰絵が大量に刷られ、地震除けのまじないとして古歌が流行した。
──ゆるぐとも よもやぬけじの要石
──かしまの神のあらんかぎりは
しかして鹿島の神はこの世に非ず。
ぬぉぉぉぉおおおおんっ!!!
──グラグラ! ──グラグラ!
隅田川から泥がかった悲痛な叫びが生まれた。
咆哮とともに身を揺らし、世界を揺らすのはかつて"地竜"と呼ばれし世界蛇。
そのすがたは蛇というにはあまりに異質。
「百年前、我が威を見せつけたはずの地竜が打ち取れておらんかったとは驚いたが……まあ良いわ。この忌々しき呪縛から解き放つ滋養となるなら問題ないわい!」
地竜──『まつろわぬ大鯰』と『美猴王』との因縁はおよそ百年前に遡る。
東照宮に設置された『弼馬温』の封印は竜蛇避けを目的とする。とある強大な《鋼》が眠る日本列島に、《鋼》の本性をざわめかせる地母神の接触はなによりの禁忌であった。
ゆえにその番犬として『美猴王』が封じられ、東京で暴れていた地竜『まつろわぬ大鯰』を討ち取ったのだ。
地母神の多くは不死。その生命力は無限に等しく、たとえ四肢を砕こうと時を経て再生する。まるで死と再生を繰り返す季節のごとく。
地母神の系譜につらなる『まつろわぬ大鯰』も傷を負い、長らく隅田川の奥深くに眠っていた。
だがその眠りも終りを迎えた。
『美猴王』の一撃で覚醒を強要された。
地竜が強烈な痛みで身動ぎし、関東が揺れ動いている。
如意棒を叩きつけたそばから降り注ぐ地竜の血が、みるみる石猿の殻を剥がしていく。
『美猴王』が本来の神格へと新生を果たしていく!
「我は猿猴神君に非ず──」
真なる名を取り戻した猿魔の王が口笛を吹く。はるか天空から金色の雲がやってきて飛び乗った神とともに飛翔する。
もはや滑稽な猿猴神君だった名残はない。
「我は天なり。天に
天を駆るのは自由奔放なる神。竜蛇を降し、騎馬する異形のまつろわぬ《鋼》の闘神。
中華にその名を轟かす稀代の英雄。
「我が姓は孫、名は悟空。斉天大聖の号を得たり!」
斉天大聖・孫悟空、見参。
護堂は一人だった。
怪物の身悶えする咆哮が地盤を揺さぶりつづけている。
大地の鳴動を足に受けながら護堂は岸辺にあるコンクリートの石段に座っていた。
祐理も、百合若も、メリッサもいない。
甘粕も馨もこの場を離れた。だが気にしない。
彼らも自分にしか戦えない戦場へ赴いたのだ。
『王』が心置きなく戦うために。
目を閉じる。
はじけるような風雨に晒されながら、護堂は反芻していた。
「──最悪のドミノ倒しが起きました」
紗耶宮馨はいつになく厳粛な面持ちで言い放った。
「連鎖のはじまりはドラゴンの神獣の出現。本来、『弼馬温』の呪縛はいかに地母神の血脈であっても神未満の格しかない神獣程度では復活することはありません」
「……ですが」常に冷静沈着な指揮官としての振りまいを崩さなかった馨をして焦りが顔に滲み出ている。それほど事態は悪いのだ。
「ぼくたちの想定外だったのは、ドラゴンの神獣がティアマトという最古の地母神に連なる”蛇”だったこと。そして更に想定外だったのが”聖秘儀”とよばれる「《鋼》の儀式」によって猿猴神君が「《鋼》の本地」を取り戻していたことです」
びくり、と隣の少女の肩が揺れた。振り向けば祐理が青ざめている。神獣の出現を気付けなかった自責が彼女から血の気を奪っている。
思わず手を握った。冷めきった指先に熱を送り込むようにしっかりと。
「じゃあ、その神様はずっと復活のチャンスを虎視眈々と窺っていたのか」
「はい。あのドラゴンの神獣に触発され、東照宮に封じられた猿猴神君が力を一部取り戻し──あの巨大な鉄棒で隅田川に眠る地竜を攻撃したようです」
スカイツリーという日本人の威信をかけたランドマークよりはるかに荘厳で巨大な鉄塊が、大地に突き刺さっている。あの棒が突き刺さっている先に"隅田川に眠る地竜"がいるのだろう。
「隅田川の地竜っていうのは?」
「我々正史編纂委員会の秘匿事項のひとつです。鹿島神宮の大鯰、といえば草薙さんもお耳に入れたことがあるのでは?」
「大鯰? それって鹿島神宮の?」
覚えがあった。
以前、鹿島神宮をおとずれた時に見た地面のなかに埋まった石。
あれは鹿島神宮の祭神タケミカヅチの手によって地震を引き起こすナマズを抑えているという伝説があったはずだ。
「草薙さんの考えてらっしゃるとおりです。地竜とは謳っていますが、すがたはナマズそのものです。名をそのまま"まつろわぬ大鯰"。この神格は地震とナマズを結びつけた民間信仰を起点にした神です」
「でもなんで隅田川にそのまつろわぬ大鯰? がいるんだ? 鹿島神宮で封じられてるんじゃ?」
「鹿島神宮の要石は、要所ではありますが封印の本体ではありません。あんな目立つ場所に神を封じ込めておけませんから」
馨の端的な説明を甘粕が補足した。
「幕末の安政のことです。かの時代、列島各地では目を覆うほどの大地震が連発したことがあるんですが……あー、草薙さんも歴史の授業で触れたことがあるでしょう? 江戸でも隅田川東部でとくに猛威をふるったいわゆる──"安政の大地震"。あの災害の後、大鯰を描いた”鯰絵”が流行しました。地震除けのまじないであった現実世界の世直し願望に変貌し……おっと、まあ複雑な経緯があるんですが……今は省略しましょうか」
甘粕は自らのうんちく語りを呑み込んで続けた。
「とにかくあの大鯰は地竜ではありますが、竜蛇の一種──龍神でもあるんです。そして龍神は金物を嫌います。釣針や刃物を海に落として不漁になったとか津波が起きたという伝説は枚挙にいとまがありませんから」
「そして水底に沈んでいる金物といえば鐘でした」と鐘をつくような動作をとった。
「近代化以前の船では持ち運びができる金物といっても鐘がせいぜい。運搬にも苦労したようで、越前の夜叉ヶ池、宗像の鐘の岬など、湖や池の底に鐘が沈んでいるという伝説はどこにでもあります。こういった伝説を総称して沈鐘伝説と呼びます」
「沈鐘伝説、ですか」
「ええ。カネボウという化粧品ブランドがありますがもとを辿ればこの沈鐘伝説が由来とも言われているんです。まあそれはどうでもいいんですが、除夜の鐘など鐘は邪気を祓うとされているでしょう? ですから人に仇なす龍神を封印する要として鐘を連想したんじゃないでしょうか。実際、かの泉鏡花が描いた傑作『夜叉ケ池』でも夜叉ヶ池の龍神・白雪を封じ込めるため主人公たちが鐘を撞き続けているという描写があります」
そして隅田川のある鐘ヶ淵にも沈鐘伝説があった。
「昔の正史編纂委員会のお歴々はこの伝承に目をつけました。鹿島の要石を隠れ蓑に鐘ヶ淵にまつろわぬ大鯰を封じたんです」
ピピ、っという受信音とともに馨が先ほど送られてきたデータをこちらへ見せてきた。
「草薙さん、これを。現在の脅威はこれを見てもらう方が早いです」
「これって隅田川にある魚影探知機……ですか?」
青、緑、黄、赤で色分けされ画面一杯を真赤に染めるほど大きな魚影が一尾。形からしてナマズだ。ずんぐりむっくりとした胴体に扁平な頭部。それから長い口ヒゲ。
なるほど、イメージやイラストで見かけるナマズと酷似している。
(くそっ、なんてデカさだ……)
ゆうに100メートルはあるかもしれない。
護堂の『猪』でも50メートルがせいぜい。大ナマズというほどだから覚悟はしていたが、相当だ。
カンピオーネとなって異形の怪物が練り歩く戦場を歩いてきたが、これほどのサイズは記憶になかった。
「いえ、魚影探知機ではありません。ついさっき撮影された
「…………ッ!?」
護堂は愕然とした。
100メートルどころではない。2,30キロは超える途方もないサイズ。
文字通り桁違いだ。
「冗談じゃないっ! こんなのが暴れれば、首都圏がぶっ壊れるじゃないか!」
「仰るとおりです。過去、実際にまつろわぬ大鯰によって関東は壊滅的な被害を受けました」
「えっ?」
「草薙さんも知っておられるのでは? 百年前の関東で起きた大地震を」
「百年前……ってまさか!?」
およそ百年前に起きた大地震と聞けば一つしかない。1923年9月1日に起きた日本の歴史上最大の被害を出した災厄。
つまり──関東大震災。
「東照宮にかの神が封じられ、400年の間まつろわぬ地母神を討伐した事例は三度ありました。直近では百年前。東京で狼藉のかぎりを尽くし、東照宮の神に蹴散らされた地竜とはつまり、まつろわぬ大鯰。蛇は不死ですからその無限の生命力で一度討ち取られても生き長らえていたようです」
「それを知った当時の委員会の幹部の慌てようはそれは凄まじいものだったようです」と汗を滲ませて無理やり微笑んだ。
「江戸城から見た日光東照宮の方角、鬼門の方角になんとか封じ込めるのに成功しましたがここが限度だったようです。かの猿猴神君に隙をつかれてこの惨状です」
「今回もそのレベルの災害が起きるって考えた方が自然なわけか……」
護堂は頭を抱えた。
この状況、ただ敵を倒せばいいというものではなさそうだ。
「というか馨さん。ずっと気になってたけど東照宮に封印されてた神って……」
護堂はなんとなく思いついた神格の名を口にしてみた。というか伸縮自在の鉄棒と聞いて思い浮かぶのは一つしかない。
馨は微苦笑を浮かべた。
「いま草薙さんの口にした神の名前で間違いです。かの猿王こそ長年、正史編纂委員会と四家にて呪縛しつづけてきたまつろわぬ神です」
くそ、護堂は悪態をついた。いままで見聞きしたどんなまつろわぬ神よりも有名な神格じゃないか。
日本人ならほぼ誰でも知ってる桃太郎に並んでメジャーな神格。
かくいう護堂自身、幼い頃から耳にした稀代の英雄だった。
「策は……あるんですか?」
甘粕が首を振って応じた。
「正直、わたくしどもも頭を抱えています……。状況が急転直下すぎて、対応が困難を極めます。こんな時のために設置された『弼馬温』の術式だったんですが、逆手には取られてはいかんともしがたく……我々としてもすぐさま行動に移りたいんですがねェ。ヤシマ作戦みたく妙案が浮かびませんよ」
『──では人の子よ、ひとつ神通広大なる暁の女神から妙案を授けましょう』
「メリッサ!? 起きていたのか」
護堂の肩口から聞こえてきたのは耳慣れた乙女の涼やかな声。
いかなる当代の巫女でも太刀打ちできない魔女の御業と叡智を誇る女神が、魔王への献策を携えて戻ってきたのだ。
『草薙さまにお匿いいただいた恩義をいまこそ御返しするときが来たようです。かの荒ぶる猿王の悪行は夢物語と潰えることでしょう。
「わ、私が、で、ございますか!?」
『言ったでしょう。勝利のピースはすべて揃っていると! そなたはもう”御子の釣針”に触れ、その奥底を一瞬なれど観たのでしょう!』
あれは草薙家でのこと、高松先生が持ち込んだ正体不明の釣針と接触したときに祐理は白昼夢のような霊視を視た。赤銅色の肌と緋銅色の髪の少年──あの神格が、いま祐理が胸に抱いている百合若とのつながりがある存在だとしたら?
護堂たちは海底さながらの晦冥のなかで一筋の光明を見た思いだった、
やがて。
メリッサは厳かに告げた。
『──その大魚、漁猟の神たる御子の御業で
──天が
「また雨か」
目を開けて小さく零す。護堂が戦いへ赴くとき、大抵雨が降っている。メルカルト王との戦いもそうだった。アレクとの戦いもそうだった。
今回もだ。閻魔を調伏し、死を克服した
世も、人も。連続する地震に恐怖を抱えて惑うなかで、護堂だけが泰然と空を睨む。
戦場は人工の自然が広がる庭園。
隅田川の終端、隅田川と東京湾の境界にある浜離宮恩賜庭園を選んだ。
人が少なく、広い場所といえば七雄神社から近いこの場所しか思いつかなかった。
しわぶきが頬にかかり、すぐさま風雨に洗い流される。
戦の予兆に赤熱する身体には丁度いい。
今度の敵は、過去に類を見ない最大の敵となる。確信じみた予感がする。
『でもさ、俺たちカンピオーネとまつろわぬ神の関係がさ──殺し合うだけってのは、悲しすぎる』
神との戦いを前に、過去の言葉がフラッシュバックする。
あの夜語ったあの言葉は嘘じゃない。心からの本心。
──だけど。
……おおぉん…………
ナマズの切なげな声とともに、隅田川に屹立していた如意棒が虚空に消える。
莫大な質量をともなった鋼の棒は、虚空を飛翔する何者かの手に戻った。主の元へと戻ったのだ。
来る。
おもむろに立ち上がった。
敵の到来は一秒もかからなかった。影が閃電の速度で護堂のもとへと飛来してきた。
「はは。えらく血の気の多い者がおると思ったが小僧、お前さんかね? さっきから焔のごとき
頭上に金色の雲をひるがえした猿の王が下界の少年を見下ろす。
見下される少年は、口唇を歪めて天上を睨みつける。
『美猴王』と『東方の王』はついに相対す。
瞬間、両者は悟った。
コイツもまた聖秘儀というゲームに参加したプレイヤーなのだと。その証拠に、額がまばゆく輝き、王冠の
猿魔の額には緊箍児が。
魔王の額には血の冠が。
空前の大敵をまえに指先が震える。カンピオーネの性としえまつろわぬ神と対峙するとベストコンディションとなり戦意が滾る。
でも震えているのは戦いの高揚だけじゃない。
指を一本一本、苦労しながら折り曲げていく。
震える手は、怒涛の怒りを孕んだ神を弑する激烈なる拳へと。
面白そうにその様子を眺めて猿の神が問うた。
「おぬしはなんじゃ? なぜここにおる? 仙人たる我に教えを乞うためか? 我の覇道を介添えするためか? あるいは、この孫さまに首を差し出すためか?」
ひょうげた斉天大聖が気配を一転させ、胸を逸らして大音声を響かせた。
「──名乗れい小僧ォ! 何しに来おったァ!」
一歩を踏みしめる。揺れる地面を叩きつけて。
「草薙護堂。神殺しだ」