戦女神は微笑まない   作:につけ丸

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15話

 浜離宮恩賜庭園 pm 18:55 

 

「ほほぉ。厄介な力を持っていると見える……。しっかし、えらく"分からん"力じゃの? 遠き我の知己であった財宝神に仕える鉱蟲に、()()()()()のいたずら者の偸盗じゃと? おぬし、なんの神を殺めたのじゃ?」

 

「さあな」

 

 護堂もとぼけたが、実のところ彼自身よくわかっていない。己に宿すプロメテウスとエピメテウスの神性が都合の良く交わったのは察せるのだが。

 のちにグリニッジの賢人議会から『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』──知らずのうちに蓄えていた権能にそんな名前を付けられるわけだが、護堂は未だ全容を介していない。

 

 ただ直感的に理解したのは『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』が、プロメテウス秘笈のように神々の力を取り込みながら、そのプールした神力を護堂と融合できるようだ。

 その成果物が太母の神ティアマトの神力と融合した無尽蔵の快復力。そして両足に生まれた黄金の脚絆だった。

 

 プロメテウス秘笈は"偸盗──放出"というプロセスで恩寵を示した。

 

 ここにはない最源流の神刀は"偸盗──融合"、コピーと化身同士の融合というプロセスで恩寵を示した。

 

 そして『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』も"偸盗──融合"というプロセスで恩寵を示す。しかし、化身同士の融合ではなく護堂自身と融合させる化身術へと昇華された。

 

 神話にて斉天大聖・孫悟空は72の変化術を習得し、そして。

 神殺し・草薙護堂もまた仙猿たる敵手に相応しい十重二十重の化身術を体得した。

 

「よいぞよいぞォ! 今代の神殺しもよほど厄介な手合いと見える! おぬしが足で我に向き合うなら我もそれに付き合ってやるとしようかね!」

 

 斉天大聖が膝を掲げ、肘を突き出す。インドの武術カラリパヤットがタイにて発展した戦闘技法ムエタイの構え──《鋼》の神として伝わるラーマ王子を開祖に戴く武術。

 斉天大聖の源流はいくつかあるがインドの風神ハヌマーンとする説もある。

 まつろわぬ神は神話伝承を血肉と変える。その逸話が斉天大聖にも作用したのだ。

 

 護堂もまた無意識に脚を掲げた。

 

「……驚いたのぉ……奇しくも同じ構えとは……」

 

 気付けば護堂も斉天大聖と同じく膝を掲げ、肘を突き出していた。護堂は武術を知らない戦士。

 近接戦闘は『駱駝』の補助のままに任せる。万華鏡のごとく変遷する戦いのなかでその時に最も適した獣の戦闘術を編み出すのだ。

 

 そして今の最適解は、これだっただけのはなし。

 

「韜晦も極まれりじゃの、羅刹の王がラーマ王子が世に伝えた武技を使うか!」

 

 痛快極まる斉天大聖の声を残し、迅雷と変化する。

 地を蹴り、風を超えた両者が交錯し──片方の足が弾かれた。

 

 斉天大聖の鋼の肉体が! 

 

「ぬぅ!? この孫さまが押し負けるとな!」

 

「当たり前だ! こっちは百足(ムカデ)だぞ!」

 

 ラテン語でcenti()ped()に由来する──大百足(センチピード)の神性を活性化させ、脚絆という外骨格に聖印が刻まれる。

 オオムカデを依り代とした『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』はウルスラグナ化身の中でも『駱駝』が最良のコンビネーション。キック力に特化した『駱駝』と無数の足を誇る『オオムカデ』は屍山血河を築くマリアージュとなる。

 

 護堂はムエタイの構えを投げ捨て、地に手を置いて前傾姿勢を取った。

 

 呪力、呪力、呪力! カンピオーネの裡なるエネルギーを右脚に叩き込み、膨張する呪力に比例して加算されていく重力が天地を轟かす。

 左足を軸にし右脚で円をえがく。地面と火花を散らしながらのマックスターンを披露し──やがて跳躍。

 

「全ての敵よ、我を畏れよ!」

 

「おお、これは不味いわ! 金の性は剛強にして能く木に剋ち、心猿は木龍を降して帰る!」

 

 迅ッ、地殻を揺さぶるほどの踵落とし。

 鋼鉄も城壁もあらゆる防御のすべてを無に還す魔王の一撃が斉天大聖へと放たれ、しかし渾身の一撃が破いたのは皮一枚。

 斉天大聖が金剋木の言霊を口にした途端、地面から莫大な呪力が供給され猿王の鉄頭鉄臂、銅背銅身なる身体の剛性が格段に上昇する。

 硬さを増した斉天大聖の掲げた如意棒に軌道をずらされ、致命打を与えられなかった。空振りだ。

 しかし如意棒は二度目の破壊を受け、斉天大聖も無傷ではいられなかった。

 ずりむけた鋼鉄の身体からヒビが走り、口の端から血を流す。この戦いではじめて有効打が入った。

 

「ぐふッ! 掠っただけで()()かの、じゃが──」

 

 金は從い木は順いみな一となり、木は恋い金は仁しみ全て発揮す! 

 

 斉天大聖がふたたび言霊をつづけ、地上……否、大地にひそむ竜から力を奪い去る。奪った力が《鋼》のまつろわぬ闘神の滋養へと変わり、斉天大聖を不死の戦士へと変化させるのだ。

 かい脳──冠のごとく頭に仮面を巻く。ナマズを象ったひょうきんな仮面。あれが斉天大聖と大鯰の従僕関係を示しているに違いない。

 

「竜を倒して力にする《鋼》ってことは、まつろわぬ大鯰を餌にしてるのか!」

 

「左様! もともと百年前に我を復活させる契機となった竜よ! 我が如意棒で傷も付けたゆえ、時が経つほど《鋼》の我に力を呉れる薬匣──ぬはは! さぁて往くぞ草薙の! 折れた棒も使い道はあろうて!」

 

「ぐあっ」

 

 斉天大聖は三本に折れた如意棒をまるで予定調和のごとく揮う。神力で棒同士をつなげて三節棍とし、なんとか棒の穂先を蹴り上げた護堂を打ち据える。

 背を叩かれる形になった護堂がそれを推力に前進。武器を放った態勢の猿猴へと蹴りを放つ。防がれ、絡め取られ、投げ飛ばされる。

 

 空中戦の開幕。

 それは再び如意棒の突きではじまった。如意棒を蹴り飛ばす。

 が、直後にフェイントだったと悟る。

 あらぬ方向へ意識を集中させてしまった護堂を尻目に、唸りを上げて跳躍した斉天大聖の膝打ちが脇腹に叩き込まれる。

 痛みを堪えて、両肘で斉天大聖の銅を抑え、それを台座に膝打ちを見舞う。

 鮮血、治癒。

 今度は護堂の腕が引っ張られ、骨の砕ける衝撃。

 斉天大聖が護堂の足は砕けぬと見たか、他の四肢を破壊にきた。

 もはや斉天大聖に侮りはない。しかし本気を出しているわけでもない。

 気の遠くなるほど広大なる戦闘経験差が横たわっていた。

盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』という新たな力、『駱駝』と『百足』のコンビネーション。それでも戦況はいまだに暗い。

 空中戦は唐突に終わりを迎えた。

 斉天大聖が如意棒に並ぶ彼の代名詞"筋斗雲"を呼び、それを支えに護堂へ大上段から如意棒を振り下ろす。護堂も身を捻って回し蹴りを叩き込むが、支えのない軽い一撃となった。

 押し負け、地面に叩きつけられる。

 

「くははーははっ、我に伍する武技と認めてやっても良い。じゃが、まだまだ甘いの? 長じればわからぬが、今はおぬしが下よ!」

 

 勝ち誇る雲上の斉天大聖を睨みつけ、屈辱で揺れる歯を食いしばる。

 

「近接は知った。では遠間ではどうかの! ──猿猴(えんこう)鉛汞(えんこう)! 天雷無妄 元亨利貞!」

 

 斉天大聖が首の毛をむしり取り、息を吹きかけた。あの動作、心当たりがある。斉天大聖・孫悟空の有名な仙術、分身の術だ。分身はまたたくまに変化し、金色の玉と変わる。

 

「雷澤中有雷神、龍身而人頭、鼓其腹則雷!」

 

 無数の金色の玉に電撃が滞留し横溢する。

 斉天大聖の身体は金属製。それは分身も変わらない。まつろわぬ神の膨大な呪力で大電力を生み出し、己の身を磁石と変化。分身もまた磁石へと変化させ、斉天大聖と分身は反発しあった。

 磁石の特性は二つ。くっつくか、反発し合うか。

 斉天大聖は反発を選択し、人類が扱う電力からは考えられない大電力でもって分身を弾丸へと──電磁砲(レールガン)の弾丸とする。それも十は下らない数。

 

「まずッ」

 

 護堂が避けるより早く、レールガンは彼の身体を貫いた。凄まじい熱を帯びた弾丸は、腕のガードを貫通し、内臓をいくつも吹き飛ばした。

 即死しなかったのは一重にカンピオーネの頑丈さゆえ。次弾が来る前に行動を起こそうとし、目線を動かせば──斉天大聖がどこにもいない。

 

「足元がお留守じゃの?」

 

 右足を潰された。

 いつのまにか急接近した斉天大聖に反撃の余地もなく、上から振り下ろす震脚で足を砕かれた。どれだけ脚絆で硬化しても関節は弱い。鎧の隙間までは防御がカバーできないのとおなじく。

 

「──ッァ!!!」

 

『駱駝』の足を潰し、手も足も出なくなった護堂へと発勁を滲ませた掌底を左の胸板──心臓の真上に放つ。

 

「──!?」

 

 内部破壊のための一撃は人体のエンジンたる心臓を急停止させた。心臓だけにとどまらない衝撃は細胞という細胞を破壊しながら、口、鼻はもとよりすべての穴という穴から出血を強いた。

 心臓が潰されてしまった。これではどうにもならない。護堂は間もなく大地に伏せ、血溜まりを作った。

 

「……ふむ。これで終いかの。武技は見事な立ち回りであったが、術はイマイチじゃったの。願わくば円熟した戦士と成ったおぬしと手合わせしてみたかったが、それも叶わぬか」

 

 つまらなそうに呟き、斉天大聖は興味を失ったように踵を返した。

 なにせ彼は忙しい。もともと封印され呪縛されていた身だ。さっさとまつろわぬ大鯰を倒し、本懐を遂げねばあの『弼馬温』とかいう忌々しい名前をつけた呪縛の追手がやってくる。

 神殺しという珍獣の戯れに興味を惹かれてやってきたが、そろそろ時間も迫ってきた。そうそうに地竜を狩ってしまおう。

 そして。

 稲妻が疾り、地上へと迸った。

 

 

 雷撃の向かう先は斉天大聖──

 

 ──ではない。

 

 

 

 ドクン。 ドクン。

 

 

「──────」

 

 

 落雷の直後、斉天大聖はその鍛え上げられた聴勁で何処から鎚を鳴らす心音を聴いた。振り向けば心停止し、くずおれたはずの敵に、電撃が直撃していた。

 その閃電は空気のなかへ発散されることなく、少年──護堂の中で暴れ回っている。宿主が蘇るまで、心臓を乱暴に電気ショックしつづけている! 

 

 やおらに立ち上がった天敵の眼光はヒトの機微など介さない山羊(悪魔)の眼さながら。

 

 護堂の心臓は動いては居なかった。

 呪術で生じた電撃を、小器用に心臓への衝撃へと変じる。心臓マッサージさながらの連続圧迫で無理やり血液を全身に送り込んでいる。

 これまでは見せなかった明らかな魔導へのセンス。

 先ほどまで見せた獣の軽捷さは消え去り、動作はぎこちない。

 だが。

 見よ、あの闘志の渦を。不屈の反骨心をバネに、己自身ではない誰かの求めに応じて戦う。

 カンピオーネが人類総代の戦士なのだという矜持の誇示。暁の誓いの大きさ。

 

「っ! しぶとい小僧じゃ!!!」

 

 斉天大聖は仕留め損なった屈辱に顔を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 …………! …………! …………!

 

(誰だ?)

 

 護堂は夢見の空間でだれかの、いや、大勢の者たちが遠くから呼ぶ声を聞いた。

 十や百どころではない。もっと多い。よく聞こえないが、戦ってくれと懇願されているような気がする。

 

 …………! …………! …………! …………!

 

 声はやまない。

 そして声とともに力の存在を確信する。自らが得た、新たな化身の性質を把握する。

 

 群衆の声。力を求める声。救済を求める声。すべての声、否、意思を結集させ、まとめ上げる力。

 行き場のない嘆きや憤り、悲しみや苦しみを一手に引き受け力と変える祭司の化身を掌握した。

 

 声を発しない言霊を捧げる。

 

(義なる者たちの守護者を、我は招き奉る)

 

(義なる者たちの守護者を、我は讃え、願い奉る)

 

(天を支え、大地を広げる者よ。勝利を与え、恩寵を与える者たちよ。義なる我に、正しき路と光明を示し給え……)

 

『山羊』

 

 ウルスラグナ第九の化身『山羊』の覚醒。

 もともと祭司の才があった草薙護堂は今、花開いた。

 

 布袋が始めた儀式”聖秘儀”という魔王と神々が入り乱れる超級の儀式は、布袋が死んだために近くにいた護堂へと移譲された。

 そして幸か不幸か、草薙護堂は祭司としての才能を持ち合わせていたからこその悲劇。

 聖秘儀は成就された。

 そして儀式を成功させた秘めた暗黙知が護堂を突き動かす。激情と胸にされど挙動はこの上なく冷厳に勤め上げていく。

 

 手をかかげ、人差し指と小指は立て、親指、中指、薬指はたたんだジェスチャー。

 このジェスチャーの起源は古代ギリシアまで遡るとされている。地中海諸国では侮辱的な意味を持つこの手振りの名をコルナ。

 イタリア語で角を意味し、仏教では山羊のサイン──そう『山羊』。

 迷える子羊と表されるように羊を導く山羊は、衆生を導く賢者として偉大なる神々と結びつけられた。

 太陽を運ぶのは『馬』

 雷を運ぶのは『山羊』

 印欧神話の雷神に起源をもつリトアニア神話のペルクナスも山羊に曳かれる2輪の車で移動する。

 

 コルナを下ろす。

 天から地へと。

 

 今は風雨降りしきる悪天候。雷雲はいくらでもある。意思を天に流出させ、戈を創造し、穂先を形成し、稲妻を地上で活動させる。

 稲光りとともに稲妻が炸裂し、土砂降りの地面が発光。斉天大聖へと直撃するが、威力が足りない。さすがに石から生まれ、炉で灼かれた鉄頭銅身の猿。雷をただ落とした程度では苦悶の様子すらない。

 

「ええいバチバチと! 鬱陶しいことこの上ないわ! おぬしが稲妻を手繰るなら我も電光石火の速さを得るとしよう!」

 

 この通り嫌がらせにしかなっていない。

 斉天大聖は筋斗雲を再度呼び、雷光の速度と同等の速さを得る。

 

(やっぱりアレクとおなじ神速か……! 稲妻だけじゃ……!)

 

 牽制にはなるがそれ以上はダメだ、状況打開の秘策には程遠い。もう少し身体がまともに動けばもっとマトモな運用ができただろうに、斉天大聖のヒットアンドアウェイ戦法を不毛な消耗戦がはじまった。

 

 三本に折れた如意棒を分身に分け、三方向から神速の刺突。

 それを二十ほどの雷霆を雲から天下らせ閃電の城壁で防御。

 たたらを踏んだ分身たちをボール状に圧縮した稲妻を解放し、串刺しにして処理する。

 本体はひらりと避け、如意棒の石突で護堂の肩を小突いてくる。それだけの衝撃でボロボロの護堂は地面にひっくり返った。

 

「はは、草薙の! もう我と本気で相対する余力も残っておらぬではないか! ここまで我を愉しませた礼じゃ、派手に燃やし尽くしてやろうかの! ──炎々烈々として空に()ちて燎なり、赫々威々として地に遍ねく紅なり……」

 

 斉天大聖が如意棒を放り投げて、両手でいくつもの印を切り口訣を結ぶ。

 

「却って火輪に似て上下に飛び、猶お炭屑の如くにて西東に舞う」

 

 悪寒。

 この戦いが始まって以来の途方もない悪寒に一も二もなく雷雲の操作を放棄した。

 

「この火は燧人(すいじん)の木を(うが)ちしものにあらず、また老子の炮ぜし丹にもあらず」

 

 次いで行ったのは呪力の底上げ。ウルスラグナの言霊を謳い上げ、カンピオーネの呪力への対抗力を活性化させる。

 護堂は動けない。もはやこれしか打てる手立てはなかった。

 

「天火に非ず、野火に非ず、すなわち妖魔の修練し真の三昧火と成せしものなり──ッッ!!!」

 

 口訣の完成とともに術が完成した。

 後ろに反って胸を張った斉天大聖の身体が大きく盛り上がり、火焔を吐く。それは種火、火焔は飛び退った護堂の足元で地面に染み込むと──大炎上を起こした。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁあッッッッ!」

 

 大地が盛り上がり、天上へ向けて破滅の猛火が噴き上がる。叫んだ喉がそばから火傷していく。横面積は浜離宮恩賜庭園や汐留駅もろともと小なり。しかし見上げんばかりに天を焦がす激烈なる魔滅の縦炎が立ち上っている。

 

 生半な権能など弾き飛ばすカンピオーネの骨まで火葬する──真火三昧。

 

 しかし生命力と生き汚さは神域のカンピオーネ。万物を灰燼に帰す劫火の中心で護堂だけが形をもっていた。

 一重に『山羊』によって高まった呪力運用が功を奏した。

 おそらく『駱駝』の化身のままでは生き残れなかった。『駱駝』は物理攻撃とタフネスはあるが、遠間での術の防御では『山羊』に軍配があがる。

 臍下丹田、心臓、首、頭。とにかく生命活動に必要な部位以外は切り捨て、呪力を一極集中させ生き残りをかけた策に出る。

 熱い。尋常じゃなく熱い。折れそうな心を闘争心で蹴り飛ばし、痛みを戦意に変える。

 

 やがて護堂は苛烈な責め苦の中で覚悟を決めた。

 

 

 

 

「くっ……この神通無限なる孫さまとあろうものが呪力を使いすぎるとは。いまだ本復とはいかぬか……! そして」

 

 灼熱のあとに冷却されガラス状となった光沢のある地面に、影がある。燃えカスさえ灰に変わった灼熱地獄を耐えきった魔王がいる! 

 

「やはり神殺し。我が渾身の真火三昧でも燃やし尽くせぬとは!」

 

 消耗した様子の斉天大聖だが、まだ余裕がある。なにせ失っても失った傍からまつろわぬ大鯰のおかげで呪力が供給されるからだ。

 不死の地竜によるバックアップ。ゆえに斉天大聖に敗北はない。この時点で斉天大聖の勝利は確定している。

 対して護堂はもはや生きているのが不思議なレベルだった。

 身体にいくつも穴が空き、四肢は黒炭化。小突けば即死しそうなボロボロ具合だった。

 

(ぬぅ……?)

 

 だのに斉天大聖は手を出せなかった。

 相手はもう虫の息。いや、息をしているのか疑問なくらいボロ雑巾。

 しかし一切衰えのない目の光──その油断ならない獣の仕草が軽挙妄動を躊躇わせる。

 

 護堂へどうトドメを差すか。思案している最中に、()()は起きた。

 

「ぬぅ!? 地龍が何処かへと連れ去られていく!?」

 

 

 

 ずぉぉぉおおおおお!!! 

 

 

 

 泰山が鳴動するかのごとく。地中でずっと蠕動をつづけていたまつろわぬ大鯰が動いた。

 まるで大魚が釣りの名人に釣り上げられる様子を連想する機敏さで、北へ、北へと、高速移動を開始した。

 

「い、いかん! あやつが居らねば我が《鋼》の本地を完全には取り戻せぬ! 草薙のォ、この勝負一旦預け「我もとに来たれ、勝利のためにッ」──な!?」

 

『白馬』

 

 斉天大聖の注意が逸れた。

 その寸毫の間隙に最強の化身をねじ込んだのはもはや敗北を嫌悪するカンピオーネの負けず嫌いと獰猛さゆえだった。

 

「不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え。駿足にして霊妙なる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

 東方より薔薇色の曙光が生じ、咎人を灼き尽くす清めの焰が浜離宮恩賜庭園"跡地"もろとも呑み込んでいく。火剋金に表されるように《鋼》の武神たちは火で鍛造されながら、火が弱点という矛盾を抱えている。

 

「熱ちゃちゃちゃっ!? やはり抜け目ない小僧じゃ、このような太陽の鉾を隠しもっておったとは。機会を窺っておったな! ……じゃが、来ませい筋斗雲よ!」

 

 斉天大聖が超超高熱のフレアに耐えきれず筋斗雲に飛び乗った。

 

 護堂の読み通りに。

 

「──ムカデ! やれ!」

 

 本当に隠しもっていた秘石はここで。

 プロメテウス秘笈が変じて権能となった『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』はやはりあの盗人の神具とおなじ性質を備える。

 地面を叩くように掌を地面に触れあわせ、一反木綿さながらに身をひるがえした蒼いムカデが一心不乱に斉天大聖へと組み付く。そのまま全身を燃え盛らせ、斉天大聖の騎乗する筋斗雲を奪い取った。

 

「筋斗雲が! 何をしおった草薙のォォォ!!!」

 

 ムカデの腹の中へと金雲を取り込み、”足”を奪われた斉天大聖が激昂して跳躍して向かってくる。この機は逃せない。『白馬』へ呪力供給を跳ね上げる。

 

「愚かな! 閃電の()()()()を持つ我がその見え見えの鉾などくらうワケなかろう!」

 

「当たり前だ! 狙いはもともとアンタじゃない!」

 

『白馬』を行使するには民衆を苦しめる大罪人相手でないといけない。斉天大聖はその条件を十二分に満たしていた。

 しかしターゲットは斉天大聖ではない。

 この場には条件を満たす極悪人がもう一人いる。草薙護堂という兇悪無惨なる魔王が! 

 

「窮乏の身につきあう希望(エルピス)よ、盗人の堅牢なる腰巾着に(かく)れていろ。盗人よ。果報、()れる者には与えよ、()れぬものには与えるな。与えるは(ドース)、奪うは(ハルパクス)! なれど財貨なき夜の風は冷たく、鋭く、やがて死を招く!」

 

 言霊を言い放つや否や、裂帛の気合いとともに『白馬』の曙光へと突っ込む。

 

 プロメテウス秘笈は神力を一つしか奪えなかった。再使用には封じた神力を使い切らなければならなかった。

 しかし『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』として昇華され、護堂の身体という容量を増やした秘笈は()()()()()()()()()()()()()()()だった。これがプロメテウスの助力で神から権能を簒奪せしめたカンピオーネの隠し通した秘密。

盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』を稼働させ、『白馬』を吸収する。

 

「ぐ、があああああああっっ!!!」

 

 その過程でさらに腕が焼け爛れる。都合よく最源流の神刀が手元にあって媒介できない。白き太陽をレーザーのごとく一条の閃光にできれば楽だったが、ないものねだりだ。

 だから護堂はその身を削った。

 ムカデの刻印を右手に集中させ『白馬』の太陽フレアを掌に一極集中。掌に(palma fiocina)を作り出し、掌部限定のレーザー砲に化身させる。

 

「いざ凱歌を響かせ、傷付いた戈を敵の軀に突き立てよ! 暗く、醜く、地を這い、朽ち錆びた財貨の《鋼の蟲》は赤熱し、罪色の嘴についばまれる盗人の罪科と混淆(まじ)わるがいい!」

 

「甘いわ草薙のぉ! のろまなおぬしの掌底なんぞ俊敏極まるこの我が喰らうと思うてか!」

 

「思わない──()()()、あんたから奪ったんだろ!」

 

 ムカデの刻印が吐き出した筋斗雲に乗り込み、猛然と斉天大聖へと突進。

 

「財貨と罪科を(くびき)につなげる鋼の蟲よ。黄金(こがね)色の鐘楼を鳴らせ。その身を砕き、鋳潰し、はるかなる約束の荒野へと福音を残響(とど)かせるために!」

 

言霊を吐き出しながら斉天大聖のガードした右腕ごと肩口まで溶解し尽くし持っていく。

 

「な、ガァアアアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアッッ?!?!?!」

 

 はじめて鼓膜をうがつ斉天大聖の絶叫に手応えを感じる。

 

 筋斗雲に乗り、固定砲台にしかならない掌部レーザー砲を身体ごと突撃する。これこそ真火三昧に灼かれながら苦痛とともに編み出した『盗人の秘鉱脈(Tacit knowledge)』の秘策。

 

「ぐぅううううう……我が鉄臂が溶解しておる……ッおのれ草薙のぉ!」

 

 しゅうしゅうと煙を上げながら水銀じみた様相で溶け出した肩を左の隻腕で支える。

 

「侮りであった。花果山水簾洞の主にして七大聖の一人たる我をしてここまでやるとは!」

 

 ひょうきんな顔にはもはや余裕はなく、苦痛と屈辱で歪んでいる。

 まつろわぬ大鯰もこの場から去り、バックアップも切れた。傷の治りも悪いのか、歯ぎしりが護堂の耳朶を打った。

 

「随分、"弼馬温(厩番)"を嫌うじゃないか斉天大聖?」 

 

 護堂は口の端を歪めて、嘲りを浮かべる。だが思考はクール。

 対局は見誤っちゃいない。まつろわぬ大鯰はおそらく百合若やメリッサ、祐理たちがどうにか対処しているに違いない。

 なら護堂が取るべきは一瞬でも長く、斉天大聖と戦うこと、だ。

 

「仙術を修めただけの所詮強いだけのバカだったアンタ。その毛外の畜生がやっと得た地位なのになにが不満なんだ? そんなに低い官職が嫌なのか? はっ、さすがは官吏社会のなかで官職っていう枠を得ることでしか幸せを見出だせなかった漢民族のカミサマだな」

 

「…………」

 

 騒がしい斉天大聖が黙り込み、火眼金睛に静かで明確な殺気が宿っている。『弼馬温』の屈辱は斉天大聖にとって禁忌極まる話題だ。

 それを不老不死たる猿王へむけて身の程知らずにも定命で十数年しか生きていない小童が嘲ってきたのだ。己こそ至上とするまつろわぬ神には許容不可の侮辱であった。

 

 殺す。

 絶対の殺意ゆえに斉天大聖に無言を生む。なぜなら死体に話しかけても意味が無いから。

 

 乗ってくるか。挑発に成功したと思った護堂だったが。

 

「ふぅ──っ」

 

 だが。

 斉天大聖がおおきく息を吐いた。

 護堂の思惑から外れて冷静さを取り戻し、「チッ」と護堂は舌打ちをこぼした。ここで斉天大聖を煽りきって、継戦させればもっと時間を稼げたはずだ。

 

「いや、いや、ならんならん。我も復活仕立てで忘れておったわ……おぬしら神殺しは手負いこそが最も厄介なことをの……至れる哉、坤元。萬物資りて生ず。乃ち順いて天を承く。地勢は坤なり!」

 

 斉天大聖は片手で印を結び、口訣を唱えた。

 石。石。石。港区一体が石山へと変化し、建築物が飲み込まれていく。

 それは足元も石化した護堂も例外ではなかった。

 

「ここまでか……」

 

 口惜しげにつぶやく。

 準備不足のままかの斉天大聖相手になんとか傷を負わせ、時間は稼げた。だが決着は持ち越し。

 斉天大聖は傷ついたとはいえフリーハンドを得る。どうにか持ちこたえてくれ、そう願いつつ思い描くのは黄金の毛皮を持つ雄羊のイメージ。

 

 黄金のイメージとともに護堂の意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

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