戦女神は微笑まない   作:につけ丸

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エターと不定期更新の狭間でタップダンスするカンピ二次物書きたち


ぬぉおん、あと1話で纏めたかったけど戦闘終わらなかったので分けます……。


23話

 栃木県 戦場ヶ原 am 2:40 

 

『ご警戒を!』

 

 斉天大聖の御業。

 人身猿面の異形神から、光輝なる美青年への変身劇に息を呑んでいると脳内に声が響いた。

 いや、心に直接語りかけているのか。祐理の思念波が、距離や鼓膜を無視して直接伝えかけてくる。

 

 すぐに得心した。

 きっと『少年』の化身による加護で覚醒した力。

 霊視や精神感応に優れる祐理が、ウルスラグナの神力を混ぜさらに能力を伸長させたのだ。

 千里眼と化した彼女は言う。

 

『斉天大聖さまが変化なされた神格のお名前は、おそらく"顕聖・二郎真君さま"。天帝の甥にして破魔顕聖の善なる御方。斉天大聖さまとも並ぶ中華の大英雄です!』

 

 祐理から報告された神の名──"顕聖・二郎真君"。

 護堂は顔を渋面で染めた。なるほど、その名は彼女に教授された知識群に記されていた。

 二郎真君は斉天大聖を始めとした妖怪専門とする武神だ。妖怪の王である斉天大聖とは真逆に位置付けされる。

 証拠に『二郎神鎖斉天大聖』においては天界で暴れ回った斉天大聖と術比べの後に降し、捕縛した逸話がある。

 つまりは、斉天大聖と敵対する神性の保持者。

 

 

「クソ! 今の──斉天大聖(二郎真君)の『剣』じゃ切れないのか!」

 

 護堂の言葉通り、二郎真君に変化した斉天大聖(二郎真君)へ袈裟斬りに光刃を振り抜くが……敢え無くすり抜けていく。

 神格の根幹にまで深く届く一閃ですら、いまでは一筋の傷だって付けられない! 

 斉天大聖(二郎真君)には! 

 

『おぬしのその剣は強力無比じゃが、その代わり融通が利かぬという我の読みは間違いなかった。楊二郎どのの仮面の前には手も足も出ぬまいて!』

 

 護堂は下唇を噛んだ。

 地力で圧倒的に劣る護堂にとって『剣』は絶対に手放せない切り札だったのに。

 それに『剣』だけじゃない。

 どうやらさっきまで使用可能だった『白馬』も使えなくなっている。

『白馬』使用の条件は、民衆を困らせる大悪人であること。

 暴れん坊の斉天大聖へなら当たり前のように使えたし、実際に浜離宮恩賜庭園での戦いでも使って見せた。

 だがダメだ。今はうんともすんとも反応しない。

 二郎真君は民衆に慕われる守護神でもある。その側面すら模倣しているのか、破邪覆滅を掲げる『白馬』ですら化かされている! 

 

『そぉれ、さっそく鉄林の馳走を再開しようかね! 楊二郎どので味変した妙味、とくと味わうがいい!』

 

「く──っ!」

 

 斉天大聖(二郎真君)が肉迫し、如意禁錮棒から獲物を変えた三尖刀で突きこんでくる! 

 閃電の突きにも護堂は必死で抗った。

 

『剣』の光球は効果がない。黄金の言霊たちはもう死に技だ。

 三尖刀と打ち合うことすら出来ずに払い除けられ、護堂の腹を穿ってくる。

 

(でも『戦士』の化身は切るだけが能じゃない! 神とだって互角にやり合えるはずだ……行使するのにあれだけ面倒な準備が必要なんだ! もっと役に立ってみせろッ!)

 

 護堂は逆境のなかで闘志を燃え上がらせ、内なる『戦士』と己自身へと叱咤する。口を歪めて犬歯を覗かせ、猛々しく。

 

 地面とほぼ水平に迫る三鋭刀をバックステップと左に動いて躱す。次の攻撃が来る。神の技量と閃電の速さ、護堂が見えるはずがないが……不思議と傷一つ負うことなく避けきった。

 今度は足首を狙われ、すんでのところで鉄色の旋風を避ける。

 

『なんと! 我の攻撃が見えるのかね』

 

「別に、見えちゃいないさ。だけど……全ての邪悪なる者よ、我を恐れよ! 力ある者も不義なる者も、我を討つ能わず!」

 

『戦士』の化身は文字通り、草薙護堂を神域の戦士と化身させる権能だ。武神や軍神とも互角に渡り合えるバトルセンスを付与し、そして相手の思考を読み取る能力も授けてくれる。

 神の来歴を詳らかに知り尽くし理解してこそ使える化身ならではの能力だった。

 護堂は『戦士』のその特性を最大限に高めていた。

 全ての邪悪なる者よ、我を恐れよ! 力ある者も不義なる者も、我を討つ能わず

 そして聖句を唱えながら思案する。

 どれだけ外面を取り繕っても中身は、あの畜生王に変わりはない。必ず何かしらの綻びは生まれるはずだ。

 ギラギラと唸り声を鳴らす獣の眼光で斉天大聖(二郎真君)を睨みつける。

 

『ぬぅっ、さすがは神を殺めた魔王ということか。にわか仕込みの身体では、万が一が起こりえぬ』

 

 さしもの斉天大聖(二郎真君)といえど真逆の神格へ完璧に変化するのは難しいようだ。

 護堂もその実感は強く感じていた。

 斉天大聖の()()だった閃電と獣の動きが渾然一体となった本来の戦いぶりから比べると色褪せて見える。

 

 このまま足を掬えるか? 滲む汗とともに指を動かそうとした瞬間。

 

『……では攻め方を変えようかのう? 我好みにの! ──天雷無妄!』

 

「くっ、分身か!」

 

 斉天大聖(二郎真君)の分身を作り出し、次の瞬間には白煙が上がっていた。モクモクと不自然に濃い煙の先から出てきたのは……黒い影。黒い毛並みと鮮血さながらの斑をした犬だ。それも尋常な犬種ではない。

 額には一対の瞳の間にもう一つの目……主と同じ三眼がこちらを睨み据えていた。

 

「犬? 神獣ってやつか!」

 

『それだけではありません! 二郎真君さまに犬となれば間違いなく随獣・哮天犬。護堂さんの『猪』と同格の神獣です!』

 

 四足獣と呼吸を合わせるように斉天大聖(二郎真君)も、両手を地面へ付いた。美青年が"やる"にはあまりに野性味に溢れた動作。つづいて哮天犬と斉天大聖(二郎真君)が中空に浮き、スピンする。

 回転。回転。加速、加速、加速! 

 意味不明な動作だが、護堂は一も二もなく守りを固めた。

 隙を窺って密かに集めていた『猪』の牙剣を回収する。本来であればこの鋭い牙で斉天大聖(二郎真君)の脇腹でも抉ってやるつもりだったが、総てを投げ出して全力の防衛策を取る。

 ドリルさながらに猛烈に回転した哮天犬と斉天大聖(二郎真君)が左右両方向から進撃する。

 緩やかな弧を描きつつ、猛然と堅牢な護堂の牙の守りすら臆することはない。ニ頭による同時突撃──疾すぎる。対応できない! 

 

「ぐああぅあああああああああああああ!!!」

 

『護堂さん?!!』

 

 強烈な十字攻撃(クロスファイア)が護堂を強かに貫く。

 戦場が証明した戦術原則じゃカンピオーネ相手でも無慈悲に左様した。もともと回避の難しい攻撃だが侵入を許した代償は大きかった。

 そのまま腹に二つも風穴が空く。

 祐理の悲鳴に大丈夫だと返してやりたいが、神経を焼き尽くす痛みで思考が上手く行かない。言葉を吐こうにも嗚咽と吐血が邪魔をする。

 カンピオーネの異常な治癒力で傷は塞がりつつあるが、蓄積するダメージが致命傷に繋がりかねない。

 

『鳳』に化身すべきだったか──いや、『戦士』の化身を変える訳にはいかない! 

 

『まだまだぁ! しっかし楊二郎どのは雅にすぎる。ならば我にもっと馴染みの者とするとしよう! ──我が顕現無比の大神通かくあれかし!!!』

 

「ゲホッ……ぐぅぅ、ま、また変化するのか……ッ!」

 

 ぼわん、と子供だましのような音とともに斉天大聖(二郎真君)が煙の中に消える。激痛にうめき鼻筋を伝う脂汗の不快さを感じながら、斉天大聖(二郎真君)を凝視し……いや、もう斉天大聖は二郎真君ではなかった。

 

 

 ──豪。豪。

 嵐風が吹き荒れる。

 

 

『────』

 

 

 端正な顔立ちの麗しき華面を投げ捨て、変幻自在の猿神が次にかぶった仮面は赤き仮面。

 まつろわぬ神は基本的に美しいか異形かのどちらかに振れる。さきほどまでは美青年だったが、今は見るからに異形側だ。

 

「赤い仮面の白い神……?」

 

 現れたのは全身を白い包帯で覆い、赤い仮面を付けた異形の神だった。

 しかも相当な手練だ。佇んでいるだけなのに剽悍無比とした気配を隠せていない。

《鋼》と敵対関係にあるカンピオーネだからか、すぐに悟った。今度も《鋼》の神。神と対峙した時に力が湧いてくる感覚だけじゃない、じりじりと煮詰まる敵愾心が溢れてくる。

 

 白い包帯が解け、風にたなびく。

 

 赤い仮面がズレた。

 

「な……っ」

 

 護堂は瞠目した。

 赤い仮面の奥には斉天大聖と同じ──猿面があった。白い包帯の間からぼうぼうと伸びる毛並みは動物のもの。

 "猿の妖怪"なのだ。斉天大聖と同族のまつろわぬ神。

 しかしこちらの方が数段知的で謹厳な風情がある。

 

『白猿神ハヌマーンさまです! 『ラーマーヤナ』の大英雄ラーマさまと盟友であらせられる風と《鋼》の軍神……!』

 

 ハヌマーン。

 中国の次はインド。さすが節操がない。ハヌマーンの知識も祐理にもらった知識にある。

 インド神話のビッグネームだ。

 斉天大聖とハヌマーンは度々、共通点を指摘されされる。猿であることは言うまでもなく神通力を操り、空を駆ける筋斗雲と飛翔自在の風神の子。

 なによりハヌマーンはラーマを、斉天大聖は三蔵法師を、と聖者をたすけるキャラクターという共通項がある。故に彼らは同族の猿神なのだ。

 

 湧き上がる闘志と殺意とともに斉天大聖(ハヌマーン)が片足を掲げる。護堂はまさに鉈の恐ろしさを感じ取った。

 拳を握れば解けた包帯が格闘家がつけるバンテージを彷彿とさせた。

 

 ──疾ッ! 

 

 鉄風の戦士へと変化した斉天大聖(ハヌマーン)が韋駄天の速さ──神速となって。

 驚異的なスピードで繰り出される拳の連撃。千拳の颶風を受ければ頑丈な護堂だって粉砕される。

 

「我は最強にして、あらゆる障碍を打ち破る者なり!」

 

 咄嗟に光球を集合させて斉天大聖(ハヌマーン)への壁を作る。二郎真君ではすり抜けた光球も神話的に繋がりのある斉天大聖(ハヌマーン)相手だと多少の影響は及ぼせるらしい。

 

 だが黄金の星雲さながらの光球を縫って、拳圧を強めてくる斉天大聖(ハヌマーン)にどれだけ持つか。

 もはや星々を縫う風のような拳──風星群がおわりなく叩き込まれてくる。

 

『小癪な! だが時間の問題よ、この程度のちんけな盾なんぞすぐに砕いておぬしの喉元に拳を叩き込んでくれるわ!』

 

 ハヌマーンの神力で覆われた斉天大聖の拳はどれだけ『剣』を殴りつけようと傷一つつかない。グローブ代わりにするように拳を保護する。

 対してこちらは削られる一方、ジリ貧だ。

 どうする。どうする? この窮状を打開する手段はある──しかし、斉天大聖を打ち倒すほどの奇策はない! 

 

『──護堂さん』

 

「祐理か? どうした?」

 

『あなたの焦燥と苦慮、心を通じて伝わっております。ですから、ご安心を』

 

 背筋をぴんと伸ばして深い思慮とともに訴えかけてくれているのだ、そう見なくても分かる凛々しい声音だった。

 

『私があなたから授かった力は、あなたをお助けすることは出来ても、あなたの先を駆けることも守ることもできません。ですが……メリッサさまはちがいます。比類なき魔導によって斉天大聖さまの牙城を崩し、護堂さんが必殺の一撃を見舞う準備を整えております』

 

「メリッサが?」

 

 祐理から齎された吉報。たしかに魔女(ペイガン)の女王たるメリッサであれば、神通無限の斉天大聖すら仰天させるかもしれない。

 

『はい。私もメリッサさまのお力となり必ずや成し遂げて見せます! ですので、どうかそれまで、耐え凌ぎください……!』

 

「ふはっ」っと思わず失笑した。

 

 無茶を言う。心からそう思った。

 この鉄嵐さながらの打撃群を放ってくる闘神相手になんと無茶を言うのだ。

 

 だが、いい。

 座して死を待つよりも全然良い。もともと有って無いような戦いのプランだった。それよりも勝算があるならば臨機応変にそっちへ飛びつくだけ。

 

 俄然、面白くなってきたじゃないか! 

 

「わかった、任せる」

 

 護堂はすぐに承諾を即答した。勝利餓鬼の意地汚さとともに。

 

『ですが……』

 

「祐理、大丈夫だ。やれる事をやってくれ」

 

 祐理からの思念波を無理やり切断して、意識を戦場に引き戻す。

 

 そうだ、もうとっくに肚は決まった。

 出し惜しみはなしだ。

 護堂は眼光鋭く、そして大きく吠えた。

 メリッサの術を待つのもいいが、それは易々と戦いの主役を持って行かれるのも面白くない。せいぜい斉天大聖へ深傷を負わせるとしようか。

 

「──我は不義なる竜、最強の邪悪の殺戮者! 言霊の技を以て、世に義を顕す。これらの呪言は強力にして雄弁なり。勝利を呼ぶ智慧の剣なり! 義なる男女を守護する剣よ、我に従え!」

 

 言霊を称揚し、呪力を燃焼させ、生命を焚べる。人間の魔術師が一生を賭けて精製しうる量を、たった数秒で溶かし切っていく。

 護堂の決意と言霊の放出とともに周辺で漂い、斉天大聖への戦意を募らせていた光たちが激しく輝く。死んでいた刃引きの剣を研ぎ、蘇らせる。言霊の鎚にてさらに研ぎ澄ませていく。

 

「斉天大聖の伝説を含めた中国四大奇書の一つ"西遊記"! ──アジアでは絶大な知名度を誇るこの小説が現代に継承されるほどの傑作となったのは、明時代に発行された小説がきっかけだった!」

 

『何度試そうと同じじゃ! おぬしの利剣は、"化けの皮"をかぶった我には届かぬ!』

 

 一口に『西遊記』と言っても、最初から傑出していた訳ではない。

 南宋時代の『唐三蔵』から数々の編纂を繰り返し伝説を吸収を重ねた結果、明時代に現代に残る『西遊記』は誕生した。

 光刃を十重二十重に折り重ねて、一本の刃と成す。光球の壁の先で呑気にニヤついている猿へと突き出す。

 

「けれど『西遊記』は小説だけじゃない! 小説以外にも重大なファクターがあった! それは──演劇文化。戯曲、或いはチャイニーズ・オペラとも呼ばれる──(しぐさ)(せりふ)(うた)によって構成された演劇こそ『西遊記』の隆盛には欠かせない要素だった!」

 

『あ痛ぁっ! ……な、な、なんじゃと!?!??』

 

 護堂の目録通り、『剣』の言霊は余裕綽々だった斉天大聖(ハヌマーン)の肩口を切りつけた。

 

 手応えあり。

 

 斉天大聖が二郎真君やハヌマーンへと変化してきたカラクリは、《鋼》の側面ではない。斉天大聖のもうひとつの顔──演劇の神格にある。

 ならば必要なのは《鋼》の闘神・斉天大聖ではなく戯曲神・斉天大聖を打ち破る言霊だ。

 現在進行形で変化している斉天大聖(ハヌマーン)には最もよく利く刃となる。

 

『なぜじゃ?! 我の変化は完璧、我に縁ある神格に化けたのが仇となったか……!』

 

「いいや違う! これはあんたそのものを切る刃だ! どんな神様に化けたって結果は同じだっ! ──演劇は、舞台という限られた"空間"の上で、さまざまな人物や物事を形象化し、そして縦横無尽に演じる技術だ!」

 

『ちぃっ!』

 

 猿神が拳の乱打を止めて四肢を地面へ叩きつけて大きく跳躍していく。その様を注視しながら周囲に矢を作り出す。数は五本。

 言霊の響きとともの発射し、撃ち落とす。戦場ヶ原の先にある林の中へバキバキと音を立てて沈んでいく。

 

『ぐぉおおお! まさかの孫さまがここまで劣勢となるとは!』

 

「京劇や中国歌劇団をはじめとするの隆盛は凄まじい! だけど最初、中国は演劇後進国だった。ギリシア悲劇が紀元前六世紀に起こり、インドのサンスクリット劇が紀元後二世紀に発生していたなら、中国演劇は千年は立ち遅れていたことになる!」

 

 斉天大聖(ハヌマーン)の足が止まった。好都合だ。

 今のうちに言霊を吐き出して『剣』を完成させていく。

 

「中国の演劇史は十三世紀に始まる。それ以前の中国演劇はほぼ存在しなかったといっていい。チャイニーズ・オペラ……戯曲の祖型は確かに存在したものの、宗教祭祀としての名残のような細々として未熟極まりないものだった! しかし戯曲は一旦、完成すると一気に中華全土で隆盛し……ゲホッ! くっ……」

 

 不意に意識が遠のいた。すでに夕方から二度も三度も斉天大聖という強大な神格と鎬を削っている。何度殴打されたか数知れず、さっきも土手っ腹を貫かれた。

 たしかに『雄羊』や『少年』を使い、小休止はあった。

 しかしカンピオーネの体でも無視できない蓄積したダメージが護堂に膝をつかせた。

 

 そして──轟! ヒヤリとする嫌な予感に従って剣を突き出せば衝撃で吹っ飛んだ。

 

 霞む視界のなかに、疾風が通りすぎ戦場ヶ原の草原を……ぃぃぃぃんとドップラー効果を残して駆け抜けて行った。

 筋斗雲を奪った斉天大聖は神速へと達しきれない。しかしその不足を斉天大聖(ハヌマーン)となることで補っていた。

 

 さっき剣を無理やりねじ込まなければ内臓がいくつか破裂していたに違いない。

 

「神速か……! まずい……っ、さまざまな時代や地域のものを"雑"多に呑み込んだ演"劇"は隆盛の極み達し、やがて──"()()"と呼ばれるようになった! 戯曲の『西遊記』も小説『西遊記』と同じく地域や時代を超えて、各地の伝承や神話を吸収して膨張し、そして完成したのが雑劇の代表作──『西遊記雑劇』!」

 

 光球を集結させ、一本の剣とする。

 きぃん、きぃん。

『戦士』の齎してくれるセンスで飛翔するなにかを弾いていく。

 

『ぬぅっ、また仕損じたか! 運の良いやつよ!』

 

 遠くなっていく声を耳にしつつ、その間にも言霊を続ける。

 

「はぁはぁ……っ、斉天大聖! あんた自身の物語や強さも、長い月日の間何度も公演される『西遊記雑劇』のなかで次々と泊付けされ肉付けされ、混淆され、洗練され、より強大になっていく!」

 

『おお、その通りよ! よく知っておるものだ!』

 

「『封神演義』の哪吒や太公望といった漢民族の英雄物語だけでなく、インド神話の白猿神ハヌマーン、それに騎馬民族をはじめとした異民族の神話伝承を取り込んでいったんだ! 南宋のころか数百年をかけて──明時代の小説『西遊記』が発行される頃には戦闘神・斉天大聖は確固たるものとなった!」

 

『うむ! 石より生まれ、金行の果実たる蟠桃を喰らい、八卦炉にて燻されたのも、我が最強となるための工程よの!』

 

 黄金の剣と金鋼の拳が何度も何度も甲高い音をかき鳴らしていく。

 戦場ヶ原のぬかるんだ湿原に立つ護堂へ、ヒットアンドアウェイで拳を打ち込んでくる。

 未だに一発も当たっていないのは偶然だった。『戦士』となっていなければ、とっくに赤い花となっている。

 

 頭がふらつく。視界も暗く、不良そのもの。でも目では見えなくても、身体が慣れてきた。

 護堂はついに斉天大聖を捉え始めていた。

 

「……でも各地の物語を吸収する以前。()()のあんたは、それほど強い存在ではなかったはずだ……」

 

『……ぬ』

 

「斉天大聖が明時代の小説『西遊記』が刊行され、中華最強にして最強の混淆神となる以前。元明初期の時代に書かれた『二郎神鎖斉天大聖』がある。この作品において、斉天大聖は天界の勢力……天帝の甥である顕聖・二郎真君に簡単に退治される当て馬でしかなかった!」

 

『草薙のかつて天軍すら脅かした大聖さまの武勲のケチをつける気か! 所詮、人でしかない不埒者が!』

 

 言葉の端々に斉天大聖の苛立ちが見える。誰だってほじくられたくない過去を漁られたら少なからず感情を揺さぶられる。

 

 攻撃が雑になっている。勢いを増したヒットアンドアウェイで何度も吹っ飛ばされかけるが……こちらは同じ攻撃を何度も受け対策が取れるようになってきた。

 怒りが戦の神である思考や神域の御業を鈍らせているのだ。

『戦士』はこれがあるから対まつろわぬ神との戦いでは無類の強さを誇る。カンピオーネ相手では簒奪した権能を使用不能にするだけだからこうはいかない。

 

「ああ、つけてやる!あんたを倒せるなら、ケチだってクソだってなんだってな! 元明時代において、あんたが単独で何かを征服するというテーマの物語は一つもない……すべて天界の勢力によって調伏された後の活躍だ! 斉天大聖! あんたの武力は天界という後ろ盾をしてくれる支援者がいなければ成立しないんだ!」

 

 変幻自在の権能、破れたり。護堂は持ち前の観察眼で、斉天大聖を見切った。神速の速さを完全に捉えた。

 刹那。

 抜き身の刃で──斉天大聖(ハヌマーン)の頭部を横薙ぎに切って捨てた。

 

 

 

 

 栃木県 戦場ヶ原 am 2:45 

 

 

 砂埃が酷い。颶風吹き荒れる戦場ヶ原から土砂や砂塵が風に乗ってやってくる。

 祐理、メリッサ、百合若の三人は戦場から離れ転がったまつろわぬ大鯰の上で戦場を見下ろしていた。

 中禅寺湖よりも巨大な大鯰は、斉天大聖にいじめ抜かれ浅い呼吸を繰り返す以外はピクリとも動かない。

 

「護堂さん……」

 

 祐理は思念波を護堂に打ち切られ、不透明になった戦況をひどく憂慮していた。

 

 しかし、この場にいる女神は違った。

 

「……鷲座(アルタイル)の中間、零時から二時の深夜。誤差修正は0.008。方位は南西。ここまではよろしい。想定通り。……ですが少々、手が足りない。ああ、今ならば我が巫女が草薙さまより常勝不敗の加護を得ている。ならば……異教のエッセンスを混ぜ合わせ……火星の守護(サラマンドラ)、天使の役はヤザタ……いえ……至聖を示すならばセラフィムがよろしい。讃歌は祝文……」

 

 黄砂が乱舞する戦場にて、メリッサは粛々と大鯰封印の準備を開始していた。

 斉天大聖に打ちのめされたメリッサはもう憔悴し、限界が近い。祐理は補佐するように小柄な鳥の身体を抱えながら指示のままに動いていた。

 とはいえ……。

 

(これは……。一体、どこの体系の魔術なのでしょう……?)

 

 胸にだく牝鷹の冷厳なる瞳が瞬き、鉤爪を揮うたびにヒトの技では及びもつかない緻密で巨大な魔法陣が描かれていく。

 人間が使う魔術はギリシャの神ヘルメスが教授したもの。魔術師は神々から見ればヘルメスの弟子だ。

 そのヘルメスと同等の魔導神の描き込む陣を、霊感能力には長ずれど呪術への造詣は深くない祐理が理解できる訳がない。

 しかし人の使う魔術の延長線ではあるのだろう。

 円で、囲み、区切る。その要諦は変わらない。

 しかし異様だ。

 霊視で得たメリッサはギリシャ神話出身の女神だった。ヘルメスと同郷だ。

 ならば扱う魔術もそれに倣うはずだが……

 円のなかにのたくった蛇さながらの曲線や幾何学模様はギリシャ的だが、六芒星や六四の卦すらも見かける。

 

『この魔法陣は大仰ですが……詰まる所、儀式に必要な要素を省略し簡略するための装置でしかありません。結界。祭壇。聖具。聖職者。会衆……この猿王が創り上げた空間内であれば無視できるのです』

 

「は、はあ……、申し訳ありません。術には疎く、メリッサさまのお言葉を理解できるとは……」

 

『──ご安心なさい』

 

 祐理の不安を織り交ぜた視線に気づいたのか、視線を送ることなく言葉を掛けてきた。

 

『あなたの前にいるのはいにしえの魔女どもが奉じた無礙自在なる魔導の女神。仙術を極めしかの猿王と並ぶ呪術神でしてよ……。少々、東西の別もなく数珠繋ぎで不格好ですが猿王の目論見を打ち砕くくらいはできるでしょう』

 

「失礼ながらメリッサさま。本当にこの巨大な大鯰を沈められるのでしょうか? メリッサさまのお知恵を疑う気は毛頭ありませんが……霊視で得たメリッサや百合若ちゃんの権能にも地鎮の力は無いようでした……」

 

 祐理はメリッサと百合若を抱えながら問いかけた。

 なんせ相手は、中禅寺湖よりも巨大な超重量級のまつろわぬ神。神とはいえ傷付いた身でどうにかできるのか疑問だった。

 

『ふふ、はっきりと物を言う。ええ……わたくしも地母の系譜にありますがそのような権能は持ちえません。海原の王子たる御子も同じです。そして我ら二人にそれほど強大な神力も持ち合わせていない……』

 

 地震の神は案外少ない。

 大地母神はもとより我がギリシアの大地神ポセイドンに北欧の悪神ロキ。南洋の島々のデバダたちが生み出した大鰻。あるいは虹の蛇。

 大地の厄災である地震を起こす神々は多い。

 だが、それは権能ではなく戯れに近い。

 地上の人々に対して神としての偉大さを示す──一種のコミュニケーションでしかない。

 

 地震を防ぐという明確な神話を持つ()()の神はタケミカヅチくらいだろう。

 しかし祐理を供犠してまつろわぬ神招来の儀式を行い、タケミカヅチを呼び寄せる……訳にもいかない。神域のトラブルメーカーであるまつろわぬ神となった神が素直に言う事を聞くはずもない。

 

『役者がいなければ配役すれば良きこと。演者が役者不足というなら相応しき位階へと変身(メタモルフォーゼ)させれば良い……』

 

 万物を魅惑する美貌を失い、鳥の顔となりながらも艶然と笑う。

 

『地震の頻発するこの島国にて最も知られた地震除けの呪歌(まがうた)。それはこのまつろわぬ大鯰に由来する……"ゆるぐともよもやぬけじのかなめいしかしまの神のあらんかぎりは"……という呪歌でしょう』

 

「はい。鯰絵とともに唱える呪歌です」

 

『ですが西洋にも呪歌はあるのです。大地震を鎮めた地鎮の呪歌(まがうた)が。……ですがその呪歌による奇跡を起こすには至高なる三人の聖者──"至聖三者"が揃わねばいけません』

 

 メリッサは、ゆっくりとした動作で祐理と百合若へと視線を巡らせた。

 

『この役を我々で演じるのです。それも此処に居る三人で』

 

「三人……? わ、わたしもでございますか!?」

 

『その通り』

 

 祐理の動揺にも、メリッサは動じずに肯定を返した。

 

『万里谷祐理、気づきませんか? そなたは草薙さまの加護を得たことで人間の領域から高らかに飛翔し、我ら"神に連なる者"の末席を占めるほど位階が上昇しています』

 

「お、お待ちくださいメリッサさま! いくら護堂さんから権能の加護を与えられてもわたしは人のままです。自然そのものにも等しいまつろわぬ方々と肩を並べるほど位階が上がったなんてとても思えません!」

 

『そう……。()()()()、わたくしたち三者は最も近い場所にいる……』

 

「……っ! それは……! その儀は……」

 

 祐理はその言葉の意味を間違えなかった。

『少年』の加護によって人という殻から羽化し、天に敷かれた上座へと上昇する祐理。

 それに対してアイデンティティとなる美貌や精髄まで砕け、神という高御座から転落する二柱の神。

 

 スタート地点は真逆でも片方が上り、片方が下るなら、必ず交差は起きる。位階を昇るものと降るものの交差は必ず起きる。

 

 それが、今だった。

 

 巫女万里谷祐理・女神メリッサ・御子百合若。

 

 今、三者は同位階──限りなく近い場所にある。

 

『わたくしの純潔の百合(マドンナ・リリー)、そなたへこの真名を名付けた意味を示す時が来ました。この儀式の中核はそなた……。位階の重なりあった今こそ絶好の機会なのです』

 

「…………。……っ」

 

『条件も全て揃っている。この異界はかの猿王が創世した時空間。現実からは切り離された異なった空間です。いわば猿王が花果山の水簾洞に築いた王国を出現させたと言っても良いでしょう」

 

「異なった空間……?」

 

『ええ。斉天大聖・孫悟空さまは"時空間の支配者"なのですから』







少し先の未来
護堂「なあ……包帯塗れのあの神様ってやっぱり……」
祐理「はい……。間違いないかと……」
ハヌマーン「!?」
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