戦女神は微笑まない   作:につけ丸

6 / 46
5話

 

 根津 すし徳 pm 12:44 

 

 

「…………」

 

 驚愕と混乱からやっとエリカはアレクの言葉を反芻し、オウム返しした。まるで脳に定着しない情報をなんとか擦り付けるように。

 

「"地母神に連なる蛇"*1が狩り殺される。そう申されたのですか?」

 

「その様子ではこの国が強力な──"蛇殺しの《鋼》"を封じているのも知らないようだな」

 

「まつろわぬ《鋼》*2を?」

 

 人智を超えた存在であるまつろわぬ神を人の手で封印する。それ自体は不可能ではないし、過去にもそういった事例は存在する。

 エリカは知らぬ話だったがアレクサンドル・ガスコインも、六年ほど前に魔女プリンセス・アリスと共に幽世において軍神アーサー王の封印に成功している。この一件は厳重に秘されよっぽどでないと表に出てこない情報だが。

 

 しかし、だ。

 アレクがいう"蛇殺しの《鋼》"の封印は根本が異なる。

 彼の言葉を読み取るならば、それは……。

 

「……封じられたまつろわぬ神が──"地母神に連なる『蛇』"を討伐する役目を負っている、と?」

 

 馬鹿な、ありえない。エリカは心の中で自分の吐き出した言葉へ反射的に痛罵した。封じられた神が『蛇』が現れるたびに討伐する。そんな馬鹿げた話があるのか。

 

 ただの封印なら信じられる。 それでも大偉業だ……ヒトが神を殺めるとは別ベクトルの偉業だ。

 だが、これは次元が違う。封じた上で、更にその武威を利用するなど桁が外れている。

 そんな離れ業が可能ならヒトはカンピオーネを崇め奉っていない。魔術の本場である欧州ですらまつろわぬ神への対抗手段など皆無で、アレクをはじめとするカンピオーネを仰ぎ、その力に縋っているというのに。

 アレクは戦慄するエリカをよそにいくつか握り寿司を頬張り、やがて問いかけてきた。

 

「ここ数百年……そうだな、江戸幕府成立以降でいい。この国に地母神が出現したという情報を見つけることができたか?」

 

 アレクの問いにすぐさま記憶はさらったが、エリカは静かに首を振った。

 

「……いいえ」

 

 そもそもまつろわぬ神が現れること自体、稀ではある。おおよそ人が雷に当たる確率と同程度というのが一般認識だ。だから数百年の月日が流れようと地母神に分類されるまつろわぬ神が現れる確率はかなり低い。

 確かに日本でここ数百年の間、何柱かのまつろわぬ神を観測した記録はありはする。しかし、まつろわぬ地母神の記述は寡聞にして聞いていない。

 

「赤銅黒十字の才媛といえどアウェイの土地では分が悪いか」

 

「……アレクは何か知っていると?」

 

「ああ。俺は正史編纂委員会から一つだけだが戦闘記録を入手した」

 

「お伺いしても?」

 

肩をすくめたアレクは懐から何枚かのコピーを差し出し、それから軽い調子で答えた。

 

「なんのことはない。百年ほど前に日本にまつろわぬ『蛇』が出現し、例のまつろわぬ《鋼》に討伐されている。これでだけでも十分、確証足り得るが続きがある。……その後、まつろわぬ《鋼》と中国のイカレ女と交戦していたらしい」

 

「…………。江南の羅濠教主……ですか。あの御方との記録まで残っているなら実在は疑いようがないでしょうね……」

 

 一瞬止まりかけた思考を無理やり稼働させる。

 姓は()、名は翠蓮(すいれん)、字は(ごう)。五嶽聖教というカルト教団の教主にして武林の至尊たる恐るべきカンピオーネ。 人呼んで"羅濠教主"。当代のカンピオーネらでも随一の武力を誇る絶世の佳人である。

 

 アレクの懐から出された資料を流し見しつつ、考えを巡らせる。

 

 まつろわぬ《鋼》とは間違いなく強大な力を持つ神なのだろう……なにせ件の齢二百年を越す古豪である中のカンピオーネと引き分けているのだから。

 なるほど、『蛇』とはもれなく不死性を備える魑魅魍魎たちだが、大武辺者……いや封印されているから大()()()者と言った方が近いだろうか? それほどの実力者が鏖殺しているならば納得だ。

 

「羅濠教主の証言まで得られれば完璧だったのでしょうが……」

 

「ふん、あの脳みそまで筋肉で仕上がっている暴力至上主義にただの確認だけに接触したくはないな」

 

 でしょうね、と頷いてエリカは未だに苦い顔を続けるアレクへ再び質問を投げた。

 

「しかしアレク、いまこうして確証に足り得るエビデンスを見せていただいていますが……そもそも封印された"蛇殺しの《鋼》"の情報はどこから入手したのですか?」

 

 そうなのだ。"聖杯"の探求者として知られる黒王子(ブラックライトニング)と言えど日本を訪れ、短い期間で日光東照宮の封印をピンポイントに発見し、その正体を看破が出来たとは考えられない

 

「情報は正史編纂委員会から?」

 

「違うな、正史編纂委員会は裏取りで情報を仕入れた(盗んだ)だけだ。正史編纂委員会とは接触の準備をしている段階だ。まだ接触はしていない」

 

「なるほど……では羅濠教主からでもないとすると……。もしやグリニッジの賢人議会から?」

 

「今は停戦しているとはいえ、基本俺とアレは盤上を挟んで向き合う打ち手同士だ。エサをぶら下げられたとして飛びつくと思うか?」

 

 アレクサンドル・ガスコインとプリンセス・アレス、両者はたまーに共闘するとはいえ基本的に対立関係にある。まあ十年単位で武力を伴わず政争で殴りあっている間柄だ、たしかにその線はないだろう。

 

「ある時期、ブルターニュの魔女が足繁く日本に訪れていた時期があった」

 

 ブルターニュの魔女……アレクと因縁浅からぬ神祖*3だ。

 アレクによればその神祖の目的地が日光、その中でも江戸初期に建立された東照宮を入念に調べ回っていたという。

 

「当時は何かまた悪趣味な悪だくみでもはじめたと勘繰ったものだが……。奴の足取りを追い、日光を訪れてみれば案の定ろくでもない仕掛けを発見したという経緯だ、まさかこんな馬鹿げた封印が存在するとは思っていなかったがな」

 

 だから俺は前々から日本を訪れる予定だった、と言うアレクに気づかれないよう唇を噛み締めた。

 

 なんてこと。

 ここまで確証があるのだ、アレクの話は間違いない。そしてエリカはおぞましいifを想像して吐き気を催した。

 

 もし。もし『蛇』であるゴルゴネイオンとそれに関連する女神など呼び込んでいた日には──。

 そして羅濠教主とすら引き分ける『蛇』を退治する《鋼》と護堂が対峙していたら──。

 そして《鋼》の封印を管理している正史編纂委員会が知れば──。

 

 エリカはもう遠い過去になったifにゾッと背筋に冷たいものを感じた。

 日本という国の裏側を甘く見て、何も知らずに愛しい王を死地へ飛び込ませ、臆面もなく騎士を気取っていた自分を悪罵し呪った。

 

 いいえ、これからよ。

 

 思考を切り替え、この苦境を打破に注力する。そう、アレクは言った。重視しているのは()()()()()()()()()()()()()()()だと。

 

 『蛇』が大地に属する地母神の系譜であることは疑いようがないだろう。翻ってムカデはたしかに大地に属している。彼らが穴を掘り、鉱山の坑道はムカデの足にすら例えられているのは前述の通りだ。

 ムカデを害虫と扱ったヨーロッパと信仰すら集めた日本の、決定的な違いは武士──日ノ本由来の”戦士階級”が好む属性を有しており、そして信仰を得たという点だ。

 

「アレクはムカデが『地母神の蛇』から()()()した《鋼の蛇》だと考えているのでしょうか」

 

 エリカのやや唐突な推論にもアレクは特に驚きも不快感もなく、軽くうなづいて相槌を打った。

 

「確証はないがな。地母神側の『蛇』ならば件の封印された"蛇殺しの《鋼》"に倒されている。それを避けるために『蛇』から身を窶し、《ムカデ》となることで龍蛇殺しの目をくぐり抜けた……」

 

《ムカデ》が『蛇』と同様に大地に属しながら、鉱山や貴金属を象徴する立ち位置にいる。これは偶然だろうか。

 不可解な点は残るが、黒坊主がオオムカデを使役していたのは事実だ。それに勇者は《鋼》と見て間違いはない。

 だが黒坊主が言った『勇者降臨の成就』という言葉に秘められた意味は曖昧だ。東照宮に封じられた蛇殺しの《鋼》の線もあるし、全く別の神格かもしれない。ともすればさらわれた護堂、ということもある。

 加えて勇者とやらを復活させようと目論むなら、黒坊主は《鋼》の崇拝者に違いない。

 蛇とムカデの対立。黒坊主とオオムカデ。東照宮に封じられた蛇殺しの《鋼》の存在。消えた護堂……。

 

 謎は多く、まだ答えは見つからない。

 ともあれ暗中模索していた時に比べれば天と地の差がある。エリカは護堂捜索に大きく前身したことを喜びながら、覚悟を決めた。

 なぜならアレクサンドル・ガスコインがこんな強力なカードを対価なしで与えるはずがない。エリカは強い瞳で対面に座るカンピオーネを見据えた。

 

「これほどの情報を与えておいてアレク、いえ、黒王子(ブラックライトニング)。あなたの目的はなんなのでしょう」

 

「草薙護堂はこの世に存在しない幽世に囚われている。そう言ったのは君だったなエリカ・ブランデッリ」

 

「………………。……まさか……!」

 

「察する通りだ。東照宮の境内には強力な人払いをかけられた奥殿があった。確か西()()()と言ったか」

 

 やられた、と思った。

 

「その先に幽世が、護堂が囚われているというの?」

 

「生憎、西天宮の扉の先には進めなかった。俺は冒頭で言ったはずだ、確証はないと。……草薙護堂が西天宮のその先にいるかどうかは、あくまで可能性の話だ」

 

 つまり可能性は0では無い。

 手がかりが何もない状況で、そのか細い藁に縋らないという選択肢はエリカに存在しなかった。

 聞けば最後、逃れられなくなる罠。例え目の前に分かりきった陥穽があろうと、そこに飛び込まねばならないアレクサンドル・ガスコインが拵えた必中の罠であった。

 

「これまでの経緯で俺が話を持ちかけた理由は察しが付いただろう」

 

 まつろわぬ神という埒外の存在を封じた聖域なのだ、その警戒は正史編纂委員会でも最上級だ。 なにせ東照宮が今の形になり、現代まで400年間"龍蛇殺しの《鋼》"を封印し、日本を守護してきたのだ。堅固さは折り紙つきだろう。

 

「俺が十分に調査出来なかったのはそのためだ。東照宮の調査……今回の件において俺と利害は食い合わないと認識している」

 

 一拍おいて、アレクは言い放った。

 

「さきほど俺は正史編纂委員会と接触の準備をしていると言ったな。だから──エリカ・ブランデッリ。()()が矢面に立ち、正史編纂委員会と交渉しろ」

 

 そう来たか。さすがに悪辣だ。

 アレクは主不在のエリカを自分の手駒……彼流にいうなら”現地協力者”に仕立てあげようとしていた。

 

 今、エリカ・ブランデッリは非常に立場が危うい。

 いかに天が二物も三物も与えた才媛であろうと日本人の『王』に外国勢力の人間が我が物顔で差配しているのだ。とてもではないが受け入れ難い存在だ。これまで護堂をカンピオーネと信じられず手を拱いていてなにを、とは思うが人間は感情の生き物だ。理屈ではないのだ。

 カンピオーネの愛人として侍るエリカは日本呪術界にとって出る杭どころか直立する鉾なのだ。叩き潰されなかったのは草薙護堂というカンピオーネの庇護に他ならない。

 カンピオーネの後ろ盾で触らぬ神になんとやらとばかりに半ば放置されていたが、状況は最悪だ。護堂は攫われ、そしてエリカはその特大の失態を理由に日本から駆逐されるだろう。このまま音信不通の状態が続けばいつ排斥の時が訪れるか分かったものではない。

 

(それに……正史編纂委員会。あの組織は思った以上に、()()わ)

 

 単なる呪術師たちの纏め役という認識は改めるべきだ。奥深くにはリヴァイアサンが巣食っている仮定で動いた方がいい。

 

 日光東照宮に施された封印。

 話で聞く限りだが、明らかに人智を超えている。人間の成し得る代物ではなく埒外の御業だ。

 まつろわぬ神を封印したのならそれに匹敵する怪物が潜んでいる。そう睨んでいい。エリカが十全に動くにはそれと同格か対抗可能なリヴァイアサン……カンピオーネが必要だった。

 その申し出をしているのがアレクサンドル・ガスコイン。渡りに船、とあらわす他にない。

 

 護堂と同格にして十分な実績と経験を積んだ王。彼と組めば……。エリカの明晰な頭脳は既にこれまで日本で積み上げたコネや人脈と、アレクという雷名をどう使えば効果的なのかシミュレーションが始まっていた。

 

「回答期限は?」

 

「今ここで決めろ。答えられないならば『否』と捉えこの話はなかったことになる」

 

 長い沈黙が降りた。

 必死で考えてもここから挽回する手立ては無かった。頭脳と話術で切り抜けるはずが一方的に翻弄されるばかりだった。結局、丸裸で魔王に立ち向かってもいい様に転がされただけに終わってしまったのだ。

 

 これ以上、小賢しい真似をしても意味は無い。

 やがてエリカはアレクに対して頭を垂れた。対面してからこれまで、ずっと忌避していた行為を。

 アレクはそれを見ながら満足そうにうなづいた。

 

「忠誠も知恵も不要だ。ただ俺の望むように踊れ」

 

「はっ、我が主のため全知全能を捧げましょう」

 

 我が主と加えたのはせめてもの抵抗だった。だがアレクは意に介した様子はない。

 カンピオーネは幾つもの異名がある。魔術師たちの王(ロード・オブ・メイガス)、デイモン、ラークシャサ、鬼神、愚者の申し子、エピメテウスの落とし子──そして()()使()とも呼ばれる。

 黒王子アレクサンドル・ガスコインが最初に弑逆したまつろわぬ神のごとく、彼の背後に黒い翼を幻視した。

 

 エリカ・ブランデッリはその日、ただ一人の王にのみ仕える高潔な騎士から堕天使に唆され魔人ネフィリムを産み落とした人間の娘へと堕ちた。

 

 

 

 鹿島灘 pm 13:55 

 

 エリカとアレクが交渉を行っている頃。房総半島の沖合で海上保安庁の巡視船がパトロールの任務に当たっていた。なにせ先ごろから関東周辺の海岸に妙な漂流物が流れつくからだ。

 

 漂流物の正体は、流木やプラスチックゴミなどではなく一艘の船舶……それも酷く時代錯誤な江戸時代を思わせる帆船で、その上乗員は誰もいないという有様だった。

 

「所定のルートは一通りパトロールしたけど……今日は俺らの負けみたいだな。あの幽霊船は発見出来なかったし」

 

「幽霊船じゃないっすよ、宝船ですよ」

 

「ああ、そうだった」

 

 海上保安庁の隊員がそんな会話をしている。誰も乗員していない幽霊船という不気味な存在を、宝船と言ったのはどこかの雑貨屋でも話があったように山のような金銀財宝が満載しているからだ。

 例えなんのために流れてくるかも分からない不気味な船でも、宝が満載していれば悪感情を持つのは難しい。

 上の人間はともかく隊員たちはどの船が一番に宝船を見つけるか勝負をするほどだった。

 

「俺も見つけたかったなぁ……()()()の描かれた宝船」

 

 彼が言う通り、漂流する宝船の帆にはなぜかムカデが描かれた船ばかりであった。しかし、どうやら違うらしい。

 もう一人の隊員が目を瞬かせて訂正してきた。

 

「あれ、知らないんすか? ココ最近は様子が違うみたいですよ」

 

「ふーん。じゃあ、何が描いてあったんだよ?」

 

「それが、今日見つかった船は何も描かれてないみたいです……あ、でも」

 

 いつもより──()()()()()岸に上がるまで船も隊員も近づけなかったそうですよ。

*1
地母神とは大地の恵みをもたらす女神の総称です」

 

「……」

 

「象徴となる聖獣は牛や羊がいるが、春に芽吹いた命を冬に刈り取る死と生の循環、移ろう季節を象徴できる動物は、何度も脱皮することで冬眠と目覚めを繰り返し、死を古代で克服したとイメージされた『蛇』がもっともふさわしかった。そのため地母神の多くが不死性を備えている

*2
一言で表すなら地母神の天敵。鉄が大地や森林を開拓したように、己を剣とし不死の地母神を殺し尽くす大地の征服者としての側面がある。その多くが竜蛇殺しの逸話を持ち、蛇や竜は零落した蛇を象徴とする地母神とされる

*3
かつては神の座にありながら何らかの要因でその座から追われた者たち。人間より遥かに強力な力を持ち、神獣クラスすら統べる個体もいるがまつろわぬ神やカンピオーネには及ばない神未満の存在。人間とも交配可能であり、優秀ながら虚弱な巫女や魔女の血統は彼女達の末裔となる場合が多い

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告