祝100話!
何かめでたい気がするので今回は長めです。
幼女は今……とても焦っていた。
先程までは良かった、完全に自分の方が上の状況だった。
だから、調子に乗ってみた……ここ最近の事に対する意趣返しの意味合いもあって、安全圏から煽り倒してみるつもりだった。
それは、動物園で獰猛な肉食獣を相手に、自らは安全な柵越しに馬鹿にするみたいな浅はかで考えの足りない、正に子供の発想と言える考えだった。
だが、幼女が絶対の信頼を置いていたその檻は、実際には不確かな物であり、今まさに檻の中に居た猛獣は解き放たれ、その気高きプライドに後ろ脚で砂をかけた不届き者に制裁を加えんと、全力で襲いかかって来ていた。
「ヒィッ! 三冠、しつこいっ!」
ブライアンの気迫を恐れたリアルデュークが持てる力の全てを出して逃走を開始するが、先程までは軽かった筈の装具に繋がるソリがそれを邪魔してくる。
「これ、なんで重くなる! 邪魔!」
焦れば焦る程重く負担になってくるソリに苛立ちながらも、兎に角今は全力で逃げる事を優先するが、焦りと先程からずっと感じる背後からの狂気にも似た気配からか、リアルデュークは気が付かない内に涙とヨダレを後ろへと撒き散らしながらも、疲れた身体に鞭を打って必死になって走る。
そして、先程から胸の奥から込み上げてくるモノを解放した……。
『残り50m、ここで遂に両者が肩を並べ……無い! リアルデューク粘る! 驚異の粘りを見せるリアルデューク! ブライアン選手も更にギアを上げるが、未だ先頭は変わらない!』
「頑張れリアちゃんっ! あと少しよ〜!」
「残り僅かです、リアさん、ファイトですわっ!」
「ここまで来たんや、もうこのまま行ったれやっ!」
「リアさん、頑張って下さい!」
クリークが大きな声で声援を送ると、サロメやタマモクロス、ファインモーションも負けじと声を張り上げる。
「ブライアン、貴様の力はそんなモノなのかっ! こんな無様を晒したまま終わるつもりかっ!」
リアルデューク陣営から少し離れた所で、エアグルーヴがブライアンに向けて吠える。
その隣ではシンボリルドルフが厳しい表情のまま、無言で腕を組んでレースを見守って居た。
『大歓声の中、2人のウマ娘が鎬を削る! 残り20m、ブライアンが差すか?リアルデュークが逃げ切るのか? 一進一退の攻防! 残り僅か! ……ああ〜っと、ここでリアルデューク失速! ブライアン選手も失速?いえ、僅かに減速したのみです。 しかし、これは如何した事でしょうか? そしてそのままブライアン選手ゴール! リアルデューク選手は……完全に止まってしまった!』
ゴール手前で急停止し、そのまま倒れ込む様に四つん這いになったまま動かないリアルデュークの姿を見てざわつく観客達を他所に、いち早く千尋がゴール付近から飛び出してリアルデュークの下へ走って行く。
それに釣られる様に、サロメ達もリアルデュークの下へ走って行く。
『……これは、如何した事でしょう? 何らかのアクシデントが発生した模様です。 今トレーナーが動かないリアルデューク選手の下へ駆けていきます。』
「……リアさん! 大丈夫で……えっ?」
四つん這いになったリアルデュークの所へ駆け込んだ千尋が目にした情景に反応を示すよりも先に、サロメ達が駆け付ける。
そして千尋やサロメが自らの口元を両手で隠すと声が響いた。
「「「オロロロロォォォッ!」」」
タマモクロスが遅れて到着すると、そこには四つん這いでキラキラを量産するマーライオンと化したリアルデュークと、その姿を見て量産型マーライオンとなったサロメと千尋が居た。
「アンタら何貰ってんねんっ!」
キラキラが溢れるターフに、タマモクロスの叫びが轟いた。
レースが終わり、有志による会場の片付け等も粗方終わり日も傾いて来た頃に、今回のレース関係者の面々は理事長室に呼び出されていた。
そして、呼び出された先では、憤怒を纏った笑顔溢れる緑の人が待っていた。
「……こう言う事はあまり言いたくありませんが、流石に今回の件は学園側としても看過出来ません!」
「いや、たづな?」
「理事長は黙っていて下さい!」
「……あ、はい。」
先程からずっと話し続ける緑の人こと理事長秘書のたづなの隣では、ずっと話す機会を伺いつつもその雰囲気に威圧されて無言となっている理事長こと秋川やよいが、閉じた扇子を手持ち無沙汰に弄って居た。
「生徒会主催で模擬レースを開催する事は構いません。 ちゃんとトレーナーさんも居て、いざと言う時の保健室の手配もして有りましたし、デビュー前の子でも無理の無い距離でした。」
「ならばそこまで問題では……」
「シンボリルドルフさんは黙っていて下さい。」
「……あ、はい。」
たづなの言葉に付け入る隙を見つけたと思ったルドルフが意を決して口を挟もうとしたが、すぐにその口を閉ざす。
「確かに、ここまでなら問題はあまり有りませんでしたが、普通のレースでは無く、あの様な形式のレースを芝のコースで行なえば如何なるのか?ご存知無かったとは言いませんよね? ねぇ、トレーナーさん?」
「ヒィッ!」
たづなに名指しされた千尋の口から小さな悲鳴が溢れ出ると、見兼ねた谷が助け船を出すかの様にたづなを宥め様と口を開く。
「まあまあ、千尋も悪気があってやった事ではなく、あくまでも担当を勝たせる為に知恵を絞った結果で……」
「谷トレーナーは黙っていて下さい! あと、この後できちんとお話は伺いますからね?」
「……あ、はい。」
本能的に何かを悟った谷が即座に口を閉ざすと、最早たづな以外誰も口を開く者は居なかった。
たづなの声だけが聞こえる室内で大人達の後ろに隠れて居たタマモクロス達が小声で話し合う。
「これ、ヤバいんちゃうか?」
「……大ピンチと言えますわ。」
「語気は強いのにずっと笑顔なのが恐怖を感じますわ。」
タマモクロス、サロメ、クリークの3人がヒソヒソと話していると、そんな3人に不機嫌そうな表情をしたブライアンが小声で話しかけてくる。
「……おい、何故私まで呼ばれているんだ?」
「首謀者2人の内、1人が保健室行きなんだ、もう片方の当事者として呼ばれるのは当然だろう?」
そんなブライアンの疑問に対して、隣に立つエアグルーヴが答えると、たづなが生徒達に和かに声をかける。
「……皆さん、お話の途中ですので、お静かにお願いしますね?」
「「「「「……あ、はい。」」」」」
「流石はたづなさん、あの二つ名は伊達じゃ「サロメさん?」……ヒィッ!」
その光景を見たサロメが思わずといった形で呟いた言葉は、途中で悲鳴へと変わった。
一瞬の静寂が支配したその空間を引き裂く様に、勢いよく扇子を広げる音と、覇気のある声が響いた。
「傾聴! 確かに、此度の件、色々と不備が有った! だがっ! 此度のレース、実に見事! 我が学園生徒諸君に新たな道を示す契機となった! よって、レースについては不問とする!」
「……理事長!」
やよいの決定に思わずといった感じで声を荒げたたづなを片手を上げて制したやよいが言葉を続け様とすると、ルドルフが腕を組み自らの顎に手を当てながら独白する。
「確かに、トゥインクルレースしか知らない生徒達も多い中、ばんえいと言う力に特化したレースもあると知れたのは大きいかも知れない。 いや、速さ以外を競うと言う面を考えれば、埋もれていた才能が輝く可能性だってあると言えるのか……」
「……何やら会長さんが考え込んでおりますわね?」
「何にしても、お咎め無しっちゅう事やな?」
「そう言う事になるのでしょうか?」
「こん学園のトップである理事長がそう宣言したんやさかい、そう言う事やろ?」
先程の3人がまたヒソヒソと話していると、その話し声を拾ったやよいが扇子を広げて宣言する。
「肯定! レースの開催は不問である! だがっ! 学園である以上、生徒諸君への規範を示す必要有り! よって以下の裁断をもって判決とするっ! リアルデューク、ナリタブライアンの両名は1週間食堂で奉仕活動を行う事とする! また、放課後はグラウンド整備の手伝いを行う事! グラウンド整備に関しては今回のレースで痛めた芝コースが元に戻るまでとする! ……たづなよ、これで良いな?」
「……はい、理事長。」
やり切った表情でやよいが確認すると、たづなも満足そうに頷いたのだが、この場で1人納得の出来ないブライアンが声を荒げて抗議する。
「ちょっと待て、何で私がそんな面倒な事をやらないと行けないんだ?」
「……ブライアン、元は貴様の軽率な発言が原因だと思うのだが?」
エアグルーヴが抗議するブライアンを諌めようと口を開くと、ブライアンは更に鼻息荒く吐き捨てる様に文句を言い始めた。
「知るかっ! 兎に角、あんな無茶苦茶なレースにしたのはあのガキが原因だ、私は関係無い!」
「ナリタブライアン、キミは後輩に全てを押し付けて責任逃れをするつもりか?」
そんな荒ぶるブライアンに真面目な表情でルドルフが問い掛けると、何かを察したのか急に黙った後に溜息混じりに小声で話す。
「……あ〜ったく、分かった、そう言わずともわかっている。 ただ、あのガキには色々と最後までやられたからな……」
「プフッ……ゴール手前でキラキラ塗れにされたからな?」
「キサマ!」
エアグルーヴの揶揄いの言葉に激昂するブライアン、そんなブライアン達にやよいが楽し気に話に混ざる。
「確かに! あの三冠ウマ娘をキラキラ塗れにしたのは、後にも先にもあの子だけだろう!」
「その節はうちのリアルデュークが大変御無礼を働きまして、すみませんでした。」
その話に千尋が済まなさそうにブライアンに頭を下げると、ルドルフが笑顔で対応する。
「いや、千尋トレーナー、元々は此方のブライアンが原因です、その件に関してはお気になさらないで下さい。 ただ、別の件でリアルデュークくんには少々お時間を頂くことになりますが……」
「……あかん、アレ、相当怒ってるで?」
「まぁ、そのくらいの事してましたからねぇ。」
タマモクロスとサロメが苦笑いでそう話していると、ブライアンも口角を上げて話す。
「ふっ……あのガキも年貢の納め時だな?」
「ああ、勿論ブライアンくんにも、この後話があるから生徒会室に一緒に行って貰うよ?」
「な、何故だ!」
ルドルフの言葉にあからさまに狼狽えるブライアンの腕をエアグルーヴが掴む。
「話は後だ、ほら行くぞ?」
「まて、離せ! 私はまだ行くとは……」
「ふふっ……良い機会だ、会長にたっぷりと絞られると良い。」
「……アレは嫌だぁぁぁあっ!」
「待て! 逃げるなブライアン!」
連行しようとしたエアグルーヴの腕を振り払うと、ブライアンは一目散に走り去って行った。
「……ったく、今日はかなりしつこかったな。」
何とかエアグルーヴを巻いたブライアンが駆け込んだ部屋でひと息付き、改めて部屋の中を見渡してみると、そこは保健室だった。
幾つかのベッドがあり、養護教諭は席を外しているのか動いてる人影は無かった。
そんな中、椅子に座って休もうとしたブライアンがベッドの近くに置いてある椅子へと近付いた時、近くのベッドから大きなイビキが聞こえて来た為、ベッドカーテンを開けて覗いてみると、最近良く見た人物が寝ていた。
「フッ……人様にあれだけの事をしておいて、自分は大口開けて寝てるとはな。」
先程のレースや、ここ最近の憎たらしさが鳴りを潜めたその寝顔を眺めていると、ブライアンは前々からずっと感じて来て居た事を思い出す。
「特別な何か、か……」
ナリタブライアン、彼女は何時も孤独の内に居た。
周りのウマ娘達が時折り口にする『特別な何か』を感じる相手、例えばシンボリルドルフがトウカイテイオーに感じている様な、自分では一度も感じた事の無いモノ。
一説には、ウマ娘は想いを繋いで走ると言うが、自分にはわかる。
「……私の想いは何処にも繋がらない。 孤独とはこう言うモノなのかも知れんな。」
どれだけ頂点を極めても、どれ程の功績を残しても、時が経てば全ては無に帰る。
後に続く者の存在が無い事による孤独感は、ナリタブライアンと言う怪物をして徐々に心を削っていく病にも似ていた。
既にこの病はブライアンの心を削り、擦り切れたその心は現実世界でブライアンから熱を奪って行く。
「……孤独は寒いな。」
思わずブライアンの口から本音が溢れた。
「……寒い、なら暖める!」
「なっ、お前っ?」
寝ていると思っていたリアルデュークが、毛布で自分ごと抱きつく様にブライアンを包み込む。
「昔、ママ言ってた。 寒い、こうする!」
「いや、私は別にそう言う寒いじゃ無いっ!」
ビックリしながらも抵抗するブライアンに抱きついたまま、リアルデュークが上目遣いでブライアンの目を見ながら尋ねる。
「なら何が寒い? お前震えてる! ボクわかる!」
「はっ、お前みたいなガキに何がわかるって言うんだ?」
何故か真剣な眼差しで聞いてくるリアルデュークに押され気味になりながらも、なんとか悪態をつくブライアンをそのまま見つめながら、リアルデュークが話す。
「……1人、寂しい。 誰も居ない、とても寒い! ボクもそう、だからわかる。」
「……お前も? だってお前はメジロだろ? 姉ちゃん達や家族も一緒なんだから1人じゃ無いだろ?」
「違う、ボクは1人。 家族居なくなった。」
それから辿々しくも話すリアルデュークの話を、ブライアンは黙って聞く事にした。
この小説?を飽きずに読んで下さる皆様に、心からの感謝を申し上げます。
未だ拙い話ですが、暇な時間に僅かなりともこの物語が皆様のお役に立てていれば幸いです。