ちょっとだけ長めです。
秋も深まり、そろそろ冬の気配がしてきた10月後半、リアルデュークは千尋と共に中山レース場へと来ていた。
まだメインレースまでは時間が早いのもあってか、然程混雑していない会場で、矢鱈とデカいバーレルサイズのポップコーンを抱えてご満悦なリアルデュークは、千尋に先導される形でパドックへと来ていた。
「リアさん、そろそろ時間だから私は行くけど、本当に一緒に来ないの?」
「サロメなら大丈夫、きっと、多分!」
「いや、そこは自信を持って言い切りましょうよ? あと、勝手に何処かに行ったりしないで、ちゃんと私が戻る迄ここで待っててね?」
「モーマンタイ! ボク、待つ事には定評ある!」
「……それは初耳ね? お願いだから、何時もみたいに騒ぎを起こさないでね? 今日はサロメさんのメイクデビューなんですからね? 私も、サロメさんを送り出したらすぐに戻って来ますから、本当に、お願いだから大人しくここでサロメさんが出て来るのを待っていてね? お菓子くれるからって、知らない人について行ってはダメですよ? あと、興味を引いたからって何処かに行ってもダメですよ? あと、それから……」
「時間無い、さっさと行く!」
「そ、そうね……それじゃあ行ってくるけど、本当にお願いしますからね? 私、リアさんの事信じていますからね?」
そう言うと、千尋は何度も振り返りながらサロメの待つ控え室へと歩いて行った。
そんな千尋をちょっとだけうんざりした表情で見送ったリアルデュークは、先程の千尋との会話も気にせずに早速何か面白いモノが無いかとキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「……ちょっと、そこの貴女? そこをお退きなさいな?」
「……うぃ?」
暇つぶしにキョロキョロと辺りを見回していたリアルデュークが、声のした方を見てみると……。
「……うぃうぃ。」
声がした方に反射的に顔を向けたリアルデュークは、一瞬だけ確認する様に視線を見知らぬ幼子に向けた後、興味を惹かれなかったのかすぐにパドックへと視線を戻した。
「ちょっと、貴女?」
「……うぃうぃ。」
「ワタクシは貴女に話しかけているのです!」
「……うぃうぃ。」
「無視するんじゃありません!」
「……うぃうぃ。」
「……良いでしょう、このワタクシにそんな態度をとる方が居るなんて……」
何度か話し掛けるが、無視された幼女が怒りに震える指を目の前の無礼なリアルデュークの眼前に持っていき、それから近くのベンチを指差して口を開いた。
「良かった、ちゃんと待っていてくれて。」
少し息の上がった千尋が、少し離れた所からリアルデュークの姿を見て安堵していると、リアルデュークと何やら話をしていた幼女が徐に側のベンチを指差して何やら叫んでいた。
「……良いでしょう、このワタクシにそんな態度をとる方が居るなんて……」
幼女は怒りに震える指を、リアルデュークの目前に突き出した。
そのまま勢いよく向きを変え、すぐ傍のベンチを指差す。
「そこ! 貴女が勝手に占領しているそのベンチ!」
「……?」
「ワタクシが使おうとしていたのですわ!」
ようやくリアルデュークの視線が、幼女の指の先――ベンチへと移る。
その上には、千尋が買ってきたまま置いていたポップコーンのカップ。
「……これ?」
「当然それも含めて、全部ですわ!」
そこへ、少し息を切らした千尋が駆け寄ってきた。
「良かった、ちゃんと待ってて――」
言いかけて、状況を見て止まる。
ベンチを挟み、睨み合う二人。間に置かれたポップコーン。
「……なにこれ、リアちゃんまた揉めてる?」
「この方が! ワタクシの場所を勝手に使っているのですわ!」
「……うぃ?」
千尋はベンチを見て、すぐに事情を理解した。
「あー、ごめんね。でも、ベンチは公共のものだし、ちょっと置かせてもらってただけで」
「では、その食べ物は?」
「それは私たちの」
幼女は一瞬、言葉に詰まった。
ポップコーンを凝視し、じっと観察する。
「……本当に?」
「うん、ちゃんとレシートもあるよ?」
「……」
数秒の沈黙の後、幼女はふん、と顔を背けた。
「……分かりましたわ。そこは認めてあげますわ」
「ふふ、ありがとう、話が早くて助かるわ」
「ですが!」
ばっと振り返り、再びリアルデュークを指差す。
「ワタクシが声を掛けたのに、無視した件は別問題ですわ!」
「……うぃうぃ」
「今もですの!!」
千尋は頭を抱えた。
「リアちゃん、ちゃんと返事しなさい」
「……何て?」
「普通に、です」
リアルデュークは少しだけ考え、幼女を見る。
「……ごめん?」
「……!」
拍子抜けしたように、幼女の目が見開かれる。
「……最初からそう言えば良いのですわ」
「……うぃ」
「だからそれですの!」
だが、幼女の怒声に勢いは無かった。
幼女は一度だけポップコーンに視線を落とし、少し迷うように口を開く。
「……その」
「?」
「もし……余るようでしたら……」
千尋は一瞬きょとんとし、それから笑った。
「いいよ、少し分けよっか?」
「!? べ、別に欲しいとは――」
「……うぃ」
リアルデュークが何故か一粒、幼女の手のひらにそっと置く。
「……食え!」
「……」
幼女は数秒葛藤した後、小さく受け取った。
「……今回だけですわ」
ベンチを挟んだ空気が、ようやく和らぐ。
だが千尋は直感していた。
――この子、絶対また関わってくる。
ポップコーンのカップが軽くなるたびに、面倒事が増えていく予感だけが、確かにそこにあった。
ポップコーンの件が片付いた幼女がベンチから離れると、小さな足でまっすぐ歩き出した。
背筋をぴんと伸ばし、手袋をきちんと直すその仕草には、ただの子どもにはないどこか凛とした雰囲気があった。
歩き方も、ぎこちないながらも真っ直ぐで、全力で何かに向かっているような力強さが感じられる。
その視線の端には、周囲の大人や同年代の子たちを気にするそぶりもなく、物怖じしない自信がほんのり滲んでいた。
千尋はその後ろ姿を見送りながら、ふと胸に引っかかるものを感じた。
――どこか見覚えのあるような、しかしまだ誰も知らない子。
その小さな体に秘められた芯の強さが、未来のスターをほのめかしているようだった。
――この子、きっと後で何か大きなことを成すだろう。
そのトレーナーとしての直感に千尋は思わず、軽く息を呑んだ。
小さな背中が視界の奥に消えていく。
ただの小学生のウマ娘――だが、その一歩一歩には、未来の輝きを予感させる力が確かにあった。
幼女の背中がパドックの人混みに消えても、リアルデュークはしばらく立ち止まったままだった。
見た目は小さな子どもだが、彼女もウマ娘である。入学してまだ半年程度であり、自身もデビュー前の身でありながら、無意識に幼女を意識する目つきがそこにあった。
千尋は横目でそんなリアルデュークの様子を見ながら、軽くため息をつく。
「……まだ見てるの?」
「……うぃ」
リアルデュークの視線の先にあるのは、先ほどベンチで揉めていた小さなウマ娘。
手袋を直す仕草、背筋を伸ばした立ち姿、まっすぐ歩く小さな足――まだ無名の小学生でも、どこか芯の強さが伝わる。
千尋は思わず心の中で呟いた。
――まだデビューしていないリアちゃんをここまで夢中にさせる子……面倒な予感しかしないわね。
「まあ、今日はサロメのデビュー戦なんだから、同じチームのトレーナーとしては、あまり気を散らさないでほしいんだけどなぁ?」
千尋が小声で注意すると、リアルデュークは肩をすくめるだけで返事はしない。
だが視線は、まだ幼女が去った方向に向けられたままだった。
――寮のルームメイトであるサロメのデビューを応援に来ているのに、気が付けば別の子に意識が向いている……かぁ。
千尋は苦笑しつつも、トレーナーとして淡い不安と期待を抱えてその様子を見守った。
その頃パドックでは、デビュー戦を前にガチガチに緊張した様子のサロメが、ジャージの上着を投げ捨ててポーズを取っていた。
リアルデュークはそんなサロメの様子を一瞥し、軽く手を振る。ルームメイトの初舞台を応援する気持ちくらいはしっかりあるみたいだ。
だが、そのすぐ後で、先ほどちらりと気になった幼女の記憶が蘇り――ほんの一瞬その記憶に引っ掛かりを感じる。
リアルデュークは、幼女の小さな背中や手袋を整える所作を思い出していたものの、通路を歩く別のウマ娘や観客の動きにすぐ気を取られ、幼女の存在から注意はあっけなく逸れる。
千尋は横でその様子を見て、ため息混じりに小さく呟いた。
「……やっぱり、気にはなるけど長続きはしないのね」
「……うぃ?」
千尋の言葉に首を傾げたリアルデュークは、すぐにサロメの応援の方に集中する。普段のリアルデュークらしい短い興味の波だった。
それでも千尋の目には、わずかに残った“興味の跡”が見えた。
ほんの一瞬のことだが、これが後の何かの伏線になるのだろう、と千尋は思う。
パドックのざわめきが広がる中、リアルデュークはサロメの応援の準備に集中しながらも、未だに頭の片隅に幼女の小さな背中のことがかすかに残っていた。
――気になるけど、気づいたら忘れてしまう。それが、リアルデュークというウマ娘なのだ。
リアルデュークは肩をすくめると、すぐにサロメの方に注意を戻した。
「よし、気持ちを切り替えるのよ」
千尋が小声で促すと、まだデビュー前のリアルデュークは素直にうなずく。
入学半年、色々とやらかしてはいるが、いまだ学園生活に慣れていない彼女にとって、ルームメイトの初舞台は緊張もあるが、しっかり応援をすると言う気概を持っていた。
パドックのざわめきの中、サロメは観客達や一部のマスコミの視線を浴びていた。
リアルデュークは少し離れた位置からじっと見守り、千尋も横でサポートの体勢を整える。
「落ち着いて……いつも通りでいいのよ」
千尋はデビュー戦の緊張を隠そうとするサロメに向かって励ます。
リアルデュークも、無表情ながら小さく手を振って応援の気持ちを伝えた。
――幼女のことはもう忘れた。
今は、目の前のルームメイトを全力で応援する――それだけがリアルデュークの関心の中心だった。
パドックに漂う緊張と期待の空気の中、サロメとリアルデューク、この二人のウマ娘はそれぞれの思いを胸に、デビュー戦への一歩を踏み出そうとしていた。
一応、ここが分岐点だったので、ちょっと何通りか書き直ししましたが、こんな感じになりました。