メジロ家の変な子   作:ネギ市場

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聖夜の戦い その2

 

 

 沈黙が、ほんの一拍だけ落ちた。

 最初に口を開いたのはマックイーンだった。

 作り笑顔のまま、びしっとブライアンを指さす。

 「……ブライアンさん。リアさんにそんなふうにベタベタするの、やめてくださいますか?」

 ブライアンはきょとんとする。

 「は? 何言ってんだ」

 それを聞いた瞬間、ビワハヤヒデの眉がぴくりと動いた。

 「……貴様、ブライアンに何を吹き込むつもりだ?」

 マックイーンが即座に噛みつく。

 「吹き込む? 事実を言っているだけですわ! その方、リアさんを独り占めする気満々ですもの!」

 「独り占めしたいのは貴様だろう」

 「しておりませんわ!」

 「いや、しているな」

 「してません!」

 マックイーンとビワハヤヒデの言葉の応酬は、一気に幼稚な方向へと転がり落ちる。

 「だいたい、ちょっと体が大きいだけのシスコンが、偉そうにしないで下さいません事?」

 その一言に、ビワハヤヒデの目が見開かれた。

 「……今、何と言った?」

 「体が大きいだけ、と言いましたわ」

 「頭が大きいと言ったな?」

 「その様な事、私言っておりませんわ!」

 「言った!」

 「言っておりません!」

 完全に言った言わないの世界である。

 「貴様、私の頭を見て笑ったな!」

 「見てませんわ!」

 「今、見ただろう!」

 「見てませんってば!」

 ブライアンはリアルデュークを抱いたまま、ゆっくりと額に手を当てた。

 「……」

 リアルデュークは二人を交互に見上げ、ぱちぱちと瞬きをする。

 「うぃ……?」

 そんな2人の反応にも気付かず、稚拙な言い争いはなおも続く。

 「確実に私の頭を見て大きいと言った」

 「私は、貴女の身体が大きいと事実を述べただけですわ!」

 「矢張り、頭が大きいと言っているでは無いか!」

 「違います!」

 ――そこで、低く、短い声が落ちた。

 「……お前ら、本当にガキか?」

 一瞬で場の空気が凍る。

 その一言は、怒鳴り声でも叱責でもなかった。

 ただ事実を述べただけの、乾いた声だったが、ウマ娘として1時代を築いた王者の覇気がある声だった。

 マックイーンの肩が、びくりと跳ねた。

 貼り付けていた笑顔が一瞬だけ剥がれ、慌てて姿勢を正す。

 「い、いえですわ……! 私はただ……その……」

 言葉を探すように口を開いては閉じる。

 「リアさんの教育上、同じメジロ家の者として、少し気になっただけですわ……!」

 明らかに苦しい。

 一方、ビワハヤヒデも一拍遅れて我に返る。

 口を開きかけて、閉じ、腕を組み直した。

 「……私は……」

 そこで言葉が詰まる。

 自分が今まで何を叫んでいたのか、脳裏で再生されてしまったからだ。

 (……頭が大きいだの……言った言わないだのと……私は何を……)

 ブライアンは二人を見下ろし、淡々と言った。

 「嫉妬するのは勝手だ。だがな……」

 リアルデュークを抱く腕に、ほんの少し力が入る。

 「こいつを使って言い争うのは、一番ダサい」

 マックイーンの喉が鳴った。

 「……っ」

 言い返せない。完全に図星だった。

 ビワハヤヒデも視線を逸らす。

 (……ブライアンに尊敬されたい、などと……この有様で……)

 沈黙。

 先ほどまでの低レベルな喧騒が嘘のように、夜風だけが流れる。

 その空気を、ぱしっと割ったのは——リアルデュークだった。

 「うぃ?」

 小さく首を傾げ、二人を交互に見てから、にこっと笑う。

 「……ボク、ケンカ、いや?」

 その一言で、二人は完全に黙った。

 マックイーンは唇を噛み、視線を逸らす。

 「……そ、その……」

 結局、謝罪の言葉は出てこない。

 だが、指先がそわそわと落ち着かない。

 ビワハヤヒデも深く息を吸い、ゆっくり吐いた。

 「……すまないとは……言わん」

 それでも声は、さっきよりずっと低かった。

 ブライアンはそれ以上追及しなかった。

 ただ一言だけ、呆れたように言う。

 「……ほんと、面倒な姉さん達だな?」

 リアルデュークはくすくす笑い、ブライアンの肩に手を置く。

 「うぃ!」

 その無邪気な声を聞きながら、

 二人のウマ娘はそれぞれ、胸の奥に残る消えない嫉妬と、

 少しの自己嫌悪を抱えたまま、黙り込むのだった。

 

 

 あれから、リアルデュークが突然、千尋の家の近くだと言い出し、その言葉を受けて歩き出したブライアンが足を止めかけた、その瞬間だった。

 「……ここか?」

 そう言いかけたブライアンの言葉を、リアルデュークが遮るように声を上げる。

 「うぃ! ちがう!」

 ブライアンが一瞬、固まる。

 「……は?」

 リアルデュークは抱き抱えられたまま身を乗り出し、きっぱりと指を差した。

 「こっち! 千尋、こっち!」

 そこは細い路地の奥。

 街灯も少なく、生活感のある住宅が並ぶ方向だった。

 マックイーンが眉をひそめる。

 「……リアさん? 本当に合っていますの?」

 ビワハヤヒデも低く言う。

 「貴様、道を誤っていないだろうな」

 リアルデュークはむっとして振り返る。

 「うぃ! まちがえない!」

 ブライアンは一拍置いてから、ふっと息を吐いた。

 「……そうか。じゃあ案内はお前に任せる」

 その言葉に、リアルデュークの表情がぱっと明るくなる。

 「うぃ!」

 マックイーンは思わず足を止めた。

 「……ブライアンさん?」

 「ん?」

 「貴女、千尋さんのお宅をご存じだったのでは……?」

 「知らん」

 即答だった。

 マックイーンが目を見開く。

 「……では、なぜ……」

 「こいつが行きたいって言った」

 それだけで十分だと言わんばかりの口調。

 ビワハヤヒデは、内心で小さく笑う。

 (……ブライアンは、相変わらずだな)

 ブライアンに言って自分で歩く事にしたリアルデュークは先頭に立ち、小さな足取りで進んでいく。

 何度か曲がり角を折れ、迷いなく進むその様子に、二人の視線が集まる。

 「……随分、慣れていますのね」

 マックイーンの声には、わずかな警戒が混じる。

 「うぃ! あそんだ!」

 胸を張ってそう言ったリアルデュークの声に、マックイーンとビワハヤヒデは、それぞれ違う反応を見せた。

 マックイーンの胸に走ったのは、明確な苛立ちだった。

 (……私の知らない場所。私の知らないリアさんの時間……)

 リアルデュークが“ここ”に親しんでいるという事実が、どうしようもなく気に食わない。

 一方、ビワハヤヒデは表情を変えない。

 ただ、視線だけがリアルデュークからブライアンへと移る。

 (……この子は、ブライアンにとって何だ?)

 血の繋がりはない。

 それでも、ブライアンは迷いなくこの子を選んだ。

 今も行き先すら知らず、疑いもせずに道案内を任せている。

 ビワハヤヒデの胸に生まれたのは、嫉妬ではない。

 理解できないものへの、静かな警戒だった。

 やがて、リアルデュークが一軒の建物の前で立ち止まる。

 リアルデュークが足を止めたのは、駅から少し離れた場所にある、古びたアパートの前だった。

 外壁は色あせ、階段の鉄柵にはところどころ錆が浮いている。

 夜風に揺れる蛍光灯が、じじっと頼りなく鳴いている。

 「ここ、千尋の家!」

 元気よく言い切るリアルデュークに、マックイーンは一瞬、言葉を失った。

 「……こ、こちら……ですの?」

 ビワハヤヒデも無言で建物を見上げる。

 (……安アパート、だな)

 否定も評価もしない、ただ事実として受け取る。

 ブライアンは特に気にした様子もなく「案内ご苦労」とだけ言った。

 リアルデュークは慣れた足取りで階段を上り、二階の一番奥で立ち止まる。

 ドアの前でくるりと振り返り、にこっと笑った。

 「うぃ! ちひろ、ここ!」

 その“当然”という態度が、マックイーンの胸をちくりと刺す。

 (……こんな場所に、何度も……?)

 マックイーンの胸をちくりと刺すような沈黙の中、ビワハヤヒデの視線は、無意識のうちにブライアンへと向かっていた。

 (……知らなかったな)

 千尋という人間のことではない。

 この安アパートでもない。

 ――ブライアンが、こういう場所を「何とも思わず」選択肢に入れるという事実。

 豪奢でもなく、誇れるわけでもない場所。

 それを疑いもせず、リアルデュークの案内に任せ、当たり前のように立っている妹の姿。

 (……行動範囲が、私の想像よりずっと広くなっているのか?)

 ビワハヤヒデは、静かに息を吸う。

 それは嫉妬ではない。

 ただ、把握しきれていなかった妹の一面を見た時の、微かな違和感だった。







 トレーナーのイメージって設定と違ってエリートと言うより、金八先生か銀八先生のイメージなんですよね。
 ……何故なんでしょうね?
 
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