幼女は自由である。
男は平凡で、善良だった。
特に裕福でも、貧乏でも無く、極一般的な家庭に生まれ育ち、平凡な人生を歩んできた男は、小学生の時に運命の出会いをした。
当時小学校に入って最初の夏休み、偶々休みが取れた父親の趣味に付き合う形で、家族全員で近くの地方競馬場に来ていた。
当時の男は、滅多にない家族全員でのお出掛けとあって、ここが何をする所かも知らずに、ただはしゃいでいた。
そんな我が子に笑い掛けながら、父親は我が子と手を繋いでパドックに連れて行く。
その日はメイクデビューと、未勝利戦が殆どで、観客の人達も家族連れ等の所謂ライト層と呼ばれる人達は少なく、古参、または玄人と呼ばれる人達が殆どだった。
パドックで紹介されるウマ娘達も、全体的にかかっている状態の子が多く、未勝利戦に至っては悲壮感が漂う子も多く居た。
雰囲気的にはあまり良い感じでは無く、父親も微妙な表情で観客席へと戻ろうとしたが、1人のウマ娘をジッと見詰めている我が子を見て、釣られる様にその視線の先を見てみた。
そこに居たのは、右膝にサポーターを付けて無理に愛想を振り撒いている、鹿毛でセミロングの少し痩せた、これから未勝利戦に出る子であった。
「お父さん、あの子勝てる?」
何か感じる物があるのか、心配そうにその子から目を離さずに聞いて来る子供の頭を撫でながら
「どうだろう、お父さんトレーナーさんじゃないから、あの子が勝てるかどうかは分からない。 でもね、あの子も他の子もみんな頑張って走っているんだ、だからきっと1番頑張った子が勝つんだと思うよ?」
「そうだよね? 頑張って走れば大丈夫だよね」
「うん、だからこっちも頑張ってって大きい声で応援しような?」
「わかった! みんな頑張れって応援する!」
その日、未勝利戦でそのセミロングの子は、掲示板に入る事は出来なかった。
悔しがる子供に、父親は「きっとその内勝てるよ。 未勝利戦はいっぱいあるんだから」と、気軽に慰め、子供も父親がそう言うならそうなんだろうと、すぐに考えるのをやめて、帰りに寄るファミレスの話で盛り上がった。
その後も、レースを見るのが面白くなった子供時代の男は、何度も親に強請ってはレースを見に行ったが、あのセミロングのウマ娘を見る事は無かった。
そして、それ以来ウマ娘のレースにすっかり魅了された男は、高校生の頃にトレーナーを目指すが、何度か挑戦するも失敗し、結局は親の説得もあり2浪でそこそこの大学に入って地方競馬場を運営する会社に就職し、頑張っているウマ娘達を全力で応援する、熱い職員となって居た。
そして、地方と中央の違いに理不尽さを感じ、中央の金満運営に反抗心を抱いたまま、知人の紹介で名家の執事として働く事となった。
男は、名家の育成の秘密を暴いて地方の子達に教えて、公平な育成環境を作るつもりだった。
何故なら、一部の名家と呼ばれる者達が、有効で効果的な秘密を独占してズルをしているせいで、大勢の努力している善良な子達が不当な環境に追いやられて居る。と、自己の根拠のない正義感でそう思い込んでいるからだった。
故に男はこう考える……《一度も見せないリアルデュークの練習方法こそ、このメジロ家秘伝の秘密を用いた、レースでズルをする為のモノなのでは?》と…決して、数日前にアサマから言われた『血筋が全てに勝る』この様な救いの無い世の中ではない、頑張れば救われる、みんなが幸せになれる世の中である筈だと……1人暗い部屋の中で独善的な正義感に燃えていた。
リアルデュークがメジロ家に引き取られてから、既に2年の歳月が過ぎ、来年から日本最大のウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園に入学することになっていた、合格出来ればだが……
そんなトレセン学園の試験日が迫って来た夏の日、リアルデュークは久しぶりに別邸の方に立ち寄ったアサマからの執務室への呼び出しに、焦りまくっていた。
それは、何で呼ばれたか?心当たりがあり過ぎて、どう対応すれば良いのかわからないからだった。
「ボク大ピンチ! 助けろ!」
ノックも無しに、急に自室のドアを抉じ開けて、(正確には鍵ごとドアノブを引っこ抜いて)部屋に突撃して理不尽な要求をして来た見た目幼女に対して、どう対応したものか頭を悩ませるマックイーンが居た。
「リアさん、まずはそのドアだった物を片付けましょうか?」
「うぃ、可哀想なドアさん、さよなら!」
マックイーンにそう言われたリアルデュークは、手に持っていたドアノブを廊下に投げ捨てると、衝撃で外れかけてぷらぷらして居たドアを毟り取り、マックイーンの部屋の窓から庭へ放り投げた。
当然、開けてない窓に向かって投げ付けたので、窓ガラスと一部窓枠ごとドアは庭へ落ちて行った。
「…窓さん、死んだ? マックイーンの非情な指示…南無南無」
破壊された窓を拝む幼女こと破壊神に、開いた口が塞がらないとはこの事だと言わんばかりな表情で、ワナワナと身体を震わせるマックイーンだった。
「この…おばかあああっ!」
「……マックイーンは薄情。」
アレからゲンコツを貰い、部屋から追い出されたリアルデュークは、頭を撫で撫で少しだけ涙目で廊下をテクテク歩いていた。
「使えないパクパクさん。 でも、次は大丈夫!」
何故か自信に満ち溢れたリアルデュークは、ある部屋のドアの前に立つと、ドアノブに手を掛けようとして思い止まる。
「ボクは学習する女、出来る女は失敗を繰り返さない!」
先程はドアノブが古くなっていたから簡単に取れてしまったが、もしかしたら古い家なのでこのドアノブも同じくらいかもしれない…なので、今回は相手に聞こえる様に少し強目のノックを行った……勢い余ってドアを裏拳で貫通させてしまった。
ドアの向こう側から小さい悲鳴みたいなものが聞こえて来たが、きっと気のせいなので、ドアに手を突き刺したままドアを引っこ抜いた。
「ヒッ! な、何?強盗?」
「ばーん! ボク登場! ドーベル助けろ?」
「先生? な、何でドア壊しているの? 何で私を助けるの? 私何かしたぁ?」
Gペンを握り締めながらリアルデュークと破壊されたドアを交互に見ながら慌てた様子で矢継早に質問を繰り返す。
「落ち着けドーベル! じゃないとなんか、ボクもソワソワしてくる?」
ドーベルの動揺が何故か移ったリアルデュークと、事情が分からず、更に動揺するドーベル……そこにはカオスがあった。
「…ベルもリアも、2人して何やってるの?」
「「ライアンッ!」」
2人揃って救世主の名を叫ぶ。
「うるさっ!」
両サイドから名前を叫ばれたライアンは、あまりの音量に耳を押さえて後ろに退がる。
だが、退がった分だけ追い縋ってくる2人に半ばタックルされた形になり、3人共そのまま大きな音を立てて倒れこんだ。
「アイタタタ…、2人とも大丈夫?怪我はして無い?」
「も〜まんたい!」
「うぅ、肘が痺れてます…」
片や元気に無事をアピールし、片や左肘を摩って蹲っている幼女と少女…その対照的な2人を見て、取り敢えずの無事を確認したライアンは、そのまま幼女を背後から抱き留めると、逃げられない様に両手と両足で拘束した。
「リア確保! ベル、悪いけど執事補佐さんを呼んできて貰ってもいいかな?」
「何がなんだかわからないけど、取り敢えず呼んでくるから、ライアンも頑張って!」
良く分からないなりに何かを察したドーベルは、ライアンを励ますと急いで使用人達がいる休憩所へ向かった。
「は〜な〜せ〜っ! ブルータス、お前もか〜!」
何かを察したリアルデュークが抜け出そうと必死に踠くが、流石に不利な体制でライアンの拘束を解く事は出来なかった。
そうこうしているうちに、ウマ娘用の手錠を持って現れた執事補佐に拘束されてアサマの部屋へ連行されて行った。
「ブルータス!お前もかぁ!」
「ハイハイ、そのセリフが気に入ったのね?」
「……うぃ。」