定義って人それぞれですね。
幼女はとても素直であった。
生まれ落ち、自我が芽生えた頃には両親は居らず、食べる物、着る物、知識、全てが標準以下、いつ死んでもおかしく無い、とても救いの無い世界に居た。
だが、幼女が何とか1年生き延びた時、救いの手が現れた。
「…アタシはベビーシッターの仕事じゃなくて、家政婦の求人に応募した筈だが? 何で、気が付いたらこんな廃墟で手錠を掛けられているんだい?」
そこは紛争地帯にある、既に爆撃でも受けたのかボロボロの壁だった物が残った廃墟で、そこに置かれた古い椅子に、手枷と足枷を付けた中年のウマ娘が座っていた。
そして、そのウマ娘の前には、見るからに真っ当な雰囲気を持っていない、軍隊崩れの男達数名がニヤニヤしながら、思い思いの格好でウマ娘を見ていた。
「何、オメェさんに、一つ名誉ある仕事をやろうと思ってな? 俺様達が態々ここまで連れてきてやったって訳だ。」
「良かったなぁ、おばさんよぉ?」
「まあ、頑張って働けよ? ケモノが人間様の為に働けるんだ、感謝しても良いんだぜ?」
目の前の瓦礫に腰掛けた左手が肘から無いスキンヘッドのリーダー格がそう言うと、周りの粗野な男達が囃し立てる。
心底軽蔑した目でリーダー格の男を見ているウマ娘を、少しの間ニヤけながら眺めていた男は、
「それでは、ビジネスの話だ。 オメェさんには、あるガキ共のお守りをして貰う。 勿論、ただのガキじゃねぇ、ウマ共のガキだ。 まぁ、将来の騎馬隊候補ってやつだ。」
「アンタ、まさか少年兵でも育てるつもり?」
男は、何が楽しいのか、笑いながら肯定してきた。
「ウマ娘ってのはいい! 速い、強い、純朴、正に兵器になる為に産まれてきた種族だ。」
「アンタ、いつか絶対に報いを受けるよ! こんなの、やって良い事じゃない!」
ウマ娘が怒りのままに怒鳴り付ける様を見て、愉快そうに笑う男達、確かな悪意がそこにはあった。
「ここがお前の新しい仕事場だ。 食料は月一回近くの村の奴が持って来る。 逃げようとしても周りは砂漠だ、行く宛も無く彷徨って途方に暮れたくなければ、真面目に訓練するんだな。」
廃墟でのやり取りの後、目隠しをしてトラックの荷台に乗せられて連れて来られた場所は、辺り一面、土が剥き出しで所々疎に草が生えているだけの、草原とは言えない荒野だった。
そんな荒野の一画に、家と言うには粗末過ぎる、ボロボロの納屋が建っていた。
「アレがガキ共のウマ小屋だ。お前はガキ共の面倒と訓練全般を行え、俺達は定期的に進捗を見にくる。 その時に俺達が見て、ガキ共がサボって居たらバツとして飯を減らす、キチンとやっていたら飯は減らさない。 簡単な話だろ?」
ヘラヘラとニヤけながら、男はここのルールを説明する。
「他に必要な物資はどうすれば良いの?」
「他? そんなモンある訳ねぇだろ。 オメェ等にやるくらいならオレらで使うっての」
そう言ってゲラゲラと笑う男を睨むが、無駄な行為と思い必要な情報を仕入れる事にする。
「じゃあ、何か連絡が必要な時はどうすれば良いの?」
「オレらから連絡する、お前らはそれを待つ、それのみだ」
「それでは病気や怪我とか緊急時にはどうするのよ!」
「お前等は病気なんかならないんだろ? だったらいらねぇだろ。」
「そんな、病気は兎も角怪我はするわ、こんな場所じゃどうしようもない事だって起こるわ、その時の連絡手段くらい寄越しなさいよ!」
あまりの事に激昂するが、男はその姿を見て鼻で笑うと、話はここまでと言うかの様に「それじゃ、精々頑張れや」と言ってトラックに乗って走り去って行った。
途方に暮れ、トラックの去って行った方を呆然と見ていると、納屋の方から物音がした。
反射的に音のした方に意識を向けると、奥の方に居る赤子を抱えた芦毛の子供を守る様に、前に黒鹿毛のショートカットとセミロングの子供がそれぞれ身構えて此方を睨んで立っており、その左右にショートとベリーショートの子供が不安そうに此方を見ていた。
全員ウマ娘で、年の頃10歳前後で痩せており、着ている物も辛うじて服の程をなしている物ばかりであった。
「お前はなんだ! ここに何をしに来た?」
黒鹿毛でセミロングの子が一歩前に出て、手にした木剣を構える。
「私の名前はレオーネ貴女達と同じ、今日から一緒に暮らす者よ? あのクソッタレ共に連れて来られたのよ。 同じ境遇の者どうし、宜しくね?」
そう挨拶をして、ニッコリと微笑むレオーネだった。
「そ、そうか、アタシはボルデ、隣はキキトニッカ、アタシのねえちゃんだ。そして、この髪の短いのがアラカトベで、こっちの
ちょっと長いのがアビアナカペルだ。 でもって奥にいるのが、オペレッタでオペレッタが抱えているのがバノだ。」
自分の名前を呼ばれると軽く会釈や笑顔をくれる子供達を見て、やはり赤子の事が気になったレオーネは、
「其方のバノちゃん?だったかな、貴女の妹さんかな?」
出来るだけ刺激しない様に、笑顔を浮かべながら優しく聞いてくるレオーネに対して、首を振り否定すると、芦毛の子は抱いて居た赤子をレオーネに差し出した。
「バノ、名前違う。 無いから赤子って意味の言葉。 それより、最近元気無いの…助けてあげて」
そう言われて赤子を良く見れば、明らかに栄養状態が悪く弱っていた。
「……この子はいつ頃からここに来たの? あと、どんな物を与えていたの?」
先程の優しい雰囲気は消し飛び、真剣な眼差しで問いかけてくるレオーネに、怯えてしまったオペレッタに代わってキキトニッカが答える。
「ここに連れられて来たのは、今が芽吹の時期だから…刈り取りの時期から試練の時期くらいの頃だ。 食べ物は近くの遊牧民のオバさんが、代わりに水汲みをすれば、ヤギの乳をくれるからそれを与えている。 最初のうちは元気だったけど、最近はぐったりしてばかりだ。」
キキトニッカの話を聞いたレオーネは、赤子の世話を知識の無い子供にやらせるだけでも酷いことなのに、ましてやこんな環境でそれをやらせた男達に対して、怒りを通り越して殺意が湧いてきた。
「良く頑張ったわね? 後はアタシに任せて、きっと元気にしてみせるから!」
レオーネは、子供達一人一人の頭を撫で、優しく笑い掛けながら自らに誓う様に宣言する。
ここに連れて来られてから、体感で既に半年近くがたったと思う。
何せ、ここには訓練用の木刀もどきと今にも崩れそうな納屋擬きしか無かった。
レオーネは、まず赤子の為にも、まともな住居を作る事を考えた。
環境的に選択肢はほぼ無く、家の間取り図を実寸で地面に描き、その通りに50センチ程地面を掘り起こし、ウマ娘パワーでぎゅうぎゅうに圧力をかけて作った土煉瓦を積んで壁を作り、屋根は納屋擬きを解体して作った。
完成には1か月程かかり、その間に子供達の訓練も男達にバレない程度にし、基本的に走り方や、走る為に必要な訓練に重点を置く事にした。
これは、いつかここから逃げる為の訓練であり、逃げた後にレースで生活基盤を作る為であった。
問題の赤子も、レオーネ達の献身的な看護と、レオーネが見様見真似で作った離乳食で、何とか一命を取り留めた。
そんなある日、いつもの様に赤子をあやして居たオペレッタが、レオーネにお願いをして来た。
「ママ、この子にも名前をあげたいの、何か無いかな?」
「……そうだねぇ、みんなで考えて素敵な名前を贈ってあげようか?」
その後連日続いた家族会議の結果、日本名の『望(のぞみ)』と名付けられた赤子は、すくすくと成長し、真名『リアルデューク』を名乗れる迄に育つ事が出来た。
貧しく厳しい環境でも、リアルデュークにとって、とても満ち足りた日々だった。
母は強し、ですね。