幼女には環境が大事です。
「……また脱ぎ散らかしてる。」
年若いメイドが、リアルデュークが履いていたランニングシューズを見て溜め息混じりに呟くと、きちんと並べる為に、その蹄鉄の付いたままになっている身長の割には大きなランニングシューズを片方持ち上げた時、余りの重さに思わず手から取り零す。
それは、いくら蹄鉄がついたままとはいえ、有り得ない重さだった。
「何でこんな重いのよ。 ったく、片付ける方の身にもなってみなさいよ。」
腹いせにシューズを足で蹴りながら隅に追いやる。
「大体、何でメジロでも無いどころか、依にもよってデューク家の貧乏臭い小娘を、メジロ家傍流とは言え、歴史ある家出身の私がお嬢様と呼ばないといけないのよ」
隅に追いやったシューズを、親の仇が如く踏み付けながら悪態をつく若いメイドの姿を、廊下の奥から眉を顰めて黙って見ているメイド長が居た。
その頃、医務室では、先程のリアルデュークの走りについて3人が意見を交わして居た。
因みに、本人はアサマとスピードシンボリの2人に、これでもかと甘やかされていた。
「それにしても、リアさんのあの末脚にはビックリしましたわ。 あれならば、実戦でもある程度勝負になりますわ。」
「うんうん、あの鋭さは実にナイスマッスルだったよね?」
そう、嬉しそうに語るマックイーンに釣られるように、ライアンも和かにリアルデュークを褒める。
「ですが、重賞でも、G Iでは少し厳しいと思いますわ。 確かに先生の瞬発力はそれなりの物ですが、あの位ならば、重賞を勝てる子で差しや追込みを好む子なら、同等かそれ以上の物を持っているでしょう。 正直言ってアレだけでは厳しいと言わざるおえませんわ。」
2人の発言を受けて、敢えて厳しい意見を言うドーベル。
「瞬発力以外にも、何か武器となる物が有ればかぁ、リアにはこれからそこの所を磨いて行くって言うのが良さそうだね?」
「それはそうなのですが、あのトレーナーがどう考えているのか……」
難しい顔をして、スピードシンボリに膝枕をされて、アサマからのビスケットとレモネードを、好きな順番と量で満喫しているリアルデュークを見詰めるマックイーン。
「まぁ、私達がトレーニングに口出ししても、実際には外部の人とあまり立場の違いは無いから、良くも悪くもトレーナーさん次第なんだよねぇ。」
ライアンもリアルデュークの様子を観察する。
「ここで話して居ても意味は有りませんから、次はもっとちゃんとした練習を見せて頂きましょうよ? 特に先生は走るフォームがあの年代ではかなり綺麗と言いますか、妙に洗練されていますので、そこのところを中心に見せて頂きましょう。」
「確かにベルの言う通り、速度が出て無いからか妙に洗練された印象を受ける走りだったね。」
「……逆に違和感がある走り、綺麗なフォームなのに遅く、でも切れ味がある。 確かに色々と確かめたくなりますわね?」
「普段からずっと毎日欠かさずトレーニングしているみたいだし、私との筋トレも欠かさず行っているんだよ。」
「ちょっとお待ちになって、ライアンさん。 貴女はリアさんが毎日トレーニングしている事を知っていた?」
「うん、そうだよ。 まさにナイスマッスルだよ。」
「そうですか、毎日休まずトレーニングをしていたと、それを知って居ながら指導までしていたのですね? ……ギルティですわ!」
ライアンの目の前で腕をバツの字に組んだ。
「良いですか、ライアンさんも知っての通り、適度な運動の後には必ず適切な栄養と休養が必須ですわ。 なのに、リアさんは毎日休み無くトレーニングをしていて、それを知りながら止めなかったライアンさんは、有罪確定ですわ!」
「いや、だって、リアの体を見るとさ、しっかりと身に付いていたんだよ、あの付き方はキチンと栄養と休養をとった筋肉だったから、つい大丈夫だと思ったんだよ。 筋肉だって喜んでいたベストマッスルだったんだよ〜?」
「お黙りなさい、筋肉がどうのと毎回良くわからない理屈で話されても、此方は意味がわかりませんわ。」
「マックイーンだってさ、お腹以外はかなりのマッスルなんだからさ、ね、こうさ、何となくわかるでしょ?」
「お、お腹以外って何ですの? ちゃんと鍛えてありますわ!」
そのやり取りを、だらけきった格好のリアルデュークが、マックイーンの腹部を指差して指摘する。
「パクパクさん、ぽっこりしてる」
意外な所からの口撃に、思わず立ち上がったマックイーンは、腰に手を当てて反論した。
「イカ腹幼女体型が何を言っておりますの!」
「……ちっちっちっ! 幼女違う、ボクは出来る女…これ見れ!」
アサマに膝枕されたまま、仰向けで寝ているリアルデュークが服をめくってお腹を出す。
「……これは見事なイカ腹ポッコリタイプですわ。」
「うん、これはイカ腹待った無しだねぇ。」
「ぁあっ、先生の見事なイカ腹……麗しいですわ。」
三者三様にリアルデュークの腹について感想を言うなか、当の本人は自慢げな表情で臍の辺りを撫でる。
「ここ注目、わかる人わかる。」
言われた通り臍の辺りに注目する3人だが、イマイチ良く分からず首を傾げる。
「……意外と胴が長いですわね?」
「典型的な幼児体型?」
「先生って色白ですわ…」
更に首を傾げながらそれぞれが感想を述べる。
その様子に一気に苛立ちながらリアルデュークが起き上がる。
「わかった!」
その動きを見て、何かに気付いたライアンが声をあげる。
「今ちょっとだけ腹直筋の上部が浮き出た気がする。」
ライアンの言葉を聞いてリアルデュークは得意気に
「流石ライアン姉様、違いのわかる女! 他はダメダメ確定。」
「「イカ腹過ぎてわからないわよ!」」
褒められて嬉しそうなライアンの横で、ダメダメ認定された2人が抗議する、そんなやり取りを、楽しそうにアサマとスピードシンボリが眺めていた。
「さて、お嬢様方のお話も一区切りがついたみたいですので、リアお嬢様、ちょっと此方の椅子にお座り下さい。」
「イヤッ!」
「では、失礼します。」
主治医は、拒否の声を無視すると、手慣れた様子でリアルデュークを持ち上げて椅子に座らせ、その口に棒付き飴を突っ込む。
「……あまあま。」
リアルデュークが飴に気を取られている内に、靴下を脱がして触診を始める主治医。
「…手馴れていますわね。」
「子供の…リアお嬢様の扱いには慣れましたので……」
幾つか確認をした主治医は、靴下を履かせると手元のカルテに何かを書き込んでいく。
「何か気になった所でも御座いましたか?」
少しだけ心配気にアサマが問いかける。
「いえ、特にどうと言う訳では無いのですが、ちょっとだけ歩様が気になったので…」
「……まさか、何かしらの怪我ですか?」
アサマの表情が真剣なものになり、場も静まり返る。
「いえいえ、それこそ『まさか』ですよ。」
周りの真剣な雰囲気に気圧される様に、焦りながらすぐに否定する主治医。
「では、気になった歩様とは?」
「ちょっとだけ、いつもの歩き方や、体重移動がぎこちなく感じましたので、触診をさせて頂いただけの事、結果は今の所問題無しです。」
「…今の所? その言い回しは気になりますが、問題がないと言うのなら一先ずは良しとしましょう。」
些かほっとした顔付きでリアルデュークの方を見る。
本人的には全く問題が無いのか、マックイーンとお互いのお腹を突つき合ってワイワイと騒いでいた。
環境って裏表が大事です。