啓蒙、蒙を啓く事。
死に至る病 黒歴死へと至る病。
スピードシンボリを見送り、ライアン達3人も自室に引き上げた後、1人医務室に戻ったアサマは、主治医へと疑問をぶつける。
「主治医、先程言っていたリアルデュークのことですが、詳しく聞かせて頂けますか?」
主治医の前に置いた椅子に座って居住いを正すアサマを真っ直ぐに見ると、カルテを机の上に置いて向き合う。
「リアルデュークお嬢様ですが、脚と言うより爪に問題がある可能性があります。」
「爪ですか…それはどの程度問題になるのですか?」
「普通に暮らす分には何も問題は無いですし、多少の運動も問題無いでしょう。ただし、それはヒトミミならです。 ウマ娘となれば話は別です、ウマ娘基準で考えると、まず、爪が割れた時はそのままなら、全ての運動は禁止ですが、何らかの処置をすれば、日常生活には支障は無いでしょう。 つまり、爪の状態次第で、レースへの出走それ自体に影響が強く出るのが、今のお嬢様の状態です。」
「何故、その様な事に?」
「それについては、想像の域を出ませんが、やはり育った環境…主に食料事情や、栄養価の問題ですね。 後は遺伝的なもの、特にお嬢様は体が小さく、痩せて貧相でした。 まぁ、今はそれも改善傾向にありますが、まだまだ足りません。」
「あの子は、きちんと走れますか?」
「きちんとした予防を行い、ちゃんとした指導の下、トレーニングをしていれば何も問題はありません。 既に何年か前から適切な対応が為されているみたいですし、流石はアサマ様です。」
「……何年も前からですか、その適切な対応にはシューズや蹄鉄も含まれますか?」
「含まれるも何も、正にシューズも大事ですが、専用の蹄鉄が最も重要なポイントです。 リアお嬢様の足の状態を見るに、ここ数年はオーダーメイドの蹄鉄を使っていたとみて間違い有りません。 逆に、ここまで効果の高い物なんて私も初めて見たくらいです。 これは何処の何というメーカーの物なのです? 後学の為にも教えて貰えませんか?」
アサマは、興奮して詰め寄る主治医を落ち着かせながら、この蹄鉄を用意していたであろう犯人が眠るベッドの方を見る。
僅かに布団から出て、此方に向いていたウマ耳を視認してクスリと笑うと、それに気づいたのか、慌てて耳まで布団をかけて寝たふりをしているシンザンに、アサマは心からのお礼をその背にかけるのであった。
「リア、今日は完全休養じゃ、筋トレも走ってもいかん、其れ等全てを吾が禁ずる。」
翌朝、今日も元気いっぱいにトレーニングルームに現れた幼女擬きに、何故か部屋の中央で腕を組んで仁王立ちしていたシンザンがそう告げる。
「うん、わかった」
元気よく返事をしたリアルデュークは、徐にマシンの一つに座ると、慣れた手つきでマシンの設定を行い、広背筋を鍛え始める。
「わかっとらんじゃないかっ!」
そう大声でツッコミを入れながら筋トレを止める。
「これ、筋トレ違う。」
「何処からツッコミ入れたらいいか、吾わからんけど、お主が行っておるのは何処からどう見ても筋トレじゃから、って言ってる側から筋トレするんじゃ無いわ!」
今度は、ダンベルを使ってトレーニングを始めたリアルデュークを止める。
「筋トレして無いのに……」
ダンベルごとシンザンを持ち上げて筋トレを継続しながら、不満そうに唇を尖らせる。
「いやいや、現在進行形で鍛えてるから、吾ごと鍛えているから!」
「これ、筋トレじゃなくて、筋肉さんのお食事。 ライアン姉さん言ってた! こうやって食事して、デザートにプロテイン飲む、筋肉さん幸せ。 筋肉さんの幸せ、ボクの幸せ。」
「……ダメじゃこの幼女、早く何とかせねば」
「……ひまひま」
ベッドに寝転び、ゴロゴロ転がりながら偶に用意されたビスケットを齧る。
そんな事を30分程して居た為、ベッドの上は皺だらけでビスケットのカスも散乱して居た。
「……リアさん、何故貴女はそこに居るんですの?」
朝のトレーニングをして来たのか、ジャージ姿のマックイーンが部屋に入ってくるなり引き攣った笑みで尋ねる。
「おか〜!」
ビスケットをぼろぼろと溢しながら片手だけで挨拶をするリアルデュークを見て、更に眉間の皺を深くするマックイーン。
「ここは、私の部屋だったと思いますが…何故貴女が居るのですか?」
勤めて冷静になって話すが、己のベッドの惨状を見て握り締めた手が震えて居た。
「お部屋でのんびり、メイドさん怒る。 ここでのんびり、メイドさん怒らない。 だからここをボクの領土にする。」
「ここは、私の部屋ですわ。 このお団子人参!」
「ぎゃふんっ!」
「……パクパクさん、凶暴。」
マックイーンの部屋を追い出され、拳骨を貰った頭頂部を両手で撫でながら、次の目的地を目指すリアルデューク。
「……着いた。 ベル姉遊ぼ〜っ!」
ドアの前で声をかけると、内側からゆっくりとドアが開き、中からメガネをかけてその長い髪を後ろで結えたドーベルが、ペンを片手に顔を出した。
「先生? 今日は如何されたのですか?」
珍しい物を見るかの様な表情で、リアルデュークを見下ろす。
「遊びに来た。 持て成せ!」
両腕を真っ直ぐドーベルの方へ開いて、抱っこを要求するリアルデュークをその要望通り抱き上げると、そのままベッドを背もたれにして、テーブルとベッドの間に置いてある座椅子に座る。
「先生もポテチ食べます? それとも、こっちの新作ビスケットにしますか? ハチミー味だそうですよ?」
テーブルとドーベルの間にスッポリと納まったリアルデュークは、テーブルの上に置かれたお菓子の山を見る。
「ここ天国、これからここをボクの領土とする!」
ご機嫌で建国を宣言する姿を背後から楽しげに眺めるドーベルは、とても幸せそうだった。
「ちな、ベル姉は何してた?」
新作ビスケットを頬張り、入れて貰った珈琲にこれでもかと砂糖を入れながらドーベルの方を見る。
「私は、これから貯めていた円盤の鑑賞をしようかなと思って居ますの。」
「円盤?」
「ほら、丸くてキラキラしていますでしょう?」
ケースから出したDVDの裏側に光を当てて見せる。
「キラキラ、これが円盤?」
「そう、これが円盤です。 これを機械に入れると……」
壁に掛けてあるテレビ画面が明るくなり、お馴染みの映画会社のロゴが、荒波をバックに映し出される。
「ほぉぉっ!」
その日、初めて見たアニメに大興奮なリアルデュークの嬌声が、屋敷の廊下に響き渡った。
蒙は啓かれちゃいました。
あとは、同志ならばわかる事でしょう。