みんな何かを忘れてます。
1人しょんぼりするルドルフを放置する形で、リアルデュークの餌付けを堪能したスピードシンボリ、ラモーヌ、アサマの3人は、満足気にソファーに寝転がる幼女の姿を見て、これからどうするか話し合った結果、取り敢えず一度ルドルフと軽く走らせてみる事にした。
「でも、シン様が居ないけど、走らせても大丈夫かしら?」
今更ながら、少し心配そうにアサマが疑問を口にすると、ラモーヌもその意見に同調する。
「なら、こうしましょう。 私も一緒に走るわ! 私のペースに合わせていれば、無理な負荷はかからないでしょう?」
「スピードシンボリ様が走るなら、私もご一緒致しますわ。 ついでにライアン達も呼んで擬似レースの形にすれば、いくらかは体裁も整うでしょう。」
スピードシンボリの思い付きにラモーヌが乗っかると、あっという間にこの場に居ない者達の参加も決まって行く。
「では、私も!と、言いたいところですが、流石にこの脚では無理ですし、この後外せない用事も有りますので、残念ですけど仔細はラモーヌさんにお任せ致しますわね? スーちゃんとルドルフさんも、ゆっくりしていってくださいね?」
そう言うと、アサマは部屋から出て行った。
残されたラモーヌ達は、壁際の邪魔にならない所にに控えて居た年配のメイドにライアンを呼びに行かせると、早速練習場や運動着などの手配を行った。
それからきっちり1時間後、先程の4人と呼ばれて来たライアンの計5人は、練習場の芝コースに居た。
「まさか会長と、あのスピードシンボリ様と併走する事になるとは思わなかったなぁ……」
若干、腰の引けた感じがするライアンの独白をよそに、鼻息荒く準備に余念がないルドルフと、2人仲良く柔軟をしているラモーヌとスピードシンボリ、そんな三者三様な状況のなか、1人ライアンの近くで面倒臭そうにジャージ姿で寝転がるリアルデュークの姿があった。
「……ほら、リア? そろそろ準備しよ?」
ライアンは、一向に準備どころか寝転がったまま動こうとしないリアルデュークに、急かす様に声をかけているが、当の本人は不機嫌そうに寝転がるばかりで、全くやる気が感じられ無かった。
「ボクの格好良い服……探す、大変だったのに、無いなった。 部屋戻ったら、円盤も消えてた、この世の終わり感じた。 ボクもうやる気無いなった、みんな走る、どうでも良い、好きに頑張ればいい。」
完全に拗ねて寝ているリアルデュークに対して、対処法が分からず狼狽えるばかりなライアンに気付いたのか、他の3人も集まってきた。
「あらあらまぁまぁ、リアさんどうしちゃったのかしら? 何か嫌なことでもあったのかしら?」
スピードシンボリが孫をあやす様に語りかけるも、リアルデュークは全く反応を返さず、仰向けになって空を眺めていた。
「これはまた……ライアンは何か知っているのかしら?」
グダっとしているその姿を愛しげに見ながら、ラモーヌは事情を知っていそうなライアンに説明を求める。
「えっと、実はここに来る途中にリアの部屋に寄ったんですけど、リアの部屋が綺麗になって居て、その部屋で四つん這いで打ち拉がれているリアが居たんです。 当然、何があったか聞いてみたら、円盤が無くなったって言っていて、それからずっとこの状態なんっていだダダダッ! 痛い痛い痛いっ!」
困った表情で説明するライアンの左肩が、突如凄まじい力で握り締められた。
「つまり、リア君の大事な円盤とやらを盗んだ者が居て、そのせいでリア君が私と走ってくれないと言う事なんだね?」
ライアンの左肩に己の怒りをぶつける様に力を込めながら、ルドルフは修羅の表情を浮かべる。
「イダイイダイッ! 会長、肩潰れるっ!」
「あぁ、済まない、つい想いが溢れてしまった。」
ライアンの悲鳴に、やっと自分が何を握っていたのか気付いたルドルフが、ライアンの肩から手を離す。
一方のライアンは涙目で肩を摩りながらも、ルドルフから素早く距離をとる。
「つまり、リア君は円盤とやらを手に入れれば、この状態から復活すると言う事かな? で、あれば話は簡単だ。 リア君が私との勝負で勝てれば、私がリア君が望む円盤とやらをプレゼントしようじゃないかっ!」
そうルドルフが宣言した途端、幼女は履いていたシューズを脱ぎ捨てると、休憩所に普段から用意されている予備のシューズに履き替え、スタートラインに立った。
「何してる? 勝負する! 早く来い!」
急に物欲全開になった幼女の姿を見て、ルドルフ以外はドン引きして居た。
「さて、勝負といっても、正直なところデビュー前の子相手に、このまま走っては、勝負にならないだろう。 だから君が望むならば、ハンデを付けてあげようと思うのだがリア君、何秒欲しいかな?」
腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら、ルドルフはリアルデュークをこれでもかと挑発する。
「ん〜、60秒でいい」
「ハハハッ、リア君は面白いことを言うね。 それではほぼゴールしてしまうね?」
あっさりと、とんでもないハンデを言い出す幼女に若干狼狽えながらも、ルドルフは聞き流す事にした。
「じゃあ、ボクの勝ちでいい。 円盤寄越せ、はよっ!」
ルドルフに対して、両手を伸ばして円盤を要求する幼女に、タジタジになりながら、ライアンに助けを求める視線を送る。
「あのね、リア? あくまでもこれは勝負だから、10秒位までにしておかない?」
ライアンの言葉に少しだけ考えると、リアルデュークはその条件に対して、追加の条件を付ける事にした。
「ボクは話のわかる女、みんなでスイーツ食べ放題で手を打つ。」
「……そ、そうか、ならその条件で手を打とう。」
若干の不満を感じつつも、気が勢ているのと、この気紛れな幼女の性格を考えて、ルドルフはその条件を飲む事にした。
話の行方を伺っていたライアンが、早速話を纏めに入る。
「それじゃあ条件を纏めると、距離は直線コースの芝1000mで、会長はリアがスタートしてから10秒後にスタート、リアが勝ったら会長はリアに円盤とスイーツ食べ放題をプレゼントする、会長が勝ったら……どうします?」
「ふむ、私は別に何も無いかな? まぁ、勝つ事は難しくは無い勝負と言えるしね。」
「では、そこ迄言い切る会長さんに、私から追加の条件を付けてあげるわ。着差2馬身以下なら、うちの子の勝ちって事で如何かしら? 当然、天下の7冠馬シンボリルドルフ様が、デビュー前のこんな小さな子相手に、たかだか10秒のハンデ以上は怖くて付けれない、なんて事は無いのでしょう?」
何か、何時もより圧の強いラモーヌが必要以上にルドルフを煽ってきた。
「たかが10秒って、実際10秒はかなりのハンデですよ、ラモーヌ姉様? 幾ら会長とリアに差があると言っても、これで2馬身以上をつけるのは厳しいと思うんですけど?」
自身が適当に言った条件が、それなりにきつい物である事を理解しているライアンが、更に無茶な条件を言い出したラモーヌを嗜めようとした所で、当事者の1人であるルドルフが口を挟んだ。
「……【率先垂範】、【不言実行】、伊達に7冠馬と呼ばれている訳では無い事をお見せしよう。 ラモーヌ、その条件を受けよう。」
覇気に溢れる顔付きになったルドルフは、リアルデュークの待つスタートラインへと向かう。
「待たせたね、リア君。 お互い良い勝負にしよう。」
「スイーツ、スイーツ!」
ルドルフの方を見ようともしないリアルデュークを見て、不敵に笑みを浮かべるルドルフは、スタート係のライアンと、ゴール係のラモーヌが所定の位置に着くのを見届けると、意識を変えて集中を始めた。
2人の様子を見て、準備が出来たと判断したライアンは、確認の為に一度2人に声を掛けてから、手に持った旗を掲げると、一気に振り下ろした。