ウマソウルがあるなら、ヒトソウルも有りますよね。
ここは千葉県成田市にあるシンボリ家本家の屋敷。
その屋敷の応接室では、スピードシンボリとシンザンによる、メジロアサマの説得と言う名の説教が行われていた。
「全く、童でもあるまいし、お主が真っ先にキレてどうするのじゃ?」
応接室に据えられたソファに、スピードシンボリと並んで座っているシンザンが、対面のソファに1人座っているアサマに苦言を呈する。
「そうは言いましても、人にはやって良い事と悪い事があります。 URAのあの裁定は許せる物では有りません。 何故、うちの子だけがあんな屈辱を味あわされねばなら無いのですか? シン様だっておかしいと思うから、あの様に介入されたのでしょう?」
シンザンの苦言に対して、昨日から興奮したままのアサマが強く反論する。
「吾が介入したのは、お主の暴走を止める為じゃ! マックイーンのトレーナーからスーが連絡を受けて、急いで部屋に入って見れば……案の定キレまくったお主と泣いておるマックイーンがおって、咄嗟に話の摺り替えをしてあの様な裁定に持って行ったが、一つ間違えておれば、もっと酷い立場にマックイーンを追い込む所じゃったのじゃぞ?」
真剣な表情で諭す様にアサマに語りかけるシンザンの姿を、隣で黙って聞いているスピードシンボリと対照的に、アサマはあくまでも強硬な姿勢を崩さずに吐き捨てる様に言い捨てた。
「……大丈夫です。 その場合には、あそこに居た人でなしどもには、犯した罪に相応しい罰を与えるだけですから。」
「そんな事をすれば、お主だってただでは済むまい?」
腕を組んで、不機嫌そうに言うシンザンに対して、アサマはニヤリと含み笑いをしながら、諭す様に自論を展開する。
「シン様、バレなければ犯罪じゃないんですよ?」
「……それは一理ありますね?」
「お主等……バレてもバレなくても犯罪は犯罪じゃっ! って、スーはスーでそこに理解を示すで無いわ!」
「嫌ですわ、冗談に決まっているでは有りませんか、今の所は……」
「そうじゃろう、矢張り冗談じゃったか……今の所?」
「今の所です。」
「今も未来もそんな所は無いわっ!」
「では、過去にあると?」
「過去ってなんじゃ? 過去に何があったのじゃ?」
「……何もありませんよ? シン様の未来並に。」
「何も無いんかい! って、サラッと吾の未来図を寂しい物にするで無いわ!」
「ハイハイ、アーちゃんもシン様も、何時迄も戯れてないで本題に入りますよ?」
「今の戯れ?」
思わず聞き返すシンザンに対し、さも当然の様にアサマが返す。
「戯れに決まっているじゃないですか?」
「吾はそれなりに真剣な話をして居たと思うのじゃが……」
愕然とするシンザンを尻目に、スピードシンボリがアサマに問い掛ける。
「そんなことより、アーちゃんにしては、今回は大分感情的になって居ましたけど、何故これ程感情的になったのです?」
「……分かりません。 自分でもおかしいと思うんですけれど、この一件に関しては、こう、何と言うかレースで掛かった時の様に、視野狭窄気味になるのです。 メジロ家総帥としての義務感と言えばいいのか、胸の奥から込み上げてくる物が有りました。」
アサマは、自身の胸に手を当てて少しだけ固い表情で答えた。
「よく言われる、ウマソウルとか言う物ですかねぇ?」
アサマの答えを受けて、スピードシンボリが今度はシンザンに問い掛ける。
「いや、そうでは無いじゃろう。 ウマソウルなんぞと言う物は、過去の事例から言っても、走る事以外で干渉した事例は聞いたことがないからの。 それはどちらかと言うとオカルトよりも、過剰な義務感が悪い方に出ただけじゃないかのぅ?」
「義務感もある程度なら有りますが、今回のこれは私じゃない私が叫んでいる感じです。 自分がヒトミミと勘違いするぐらいのデジャヴを感じましたわ。」
「まぁ、あの裁定以外では暴走せぬならば良しとするのじゃ。 面倒じゃからの。」
「そうですね、面倒ですもの。」
「お2人がそれでいいなら、私も良しとしますわ。」
3人の意見が一致したことで、問題は解決したと判断したスピードシンボリが確認の意味も込めて提案する。
「では、改めてURAに対する降着ルールの問題提起を、連名で行うと言う事で宜しいですね?」
「吾は物事がシンプルになるならばそれで良い。」
「私もキチンと分かり易いルールならば良いかと思います。」
「では、明後日にでも3人でURA本部の方に参りましょうか。」
改めての確認も終わった3人は、今後の予定を立て始めるのであった。
あの騒動から約一ヶ月が経ち、あれだけ騒いでいたマスコミと世間も、すっかり次のレースであるジャパンカップで盛り上がっていた。
そんなジャパンカップが、あと1週間ほどに迫って来た日曜日の午後、トレセン学園の食堂で、メジロドーベルとメジロライアンの2人が、お昼のニュース番組を見ながらお茶を楽しんで居た。
「相変わらず、マスコミとゴシップ好きな人達と言う物は、飽きやすく勝手気侭な人達ですわねぇ。」
ニュースを見るとも無しに画面を眺めながら、ドーベルが溜め息混じりに感想を述べる。 途中手にした紅茶を一口飲んで更に言い募る。
「大体、マスコミなんて物は、大抵の人達の好奇心を満たせれば話題は何でもいいのですよ。 昔から節操の無い人達ですから。」
そんなドーベルの態度を見て困った様に笑いながら、ライアンが宥める様に話し掛ける。
「まぁ、あの騒動も結局は、再来年制定に向けて有識者会議で新ルールを策定するって事で、URAとも和解になったから良かったんじゃないかな?」
「新ルールですか……また変な人が出て来ないといいのですが……」
未だあまり機嫌が良く無さそうな態度のドーベルに対して、何とか興味のある話題を考えたライアンは、来週に迫ったジャパンカップを話題にする事にした。
「たはは……そ、そうだ。 それよりもジャパンカップだけど、アル姉さんが出るんだよ。 アル姉さんってずっと怪我に祟られた競走人生だったよね?」
「そうですねぇ、競争生活のほぼ半分くらいが療養期間でしたしね。 でも、次のジャパンカップでその競走生活も、終わりを迎えるのですね……」
少なからず思う所があるのか、お互いに手元のティーカップを見詰めながら、しんみりとした空気が2人の間に流れる。
「引退かぁ、イマイチ実感が沸かないけど、私達もいつかは引退するんだよね……ベルはさ、これ出来たら引退してもいいって言うのはあるの?」
そう遠く無い未来に、自身にも訪れる事柄である引退と言うものについて、ライアンは何となくドーベルに聞いてみたく思った。
「そうですね、小さな頃はそれこそ三冠とか凱旋門とか有りましたけど、今はそう言う分かり易いものではなく、自分が納得出来た時に自然とそう思うのだろうなと思います。」
一つ一つ丁寧に考えながら答えるドーベルの答えを聞いたライアンもまた考えを巡らせるが、イマイチ纏まらないままだった。
「自然とかぁ、やっぱり良く分からないなぁ、でも、アル姉さんには最後まで頑張って欲しいと思うかな。」
「そうですね、私もそう思いますわ。」
未だ纏まらない考えのまま、その内答えが出る日が必ず来ると思えば、今はこれでいいと思うライアンだった。
新ルールも、色々と問題あるみたいですね。