荒御魂には御供えが必要です。
その逃走劇の中、タマモクロスの叫び声が響く......。そしてそれに付随する様に響く銃声と枝を振り回す音、必死の逃亡者達が広い中庭を走り回っていた頃、同じ敷地内にある東屋にてメジロドーベルとメジロライアンの2人がお茶を飲んでいた。
「ねぇベル、なんか今日は一段と騒がしいね?」
「また先生と警備員の追いかけっこでしょう。 ここの所、マックイーンさんが構ってくれないから先生も退屈していたみたいですし、ストレス発散に丁度良いんでしょう。」
ドーベルはそう答えた後、自ら淹れた紅茶を口にしながら、近くの皿に乗っていたクッキーを手に持ち一口齧る。
「リアかぁ、あの子はかなり独特な世界観の持ち主だからねぇ。 警備員さん達には気の毒だけど、ナイスマッスルの為には仕方ないよね。」
そんなドーベルを見ながらライアンは、クッキーを一つ頬張ると自分の上腕二頭筋を見せ付ける。
「……私、時々ライアンの事が分からなくなるわ。」
ライアンの何時もの仕草を見て、達観したかの様にぼやいた。
「えぇっ! 私の何処が分からないのさ?」
そのぼやきを聞いたライアンが、びっくりして声をあげる。
「ナイスマッスルって何?と、言う感じよ?」
「ナイスマッスルはナイスマッスルなんだよぉ! こう、筋肉さんから歓喜の声が聞こえてきたり、凄く喜んでいるなぁ、とかさ、こう心に働きかけて来るモノがあるんだよ?」
まるで、子供が自分だけが世の中の真理に辿り着いたかの様に、ドーベルを諭し始める。
ドーベルは死んだ魚の目をしながら、そんなライアンの姿を見て、深い溜息を吐きながら更にぼやく。
「まさに、そう言う所だと思いますの。」
「リアなら分かってくれるんだけどなぁ。」
ドーベルの言葉に残念そうに答えながらも、ライアンは唯一の理解者とも言える妹のことを思い出した。
「それが分かる人達は、皆さん独特な世界観の持ち主だと思いますわ。」
「……そっかぁ、以前聞いたら会長も同意してくれたんだけどなぁ。」
「……あの人も大概ですから。」
その頃、ここトレセン学園生徒会室では、何時もと同じく生徒会長のシンボリルドルフと、副会長のエアグルーヴが休憩を兼ねて2人でお茶を飲んでいた。
無意識か意識してなのか不明だが、ルドルフが先程からしている動きが気になったエアグルーヴは、本人に聞いてみることにした。
「会長、先程からずっと腕を見詰めながら、何度も動かしていますが、何処か違和感でも?」
「いや、以前にライアン君に良い事を聞いてね、こうしていると筋肉の声が聞こえたり、感情がわかるらしいんだよ。」
真面目な顔で何言っているんだこの人は?と、思いながらも顔は真面目な表情を作って断言する。
「……会長、あの筋肉オタクの言葉を鵜呑みにしてはいけません。」
ルドルフは、エアグルーヴの言葉に少しだけびっくりしながらも、その態度を嗜める様に話す。
「しかし、仮にも筋肉には一家言有るライアン君だ、きっと意味のある事だと思う。」
「……会長は素直ですね。」
何処か達観した様な表情をするエアグルーヴの言葉と場の雰囲気的に、話題の転換が必要と思ったルドルフが、わざと戯けた様に両手の平を上に向けながら首をすくめて話す。
「私が素直なら、みんな素直だと思うよ? そうそう、素直と言えばライアン君の所の妹さんだが、とても素直で愛らしい子なんだよ。 リアルデュークって名前でね、前に一度併走した事があるのだが、とても無邪気な走りをしていたよ。 彼女もライアン君曰く筋肉さんの声が分かる子なので、ライアン君がマンツーマンで筋トレを指導しているらしい。」
興味深いと思ったのか、エアグルーヴが少し食い気味に反応を返した。
「例のメジロ家の秘宝ですか?」
「……秘宝ね。 確かに、かなり大事に育てられているみたいだったよ? それに、彼女を指導しているのが誰だと思う? 流石にこれは君でも想像出来ないと思う、まさに晴天の霹靂、驚天動地な気分になる事請け合いだ。」
ルドルフが悪戯っ子の顔をしながらエアグルーヴに問いかける。
「会長がそこまで言うとは、余程凄い名門のトレーナーなんですね?」
「名門とは少し違うが、それ以上の名前だよ……シンザン、まさに生きる伝説さ。」
珍しくエアグルーヴが声をあげて驚く。
「はぁっ? あの神馬と謳われたお方ですか?」
そんな、何時も冷静な副会長の珍しい姿を見れてご機嫌なルドルフが、これ幸いと説明を始める。
「そう、その神馬が手ずから育てているのさ。 これは実際の所、とても凄い事だよ。 あの弟子を取らないシンザン様が、自身の後継者としてリアルデュークと言うメジロ家の秘宝を育てているんだ、どんなウマ娘になるか今からとても楽しみで堪らない。」
話している内に興奮して来たのか、少しだけ上気した顔でルドルフがエアグルーヴを見詰める。
「メジロ家の秘宝、余程の逸材と言う事ですか……私も一度会ってみたいものです。」
エアグルーヴは、暫し真面目な顔でシンボリルドルフを見詰めた後、少しだけ眉を寄せて、先程から気になっていたルドルフの腕の動きを指摘してみる。
「で、会長、それはいつ迄行うつもりですか?」
「声が聞こえてくるまでと言いたい所だが、そろそろ仕事に戻らなくてはだね。 そうだ、今度ライアン君にお願いして、声を聞くコツを伝授して貰おう。 その時は副会長、君も一緒に如何かな?」
とても良い事を思い付いた顔をしながら、予想の斜め上を行くルドルフに年相応の幼さを感じつつも、誘ってくれた事自体には感謝してから断ることにした。
「有難いお誘いですが、私は遠慮しておきます。 私には未だ、其方側に行く勇気は有りませんので……」
「そうか、では残念だが私だけで頼んでみよう。」
エアグルーヴの返事を聞いて、想定していた答えだった事に詰まらなさを感じながらも、エアグルーヴらしいと納得したルドルフは、仕事を再開するべく自身の机へと戻るのだった。
それを見て、エアグルーヴは茶器を片付け始めた。
あれから必死に逃げ回り、何とか警備員達から逃げ切ったタマモクロスとリアルデュークは、東屋の近くの茂みに隠れて一息付いていた。
「何でここの警備は銃なんて持ってるんや?」
何とか落ち着いたタマモクロスが、当然の疑問をリアルデュークにぶつけてみると、聞かれたリアルデュークは楽しそうに答えた。
「メジロ家サバゲー同好会、何時もみんな、遊ぶ。」
「サバゲーって、使うとる物がガチ過ぎやろ!」
タマモクロスが想像するサバゲーとのあまりの違いに、つい声のボリュームが上がっていく。
「何でも全力、これババの教え。」
「メジロ家にはマトモな奴が居らんのかい!」
リアルデュークの答えに思わず大声でツッコミを入れてしまった為、気付いた時には既に見つかってしまっていた。
「居たぞ! そこの茂みだ!」
警備員の1人が、タマモクロス達が隠れている茂みを指差して仲間達に知らせる。
「……大声、ダメ。」
それを見てリアルデュークがタマモクロスを嗜める。
「ええから、はよ逃げるで!」
タマモクロスが焦ってリアルデュークを促した時、顔の横をゴム弾が掠め近くの木の幹を抉る。
「せやから、その銃の威力はあかんやろぉぉっ!」
大声をだして銃の威力にツッコミながらもダッシュで又々逃げ出すタマモクロス達を、容赦無く銃撃しながら警備員達が追いかけ始めた。
「撃て撃て撃て! ぐぁっ!」
景気良く銃撃しながらタマモクロス達を追いかけ回していた警備員達が、突如真横に吹き飛んで行く。
そして警備員達の代わりに枝とその長い髪を振り回すマックイーンが現れ、タマモクロス達へと枝を振りかぶって突進して来る。
「そろそろボクもやる気出す!」
そんな中、終始笑顔のリアルデュークが近くの東屋を指差して一言叫んだ。
「パクパクさん、あそこスイーツある! 食べる、ボク達助けろ!」
「……スイーツ?」
「せやっ! あんさんの好きなスイーツやで?」
タマモクロスも半ばヤケになって叫ぶ。
「スイーツゥゥゥッ!」
マックイーンは、その言葉通りに東屋へと突進して行った。
「え、マックイーンさん? ちょっ、ちょっとお待ちに……」
「うわぁ、マックイーン! それはダメだって!」
東屋から何かが割れる音と、聞き覚えのある2人の悲鳴が聞こえた。
一連のマックイーンの行動を見て、タマモクロスが呟く。
「……最早理性が残ってないやないか。」
「パクパクさん、ダイエット中、1ヶ月以上スイーツ食べてない。」
リアルデュークが、東屋の方へ手を合わせて呟いた。
「……アンタ、そないな姉からスイーツ取り上げたんか?」
呆れ顔のタマモクロスが、リアルデュークに力無くツッコミを入れる。
「ラモーヌ姉様言った、パクパクさんの為、見つけ次第処理する。」
「なるほど、マックイーンの事情は理解した。 せやけど、何でウチ等が追われとるのかがわからん。 特に銃でめっちゃしばかれてるこの状況が全く理解出来ひんねん!」
「兎に角、この隙に逃げる!」
2人の悲鳴が響く東屋を背に、逃亡を再開する2人だった。
追いかけられると、逃げるのが幼女の習性です。