周りが騒いでも、マイペースな子って居ますよね。
大体、親に怒られて居ますけどね。
「じゃから言っておったじゃろう? 吾の許可無しに未だ本気で走ってはならぬと! お主の足下はまだ未成熟も良い所なのじゃ、それなのに走れば爪が割れて剥がれ落ちるは当たり前の事じゃ。 まぁ、事情も分かった故クドクドと言うつもりは無いが、暫くは安静にする事じゃな?」
療養所のベッドに横になっているリアルデュークが、不機嫌そうに窓の外を眺めていると、先程、酒瓶片手にやって来たシンザンがお見舞いの林檎を齧りながら開口一番に説教を行なっていた。
「そもそもじゃな、吾等ウマ娘の脚は消耗品じゃ、より良い条件で何かを稼ぐ為に与えられた天与の物じゃからな、安売りだけはするで無いぞ?」
そんなシンザンに、遠慮がちに部屋付きのメイドが注意する。
「シンザン様、此処は病室ですのでお酒はちょっと……」
「なんじゃ、馬鹿弟子がやらかしたのじゃ、それを肴に一杯やって何が悪いのじゃ? 全く、漸く形になって来ておったと言うのに、これで振り出しじゃ、呑まねばやっておれんわ!」
「だから、ここは病室だと……失礼しました。」
尚も注意しようと思って声を上げるが、途中でシンザンが酒瓶は持っているが、一切封を切っていない事に気が付き、メイドは注意するのをやめた。
そのまま不機嫌そうに林檎を齧るシンザンに一礼すると、隣の使用人室へとメイドが下がって行くのを見届けてからシンザンの雰囲気が変わった。
「それでリアよ、走る時に何か変わった事は無かったかの?」
シンザンの質問に少し考えたリアルデュークが、腹筋の力だけで勢いよく上体を起こして答える。
「スイッチ入った! 何かカチッとした。 そしたらいつもより力入った!」
「ほうほう、カチッとしたかや?」
「カチッとした。 何かわかん無い、でも、体動いた。」
暫しリアルデュークの顔を眺めていたシンザンが安堵した表情で呟く。
「やっと先触があったか……では、怪我が治ったら靴を変える事にするかのぅ?」
「……先触?」
不思議そうにするリアルデュークを見て軽く笑うと、シンザンが窓辺に酒瓶を置く。
「飲む、違う?」
「これは御供えじゃ、呑んではいかんぞ?」
「お酒、臭いから要らない。」
「まだまだひよっこじゃな?」
そう言って更に愉快そうにシンザンが笑って居た。
入学試験の次の日、トレセン学園の理事長室では、出張先から先程戻って来たばかりの秋川やよいがその小さな体を震わせて激怒して居た。
「慷慨! 昨日の模擬レース、何故のミスが起こったのか?」
予め呼び出しておいた事務長に昨日の模擬レースでの不始末の原因を問い糺すと、中年の人の良さだけが取り柄と言われている事務長が、冷や汗をかきながら手元の資料を見ながら返答する。
「ミスと申しますか、あの場での判断は適切な判断であったと申しますか、不幸な行き違いとも言える話であったと申しますか……」
「疑問! 規定に無い枠番移動、指示は誰か?」
「URAからの出向と、言いますか、お手伝いとして来て頂いた方でして、既に学園には居ない方だそうです。」
余りにもしどろもどろで曖昧な返答に、その場に同席して居た駿川たづなが疑問を呈する。
「……何故、その様な方が模擬レースの裁定に口を出しているのでしょう?」
そんなたづなの疑問にも事務長は明確な返答が出来ずに居た。
「偶々、近くに居たとしか……」
「不審! 学園の職員は何故従ったのか?」
更なる情報を得ようとやよいが問い掛けるが、望んだ答えは得られなかった。
「当時近くには誘導員しか居らず、何分急な事でもあった為、その場での判断を優先した模様です。」
「……結局、何も分からないって事ですか?」
「ええ、まぁ、本人が既に居ない以上、これ以上の調査は如何ともし難く……」
何も分からない事態に、やよいとたづなの苛立ちが募る。
「疑問! ゲートの件はどうなったか?」
「それも、その人物が許可を出していたとしか……」
「憤慨! 今直ぐその人物を呼び出し、事情聴取するべし!」
まさに憤懣やる方ないと言わんばかりの態度で、やよいが自身の机を叩き指示を出す。
「それがですね、URAに問い合わせた所、本来の出向予定者とは違う人物が臨時で派遣されたらしく、誰が派遣されたのか調査中との事です。」
「自分達で派遣しながらも、誰を派遣したのかわからないですか……些か都合の良過ぎる弁明ですね。」
「しかし、URA側としては不幸な偶然が齎した事故と言う認識でして、我々が主張する作為的な事件とは認めておらず、あまり協力的とは言い難い状況でして……」
2人の怒気に更に冷や汗を流しながら、事務長が必死に言葉を選びながら話す。
「不承! URAには抗議文を入れる。 更に追求するべし!」
「では、私の方で抗議文を作成しておきますね? 序でに今後のURAからの派遣人員等についての改善案も纏めておきますので、後程確認をお願いします。」
如何にも感情的になってしまっているやよい相手に、たづなは逆に事務的に対応する事でやよいのガス抜きをする。
「感謝! 何時も頼りにしている。」
そんなたづなの気遣いに気付いたやよいが感謝の意を示すと、たづなの方も笑顔で応えた。
「ふふっ、どう致しまして♪」
ただ1人、今にも意識が飛びそうになっている事務長だけは、これからのURAとの関係に思いを馳せて顔を青くして居た。
トレセン学園入学試験での騒動について、学園側からの謝罪を受け入れてから数日が経ち、メジロ家当主のアサマはこの日、朝から何も手に付かない状態であった。
朝3時に目覚めてから、既に3時間ほど経って居たが、その間ずっと執務室でぐるぐると右回りに部屋の中を歩いては立ち止まり、溜息を吐くばかりであった。
流石に見兼ねた執事長が何度か諌めたが、その声はアサマの耳には全く届いて居ない有り様であった。
「あぁ、どうしましょう? もしリアさんが落ちていたら……落ち込むあの子に何と声を掛けてあげればいいのかしら?」
「……大奥様、発表まで未だお時間が御座います、今から其れではお身体にも障ります。 どうか何時もの大奥様らしく、泰然自若として居て下さいませ。」
これで何度目か分からなくなった言葉を自らの主人に掛けた執事長が、すっかり冷めてしまった紅茶を新しく淹れた物と交換する。
そして、また回り始めた主人の姿を見て、深い溜息を吐くのであった。
アサマがそんな状況の頃、同じ屋敷内の一室でも同じ行動を取る人物が居た。
「あぁ、爺や爺や、どうしましょう。 もしリアさんが落ちていたら……落ち込むあの子に、姉としてどう声を掛ければ宜しいのかしら?」
この部屋の主であるメジロマックイーンが、自らの祖母と同じ行動を取って執事を困らせて居た。
「お嬢様、未だ発表は先で御座いますれば、泰然自若として結果をお待ち下さいませ。 それがメジロ家令嬢としての在るべきお姿で御座います。」
そう言って主人を嗜める執事を無視してマックイーンは、部屋の中でまた回り始めた。
そして、そんなマックイーンの姿を見て、深い溜息を吐く爺やであった。
屋敷中の注目を集めるリアルデュークが目を覚ましたのは、既に何時もなら通学時間も等に過ぎ去り、トレセン学園の合格発表時間の9時過ぎであった。
「……腹減った。」
特にする事も無いリアルデュークは、のんびりと用意されて居た朝食を食べ終えると、二度寝を楽しむのであった。
「……これこそ至福、貴族の生活。」
結果は次回です。
って、引っ張る程の話ではない気はします。