今回はちょっとだけ長めです。
「ライアン、ラスト1本だ。」
「はいっ!」
ここトレセン学園のグラウンドでは、トレーナーの指示の下、今日もメジロライアンが練習に励んで居た。
「よし、良いタイムだ。 レースも近い、今日はこれであがれ。」
「はい、お疲れ様でした。」
次走が迫っているライアンが指示通りの軽い調整で済ませると、トレーナーが注事項を述べてくる。
「きちんとクールダウンして、無駄な疲れを残すんじゃないぞ? あと、筋トレもダメだからな?」
「わかってますよ、トレーナー!」
そんなトレーナーの指示にも真面目に答えるライアンの様子は何時もと同じで、日頃から指導しているトレーナーの目にも、とても落ち着いた良い状態に見えた。
トレーナーと別れ、更衣室に付属するシャワー室で汗を流して制服に着替えたライアンが、明日からの週末を別邸で過ごすつもりで、正門へと歩いていると、外周を走って来たのか、薄らと汗をかいたジャージ姿のクラスメイトが1人、気さくな感じで話しかけて来た。
「あれ? ライアン今日はもうあがり?」
「うん、レースも近いから今日からは調整期間だってトレーナーさんが。」
「そっかぁ、次は日経賞だっけ? 羨ましいなぁ、アタシなんて漸く2勝目だってのになぁ……G2、今度はきっと勝てるから、ライアンならきっと出来るから、頑張ってね? クラスのみんなで応援するからさ!」
何時ものクラスでのノリで受け答えしていると、クラスメイトが右手の親指を立てて励まして来る。
「うん、何時もありがとう。 きっと勝ってみせるよ!」
無邪気に励ましてくれるクラスメイトに感謝しながら勝利を約束すると、嬉しそうに笑って言った。
「それじゃ、アタシは休養期間だから着替えてバイト行ってきま〜す!」
「行ってらっしゃい、無理せず頑張って!」
手を振りながら更衣室のあるグラウンドへと向かうクラスメイトを、同じく手を振りながら見送ると、小さな声で気合いを入れるライアンだった。
「……きっと勝てるか、もっと頑張らないと……よ〜し、レッツマッスル!」
そんな週末の日曜日、お昼ご飯を食べ終えたライアンは、庭に設置してあるハンモックで昼寝を楽しんでいた。
このハンモックは、昔ラモーヌが読書をする為だけに設置させた物で、周りの木々のお陰で常に程よく木陰になる場所に設置されており、リラックスしたい時には、必ずこのハンモックで昼寝を楽しむのがライアンの密かな楽しみだった。
当然、そんな状態のライアンを見逃すリアルデュークではなく、先程からハンモックの下に楽し気に大きな穴を掘っていた。
ある程度満足のいく穴を掘り終えたのか、近くで作業を見守っていたマックイーンからスポーツドリンクの入った水筒を受け取り、一気に飲み干すと、気持ち良さげに寝ているライアンに声をかける。
「ライアン姉、ライアン姉?……反応無い、ただの屍だた。」
「ライアン、起きないとリアさんに燃やされますよ?」
マックイーンも悪ノリして声をかける。
「……燃やさない、埋めるだけ!」
「ここまでやって起きないのは珍しいですね?」
しかし、いくら声を掛けても起きないライアンに飽きて来たリアルデュークが詰まらなそうにマックイーンに確認する。
「そろそろ埋める?」
「埋めませんから、そろそろ、その穴を埋めなさい。 またお祖母様に怒られますわよ?」
こちらも飽きて来たマックイーンが、リアルデュークに今更ながらまともな事を言う。
「……残念。 良い穴だたのに……そだ、代わりにパクパクさん入る?」
「入りません!」
「残念、パクパクさん埋める、お菓子お供え、南無南無する。」
「良いから早く埋めなさい。 執事長に見つかりますわよ?」
何となく嫌な予感がしたマックイーンが、リアルデュークに急かす様に言うが、既に遅かった。
「これはもしかして落とし穴か何かで御座いますか? 当家の庭師が丹精込めて管理を行なっておられる庭に、斯様な穴を掘る予定はなかったと思われますが、これはどう言った経緯の穴なので御座いましょう?」
何時の間にか目の前に立っていた人物に驚きながらも、務めて冷静を装いながらマックイーンが挨拶をする。
勿論、直ぐに逃げようとしたリアルデュークの尻尾を掴んで確保する事も忘れないマックイーンだった。
「……執事長、ご機嫌様。 では、私とライアンは午後のトレーニングが有りますので、これで失礼致しますわ。 あぁ、リアさんは執事長にお任せ致しますね?」
ニッコリと微笑みながら、未だに寝ているライアンを肩に担いでその場を離れるマックイーン。
「……畏まりました。 リアルデュークお嬢様の事は私が責任を持って世の中の常識をお教えする事に致します。」
そんなマックイーンを、恭しくお辞儀をして見送る執事長の腕には、絶望感漂うリアルデュークが確保されていた。
「パクパクさん、待つ、ボクもトレーニング行く!」
「リアルデュークお嬢様は未だ怪我が治っておりません。 さぁ、大奥様の所に向かいましょう。」
「……いやぁぁ!」
肩に担がれながら運ばれて行くリアルデュークを、少し離れた所から見ながらマックイーンが呟く。
「最近少しヤンチャが過ぎていましたから、偶には良い薬ですわ。」
そう言って肩に担いだライアンと共に、談話室へと向かうマックイーンだった。
【桜舞い散るこの季節、春の盾へと続く道、中山レース場、芝2500m、G2日経賞、出場選手の登場です。 各選手アップに余念が有りません。 さて、ここで注目選手の紹介を……】
何時ものレース場、何時もの芝、其処に立つメジロライアンは、何故か何時もとは違う違和感と焦りの様なモノを感じていた。
まるでこれが最後と言わんばかりの落ち着いた心……だが、先程までは逆に落ち着かず、謎の焦燥感に苛まれて居た筈だった。
だが、今日も応援に来てくれた妹の小さな姿を見て、無意識に掲示板を見た瞬間、何故か急にあの焦燥感が消え失せて、心が落ち着いていた。
少しだけそんな自分に驚きを感じたが、直ぐにそれすらもどうでも良くなり、これから始まるレースへの想いに胸が熱くなる。
「……いける。 今日こそは最高のレースをあの子に見せる!」
握り締めた拳を見ながら、1人決意を新たにするライアンの瞳には蒼炎が灯っていた。
ファンファーレが鳴り響く中山レース場、各選手がゲートインを開始する。
そんな中、自身の番を待っていたライアンがふと、リアルデュークのいる辺りを見ると、マックイーンに肩車されながら必死にこちらに向かって両手を振り回すリアルデュークの姿を見て、思わず笑ってしまうライアンだった。
【さぁ、各選手スムーズにゲート入りしております。 注目の7枠9番メジロライアン選手、最近成績がパッとしませんが矢張りグランプリウマ娘、今日は1番人気となっております。 ここは是非ともグランプリウマ娘として力を見せて欲しい所です。 最後の選手がゲート入りしました……中山レース場芝2500m、G2日経賞、今スタートです!】
【さぁ、第4コーナを回って最後の直線、ここで抜け出したのはメジロライアン! ライアン先頭! ライアン先頭! これまでの鬱憤を晴らすかの様に中山の直線を駆け抜けて行く! これは決まったか、強い強い、後続を突き放して行く、正にこれはセーフティリード、メジロライアン選手、今1着でゴールイン! 2着のカリブソン選手に2馬身以上の差をつけての勝利です。 メジロライアン選手、ここ中山レース場で復活の狼煙を上げた!】
「……はぁはぁ、やれた、私はまだ終わらない。 待ってなよ、マックイーン、トウカイテイオー、天皇賞できっと!」
無事、イメージ通りの走りが出来たライアンが、ライバルの2人との勝負に思いを馳せながら、レース後の控え室へと戻って行く。
観客達も、復活したライアンに惜しみない拍手と称賛の声をかける。
そんな賑やかなコースを後にして控え室に戻って来たライアンは、控え室でウィニングライブの準備を行なっていた。
軽くシャワーを浴びて汗を流したライアンがウィニングライブ用の衣裳に着替えた頃に、控え室のドアが勢いよく開かれた。
「……ボク参上! ライアン姉、持て成すが吉!」
「ちょっと、何故ライアンが貴女を持て成す必要があるんですの? と、言いますか、いい加減降りて下さいます?」
びっくりしてドアの方を見ると、リアルデュークを肩車したマックイーンが不満顔で立っていた。
「マックイーン? それにリアルデュークも! ウィニングライブまでまだ時間があるけど、どうしたの?」
「リアさんがどうしても今すぐライアンさんの勝利を祝福したいと言いますので、トレーナーさんに無理を言って入れて頂きましたの。 勿論、私も一言お祝いを申し上げたくて来ましたわ。」
「そうなんだ? 2人共有難う! あ、立ち話も何だから、入って入って?」
「では、失礼致しますわ。」
嬉しそうに控え室への入室を促すライアンの言葉に従ってマックイーンが室内に入った瞬間、マックイーンの頭の上の方から何かがぶつかる音と、軽い衝撃が首筋から伝わった。
「ライアン姉さ、ぶきゃっ!」
「あぁ! リア!」
「……あら?」
額にアザを作って気絶するリアルデュークを見て叫ぶライアンと、ついうっかりしてましたと言う顔をするマックイーンだった。
そろそろ入学の筈です。