子供は素直と言いますが、後先考えていないだけとも言えますよね?
偶に大人でも居ますけど……
リアルデューク達の夏合宿が始まる数日前、その日の練習を終えてリアルデューク達が帰った部室で、1人事務作業をしていた千尋の下にトウカイテイオーのトレーナーが尋ねて来た。
「急に尋ねてすまん。 実は担当しているトウカイテイオーの事で、谷さんに頼みがあって……」
何やら思い詰めた表情で開口一番にそう話始めたスピカのトレーナー、その姿を見て厄介ごとの匂いを感じた千尋は、開いていたパソコンを片付けると、一旦話を止めて2人分の珈琲を淹れ、それをお互いの前に置き、ゆっくりと一口飲んでから徐に口を開いた。
「……テイオーさんの調子、かなり悪いみたいですね?」
「……あぁ、やはりキミにはわかるんだな?」
千尋の言葉に軽く驚いた表情を見せたトレーナーだったが、すぐに何処か納得した顔で話しかけた。
「私だからわかると言うより、普段からウマ娘に寄り添っているトレーナーなら誰でもわかると言った方が良いかと……。」
少しの謙遜と本音の混じった答えを聞いたトレーナーが、真剣な表情であるお願いをして来た。
「キミにとって、何の益も無い話だが、恥を忍んでお願いする。 テイオーと一度話をしてみてくれないか? あの日、天皇賞で負けてからずっと、アイツから熱が消えてしまったみたいなんだ。 勿論、俺なりに頑張って復帰プランを練ったり、練習を工夫してみたりもした。 だけど、あの日からアイツの中の熱が感じられ無いんだ。 アイツは、トウカイテイオーはこんなモノじゃない、アイツは、トウカイテイオーは凄いウマ娘なんだ! 俺は、アイツの中の熱を取り戻してやりたい! でも、アイツは俺に何も言ってくれない……俺だけではアイツの心を掬い上げることが出来ないんだ。 でも、キミなら……数々のウマ娘のコンディションを管理し切ったキミなら、アイツの不調に気付いてやれるかも知れない! だから、自分の担当の不調の原因にすら気付いけない情け無いトレーナーだが、恥を忍んでお願いする、どうかお願いだ、アイツの復帰にキミの力を貸してくれないか? この通りだ!」
そう言うと、トレーナーが椅子から立ち上がり、その場で正座をすると、額を床に叩きつける様に頭を深々と下げた。
「……私は、そんな大層なトレーナーではありませんよ? 実際、トレーナー試験だって何度も落ちてますし、まだまだ若輩者です。 ですから、そんな未熟者に対して先輩が頭を下げないで下さい。」
突然の行動に困惑しながらもそう言葉をかける千尋に対して、頭を下げたままトレーナーが言い募る。
「いや、俺はキミならきっと、テイオーにとって良い結果を齎してくれると信じている。 だから、この通りだ!」
そう叫んで更に額を床に押し付ける姿を見た千尋が、溜息を一つ吐くと、一つ提案した。
「……仕方ありません。 私でお役に立てるなら協力します。」
「本当か!」
千尋の言葉を聞いたトレーナーが、勢いよく顔を上げて千尋を見詰める。
「協力はしますが、やり方は私に一任して下さい。 取り敢えずは、レースに出ても問題ない所までは調子を上げれるとは思いますので」
「あぁ、それは勿論だ!」
先程までの思い詰めた表情とは違い、嬉しそうに目を輝かせて返事をするトレーナーの顔の前に人差し指を立てた右手を突き出した千尋が強めの口調で言う。
「もう一つ、条件が有ります。 先輩も、一度気心の知れた人に今の心情を吐露して下さい。 出来ればお酒でも飲みながらがいいと思います。」
「あ、あぁ、機会を見てそうしてみるが……俺の事何かよりテイオーの方が大事だからな、この問題が解決してからになると思う。」
そう何処か目を泳がせながら言う姿に、千尋が大声で否定の言葉をかけた。
「駄目です! 今すぐ実行して下さい。 それがこのお話を受ける条件です!」
「だが、しかし……」
「先輩、自分が今どんなコンディションかわかっていますか? トウカイテイオーさんの事が大事なら、まずは自分の状況把握をして下さい。 それがトウカイテイオーさんの為になるんです! わかりましたか? はい、分かったらすぐ行動!」
何処か煮え切らない態度なトレーナーに対して、千尋が真剣な表情で説得をしようとするが、態度が変わらない為、途中から語気を強めて押し切る作戦に切り替えた。
「わ、分かった。」
「ほら、さっさと電話して!」
「分かった、この後すぐ電話するから。」
勢いで押し切った千尋が最後の念押しをする。
「必ずですよ? あ、後、テイオーさんですけど、うちの子達の合宿に参加して貰います。 出発は明々後日になりますので、伝えておいて下さいね?」
「あぁ、わかった。 必ず伝えるからアイツの事、宜しく頼む。」
そう言って、再び深々と頭を下げた姿を見ながらも、テイオーの合宿プランを考え始める千尋だった。
合宿2日目、午前中千尋に練習で散々絞られたトウカイテイオー、サロメ、リアルデュークの3人は、疲れからか昼食もそこそこに倒れ込む様に睡眠を取った。
小一時間程の睡眠で幾らか体力を回復した3人は、着替えて近くの地元商店街に遊びに行く事にした。
「テイオーもサロメもはよっ! 時間無い、はよっ!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だって!」
「そうですわ、商店街までなら私達の足なら然程の距離でも有りませんですわ。」
元気いっぱいに先頭を歩きながら声をかけてくるリアルデュークを宥めながら、2人並んで歩くサロメとトウカイテイオー達に痺れを切らしたのか、リアルデュークが2人の背後にまわると、その小さな手で2人の背中を押して走り始めた。
「ちょっと、リアルデューク?」
「リアさん、ちょっとお待ちになって!」
押された2人が慌てる中、リアルデュークが更に加速する。
「このまま一気行く!」
「「ちょっ、速い速いよ(ですわ)!」」
リアルデュークに押されながら、急いで目的地へ向かう3人であった。
あれから商店街に着いた3人は、暫く商店街をぶらついて居たが、特に見るべき物も無かった為、リアルデュークの提案で近くの喫茶店に入っていた。
少しだけ古い時代を感じさせるレトロな内装のこじんまりとした喫茶店で、二つだけあるテーブル席に着いた3人それぞれが、好きな飲み物を注文すると、共通の話題の一つである千尋の話になった。
「そう言えば、千尋ってさ、あの歳で彼氏とか居ないのかな?」
「見た感じ、お付き合いされている方がいるとは見えませんが……リアさんは何か知っていますか?」
「ん〜、知らない。」
トウカイテイオーの話を受けてのサロメからの質問に、興味無さそうに答えるリアルデュークを何となく眺めながら、思う所を述べ始めるトウカイテイオー。
「千尋ってさ、普段の物腰の柔らかさとか、料理の上手さとか意外と女性としてはモテる部類に入ると思うんだけどねぇ。」
「確かに、それに外見も美人と言えなくも無いですしね。」
トウカイテイオーの考えに同意しながらも、メロンソーダをストローを咥えてブクブクと泡立てるリアルデュークにはしたないと注意するサロメ、そんな2人を見ながら更に自説を展開するトウカイテイオー。
「そうなんだよ、僕としてはさ、とっくに相手が居てもおかしく無いくらいの好物件だと思うんだよねぇ。」
「世の殿方の見る目が無いのでは?」
「千尋、練習の鬼。 ちな、鬼ババ。」
「「……確かに」」
そのトウカイテイオーの意見に対して、仮説とも言えない説をサロメが言うと、それを受けてリアルデュークがボソッと呟く。
そのリアルデュークの呟きに、思わず声を揃えて同意した2人だったが、その呟きとサロメの説を受けて、トウカイテイオーがハッとした顔で問い掛けた。
「て事はさ、世の殿方ってそう言う所をちゃんと気付いているって事かなぁ?」
「であれば、中々に鋭いと言えますね?」
「鬼ババオーラ出てるだけ」
トウカイテイオーとサロメが少しだけお互いの話に乗ると、リアルデュークがバッサリと切り捨てる様に言い切る。
「あはは、リアルデュークって意外と毒舌だよねぇ?」
「リアさんは思った事をそのまま言う所が有りますから。」
「素直、大事!」
2人が笑いながら言うと、リアルデュークが元気に胸を張って言う。
その姿を見ながら少しだけ揶揄う様な顔付きで、トウカイテイオーがリアルデュークに話す。
「それはそうだけどさ、千尋はリアルデュークのトレーナーだから、あんまり毒舌だとその内酷い目に会いそうだから気を付けなよ?」
「大丈夫ですよ、その時は多分テイオーさんもご一緒に酷い目に会っているでしょうから」
「サロメ、それは思い当たる節が有り過ぎて笑えないよ!」
トウカイテイオーの揶揄いの言葉にサロメがそう返すと、何かを思い出した様な表情でトウカイテイオーが叫んだ。
「みんな一緒、楽しい!」
「「その一緒は遠慮したいなぁ。」」
トウカイテイオーの叫びを聞いたリアルデュークが元気に宣言すると、トウカイテイオーとサロメの2人が少しだけ引き攣った表情で同時に答えた。
その後も、他愛の無い話で盛り上がった3人が宿に戻ったのは、門限である18時を過ぎた時間であり、玄関前で仁王立ちで説教をする千尋に、リアルデュークがボソッと「やっぱり鬼ババ」と言ってしまった為、3人で仲良く追加のお説教を喰らう羽目になったのだっ
口は災いの元とは良く言ったものだと思います。