今回は、少し短めです。
『さぁ、両選手がコースに出て来ました。 そして身につけた装具とソリから伸びたワイヤーを繋ぎます……解説の谷さん、ソリってどのくらいの重さなんですか?』
『そうですね、実際のレースでは大体1トンの重さが多いですが、レースによっては最大2トンまで増やす事もありますよ。 今回のレースでは2人共初めてですので、1トンで調整してあります。』
『初めてで1トンの重さなんですか?』
『まぁ、本来ならその半分くらいから始めるんですがね、何分2人共パワーが違いますからね、このくらいはやらないと勝負にならないでしょう。』
『確かに、お2人共力は有りそうですね? ただ、そうなるとこの全長500mの直線勝負ですが、勝敗の行方が不透明になりそうですね?』
『まぁ、最初からわかった勝負では詰まりませんでしょう? ブライアン選手然りリアルデューク選手然り、お互いに全力を尽くして戦えるのはウマ娘として最高に楽しい事だと私なんかは思っています。』
『そうですね……私も、それこそがレースだと思います。 おっと、そうこうしている内に両選手の準備も整ったみたいです。 両選手がスタートラインに並ぶなか、今ゆっくりと、ルドルフ会長がスタートフラッグを掲げて……振り下ろしました!』
「ぬゥゥゥッ!」
「むんっ!」
スタートフラッグが下された瞬間、ブライアンとリアルデュークの2人が全身に力を入れてソリを引っ張ると、ブライアンの方はゆっくりと動き出したのに対し、リアルデュークのソリはグンっと滑り出す様に動き出した。
『両選手スタートしました。 リアルデューク選手、無事スタートダッシュを決めた! 対するナリタブライアン選手は行き足がつかないか? リアルデューク選手に比べると、随分とゆったりとしたスタートになっております。』
「リアちゃんがスタートダッシュに成功しましたわ!」
「タマモクロスさん、ブライアン先輩は矢張り、あのソリの重さがネックになっておりますわね?」
レースを観戦するクリークが嬉しそうにはしゃぐと、サロメがブライアンの様子を見て、確認する様に隣にいたタマモクロスに話しかける。
「そりゃあの重さや、ウチかてあないなモン引いて走れ言われたらああなるわ。」
サロメの問い掛けにそうタマモクロスが答えると、はしゃぎながらレースを観戦していたクリークが首を傾げながら呟く。
「でも、リアさんも思った程進んでいない様な……あ、成る程、ブライアンさんを思い切り煽っていますね?」
そう言うクリークの視線の先では、先行したリアルデュークが何故か途中で止まってブライアンの方へ尻を突き出し、その尻をフリフリしていた。
『あぁ〜っと、リアルデューク選手、立ち止まって何やらやっております! これは……挑発?でしょうか?』
『……いけませんね、勝負相手のブライアン選手に対して尻を振って煽っていますよアレは……』
「……完全に調子に乗ってますわね。」
「あのドヤ顔も可愛いですわ!」
「あんアホが……あないな事したら、相手が本気になってまうことわかっとらんのかいな。 何よりレース中にやって良い事やないで!」
そんなリアルデュークの様子に呆れるサロメと憤るタマモクロスだったが、1人だけ急に真面目な表情になったクリークがブライアンの方を見ながら呟いた。
「……空気が変わりましたわ。」
そうクリークが呟いたのとほぼ同時に、グラウンド中にブライアンの怒りの声が響いた。
「……舐めるな、この……クソガキがぁぁぁああっ!」
叫びと同時に、その足元から爆発音が響くと、ブライアンの速度が爆発的に上がる。
これまでとは一線を画するその速度と気迫を見たリアルデュークが、慌てて走り始める。
だが、その走りは先程までとは違い、余裕が無く無駄な力の入った走りであり、逃げるリアルデュークと追うブライアン、50m近くあった2人の差はみるみると縮まっていった。
「先輩を舐めるとどうなるか、今から教えてやるから首を洗って待っていやがれっ!」
「ひぃっ! 三冠大人気ない!」
鬼気迫る表情で追い上げてくるブライアンから涙目になって逃げるリアルデューク、2人のレースは白熱し、全長500mに設定されたレースの内、既に残り100mの地点まで来ていた。
『さぁ、リアルデューク選手が先に今回のレースの為に特別に設置された残り100mを示すハロン棒を越えてきた! 逃げるリアルデューク、追うナリタブライアン! 両選手共、必死の形相で走る! いやぁ谷さん、この2人のレース、ここから如何見ますか?』
『そうですね……この勝負、ここからが本番です。 残り100mをスタミナを切らさずに走り切れるかどうか?根性と基礎体力、何よりも絶対に勝つと言う意思、これらが強い方が勝つ!と、私は思います。』
『成る程、確かに谷さんの言う通り、それらの強さを競うのがウマ娘のレースだと私も思います。 さぁ、残り80mを切った所でナリタブライアンが並んで来る! ブライアンが来た! ブライアンが来た! ソリの重さもなんの其の、あのトゥインクルレースを席巻した怪物が、その高く伸びた鼻をへし折らんとメジロの暴君を追い詰める! まさに白熱したデットヒート、勝利の女神はどちらに微笑むのか? 熱い勝負が繰り広げられております!』
1歩、また1歩と追い詰める中、ブライアンの意識はその想定外の状況に戸惑いを覚えていた。
確かに、目の前にいるリアルデュークを追い詰めてはいる、追い詰めてはいるのだが、ただそれだけ……どんなに追い詰めても、自分はまだこの小さなウマ娘に並べて居ない。
明らかに脚色も、残りのスタミナやスピード、加速力等のフィジカル面でも自分が圧倒している筈、なのに何故か追いつけない……目の前の、最早1バ身差も無い距離にいる幼女を、自分は未だに追い抜けない。
(……おかしい、何だこれは? 私は何を相手にしている?)
疑問に思うブライアンは、相手を今一度しっかりと観察する。
全身汗まみれ、何やら顔から汗とは違う水分も飛んでいる、膝も笑っているのかフォームすら乱れており、時折り奇声を発してすらいる。
(……最早とうに限界を越えているじゃ無いか。)
いつも通りならば、ここまで追い込まれた相手はすぐに自分の後方へと去っていく、それこそ並ぶ間もなく追い越せる筈だ。
それは今まで何度も見て、体験して来た経験からも予測出来る、最早ブライアンにとって確定した未来と言っても問題が無い状況の筈だった。
(それなのに……何故自分は未だこの相手の前に出ることが出来ていない?)
ブライアンは理解出来ないこの現状に、ただ混乱していた。
因みにリアさんは、皇帝によるマジ切れ説教が既に確定しております。