山吹乙女が奴良組二代目である鯉伴と祝言をあげて五十年が経った。
約半世紀程の時間が経ったのだ。
婚姻し夫婦となった二人を、最初は皆祝福していた。
しかし。
――初代は人間の女を娶り、すぐに子をさずかった。
――それに比べ、二代目の奥方はどうだ。
――子宝に恵まれない石女。
いつしか心無い者がそう噂を流す程に、気付けばそれ程の月日が流れていた。
いくら子が出来にくい妖も居るとはいえ、五十年という月日はあまりに長かった。
心無い言葉に傷付き、己の体に原因があると考えた山吹乙女は、居た堪れなくなり、やがて山吹の一枝と古歌を残して姿を消した。
七重八重 花は咲けども 山吹の
みのひとつだに なきぞかなしき
子宝に恵まれない。
愛した人の子が欲しいと願うのは、五十年という月日を重ねる程許されないことなのだろうか。
或いは、奴良組の二代目を継いだ、あの人の隣に座り、幸せに暮らす相手は、私ではいけなかったのか。
あの人との思い出を抱えて、生きてゆけと、天がそう仰っているのか。
あの人の元を去った後も、子が宿っていたということは微塵もなかった。
やはり私は呪われているのだと、涙を流しながら残りの命を数えた。
己の命が幾許かもたないと悟った時、手紙を出した。
私の最期を看取るのはあの人ではなかった。
ああ、それでも。
ふと諦めきれずに、最後に願ったことは。
――鯉伴様との子が欲しかった。
――願わくば、また、あの人の……隣に……。
そうして、ある山で咲いていた山吹が散った。
それは記憶。
いつかの記憶。
「若菜」としての、幼い記憶だ。
若菜、という名前は、何時までも若さを保ったまま、菜の花の如く可憐に咲いていて欲しいと言うのが由来らしい。
その話聞いた時は、キョトンと首を傾げたのを覚えている。
何時までも若々しく、なんて――人間がそんなに長く生きられるわけないじゃん、とおじいちゃんに言った。
「んん? そうでも無いぞぉ若菜。実はなぁ、おじいちゃんには……」
そうして、飛びっきりの「秘密」を教えてもらった。
どうやら本当に妖怪は居て、なんと私はその妖怪の血を引いてるんだとか!
「よーかいってほんとにいるの!? じゃあ私も、よーかいの血を引いてる、凄い子なんだ!」
そう言うとおじいちゃんは口をモゴモゴさせながら、うーんと唸り、「あ、詳しく言うとちょっと違うんじゃ……いや、まぁいいかの」と呟いた。
私ってすごいんだ!
その特別感に興奮して、しばらく飛び上がって喜んでいたのを覚えている。
だけどそこから先は、知らない記憶。
私が覚えてない――けれど確かにあったのだろう過去。
喜ぶ私をぼんやりと眺めたおじいちゃんは、悩ましげに呟いた。
「そうさな。もし他のよーかいと会ったら……もしかすれば、お前も
「お前は、人のままで終われると良いが……」
どうしてそんな記憶を思い出したんだろう。
記憶の再生が終わる。
また、別の記憶が始まる。
同時に、私の目の前に咲き誇る、枝垂れ桜が見えた。
その桜の幹の間にもたれかかって、紫煙を揺らす煙管を持った黒髪の美男。
その人との思い出が、ふと頭をよぎる。
それは誰かの一生だった。
山吹乙女と呼ばれる女の妖の話。
悲哀の物語。
そんなの、私は知らない。
あの人って?
あの人は、私が出会った鯉伴くんに良く似ていた。瓜二つと言うには似すぎていた。
そうだ、あの人の名前はなんだろう。
「山吹」「乙女」と呼ぶ声が、私の心を震わせる。
何も知らないのに、何か忘れているような気がした。
やがて記憶が終わり、私は現実世界へと戻ってきた。
同時に思い出す。さっきのあれは、走馬灯だと。
ハッとして顔を上げれば、
目の前に迫る、
鋭い爪が、
私の首へと、振るわれようとしていた――。
「――若菜ッ!! 避けろッ!」
あの鯉伴くんの声が聞こえたけど、私は――避けなかった。
長く感じるその間が、走馬灯のように体感時間が伸びているのだとわかった。
目を動かして映ったのは、金の眼差しに、たなびく長い黒髪。
私の知らない懐かしさに胸が詰まる。
――ああ、あの人だ。
――ずっと会いたかった。
――忘れて、なかったんだね。
あの人は……鯉伴くんは、ずっと笑ってくれなかった。
なんでだろうって、ずっと思ってた。
出会ってから、あの人が妖怪だって知って、驚いたけど。
「ねえ笑って。笑ってくれた人に、しあわせってやってくるんだよ!!だから……」
「七重八重 花は咲けども 山吹の
みのひとつだに なきぞかなしき」
あの古歌を呟けば、鯉伴くんが目を見開いて――、一瞬、動きが止まった。
「あの時、置いていってごめんなさい。――鯉伴様」
どくり、と心臓の音が鳴る。
体が、熱くなる。妖怪の血が、人ならざる本能が滾っている。
かつての私と同じように、今の私には妖怪の血が流れている。
「鯉伴くんの為なら、人間だってやめられるよ」
滾る妖怪の血が騒ぐ。ばきぱき、と何かが孵化する音がする。ざわりと髪が伸びていく。
姿が、変わっていくのを感じた。熱い。あつい。
でも、気分が良い。本性をさらけ出した快感に口角が上がる。
人から妖怪の姿へと、変わっていく。
その姿は誰かに似ていた。
その姿を、男は――鯉伴はよく知っていた。
その姿はまるで。
「――山吹、乙女……?」
呆然とした声音の鯉伴くんの声が聞こえた。
――獣妖の爪が、今まさに振るわれんと、私の顔に影を落とす。
直後、
獣妖の動きが止まる。
否。よく見れば、獣妖の体中を、縄のような黒い紐が、縛り上げていた。
やがて風船のように獣妖の体が膨れ上がり、
「私の為に、死ね」
四方に弾け飛んだ。
肉片が飛び散り、凄惨な場を作り出す。
ほっと安堵したのも束の間。
一気に力を使った影響で、目眩がして――体から力が抜けていく。
唖然とする鯉伴様――くん――が、ハッとした様子で私に駆け寄ってくる。
何とか地面に崩れ落ちる前に、抱きとめられた。
「ああ……ごめんね、鯉伴くん……ありがとう……ああ、すっごく眠たい今……」
「お前……いや、アンタは――」
「ん……ごめんね、それも、全部……あとで……お願い……」
「おい――!」
どっと襲ってくる抗えない眠気に、まぶたが降りていく。
何やら鯉伴くんが色々言ってくるけど、ごめんねと謝りながら眠りについた。
ずっと、幸せになれないと思っていた。
山吹が……乙女が居なくなってから、江戸が終わり、明治が終わり、大正で真実を知り……昭和が始まり。
戦争が終わった後も、人から妖に堕ちる凄惨な経験をした奴らを斬ったり、救いながら。
大正になってから知った乙女の死は俺を動揺させた。
そのせいで、雪麗はぬら組から去っていった。
二代目を継いで、山吹が隣にいてくれたから……俺は、生きることが出来た。
死んだように眠る日々が続いた。
二代目として役目をこなす一方で、ずっと心には乙女が棲みついていた。
長い時を生きる中で、精神が腐っていくような気がした。
やがて、
若菜と言う少女に出会った。
腐っていた精神も、徐々にあの明るさにつられて持ち直すようになった。
明るく天真爛漫という性格な彼女は、俺の心を癒した。
けれど。
彼女と出会ってから、山吹の姿がチラつくようになった。
いや、重ねてしまうことが増えた。
山吹乙女と同じ言葉を何度もしていた。
付き合いが増えるにつれて、かつての場所と似た場所を訪れると、本人も妙な既視感を覚えていたようだ。
家族の誰とも、いつか行った訳でもないと言うのに。
山吹乙女、という名前に聞き覚えはなかったようだが、山吹と聞くと悲しい気持ちになるらしい。
その度に心がざわついた。
もし、生まれ変わりという現象があるのならば。
悲哀で閉じた生涯など思い出さない方が良い。
けれど、違ったのならば。
悩ましい日々が続いた。
果たして、俺はどちらを愛しているのか――どちらも愛している、だ。
山吹乙女への愛は捨てれない。しかし、若菜も愛している。
そう答えが出た途端、他の妖組織に若菜が攫われたらしいと鴉天狗の報せが入った。
「てめぇら――行くぞ!!」
俺の百鬼夜行を連れ現場に駆けつけた。
取り巻き共をたたっ切り、主人を斬ろうとする前に、若菜が人質に取られて……誘われるまま飛び出した。
「やれやれ……こんなん誰が想像できんだ」
獣妖の飛び散った死骸を避けながら、意識を失った若菜――或いは山吹を横抱きにしながら運ぶ。
まぁそれがまさか……俺の予想が、そのまさかかもしれないとは。
廃工場の階段を降りていくと、俺の百鬼夜行の奴らが待っていた。
「大将!」「二代目!」「鯉伴様!」
「おう、お前ら。目的は奪り返した。戻んぞ」
百鬼を引連れ、夜の街を渡る。
おどろおどろしい光景だ。ふと穏やかに眠る若菜を見つめる。
「山吹の時も可愛かったが、お前も可愛ーなぁ」
俺の妻が可愛すぎる。
なんて惚気けられるのも、あの発言と、あの姿――全ての疑問が解けたからだな。
もう二度お前の手を離さねぇから。なぁ、早く起きてくれよ。
ぬら孫の新作読切読んだんですけど、最高でした……!
と言うか鯉伴が出てるのが良い……でも本編軸だと故人なの辛すぎる。
首無がちょっと幼い顔つきしてて可愛かった〜。鬼纏カッコよすぎる。
リクオ自由に変化できるのかと思ったら、まだ時間帯で変化する感じなんですねぇ。
あと最後のおまけページに鯉伴出てきて嬉しかった……!よっ!色男……!
ぬら孫十五周年おめでとう!!