山吹乙女が若菜成り代わり転生していた話   作:Calく

3 / 7
オリジナル設定あります。
この作品――世界線に出てくる「若菜」は純粋な人間ではなく、妖怪の血を引いてま。
珱姫が明治時代に人間に転生後、妖怪になってぬらりひょんの妻になってる設定があります。


再会とかつての後悔

 意識を失った若菜を抱え、百鬼夜行に合流する頃には、山吹乙女の姿から若菜へと戻っていた。

 その変貌を目にした者は、鯉伴のみ。

 百鬼夜行を引連れて屋敷へと戻る。

 

 

 

 鯉伴を出迎えには、ぬらりひょんと母たる珱姫の姿があった。

 後ろに流れる金の髪を揺らすぬらりひょんに、寄り添う母の姿。

 屋敷にいるのは、隠居したぬらりひょんと、その妻であり鯉伴の母たる――珱姫。

「鯉伴」

 おかえりなさい、と柔らかな笑みを浮かべる姿は、鯉伴が幼い頃から変わっていない。

 かつてこの世を去った珱姫だったが、何の因果か生まれ変わり、ぬらりひょんと再会を果たしたのだ。

 明治時代に転生し、かつての記憶がない状態でぬらりひょんと再会した珱姫。

 すったもんだあり、人としての生を半ばで終えてしまい、妖怪としての生を生きることになってしまった。

 それから数世紀後も、ぬらりひょんと夫婦として暮らしているのだが。

「帰ってきたぜ、お袋…親父」

 鯉伴はぬらりひょんや母親たる珱姫に、若菜の変身を打ち明けるべきかと悩んだ。

 しかし空が白んできた時間帯だった。

 出入りが済んだという事でその日は終いになり、打ち明けられず部屋へと戻ることになる。

 

 だが翌日。

 

 ぬらりひょんの元へと改めて顔を出した時、ことは起る。

 若菜の体力の消耗具合を考え、寝室へと寝かせていたが。

 容態が急変し、苦しみ出したと言う報せを受けて、鯉伴は部屋へと飛び込んだ。

 鯉伴がみたものは、若菜の姿に、山吹乙女が混ざりあったような姿だった。

 頭部は短い茶の髪ではなく、背中まで髪が伸び、ある境目から黒へと染まりかけている。

 瞳は片方が明るい茶色だが、もう片方は山吹乙女のように――鴉の濡れ羽色へと変わっている。

 何かにすがるように悶える若菜。

 若菜の姿と山吹乙女の姿を行き来する様に、思わず動揺してしまう。

「あの時はこんなことには――」

 その後ろから追いかけるように、顔を出したぬらりひょんと珱姫。

「これは……乙女さん? いいえ、ともかく私の力で……!」

 状況を把握しきるよりも早く、珱姫が若菜の側へとかけより、その手を握る。

 癒しの力が発動し、光が若菜を照らした。

 光が収まった頃には、呼吸も落ち着き、元の若菜の姿へと戻っていた。

「おいおい、こりゃ一体どうなってんだ」

 金髪の長い髪を揺らし、ぬらりひょんがじろりと鯉伴を睨む。

「……鯉伴よぉ? お前ェ、何か知ってるな?」

 そう睨まれては、話すわけにもいかず。

 鯉伴は若菜のことについて――恐らくそうだろう推測と、あの出来事を語った。

 若菜の変身と、妖の血を引いていて恐らく覚醒したこと、持ち得るだろう山吹乙女の記憶。

 全てを語り尽くした頃には、既に日が落ちていた。

 何かを考えて黙り込む父と、若菜の身をあんじる母に妙な居心地の悪さを感じていると、若菜が目覚めたと知らせが入った。

 

 

 

 

「ありがとう……鯉伴くん」

「おう、お前が無事で良かった」

 若菜が目覚めた時、見覚えのある部屋にいた。妙な既視感。

 それは今世ではなく、前世――山吹乙女であった時だと思い出す。

 妖怪の血が目ざめ、あの時は無我夢中で気付かなかったが、若菜としての記憶に山吹乙女の記憶が流れ込んだからか、記憶が混濁している。

 視界の端に映るほど長かった髪は元に戻ったようで、恐らく髪色も戻っているのだろう。

 今の私は、果たしてどちらなのかと言われれば、若菜でもあり山吹乙女でもある――混ざりあった状態。

 まだふわふわと夢心地で、あの鯉伴様が隣にいる嬉しさと、鯉伴くんへの恋心の両方が頭を占めている。

「迷惑かけてごめんね、鯉伴くん」

「気に病むなよ。……俺は、お前が元気でいてくれりゃそれで良い」

 ふっと微笑む鯉伴の表情は、ひどく柔らかで、かつての記憶が疼く。

 ――死の間際に願ったこと。

 ――またあなたに会えるなんて、奇跡なんだろう。

 そう思いながら鯉伴様を見つめていると、ふと気まずげな顔をしていることに気付く。

「あー、う……聞いても良いか?」

 察するに、今の私がなんなのか聞きたいのだろう。

「うん、良いよ」

「今のお前はどっちなんだ? 若菜か? それとも……乙女なのか?」

「……んー、どっちもかな。若菜でもあるし、山吹乙女でもあるって感じ」

「両方の記憶があるから、性格もちょっと変わっちゃったかも」

 私もびっくりしちゃった、と笑いながら見ると、鯉伴くんの表情が強ばっていた。

「なら、山吹乙女の……最後の記憶も、あるのか」

 その言葉に思わず目を見開いて、

 途端、溢れる記憶の数々にハッとと息を呑む。

 ――寂しい。悔しい。辛かった。

 ――どうして子が産めないの。

 ――さようなら、鯉伴様。

 ――もし来世があるのなら。

 どちらもわたしだと言う自覚がある以上、その記憶は心の深い部分を掘り返した。

 だから。

 感情が昂り、言葉がこぼれそうになる。

 わたしは――若菜から山吹乙女として感覚が切り替わる。

「――はい。はっきりと……あるんです」

「あの時、残した古歌と山吹の一枝も……覚えています」

 開かれた金の瞳が、揺れる。

「……そうか」 

 何かを握りしめる音がして、鯉伴の膝の上で握られた拳が震えていることに気づく。

「あの時。お前が山吹の枝を残して去った時……俺は自分が許せなかった」

「俺は、お前の苦しみを長引かせていた。愚かな男だった」

 苦しげに顔を歪めながら吐露する鯉伴の姿に、乙女としてのわたしが違うんです!と叫ぶ。

 その時のわたしは若菜から山吹乙女になっていた。

「わたしは……あなたの枷になりたくなかった!」

 激情が高ぶるままに、ざわりと妖怪の血が騒ぐ。

 人間としての若菜から、妖怪としての山吹乙女に。

 髪が黒に染まり、長く伸びていく。

「あなたのことを本当に愛していました。心の底から愛していたからこそ、わたしは――」

 落ちる涙を拭わずに、ただ想いが溢れるまま鯉伴の顔へ手を伸ばす。

 金色の瞳に映る山吹乙女の姿。

「――あなたと生きる勇気が、私にはなかったのです」

「……乙女」

 ハッとしたように目を見開いた鯉伴が、唇を震わせる。

「あの時から――お前が去ってから、死んだように生きていた」

「それまでの俺は、あまりにも幸せだったから――より苦しかった」

 

[newpage]

 

 それは、こぼれ落ちた幸せ。

 それは、かつてあった夫婦の会話。

 それは、幸せな日常に落ちる一滴の墨だった。

『山吹。あんな噂なんざ信じる訳ねぇだろ。……お前は俺の妻で、隣にいりゃ良い』

『はい。……ありがとうございます、鯉伴様』

 顔を俯かせる山吹にそう声をかければ、小さく笑みを見せた。

 ――その記憶に、ぽたりと黒が滲む。

『二代目が継いでから、ぬら組は鰻登りですなぁ』

『しかし、二代目が祝言を挙げ五十年。……奥方とのお子は未だ生まれず』

『されど二代目は奥方を娶る前まで、遊び人で名を通していたでは無いか』

 ――何か問題があるのならば、奥方の方ではないか?

 そう誰かが囁いた。

 ――滲んだ黒い墨は広がっていく。

『山吹。また詣りに行ってたのか』

『鯉伴様。……子宝に恵まれると言う伝えを聞いたので』

『うちにはご利益のある土地神も居るからな。なあ……お袋ほど役に立たねぇかもしれねぇが、』

『たまには俺の事も頼ってくれねぇか』

『山吹の気が急いでんのも分かってる。……愛妻に頼られねぇ夫ってのも、情けねえからよ』

 その言葉に目を瞬かせた山吹は、しばらく口を噤んだあと、

『……そう、ですね。少し、追い込まれていたのかも、しれません』

『――鯉伴様』

『どうした?』

『……抱き締めてもらっても、良いでしょうか』

『構わねぇが……なんだ、俺が恋しくなったのかい?』

 からかうようにそう言えば、はにかむように笑みを浮かべた山吹に、――妙な違和感を覚えた。

 何処か吹っ切れたような、妙な清々しさがあるような。

 その違和感に踏み込めないまま、山吹を抱き締めた。

 山吹の匂い。愛する女の体温が感じられ、確かに生きているのだと実感できる。

 愛する女を抱きしめて、改めて幸せだと感じる。

 ――この幸せがずっと続いてくれりゃあ良いのにな。

 それなのに、胸の奥が引き絞られるような痛みを覚えた。

 

 ――それから暫くして。

 ――あの古歌と山吹の一枝を残して、乙女が姿を消した。

 

 子が出来ないことに悩むお前の苦しみに、お袋がいるからと踏み込めないでいた。

 もし、俺がもう少しお前の心に寄り添えていたら。

 ――そんなもしもが頭をよぎる。

 "あの時そうしていたら"と、叶わない未来を想像して。

 そんな馬鹿げた妄想にふける。

「――何度もお前が隣にいる夢を見た」

 目が覚めて、居ない現実に心が死んでいくのがわかった。

「その度に記憶が薄らいでいくようだった」

「組の奴らには、次の恋は百年後くらいで良いなんざ言ってたが、忘れられるわけがねぇ」

「俺も、お前を心の底から愛していたさ……!」

 鯉伴が叫ぶと同時に、床に落ちる涙。

 ほとんど涙を流さなかったあの人が、泣いていた。

 その姿に、思わず息を呑む。

「……鯉伴様」

 私が去ってから何百年も、この人は長い孤独を味わったのだ。

 私が死ぬまで鯉伴様への思いに苦しんだように、鯉伴様もまた苦しみを味わっていた。

 

「俺は馬鹿だ。お前を不幸にして、愛した女すら看取れなかった馬鹿野郎だ」

 声を震わせながらそう話す鯉伴様の言葉に、ただ首を振る。

「――いいえ、いいえ……違うのです。わたしは鯉伴様に会う資格がなかった」

「それに、病で衰えた姿を、あなたに見て貰いたくなかった……!」

 そうして最期を悟ってしまうと――孤独が恐ろしくなった。

 鯉伴様に会いたい――けれど会えない。

 ならばせめて、生きた証を残したい。

 私のエゴで、手紙を出してしまった。

 わたしが死ねば、全てが終わると思っていたのに。

「私のせいで――あなたを苦しませてしまった」

 後悔ばかりを口にしてしまうと自嘲して、――私が本当に言いたいこと、知りたいことに気付いた。

 鯉伴様に、ふと問掛ける。

「……鯉伴様は、私と祝言を挙げて、幸せでしたか?」

 その問いに、驚いた金の瞳が揺れる。

「何、言ってんだ……幸せだったに決まってる」

 その答えに、私だけではなかったのだと――頬を緩ませる。

「私も。――あなたと過ごした日々は、ずっと覚えています」

 その瞬間、重苦しい場の雰囲気が、弾けたような気がした。

 その様子を見た鯉伴もまた、思い出に浸る遠い目をした。

「ああ――そうだな」

 

「あの時の俺は、」

「あの時の私は、」

 

「「本当に幸せだった」」

 

 後悔ばかりが先に出てしまった。

 あんな終わり方になってしまったけれど。

 確かに私たちは幸せだった。

 あの幸せだった日々が、消える訳では無いと。

 私たちは、本当に幸せだったのだと。

 

 ――ああ、わたしたちは。

 ――互いが互いを想いすぎて、共に苦しむ道を選んでしまったのだ。

 ――そうして互いに苦しんで……。

 

「後悔ばかり口にできるのも、きっとこうして会えたからなんでしょう」

「鯉伴様。私はずっと、幸せでした――」

「……あなたを忘れたことは、一度もなかった。あなたを想う心は――今も変わりません」

「……ッ!」

 ――山吹乙女の時の願いは、叶った。

 ――鯉伴様と会えたのは乙女の想いで、鯉伴くんに恋したのはわたしの意思。

「山吹乙女も、若菜も、あなたのことを愛しています」

「ああ……! 俺もだ……!」

 互いの存在を確かめるように強く抱き締め合う。

 魂の再会までの空白の時間を埋めるように、永く続く二人の時間。

 どれほどの時が経ったか、その長い抱擁を終わらせたのは、

 

「――おうおう。お熱いことで」

 

 部屋の襖が開き、姿を現したぬらりひょんの野次だった。

 金の髪をたなびかせ、悪戯げに輝く金の眼には、揶揄う色がありありと浮かんでいる。

「居たのかよ親父……」

「居たも何も、若菜さんと話をさせてくれと待たせたのはお前じゃろ」

「うっ……そういやそうだったな。悪りいな、待たせちまって」

「ま、そいつは構わねぇが」

 ちらりと妖怪姿の若菜に目を向けたぬらりひょんが、

「……ふむ。若菜さん……いや、乙女さんと呼んだ方が良いかい?」

 そう問いかければ、本人は少し考え、

「そうですね……どちらもわたしですが、この姿の時はどうか乙女と」

 そう告げた後、

「この姿の時は、山吹乙女と。人間の姿の時は、若菜とそう呼んでくださいな、お義父さま」

 その答えにぬらりひょんはニヤリと笑い、よろしくな乙女さんと言って、

「ちょいと話は変わるんだが、お前らと話し合いたいことがあってよ」

「お前らの話がまとまったみてぇだから、次は――乙女さん。あんた自身のその姿に関わる話だ」

 そのぬらりひょんの言葉に、ハッとする両者。

「ワシについてこい。表沙汰にできねぇ話をする部屋があるんでな。そこで、その話をしてやる」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。