朝起きたら婚約者になっていたヤンデレクール美人と添い遂げるまで。   作:沙悟寺 綾太郎

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第1話

ちゅんちゅんと窓辺の鳥は鳴いていた。ふかふかのベッドには、日差しが当たって、中はとんでもなく高温になっている。

そこで俺こと、卯花 礼はようやく目が覚め始める。

 

「……頭いてえ。ここ、どこだっけ」

 

 昨日の記憶がない。頭や足腰も痛いし、妙に手首もずきずきする。

 いや待て。確か、飲み会に行ったのだ。それで……。

ぼうっと天井を見ながら、考えてみる。妙に生々しいピンク色の内装だ。なぜだか、足と腕が何かに引っ掛かる感じがして動かない。

 

「はあ、えーと。うん。今日は確か……はあ!?」

 

 そこでやっと気づく。

 ここがラブホテルであることに。そして、

 

「て、手錠!?」

 

 何故だか、パンツ一丁で手錠がつけられている。しかも、足に至っては輪と輪の間のチェーンにタオルがまかれ、ベッドの足につながっている。

 

「おいおいおいおい!」

 

 いつから俺は、酔うと拘束プレイなんてするようになったのだ。

 大学デビューしてから、レベルアップが留まることを知らない。

 

「……俺って、Mだったのか……」

 

 酔っぱらうとその人の本性が垣間見えるというが、なんとも複雑……。

 

「あら。起きたのね。お寝坊さん」

 

 シャワールームの方から部屋に入ってきたのは、バスローブを着た美女。それも、テレビでもお目にかかれないような絶世の。

 栗色の髪は、一縷の淀みなく真っすぐ。バスローブ越しでもわかるほどに抜群のポロポーション。……あと個人的にまつげが長いのがタイプだ。

 

「……えーと貴方様が昨晩の女王様であらせられますでしょうか?」

 

 状況を鑑みるに、それ以外ありえない。昨日の俺よ、本当にこんな美女と致したというのか。

 

「女王? 何を言っているの?」

 

 美女はきょとんとした顔で、首を傾げている。たったそれだけの動作でさえも、ファッション雑誌の表紙にでも載っていそうな雰囲気。

 

「私は……そうね」

 

 ひとしきり顎に手を当て、考えた後で、美女は再び口を開く。

 

「私は貴方の──婚約者よ」

「……〝え?」

 

 こんやくしゃ? 何を言っているのだろう。これなら、まだ女王様と言われる方が納得出来る。

 

「何? その顔。まるで、『おいおい、冗談だろ? これならまだドS女王様だって言われた方が納得いくぜ』……って顔ね」

 

「え、サイキック? 怖い。というか、結構な演技派なんですね。その、ちょっとだけ時間をください。今、友達に昨日何があったのかを聞くので」

 

 幸い枕元にスマホがある。いったん状況の整理を……。

 

「友達? ほかの女? ほかの女なの? でも、ご生憎様」

 

「……あれれ」

 

 なぜだ、ロックが解けない。何度打ち直してもダメ。となると。

 

「あら、新しいパスワードを忘れてしまったの?」

 

「え、あ、はい? 俺も知らないのに、なんであなたが知っているんでしょうか?」

 

 恐る恐る尋ねた。

 

「当然じゃない。だって、私の……誕生日、だもの」

 

 何処か照れ臭そうに、美女は言う。

 

「え、なんでそんなことを……?」

「……昨日は喜んでた癖に」

 

 可愛い。なんだか、大抵のことはどうでも良くなってくるほどに。

 

「ごめんなさい。変えるつもりはないので、教えてもらってもいいでしょうか?」

 

「……もう。今回だけだから。二月十四日よ」

 

「ありがとうございます」

 

 手錠を軋ませながら辛うじて、パスを入力する。確かに、ロックは解かれた。

 のだが。

 

「あ、あれぇー。お、おかしいなぁー。電話番号は一つしかないし、しかも、やり込んでたゲームもSNSも消えてるぅ」

 

 必死に集めた大学の女子の連絡先は勿論、男友達や家族のものまでさっぱり綺麗にすっからかんだ。

 

「……だって、私以外要らないって言ってくれたから」

 

「と、とは言え、ゲームとか男友達まで消す必要は……」

 

 ささやかに抗おうとするが。

 

「男友達がいれば、合コンに行くでしょう? ゲームがあれば、私のことを放置するに決まってる」

 

 氷のような冷ややかな目。けれど、それすらも美しい。

 

「あ、はい。で、でもいくら何でも家族まで」

「家族は許してあげてもよかったけど、何かあったときは私に頼ってほしい……から」

 

 氷のような表情から一転、ほのかに赤みを帯びた表情に。かわいい。

 

「ほ、ほら、分かったら服を着なさい。今日は学校でしょ?」

 

「……そ、そうっすね。とりあえず手錠をそろそろ外してもらえませんかね?」

「あ、そうね。忘れていたわ。ごめんなさい」

 

 美女はローブのポケットから、手錠のカギをごく自然に取り出した。

 そんなことある? 風呂の時すら肌身離さず、手錠の鍵を持ってるなんて……。

 

 

「……と言うことがあって、今日のゼミに遅れたわけなのだが、お前ら確か昨日の飲み会いたよな。何があったか、教えてくれ」

 

 大学の食堂の外、テラス席。二限のゼミに遅れた俺は、授業が終わってすぐに友人二名を捕まえて連れてきた。

 

「つっても、なぁ?」

 

 友人の一人。チャラついた金髪頭、伊坂晶は気まずそうに、隣を見る。

 

「あんま知らんな」

 

 深く頷いた筋肉坊主タンクトップ、暮宮慎吾。

 

「いやいや、少なくとも俺よりは知ってるだろ?」

「そらそうかもだけど、二軒目に行くタイミングで、サークルの先輩連れて出てったじゃん」

「あの人、サークルの先輩だったのかよ」

 

 今所属しているのは、テニスサークルだけだ。まさか、あんな美人がいたとは初耳だった。

 

「超美人だよなぁ。羨ましぃ」

 

「ちっ、お前でいけたのなら、俺でもワンチャンあったのか。バルクがそう言っている」

 

「とりあえず、モテたいなら髪伸ばしたらどうだ? バカ」

 

「んだぁ? こっちの方がテニスしやすいだろうが!」

 

 いつもの茶番を繰り広げていると、晶が何かを思い出したような顔をする。

 

「あ、そう言えば……」

 

「お、なんか思い出した感じか!?」

 

「いや、正直俺も酔ってて、詳しくは覚えてはないんだが……」

 

「なんでもいい。話してくれ」

 

 晶は探り探りと言った感じで話し始める。

 夜もふけ始め、そろそろ二軒目に向かうと言う方向に話は進んだそうだ。

 

「そんで、じゃあいざ行くかってタイミングだよ。確か、お前の声が聞こえたんだよな。状況は知らんが」

 

「お、おう。なんて?」

 

「──『結婚を前提に付き合って下さい』って」

 

 おうまいがー。確定だ。マジで、今の状況は自分のせいで、出来上がったらしい。

 

「嘘、だろ」

 

「いやぁ。その時ほんと思ったよ。こいつがついに告るとはなぁって」

 

「確かに。礼、お前女子と仲良くなっても、付き合おうとは頑なにしなかったじゃん」

 

 まるで、子の成長を実感した保護者のような面構えで二人は、目頭を熱くしていた。

 

「ま、まあ色々あんだよ。それはいいだろ、別に」

 

 人間生きてりゃ、トラウマの一つや二つくらい……。

 

「──ねぇ、何を話しているの?」

 

「ひっ!」

 

 急に肩を叩かれる。振り返ると、件の美女がいた。

 

「お、先輩。ちーす」

 

「ちーす。今日も美人すね」

 

「ええ。こんにちは。彼を借りるわね」

 

 美女は二人に一瞥し、会釈した後で、俺の腕を引いてきた。

 

「昼食。一緒に食べましょ」

 

「え、いや、その」

 

 状況が読めなさすぎて、正直ちょっと怖い。このレベルの美女にここまで惚れられているとか、目の前で魔王でも倒していないと採算が取れない。

 

「何? 私と食べるのは嫌なの? 折角、貴方が授業に行っているうちに作ってきたのに」

 

 強気でありながらも、どこか不安そうに言ってくる。

 

「いや、そう言うわけではなく」

 

 おい、助けてくれ。視線を送る。伊達に二年の付き合いではない。それで察知してくれるよな? 友よ。

 

「早よいけや、嫌味ったらしい」

 

「そうだぞ、礼。わざわざ食堂の臭い飯なんか食ってる場合じゃないはずだ」

 

 前言撤回。面白くなさそうに白い目を向けてきた。

ならば俺も、近くを通りかかった食堂のおばさんが殺意にも似た波動を纏った目を向けてきているのは黙っておこう。

 

「お、俺は食堂の飯も好きだけどなぁ。勿論、行きますけど」

 

「良かった。場所は取ってるから早く行きましょう」

 

「うっす」

 

 いまだに、おばさんからの視線に気づかない二人を置いて、俺は立ち上がった。

 

「手を出して」

 

「え、なんすか」

 

「別に。普通のことをするだけよ」

 

「うぉ!?」

 

 隣を歩けば美女は何故だか、手を繋いでくる。指の間に指を絡めるような特殊な繋ぎ方。

 

「ち、ちなみに、どこに向かってるんですか?」

 

「空き教室。折角なら二人きりの方がいいから」

 

 どくんと心臓が跳ねる。いや、そりゃあ男なら誰だって、今の状況にぐっと来ないわけがない。

とは言えだ。

 

「あの、一個だけ聞いてもいいすか?」

 

「何?」

 

 教室の前だった。普段あまり使われない校舎ということもあって、人の声も気配も感じない。口を飛び出した疑問は、そのせいかよく響いた。

 

「なんで、俺なんすかね? 自分で言うのもなんなんですけど、釣り合いが取れてないって言うか、明るいのだけが取り柄な平凡の極みみたいなやつなんで……」

 

 言うと、心が少し重くなった。昨日のことを覚えていないことに対する引け目だろうか。それとも、もっと別の……。

 

「──俺、なんかって何?」

 

「へ?」

 

 たった一言から、はっきりと怒りが伝わってくる。

 

「私が平凡な貴方を好きになったら、ダメなの?」

 

「い、いや、そう言うわけじゃ。でも、先輩ならもっと良い人とか」

 

「ほんと……何も覚えていないのね」

 

 美女は呆れたように、けれど少し嬉しそうにくすりと笑った。

 同時に繋いだ手をぐっと引き寄せられる。

呼吸が混ざり合うような距離。長いまつ毛だって数えられそうな距離。

 

「私の名前も、きっと覚えてはないでしょう? だから、もう一度だけ。教えてあげる」

 

「あ、はい……。お願いします」

 

 流石に緊張する。

 よく分からないことだらけだった。昨日の記憶がないから、どうやって彼女と出会ったのかも分からないし、名前も歳も何が好きなのかも分からない。

 けれど、それでも。

 

「──私は西園寺 紫苑。卯花 礼君。貴方を一生愛すると決めた女よ」

 

 彼女の言葉に、嘘なんか一つとしてない。

 今は、それだけで十分だと思った。

 ……でも。ほんとに少しだけ。

 ちょっとだけ、愛が重い。

 

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