魔法少女リリカルなのはHERO Tの名を持つ少女 作:陽炎=蜻蛉
第1話「リスタート」
〜ある日の午後〜
機動六課、チーム・ライトニング隊長、フェイト・T・ハラオウンは、突如出現した敵性ガジェットの殲滅を一通り終えていた。ここ最近、急激に敵ガジェットの出現回数が増え、フェイトたちもスクランブルでの出動が多くなっていた。今日もエリオ・キャロと3人でランチの予定がすっかりオジャンである。
「ーーうん、ガジェットは全機撃墜を確認、取り敢えず一段落だね。」
【良かったです、僕たちは待機していましょうか?】
「エリオたちは先に戻ってて。私も少し周辺を見廻したら行くから。」
【了解です。キャロにも伝えておきますね。】
我が子のように育てて来た一人、エリオ・モンディアルとの通信を切って、フェイトは念の為と、周囲をもう少し捜索することにした。住民区画がすぐ近くにあるこの第7海岸区に、一度ガジェットが侵入しただけでも、大きな危険に曝されかねない。
「さてと…流石に大丈夫だと思うんだけど…あれ…?」
フェイトの優れた視覚能力が、異変を感知した。海を前にして広がる砂浜、その砂浜に。
一人の少女が、倒れていた。
「…大変!」
全速力で駆け寄ると、その華奢な体を抱き上げて呼吸を確かめる。
(息は…大丈夫。でも体が濡れてる、このままだと低体温症で命が危ない!)
すぐに、フェイトは、自らが属している機動六課の本部と連絡を取った。
「こちら、ライトニング隊長フェイトです。第7海岸区付近の砂浜にて、意識不明の女の子を発見。呼吸は正常ですが、全身が濡れて体温が低下しています!」
【了解や。すぐに、シャマルと向かう。エリオとキャロにも連絡頼むで!】
5分で着くという通信を受けて、即座にフェイトはエリオとキャロにも連絡。
「体温低下防止に繋がるかは分からないけど…!」
バリアジャケットを解除すると、着ていた上着を羽織らせ、更に肌を密着させる。すると小さな声がフェイトの耳に届いた。
「た…すけ…て…」
今にも消えそうな声に、フェイトは一層密着を強め体温の低下を食い止める。
「大丈夫だよ、絶対に助けるからね…!」
「フェイトさん!」
「私たちも手伝います!」
すぐにエリオとキャロも駆けつけ、迅速な処置が施される。倒れていた原因などどうでもいい。今はとにかく、目の前の命を全力で助けるだけだ。
それから5分後、駆けつけたはやてたちの手で少女は病院に搬送されていった。
〜聖王病院〜
「一先ず、容態は安定しました。あと少し遅ければ命に関わるところでしたよ。迅速な対応、感謝します。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
ほっと一息つく一同。ヴィヴィオを保護した時もそうだが、何事も尊い命を救えるに越したことはない。
「ヴィヴィオの時とは違って、あの子自身からの魔力の反応も、周囲にレリックも特に無かった。ガジェットとの戦闘に巻き込まれなかったのも幸いやったね。」
「はい。でもこの短期間で二回もこんな案件が起きているのは一体…」
「一先ずは無事を喜ぼう。あの子が目覚めてからゆっくり話を進めればいい。」
「ええ。私たちは一旦戻りますか?」
「うん、スバルたちは戻って休んでて。私もヴィヴィオの様子を見てくる。フェイトちゃんは?」
少し間をおいてから、フェイトが口を開く。
「私はもう少し、あの子の側にいるよ。きっと一人は寂しいと思うから。」
大まかな行動予定が纏まったので、一同は一旦解散することに。なのはたちを見送った後、フェイトは少女が眠るベッドに座った。
(何か事件に巻き込まれたのかな…でも、無事で良かった。)
そっと髪を撫でると、少女は気持ちよさそうに口角をあげ、寝言を言った。
「まま…」
「大丈夫だよ…側にいるからね…」
どんな理由でこうなったのかは分からなくても、今は出来る限りのことをしてあげたい。それがフェイトの正直な気持ちだった。
翌日、少女が目を覚ましたということで早速…と行きたかったフェイトだが、執務官としての仕事も残っていたため、エリオとキャロに代理を頼むことにした。
「ごめんね、2人とも。」
「いえいえ、大丈夫です。何か重要なことが聞けるかもしれませんし。」
「フェイトさんはしっかり今のお仕事、頑張てきてください。」
というわけで病室にやってきた2人、すでに少女は目覚め、外を眺めていた。
「意思や受け答えはハッキリしています。ただ少し混乱状態のようです。難しい質問は避けてあげてください。」
医師からそう告げられ、2人は病室へ入る。
「どなたですか…?」
黒色の長髪、茶色の瞳。どこか大人びた雰囲気すら感じさせる少女、けれどその声は震えるほどに弱々しかった。
「初めまして。僕はエリオ、貴方を助けた人の代理で来ました。」
「同じく代理のキャロです。一日寝てたから、お腹空いてないかな?何か食べる?」
「いえ、特には…。それより、私は倒れていたんですか?」
「はい、砂浜で意識を失っていたところを、フェイトさんという人が搬送したんです。」
エリオの説明を受けて、少女は状況がさっぱり飲み込めずに乾いた笑い声を出していた。
「はは…何でそんなことに…」
「何か…ご自分のこと、分かりますか?覚えていることとか…」
キャロの質問に少し考えた後、少女は口を開いた。
「名前…私の名前なら。今はそれしか分からないけど…」
「もし良かったら、僕たちにも教えてくれますか?」
数秒後、名前を聞いた2人はすぐにフェイトに連絡した。フェイトも一大事と執務官の仕事を部下に任せて向かうことになった。
少女の名前はーーカスミ・テスタロッサ。
1時間後、病室に駆けつけたフェイトは目覚めた少女ーーカスミに挨拶する。
「初めまして、カスミちゃん。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。」
「テスタロッサ…下が同じ名前なんですね。」
親近感を覚えたのか、微かな笑みを見せるカスミだが。
「カスミちゃんは、お名前以外では覚えていることは何も?」
「はい、何も…何も分からないんです。」
名前しかわからないという状況にカスミは再び俯いてしまった。そんな彼女を前にして、フェイトは即決する。今この子に頼れる存在はいない、そして小さな子供が1人で生きていけるほど世の中は優しくない、ならば取るべき選択は一つ。
「カスミちゃん、お医者さんが明日には退院できるって言ってくれたんだけど、よかったら私たちの家に来てくれるかな?」
「えっ…?そんなご迷惑じゃ…」
「そういうことは考えなくていいの。それに、ヴィヴィオ…カスミちゃんと同じくらいの女の子もきっと喜ぶと思うから。」
引き取らないと彼女の身が危ないという直感に従うことにしたフェイトに対し、急な話に少々困った顔をしていたカスミだったが…
「頼れるところも無いので、今は甘えさせてください、フェイトさん。」
「ありがとう!じゃあ、明日迎えにいくから、今日はゆっくり休んでてね。」
「はい、ありがとうございます。」
ほんの少しだけ、朗らかになった笑みを見せてくれたカスミに内心ホッとしつつ、フェイトはエリオやキャロと一緒にその場を後にした。
1人になった後、カスミは小声で呟く。
「優しい人、だな。」
翌朝、特に異常もなく起床したカスミは、軽めの食事をとったあと、シスターシャッハ同伴で散歩に赴いていた。
「カスミちゃん、身体の方は大丈夫?」
「はい。まだちょっと重いですけど、散歩する分には。」
昨日のような虚な表情も多少は和らぎ、少しずつ明るさが顔を出していた。先はまだ見えないが、なのはとフェイトの庇護下であれば大丈夫だろう、シャッハはそんな心境であった。
「あ!綺麗なお花…」
「転ばないように気をつけてね。」
カスミは花壇で綺麗に咲いている薔薇に目を取られていた。もっと近くで見ようと触れようとした時だ。
「あぅっ!」
「カスミちゃん⁉︎ どうしたの⁉︎」
シャッハが慌てて駆け寄ると、カスミは指から少し血を流していた。薔薇の棘で傷つけてしまったようだ。
「痛たた…ごめんなさいシスター、近くで見てみたくて…」
「大丈夫よ、絆創膏で傷を塞ぎましょう。ちょっと待っててね。」
シャッハが応急処置をするために少し離れている間、カスミは負傷箇所を見ていた。
「はは…血が流れて…血が……うぅっ…!」
瞬間、頭痛と共にカスミの脳内に駆け巡る断片的な記憶。ハッキリと形容できない、それでいてどこか悲しみに満ちたそれは、カスミの精神を大きな混乱に陥れた。
『殺意….憎悪…破滅…滅亡…滅亡…滅亡…』
(なんなの…これ…は…⁉︎)
直後、カスミの絶叫が病院中に響き渡った。
「魔力反応は一切なし…やっぱり普通の女の子って考えるのが早いんだけど…」
カスミを迎える予定時刻まで後2時間。フェイトは仕事合間にシャマルから渡されたカスミのデータをいくつか調べていた。テスタロッサと聞いて大急ぎでの調査になったものの該当するデータはなし、エリオの時のように人体実験を受けた形跡も無い。周辺地域の家族関係などを調べても、結果は0だったという。
「海難事故が起きた記録もないし…まさか別時空から来たなんてこと…流石にないか。」
迎えにいくまでに仕事を片付けるべく、業務を再開しようとした時、フェイトの愛機バルディッシュにシャッハからの連絡が入る。
「はい、こちらフェイトです。」
【フェイトさん!カスミちゃんが…!】
「カスミちゃん!一体どうしたの⁉︎」
「来ないで…!来ないで!近づかないで!」
駆けつけた一同が見た姿は、全身から電撃を飛ばしているカスミの姿だった。目からは大粒の涙が溢れており、これ以上誰も傷つけないように必死になっているのが見て取れる。攻撃では無いことは確かだ。だが、自分の意思では止められない。それ故か、カスミはレンガの尖った破片を手にしていた。
「薔薇の棘で指を怪我した時に…様子が急変したんです。突然叫んだかと思ったら…」
周囲には破壊の爪痕があった。無理に近づこうとすれば、無差別に電撃が飛んでくる。既にシャッハも他のシスターたちと同様、軽度の負傷が見られる。
「カスミちゃん…」
ある意味で悲しい光景を前にして、フェイトは理解した。あの境遇で彼女自身に何も無いわけがなかったのだ。しかし、このままではカスミ本人にも確実に危険が生じる。
「なのは、ここは私に任せて。」
「フェイトちゃん、私も…」
共に行こうとするなのはをフェイトは目で制止する。ダメージを負うリスクを背負うのは自分だけでいい。
「大丈夫。必ず助けるから。」
一歩、カスミの方向に踏み出した。その瞬間、容赦なく電撃が飛んでくる。
「くっ!」
しかし、怯むことなく、一歩一歩カスミの下へ歩いていく。
「フェイトさん!お願い…!近づいちゃダメなんです!来ないで!」
「悪いけど、そのお願いは受けられないよ。カスミちゃんが嘘付いてるって、分かるから。」
電撃がフェイトの頬を掠める、一瞬顔を歪めそうになるが耐える。
「嘘じゃない!今私の周りにいたら皆んな傷付ける!だったら…自分で断ち切るしかないんです!」
最早これしかないと、目を閉じて破片を首に当てようとするカスミ。
「まさか…⁉︎」
「カスミちゃん‼︎」
自害する気かと焦る一同。しかし、フェイトの方が早かった。何と、放たれた電撃を正面から強引に突破してきたのだ。そして、破片を持っていた右手を自らの手で包み込む。
「えっ…?」
何が起きたのか、理解が追いついていない様子のカスミ。
「悪い子。こんな危ないもの持ってちゃめっ、だよ?」
フェイトの声色は優しいが、その目は真剣だった。その姿に戸惑いを隠せないカスミは。
「どうして…どうしてここまでするんですか…?昨日会ったばかりの赤の他人に…こんなに…こんなに傷ついてまで…」
涙が止まらない。カスミから見たフェイトはこの短時間だけで全身に電撃によるダメージを負っていた。綺麗な顔にも傷が見られる、なのにどうして…他人のために体を張れるのかと思う。
「そうだね…助けてって声がカスミちゃんの心の中から聞こえたからかな。それに…」
包み込んだ両手が、ゆっくりとカスミの指から破片を離していく。
「子どもを守らない大人がどこにいるの?貴方とは、昨日からの長い付き合いなのに。」
破片が地面に落ちたのを確認すると、フェイトは未だ震えているカスミの小さな体を優しく抱きしめる。
「フェイト…さん…」
「ほら、何も飛んでこないでしょう?フェイトさん、全然痛くないよ。」
これほど至近距離まで接近されているにも関わらず、電撃はパタリと止んでいた。
「怖かったね…もう大丈夫だよ。」
「ごめんなさい…私…酷いこと…」
自分の意思ではないとはいえ、負傷者を出してしまった事実を前に、自責の念に駆られるカスミだが、フェイトはその背中を優しく撫でる。
「大丈夫、誰もカスミちゃんのこと責めたりしないよ。困ってる人がいたら助けるのが私たちの仕事なんだから。」
フェイトの言葉が、カスミの心と身体を落ち着かせていく。気づけば、カスミもまたフェイトに抱きついていた。
「カスミちゃん、私は貴方のことを守りたいの。パパもママもいない今だからこそ、守りたい。」
「守り…たい…?」
「さっきも言ったけど、子どもを守らない大人なんて、この世界に1人もいないんだよ。」
かつて、親の愛情を一つとして受けられず最後には拒絶されて絶望した後、母親となってくれた人から大きな愛を受けたフェイトだからこそ、この言葉は重く大きい。血の繋がりなんて関係ないのだ。だから。
「いつか親御さんが見つかる時まで…私が貴方のママになるから。だから今は、カスミちゃんも私のことを頼ってほしいな。」
「フェイト…さん…」
親は分からなくても、頼っていい人がいる、心を預けていい人がいる、カスミは優しい温もりの中でそれを理解し、答えを出した。
「改めて言います…貴方に…甘えさせてください、フェイトさん。」
「ありがとう…!さ、一緒に帰ろっか。」
「はい!」
新たなレールが敷かれた物語はゆっくりと進もうとしていた。
フェイトがもしヴィヴィオのような少女と出逢ったら、エリオの時のように体を張ってでも護ろうとする人だと思っています。優しくてカッコいい、でも心には深い傷がある、それでも前を向いて生きている、そんなフェイトの背中はカスミに何を齎すのか。次回、カスミに秘められた力が目覚めます。それではまた次回、お会いしましょう。