魔法少女リリカルなのはHERO Tの名を持つ少女 作:陽炎=蜻蛉
「地球?」
「うん、ママ達の故郷なんだ。ミッドの自然と同じくらい綺麗なところだから、一度2人も連れて行ってあげたいの。」
「春休みに合わせて、5日間休暇は貰ってきたから、2人が良ければの話なんだけど…」
姉妹は顔を見合わせるが、家族一緒の旅行を拒否する理由はない。
「行きたい!ママたちの故郷ならきっと良いところなんでしょ?」
「私も行ってみたい!皆んなで旅行できるなんて楽しみだな。」
「じゃあ、決まりだね。出発は3日後!」
というわけで、準備を整えた一行は、なのはの故郷、日本の海鳴市へと辿り着いた。
「お母さん、ただいま〜!」
「あら、なのは!フェイトちゃんも!それに可愛い子達まで!」
「初めまして、高町ヴィヴィオです!」
「カスミ・テスタロッサ・ハラオウンです。短い間ですが、宜しくお願いします。」
「色々あって、私たち家族になったんだ。そんなわけで今回は4人で来ちゃいました!」
「そうか…遂になのはに子どもができるなんて…お父さん嬉しいよ。」
「お父さん、義理だってば。そこ勘違いしちゃダメだよ。おかえり、なのは。」
美由希がツッコミを入れつつも、皆で和気藹々とした時間を過ごす。夕食では、桃子お手製のハンバーグや、なのは得意のロールキャベツが振る舞われ、ヴィヴィオもカスミも大喜びであった。
「やっぱりお母さんのハンバーグは美味しいね〜」
「なのはこそ、すっかりお母さんになっちゃって〜」
まだまだ子どもとはいえ、食べ盛りの娘達は何杯もおかわりをして完食してしまった。
『ごちそうさまでした!』
「はい、お粗末さまでした。」
「いっぱい食べた後だからゆっくり休もうね。テレビでも観ようか。」
桃子がテレビをつけると、丁度特番形式のドキュメンタリーが始まっていた。
『まもなく発生から4年が経とうとしています、●●県沖地震、この地震では津波による被害を含め1万人以上の犠牲者と数千人の行方不明者が出ています。今回は、今後起きると予想される首都直下型地震等に備えるための防災についてご紹介していきます。』
「えっ、こんな地震があったんだ…」
「そう、津波で多くの人たちが亡くなったの。なのはたちは知らないと思うけど、私たちの地域も津波が来るかもしれなかった。」
話題が話題なだけあって、少し空気は重くなるが、桃子が切り替えるべく口を開く。
「まあ、折角皆んな遊びに来てくれたのに、暗いお話を聞いてもしょうがないから、ゲーム大会でもやりましょうか。」
桃子の提案に一同が賛成する中、ただ1人、カスミの頭の中だけは、様々な情報が高速で駆け巡っていた。
(地震…津波…●●県…まさか…)
「カスミ、顔色良くないよ?大丈夫?」
駆け巡った数多の情報が一つの結論を導き出した時、カスミの脳内にある光景がフラッシュバックする。
「すみません、ちょっとお手洗いお借りします。」
「カスミ、大丈夫⁉︎」
フェイト達が心配そうな表情を浮かべる中、カスミは急いでトイレに駆け込む。
(そんな……まさか……)
ドアを閉めると、カスミの目からは涙が溢れていた。脳内に響いたのは、2人の声。
「早く行くんだ!父さん達は瓦礫でもう動けない!」
「貴方だけでも生きて!お願い!」
「嫌…嫌!そんなの嫌だよ!」
「走れ…走るんだ…佳純‼︎」
「お父さん!お母さん!」
そして、最期の瞬間に目に映った光景は、逃げる自分を飲み込まんとする巨大な波だった。
(ああ、そうか…だから私はあの時、ミッドの海岸に流れ着いたんだ…)
何故自分が地球からやって来たのか、何故自分には本当の両親がいないのか、そして何故自分にはフェイト達に出会う前の記憶が無かったのか、カスミは漸くその意味を理解した。
(私…あの時死んじゃったんだ…)
転生というものが何なのかは分からない。けれど、あの時の記憶が鮮明に思い出せ、今自我を持った肉体がある以上は、そういうことなのだろう。
ゆっくりとドアを開けると、娘を心配したフェイトが駆け寄ってきた。
「カスミ!どうしたの?大丈夫?」
「フェイトママ……思い出したの。私が何者なのか、どうして地球から来たのか。」
「えっ…?」
リビングに戻って来たカスミは、ドキュメンタリーの中で亡くなった人々の為の慰霊碑が建立されていることを目にした。
「美由貴さん、この慰霊碑がある場所って分かりますか?」
「ええ、確か…ここから車で2時間くらいあれば行けるはずよ。でも、急にどうしたの?」
「知りたいんです、私自身のことをちゃんと。そこに行けば、きっとわかる気がするので。」
いまいちカスミの意図を計りかねている高町家の面々に対して、なのはとフェイトは娘が何をしたいのか、既に理解していた。そんな中、カスミはなのは達の方に顔を向けると深く頭を下げる。
「なのはママ、フェイトママ、ヴィヴィオ 、本当にごめんなさい…一つだけ、我儘聞いてもらってもいい?」
フェイト達は、カスミの決意に即承諾の意思で答えてくれた。
「勿論だよ。カスミが知りたいなら、ママ達も全力で協力するからね。」
「ヴィヴィオも、カスミが辛そうにしてるの嫌だから、一緒に行くよ!」
「ありがとう…お願いします。」
「そしたら…お母さん、明日ちょっと車借りていいかな?」
「ええ、分かったわ。皆んな、気をつけて行ってきてね。」
翌朝、カスミ達は朝から桃子の車を借りて、某市へと向かって行った。尤も、カスミもヴィヴィオも、早起きだったこともあって、車内ではぐっすり眠っていたが。
「フェイトちゃん、どう思う?」
「カスミのこと?」
「うん…慰霊碑に一体何があるんだろうなって。」
「多分…カスミの本当のご両親の名前があるのかもしれないね。」
色々と2人で推測はしつつも、安全運転を心がけて、車は目的地に辿り着いた。
〜●●県 某所〜
目的地に辿り着いた一行が目にしたのは、沢山の名前が刻まれた慰霊碑だった。全部で100人以上は刻まれているだろうか。その中の一つにカスミの目が止まる。
「やっぱり…私の名前だ。」
手嶋佳純(2007.11.20〜2020.11.19)
「これが…カスミの名前?」
「そう…私はあの時、家族と一緒に津波に巻き込まれて死んだはずだった。でも、波に飲み込まれる寸前で意識を失って、気がついたらあの砂浜にいたの。」
その上には、佳純の両親と思しき名前も載ってあった。
「この震災では未だに数千人の行方不明者が出てる。きっと私たちもその1人。多分、親戚の誰かが名前を入れるようにお願いしたんだろうね。寧ろありがたいよ。忘れられるより…ずっといい。」
皆、言葉を失っていた。カスミが地球から来たということは認知していても、まさかこんな形で来ていたとは流石に予想できない。
カスミはそっと、亡くなった人々に向けて手を合わせ、静かに祈った。
「どうか…全ての人たちが、元いた場所へ帰れますように。」
カスミに合わせるように、なのは達も手を合わせるのだった。
「ママ達は先に車に乗ってて。私はもう少しだけここにいるから。」
「うん、好きなタイミングで戻ってきていいよ。ママ達もゆっくり待ってるからね。」
今は、佳純としての思い出に浸らせてあげたいと、なのはたちは車に戻っていった。勿論、万が一のことがないように、レイジングハートとバルディッシュの機能は全開にした上で。
「結局…あの日から4年も経っちゃったんだね…」
慰霊碑に触れながら、カスミは佳純としての記憶を出来る限り思い起こしていた。特撮が好きで、いつも日曜の朝には早起きして観ていたこと、家族で行った旅行、そして学校での楽しい思い出。
全部は無理でも、一度ここに来たからには出来る限り思い出したい、それが今のカスミの願いだった。
「楽しかったな…みんな元気かな。」
「あの…お花、いいですか?」
すると、中学生くらいの少女が花束を携えて来ていた。邪魔になってしまったかと慌てて献花台への道を譲る。
「ここには、よく来られるんですか?」
「はい…私の大切な友達がきっとどこかで眠ってるので。毎月1回は来ないと気が済まないんですよ。」
「それは…なるほど。」
「10年以上は仲良くしていた友達なんです。一緒に海や遊園地行ったり、ヒーローショーも2人で観に行って…本当に楽しい時間を作れる友達でした。まさか、こんな形でお別れになるとは思いませんでしたけど…」
その時、カスミは悟った。この少女に確実に見覚えがあることを。少女が言っている友達とは、きっと自分のことだろうと。
(…ダメ。転生したなんて言っても誰も信じたりなんかしない。それに…まだ思い出せない。)
「貴方は遠方からいらしたんですか?」
「え、ええ…家族と一緒に。私はもう少しここにいたいって我儘聞いてもらいました。何となくこの場には…長く居たかったので。」
カスミの放つどこか寂しげな雰囲気に、少女も何かを悟ったのか。
「もし良ければ、お名前…聞いてもいいですか?」
「…カスミ、カスミ・テスタロッサ・ハラオウンです。今年で4年生になります。」
「ああ…私の友達と一緒の名前だ…素敵なお名前ですね。」
「ありがとうございます。因みに貴方は…?」
「山端遥です。今年から高校生になりました。」
その瞬間、カスミの脳内に溢れたのは、かつての記憶だった。
「佳純、今度の冬休み一緒にスキー行こ!」
「いいね、ジュニア検定1級の滑りを見せてやるわ!」
「私だって1級だもん、負けないよ!」
「でもやっぱ、一番は楽しく滑れたらいいね、また一緒に沢山滑ろうね、遥!」
「勿論!終わったら温泉も行かないと!」
「それ、凄くいいね〜!」
「あと、REAL×TIMEも絶対観にいかなきゃね!絶対面白いよ!」
「或人社長推しの私を満足させる出来になってくれたらいいな〜」
(遥…そっか、もう高校生になったんだね…)
友の名前と記憶を思い出しつつも、まさか自分が慰霊碑の内の1人だなんて言えるはずもなく、そろそろ戻りますね、と慰霊碑を後にしようとするカスミ。
「あ、あの…カスミさん!」
「は、はい!」
「今から言うこと、私の独り言だと思って、聞いてもらえますか?」
「え、ええ…大丈夫です。」
カスミを呼び止めた遥は、覚悟を決めたかのように大きく息を吸ってから、話し始める。
「佳純、貴方がいなくなったあの日から、ずっと私の心には穴が空いていました。大好きな友達が津波に攫われるなんて、絶対信じたくなかったから。けど、どんなに否定しても時間は流れて、気づけばここに貴方の名前が刻まれてしまいました。それでも、私は信じています。例え姿形が変わっても、きっとどこかで生きているって。」
「遥…さん。」
「すみません、独り言にしてはちょっと長過ぎましたね。じゃあ、私もこれで失礼します。ああ、それと…」
去り際に遥は顔を振り向くことなく、一言だけ告げた。
「スキーの約束、ずっと待ってるから。」
そう言うと、遥は全てを振り切るように走り去っていった。気づけば、カスミの頬には涙が伝っていた。
「遥…ありがとう。」
遥は分かっていたのだろう。目の前のカスミという少女が、自分の友達と同じ魂を持った存在だということを。けれど、魂は同じでも、今友達には大切な新しい家族がいる。だから、いつかの約束だけを伝えたのだ。
「カスミ…大丈夫?」
迎えに来たフェイトが声をかける。バルディッシュを通じて、何があったのかは視えている。だから、多くは語らない。カスミは涙を拭うと、少し笑みを作ってこう言った。
「平気。手嶋佳純としての思い出は出来る限り胸に刻むけど、今の私は…カスミ・テスタロッサ・ハラオウンだから。今を全力で生きられれば、それでいいんだ。でも…いつか、遥とスキーに行く約束は果たさないとね。」
「そっか…じゃあ冬になったらまた来ようね。今度は、家族みんなでスキーしに行こう。」
「うん!」
慰霊碑の前で交わした約束をいつか叶えることを胸に誓い、カスミは海鳴市へと戻り、残りの期間を存分に楽しむのだった。
番外編最終回、如何でしたか? 何故カスミが地球からミッドに来たのか、というテーマを核としてストーリーを作る時、カスミが佳純として故郷に戻る展開も考えてはいました。けれど、それはカスミが4年の月日で積み上げて来た物語を否定することと同じなのです。だから、佳純の友達である遥には、その正体に気づいているけれど、友達としての約束だけを伝えることに徹してもらいました。いつか、未来での遥とのエピソードも書くつもりです。
というわけで、次回からはvivid編がスタートします。タイトルも一新して、掲載する予定ですので、引き続きお待ちください。
それでは、今回も拝読していただき、ありがとうございました。