魔法少女リリカルなのはHERO Tの名を持つ少女 作:陽炎=蜻蛉
エレミアの手記に描かれた物語は、端的に言えばありふれた日常劇だった。聖王家のオリヴィエ、シュトラ王家のクラウス、そして放浪の旅を続ける学士のエレミア、生まれも育ちも全く異なる3人の少年少女が共に学び、遊び、時には武勇を競い合う、今の時代とも変わりないように見える日々…ベルカ時代に起こった長い長い戦乱というたった一つの要素を除けばの話だが。
「戦乱が佳境に入るにつれ、滅びを間近にした国々は、禁忌とされた兵器の数々…敵を滅ぼしたとしても、必ず自分たちも滅びるしかないほどに凶悪なそれを切り札として使用した。」
「その戦乱を終わらせるために聖王家が考えたのが…守護兵器“ゆりかご”の起動、彼らはそれを発令した。」
ヴィヴィオのクローン元であるオリヴィエの生まれであるゼーゲブレヒト家含め、多数の中枢王家が加盟していた聖王連合、それらがある場所の地下深くに保有しているとされる“ゆりかご”で産まれた子どもたちは、魔力補助の機能を持つ“聖王核”を埋め込まれることで、強靭な肉体や巨大な魔力を保持しつつ、“ゆりかご”を動かす王への資格を有するのだという。
「幼き頃に両腕や主要臓器を失ってるのに、戦闘面でも動けるというのは…」
「それだけ、聖王核が齎す恩恵が大きい、ということだね。」
(なるほど…ヘルライジングインパクトでも壊しきれないわけだ。)
威力こそ劣化版と否定はできないものの、世界を破壊すると言われるほどの一撃でさえ、聖王の鎧は破壊できなかった。改めて、その防御力たるやといったところだろうか。
とはいえ、発令してから暫くの間はこれまで通りの日常を送っていたという。肉体の成長や知識の習得につれて、3人が出撃する機会も増えていくことはあったが、それでも皆と笑い合う時間は変わらなかった。
だが、聖王連合の圧政に反発した一部勢力によって、3人の友人であった魔女が住まうシュトラの森が焼き払われる事件が勃発。クラウスの奮戦により鎮圧こそされたものの、度重なる戦乱によって、民衆の心身が限界に達していることは明確だった。
「その時の民草の心は一つ、“もうすぐゆりかごの聖王様が光をもたらしてくださる”…ただ、それだけだったと。」
カスミは日本史の授業で学んだ数々の戦火と重ね合わせる。戦争が続くほどに人の心や判断は壊れていく、それが自分たちの破滅を招くものであったとしても、完全に止めることは難しい。
(どんな世界でも一緒なのかもしれないわね…向かう先は。)
事件終結後、オリヴィエは実家であるゼーゲブレヒト家へ戻る。式典参加という名目上の帰還と喧伝されてはいたが、その実態は別にあった。
「別の目的って一体…?」
「その事件がきっかけで、オリヴィエの覚悟が決まったとしたら…」
「まさか…⁉︎」
ヴィクターの言う通り、オリヴィエは自らがゆりかごに搭乗することで、戦乱を終わらせようとしていたのだ。
「でも…!ゆりかごって、あくまで乗り物なんですよね…⁉︎ その戦乱さえ鎮ればきっと元に…」
「ただの乗り物じゃない!」
エルスの発言を遮って、カスミが叫んだ。その姿には他の面々も驚く他ない。
「すみません…ジークさん、続きを…」
「うん、エレミアはあらゆる文献を読み漁ることで、ゆりかごの真実に辿り着いた。その真の意味は…」
オリヴィエの役目は“操縦者”ではなく“生贄”、ゆりかごを動かすためだけの鍵として、自我も何もかも奪われた状態で死ぬまで使い潰されること、ただその一点。
「死ぬまでって…そんな…」
人間としての尊厳も、意思も、何も無い、奴隷の方が幾分かマシとさえ思えてしまう、そんな生き地獄があった。
「エレミアは会うたびに、必死になってオリヴィエを止めようとしたけど…彼女の決意が変わることはなかった。」
とはいえ、顔も見せずに別れることだけはしたくなかったのか、オリヴィエは全てを駆使して、シュトゥラへの1日だけの帰国を叶えることとなる。
「何度も説得に動いていたのを上層部に警戒されていたのか、エレミアは同乗を許されなかったみたいやね。」
シュトゥラでの最後の1日で何が起きたのか、エレミアは想像でしかないと前置きした上で、こう綴っている。
【彼は不器用だから、きっと持ちうるもの全てをぶつけてでも、大切な人を止めようとした。けれど、結局のところ、覇王の拳は彼女を止めることが出来なかったのだろう】
その後、オリヴィエはゆりかごの聖王として、地上に、この世に、永遠の別れを告げることとなる。民衆からすれば、華やかな戴冠式の中に君臨する聖王女に崇拝の念を抱いたことだろう、彼女が戦乱を終わらせてくれると信じたことだろう。それらは決して、間違ってはいない。
ただ、エレミアは彼女が飛び立った後、書きかけの手紙を発見し、誰にも見せなかった本心を知ることになる。
そこに記されていたのは、シュトゥラでの宝物のような日々をずっと続けたかったという望みと、何も出来ない、生み出せない自分の命に対する劣等感、その矛盾を解決する手段は、最早一つしかなかったという結論。そして、この一言で締められている。
【今度は、人間として生きてみたい】
静かに聞き入っていた面々は、その救いようのない悲劇に心を揺さぶられ、涙を流すのだった。
無事に探索ツアーを終えた一同は、本局内のカフェテラスで一息ついていた。
「しかし、歴史ってのは奥が深すぎるな…」
「授業で受ける時と、より詳しく調べる時では意味合いが変わってきますから。」
「でも…自分たちの身を滅ぼすかもしれないのに、あんな恐ろしい兵器を使うというのは…私には分かりませんでした。」
ミウラのそれは正論だろう。冷静に考えれば、相打ち覚悟の破壊兵器の使用などあり得ない。だが、カスミの脳裏に浮かんでいたのは。
「…スミちゃん?」
「どうしたの?何か考え事?」
「あの時のこと、思い出してたんです。」
「あの時?」
「あ、でも…」
チラリと妹の方に不安そうな視線を向ける姉。その心中を察したのか、ヴィヴィオは微笑を浮かべ、こう言った。
「ありがとう。でも、もう大丈夫だから。」
その言葉に安堵したのか、カスミは自分たちが経験した4年前のゆりかご事件について簡単に説明した。オリヴィエのクローンであるヴィヴィオが拉致され、それを奪還する為に母たちと一緒に戦ったあの時のことを。
「ヴィヴィオが攫われた日、私は憎悪と殺意のままに襲撃者を殺しかけました。もし、あの時道を踏み外していたら、今日この場所に私はいなかったかもしれません。」
『パーフェクト・コンクリュージョン・ラーニング・セブン』
『砕け散れェェェェェェェェッッッッ‼︎‼︎』
『ヘルライジングインパクト!』
『ゴオォォオオオオワァァァレェェェェェェェェェェロオオオオオォォォッッッ‼︎‼︎』
「…………ッッ‼︎」
フラッシュバックする光景に思わず、右手を押さえるカスミ。それをヴィヴィオが優しく支える。
「カスミ…無理しないで。」
「ハハ…ごめんね、ヴィヴィオ。」
未だに当時の感覚は消えていない。肉を潰す感触も、肋骨を蹴り折った時の痛みも、ヘルライズの地獄のような激痛も。それでも、大切な人たちがいるおかげで、今を生きることができている。
齢6歳にも満たない少女たちが、ほんの数年前に壮絶な戦いに巻き込まれていたとは知らず、ヴィクターたちは息を呑むほかない。その空気の中でカスミは続ける。
「自分が抱える正義や復讐心に囚われて何も見えなくなった時こそが、争いの火種になるんじゃないかなと思っています。」
「そうね、自分たちの大切な存在が奪われたら、きっと周りなんて見えない。」
「エレミアの手記の中では、魔女の森を焼き払った勢力や悪とされていましたが、向こうから見れば、ということもありますよね。」
「敗戦が間近に迫った国は、確実に理性を失います。その結果の一つが禁忌の兵器の使用なのではないかと。」
少しばかり重くなった雰囲気を取り払うように、パンッと手を鳴らしたのはヴィクター。
「さ、暗い話ばかりしてもしょうがないから、そろそろ外に出ましょう。」
こうして、波瀾万丈の探索ツアーは幕を閉じた。各々、明日以降の話をしている中で、カスミはヴィクター、ジークと雑談していた。
「順当に行けば、決勝戦でスミちゃんとは激突やね。」
「ええ、必ず向かい側に立てるように、突き進むつもりです。」
「2人とも、私の分までしっかり頑張ってもらわないとね。それとジーク、委員長とも話したんだけど、今後のあなたのセコンドは私が担当するわ。」
「ヴィクターが?ほんなら嬉しいけど…」
「なあに?まさか、私がセコンドになったら野宿できなくなるとか思ってないわよね?」
「い、いや、その〜…」
これが無敗の世界チャンピオンの姿だろうか、まるで母親と娘のようだ、とカスミは思うのだった。
「じゃあ、皆さんまた!」
本局から2人で帰宅する途中、ルーテシアとの通信を挟みつつも、真っ直ぐ家路を辿る。
「なんだかここ数日、色んなことが起きちゃったから、正直疲れたね。」
「ほんと…でも、その分色んな発見があったから良かった。もっと知りたいね、沢山のこと。」
「そうだね…でも!まずは準決勝のこと考えなきゃね?」
そりゃそうだと笑いつつ、我が家のドアを開けるとパタパタと足音が聞こえてきた。フェイトが今日から出張中ということで、きっと音の主はなのはだろうと思っていた2人、しかし明らかに音が多い。
『ただいま〜…』
『おかえり〜〜〜‼︎』
すると、2人は抱き上げられた。1人は確かになのは。そしてもう1人は。
「ギンガさん!」
「今日は私がフェイトさんの代わり♪」
「そりゃ最高です!イェーイ!」
どれだけ辛く、苦しいことがあっても、悲惨な過去があったとしても、今の自分にはこれだけ沢山の大切な人たちがいる。この先、何があってもきっと大丈夫、カスミはそう思うのだった。
だが、カスミがヴィクターやジークと話していた頃、どうしても未来を見据えられない人物が1人だけいた。覇王クラウスの子孫、アインハルトだ。ヴィヴィオたちと別れた後の帰り道、愛機であるティオに話しかけていた。
「ティオ…過去に触れて、改めて思ったんです。私は…あんなに辛いことを経験しても尚、真っ直ぐ生きているカスミさんやヴィヴィオさんが羨ましいけれど…その姿に甘えて微笑んでしまいそうになることが…怖いんです…」
嫌でも脳裏に焼きつく記憶、死地へ向かう大切な人を守ることができなかった慚愧の思いは彼女を呪いの如く縛り付ける。そして、その呪いは彼女から“笑う”ことさえも奪ってしまっていた。
「守れなかった人を絶対に守れるくらい強くなるまで、私は…笑ってはいけない…‼︎」
最後に心から笑ったのはいつだろう、そんな疑問は明日のトレーニング内容の前にかき消されていく。心の奥底にある本音を必死に覆い被せるかの如く。
その日の夜、ギンガも含め4人での夕食やバスタイムを楽しんだ後、カスミはひと足先にベッドに入っていた。能力の行使もそうだが、ヴィクターとの死闘から1日も経っていない中で色々と頑張りすぎたのが大きい。
(…ミスったな、早すぎて逆に眠れないや。)
とはいえ、いつもは10時就寝のところを8時ベッドインでは体が完全に休ませてくれないようで寝付けない。ふと窓の外を見れば、綺麗な月が上がっていた。
「たまには出てみよっと。」
扉を開けると、心地いい夜風がカスミの体を通り抜けた。風に身を任せるように、ベランダに座り、ぼんやりと月を眺める。ただ景色を見るのも楽しいのは、前世で履修済みだ。
(順調にいけば、決勝でジークさん…か。)
まずは現状未定である準決勝の相手を倒さねば進めないが、行ける気がする。今はまだ、何となくだけれども。
「カスミ?」
後ろからの声に反応する間もなく、ヴィヴィオが隣に座る。
「多分寝れてないと思って来ちゃった。」
「流石。私のこと一番分かってるね?」
笑いあいつつも、月を眺めることで少しずつ沈黙に変わる中、ヴィヴィオが切り出す。
「ルールーから聞いた…書庫でのこと。」
「私のこと、怖くなった?」
カスミの問いに、ヴィヴィオは静かに首を振りつつも答えを返す。
「無茶だけはしないでって思ったかな。カスミがそうなる時って、大体私のせいだから。」
「違うよ。妹が危険に晒されたら誰だってキレる。私に限ったことじゃない。」
ルーテシアから聞いて分かったことだが、ファビアがヴィヴィオとミウラを攫い、カスミも捕えようとした時、カスミから放たれた強烈な殺気は書庫内全体に響いていたそうだ。
「私自身…怖くなるときは何度もあるよ、色々とね。」
内包された力にはまだまだ秘密がある。それでもあっけらかんとカスミは笑う。
「謎に怯えるくらいなら、開き直って明るく生きていきたいでしょ?」
「うん…そうだね、その考え素敵!」
また2人で笑い合いつつ、カスミは一つ欠伸を挟んだ。気付かぬうちに長いこと喋っていたようだ。
「さて、寝ようか。私は明日、ロードワークからミカヤさんのとこだけど、ヴィヴィオは?」
「私はなのはママと一緒に特訓だよ。アインハルトさん対策でね。」
「…やるんだね?本気で倒すために。」
「勿論。今アインハルトさんの眼には…オリヴィエしか見えてないから。ちゃんと私たちのことも気づいてもらわないと!」
その眼は今まで以上に燃え上がっている。それは怒りによるものか、或いは。
「さ!眠くなって来たらすぐ寝ましょう!」
布団をかぶって5分もしないうちに姉妹は深い眠りについた。その姿をこっそり見守っていたなのはとギンガはというと。
「すっかり逞しくなりましたね、あの2人。」
「うん…たまには甘えてほしいなって寂しくなっちゃうけどね。フェイトちゃんはもっとだと思う。」
「でもなのはさん?お顔、すごいですよ?」
「にゃはは…そういうギンガもね?」
当分親離れはしない程度に大きくなってほしい、そう願う2人であった。
そして2日後、ヴィヴィオはアインハルトとの決着を付け、アインハルトは謝罪した上で本当の笑顔を取り戻すことになるのだが、同時刻、準決勝に向けて練習中だったカスミは勝敗の報告を受け、一言こう呟いたという。
「良かった」
準決勝まで、あと3日。
無限書庫編、終幕です。当初はアインハルトとヴィヴィオの激突にカスミの技要素も加えて描写するプランも考えていました。しかし、カスミが万能キャラになってしまうのは違うということで、省略させていただきました。次回は文化祭の様子をお届けする予定です。