暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2 作:dwwyakata@2024
其処で行われたフィルフサとの大激戦から三年。
仲間達と離れ故郷クーケン島で一人過ごしていた錬金術師ライザリン=シュタウト。略してライザは。明確なスランプに陥っていました。
そんなライザの元に、新たなる冒険の先触れが訪れます。
スランプでどうにも居心地が悪かったライザは、一も二もなく、新しい冒険に赴く準備を始めるのでした。
プロローグ、惰眠
この世界で錬金術師がやらかした罪業を知って。
異界オーリムでの戦いを終えて。
そして、何を得ただろう。
あたしライザリン=シュタウトはベッドで横になったまま、ぼんやりとしていた。
錬金術師として一人前になり。
魔術師としても経験を積み。
異界オーリムで古代クリント王国がエゴのままに暴虐を振るった結果、世界を滅ぼしかけるほどに繁殖した侵略性外来生物フィルフサを撃破して。
その王種「蝕みの女王」を仕留めた。
フィルフサ王種の撃破は、オーリムの住人にとっての悲願であり。
あたしと仲間達の行為は、それこそ世界を救ったに等しかった。
それだけじゃあない。
この今いる故郷、クーケン島の真実を暴き出し。
この島が危うく沈むところだった所を食い止め。
それどころか、島がどういう存在で。
どうやったら管理できるのかも把握した。
文字通り、人生をかけてやるべきことを、一夏で終えてしまった。
そしてみんな、仲間は離れていった。
友達はクーケン島にはいる。
というか、クーケン島では、もうあたしは完全に顔役。
お薬の性能も、作る爆弾の性能もお墨付き。
戦士としても、この島最強のアガーテ姉さんが認めてくれている。錬金術の腕だって落ちてはいない。
それなのに、なんだこの虚脱感は。
やり遂げてしまったからか。
勿論、まだまだ錬金術の腕は上がる。
あたしの年齢は二十歳になったばかり。身体能力だって、まだ伸びるだろう。
それなのに、どうしてまた。
大親友であるクラウディアとは文通もしている。
竹馬の友だったタオやレントも、旅先から連絡をくれる。
最大の懸念だったボオスとの仲直りだって達成した。
それなのに、とにかくなにをやっても虚脱感が酷い。魔物を倒して回っても、全く何かをやったという感じがしない。
勿論戦闘技量は維持しているし、むしろ伸ばしている。
それなのに、だ。
ある時を境に、レントから来る手紙の内容が、ものすごく虚無って来た。何処にいる、何処で何をした。
そんな報告だけになってきていた。
生きている事は分かるし。それなりに大物の魔物とやり合っていることも、情報から分かる。
だが、あたしと同じスランプらしい。
そう思うと、なんだかなあと思う。
三年前は、世界が輝いていた。
錬金術と言う夢みたいな力を手に入れて。最高の師匠であるアンペルさんに色々と教わって。
冒険だって、文字通り世界を救う内容だった。
大地を埋め尽くすフィルフサの群れを、大雨を降らせることで弱体化させ。統率個体である将軍を次々討ち取る事で無力化させた。
だが、その思い出がセピア色とともに見えるかのようで。
なんだか二十歳になったばかりだというのに、老人になってしまったかのような感覚すら覚える。
あたしは頭を振ると、立ち上がる。
外で軽く素振りをした後、アトリエにいこうと思った。
皆で作った秘密の隠れ家。錬金術を行うためのアトリエ。名付けてライザのアトリエは今も普通に使っている。
クーケン島に生きている人の数を思うと、お薬だって幾らでもいるし。
魔物を倒すための装備だっている。
素材は自分で集めてこないといけない。
何処にどんな素材があるかは分かっているし。
危険な魔物は、近場の奴はあらかた始末もした。
それでも魔物は、どこからでも湧いてくる。それこそ人間を憎みきっているかのように、殺しに来る。
魔術を使えば隙を狙ってくる。
それなのに、相手はタフさを武器に詠唱しての大魔術を躊躇無くぶっ放してくる。
そんな不利な戦いを続けながらも。
あたしは頑張って来た。
その筈なのに。
裏庭で素振りをする。
父さんはもう、畑を手伝えとは言わなくなった。既に母さんと父さんの収入の十八倍も収入があって。
しかもあたしが卸している薬や紙、それに反物がバレンツ商会によく売れることが効いている。
あたしには好きにさせるように。
島の危機に立ち会ったこの島の事実上の最高権力者であるモリッツさんから、島最高の農夫である父さんに直に話が行ったらしい。
モリッツさんも、あたしとともに、島の真実を知った。真相を知る過程で島の中枢に入ったのだ。
其処は文字通りの地獄の果てだった。
自分達がどれだけ危険なものの上で、何も知らずに暮らしていたかモリッツさんも自分の目で知ったのだ。あたし達のおかげで。
だから、あたしにはあまり強く出られないし。
今では島の命綱になったあたしに対しても、強くは出られない。
だから、自由に色々やれる筈なのに。
どうしてこうも毎日が空虚なんだろう。
そう思って、あたしは素振りを途中で切り上げた。
自分の体の事は分かる。
体力は衰えていないし、武芸だって今でも磨き続けている。さぼったことは一度もない。錬金術だって、新しい道具や素材をどんどん研究して、作り出している。それなのに、どうも空虚で仕方がないのである。
母さんは、結婚してはどうかと二度言ってきたが。
興味が無いと返すと、寂しそうに笑った。
孫の顔は見られないかも知れない。
そう思ったのかも知れない。
なんだったら、あたしが錬金術で子供を作ってもいいのだけれども。今子供が出来ても、面倒を見る自信はあまりなかった。
アトリエに出向く。
淡々と調合をして、足りないものを補充していく。
エーテルを釜に流し込んで。
素材の要素を分解して、組み直していく。
慣れたものだ。
もう失敗する事もない。
あたしの錬金術の師匠であるアンペルさんは言っていた。
錬金術は、無から有を作り出す技術だと。
エーテルによってものを要素にまで分解し。
その要素を組み立てる事によって、まったく新しいものを作り出す技術。
それこそその気になればなんでも出来る。
だから、古代クリント王国の愚物どもは、自分を神か何かと勘違いした。結果として、世界をここまで滅茶苦茶にした。
あたしは、今を生きる錬金術師として。
少しでも、その責任を取らないといけない。
少なくとも、手の届く範囲では。
無責任なことは出来なかった。
だけれども、どうしてもやはりスランプが響いてくるのが分かる。無言で調合を終えて。要求された薬を全て作り終える。
最近は新しい家を作るために、建材を作る事を頼まれることも多い。
少しずつ料金は取るようにしているが。
それでも、時々クラウディアに聞く王都の物価に比べると、些細なお金しか集まらない。
また、最近は学舎で子供達に基礎的な勉強を教えてもいる。
子供は相手が弱いと認識すると、大人同様すぐに舐めて掛かる。
そういう意味では、逆らったら何をされるか分からないと認識されているあたしは、教師に向いているのかも知れなかった。
荷車に物資を積んで。
一人で船を漕いで、クーケン島に戻る。
昔はこの作業一つをとっても、タオやレント、クラウディアがいて。とても楽しかったのに。
今は、時間によっては真っ暗になる海の上を。
一人で、無言で櫂を動かす。
そうなると、時々汽水湖であるエリプス湖に吸い込まれそうになる。
今では泳ぎも水も克服したけれど。
それでも、怖いと思う事は、まだある。
心細い。
まあ、こう言うときに心が弱い人は、男に依存してしまうのだろうが。
あたしは、一人で依って立つと決めている。
そのつもりは、なかった。
クーケン島に着くと、荷車を引いて、まずは医者のエドワードさんの所に。薬を納品しておく。
何人か、重症の患者などがいないかを聞いておくが。
今の時点では、それほど問題は無いようだった。
他にも、幾つかの場所を回る。
時間は容赦なく過ぎていく。
護り手。クーケン島の自警組織の詰め所に行く。
あたし達みんなの姉でもあるアガーテ姉さんは、今日も鋭い眼光で、皆の訓練を見ていた。
訓練の手を抜けば、簡単に死人が出る。
それが分かっているから、手を抜けないのである。
あたしが納品した剣や槍は、鋭く刃こぼれもまずしないということで好評だ。他にも必要とされる物資は幾らでもある。
先に納品しておく。
お薬は基本的に日持ちするようにしてあるから、すぐに尽きるような事もない。
これはエドワードさんの所も同じである。
有事には、あたしも最大戦力としてアガーテ姉さんとともに魔物と戦う。魔物だけではないこともある。
少し前に、与太者の集団がまたクーケン島に来た。
追い払おうとした所、案の定暴れ出したので。あたしとアガーテ姉さんで制圧した。
連中は、あたしの胸と尻しかみていなかったが。
叩きのめした後には、完全に魔物を見る目であたしを見ていた。
恐怖する其奴らの首領は各地で悪逆を重ねて来た連中らしく、首を刎ねた。
首を刎ねるのも、アガーテ姉さんは慣れたものだった。
他の奴らも、悪辣なのは首を刎ねて。
まだ罪が軽いものは、鞭で打って放逐した。
鞭は凄まじい速度が出て。文字通り肉を裂き場合によっては骨にも達する立派な凶器である。
鞭で打たれる度に、凄まじい絶叫を上げる与太者をみて。
他人を好き勝手に痛めつけてきた分際でと、本気で怒りを感じたが。
次に悪さをしたら、あたしが地の底まででも追っていって殺すと脅したら。
PTSDを発症していた。
それで、もう悪さはしないだろう。
悪党にはそれくらいでいいのだ。
幾つかの打ち合わせをした後、最後にバレンツ商会に。
ここの令嬢であるクラウディアは、今は王都アスラ・アム・バート近辺で仕事をしているらしい。
バレンツ商会の一翼を担う経営を任されているそうで。
既に会長であるルベルトさんの右腕と同じ立場だそうだ。
クラウディアは自分の活躍を盛ったりしないので、それで正しいのだろう。
商会に出向くと、無表情な有能メイドだった、今はクーケン島でのバレンツ商会の窓口をしているフロディアさんが出てくる。
この人は凄い腕利きである事は分かっているし。
この人の出身一族は、色々な有力者や貴族に嫁いで強力なコネによるネットワークを作っている事も分かっている。
何か闇が深そうだなと思うのだけれども。
普通に話している分には有能なメイドさんだ。
ただ、以前の与太者騒ぎの時には。
バレンツ商会に押し入ろうとした与太者を、文字通り一刀両断に切り伏せた事があった。
流石にアガーテ姉さんも、いきなり斬り捨てるなと苦言を呈したほどだった。
普段から凶暴というわけではないが。
いざとなったらいつでも抜き身の刃になる。
そういう怖さを持つ人である。
フロディアさんに、紙や建築用の接着剤、インゴットや反物を納品しておく。それだけで、島にお金が随分と流れ込む。
あたしは金を蓄えこまないで、使うように頼まれている。
勿論そうしている。
貯金はしているが、お金を島で使う事によって、島全体が豊かになるからだ。
勿論特定の誰かだけ金持ちになっても、第二第三のブルネン家が出て来てしまうだけだから。
何処でお金を使うかは、いつも考えていたが。
「品質はますます上がっていますね。 次も頼みます」
「はい。 よろしくお願いします」
一礼して、バレンツ商会を出る。
昔は来賓用の邸宅だったこの家も。今はすっかりバレンツ商会の支部だ。
此処の地下の水漏れを直したのが、最初の錬金術の仕事の一つだったな。
そう思うと、あの夏の日の事が思い出される。
もう夕暮れだ。
肌寒くなってきた。
魔術で熱遮断をして、それで家に帰る。
魔術も使っていないとすぐに衰える。元々魔術による湯沸かしは幼い頃からやっていたこともある。
あたしの固有魔術は熱操作と言うこともある。
こうやって常に使って。
なまくらにならないように、鍛えておかなければならなかった。
家に戻ると、母さんが小言を言いたそうな顔をしていたが。
家にお金を指定の分入れると。それ以上は何も言わなかった。
夕食にする。
それで、一日が終わる。
ベッドで横になって、げんなりして過ごす。
なんにも新しいものがない。
勿論自身の技術は磨いているし。力だって衰えていない。
だけれども、三年前のあの輝くような日は。
あの一夏の出来事は。
今でも、まぶしくて仕方が無い。
あの時は、本当に危なかった。色々と人間の業だってみた。異界でとんでもないフィルフサの大軍と正面決戦だってした。
だけれども、それはそれこれはこれだ。
やはり、冒険だった。
そしてその冒険は、熱く楽しかったのだ。
退屈だなあ。
そう思っていると、寝る少し前くらいに来客があった。
モリッツさんだった。
「ライザはいるかね」
「はい、随分と遅いですね」
半分は嫌みだ。
こんな時間に来るのは、モリッツさんとしてもあまり歓迎できない。
何よりも、モリッツさんはあたしに対して苦手意識があるようだ。
それはそうだろう。
この島で、水の利権を独占していたブルネン家にとっては。
あたしは文字通り、外来技術を振るってその大前提をひっくり返した張本人だ。
何よりも、島の英雄とされるブルネン家の先祖バルバトスの所業を暴き。
島がどれほど危険な代物か、暴いた存在でもある。
恐らくだが、モリッツさんもうすうす自分が猿山の大将に過ぎないことは気付いていたのだろう。
それでも、そうだと真っ正面から指摘されれば面白くない。
ましてや既になくなった女傑であった先代が、あたしとボオスをどうにかしてくっつけようとしていた節もある。
先代のブルネン家当主は、あたしをとても買っていたらしくて。
クーケン島の将来を背負うと、嬉しい事を言ってくれていたらしい。
ただ、モリッツさんには、あたしは相性が悪かった。
だから今でも、苦手意識が消えないのだろう。
咳払いすると、モリッツさんは何か取りだす。
光り輝く、両手で握って少し余るくらいの大きさのものだった。
「実はな。 こういうものが倉庫から出て来たんだ」
「宝石ですかこれ。 触ると暖かいですね」
「そうなんだよ……」
モリッツさんが、周囲を素早く見回す。
島の地下のこと。
得体が知れない設備がたくさんあって。
何よりも、使い潰されて殺された人達の亡骸が山のように積もっていたあの場所のこと。
今ではすっかりたくさんの亡骸を荼毘に付して、島の墓場に葬ったが。
それも、モリッツさんくらいの年齢だと、つい最近の事に思えるのだろう。
それ以来、モリッツさんは素直に先祖の偉業を信じられなくなり。
島の経営に、今まで以上に力を入れるようになっているようだ。
そうしないと、ブルネン家が危ない事を知っているのだろう。
なんでも、ボオスと何処かの令嬢を結婚させられないかと画策しているらしい。
ボオスがある女性に気があることは、今のあたしなら流石に分かるので。
これもなんだか空回りしているなと、遠い目で見てしまう。
そしてモリッツさんは憶病になった。
「これは島の宝の一つといってもいいんだが、最近磨いていたら暖かくなったり光るようになったり……」
「光るんですか」
「そ、そうなのだ……」
「はあ」
いずれにしても、触ってみて分かるのは。じんわりとした魔力を感じると言う事だ。
どうにも頭の回転が鈍っている気がする。
昔だったら、即座にこれについてどうすべきか思いついたように思うのに。
「すまん、調べてくれるか」
「分かりました。 最悪の場合は、錬金釜に放り込んでエーテルで分解しますよ」
「そ、それは困る」
「もしも乾きの悪魔の卵とかだったらどうします」
ひっと声を上げるモリッツさん。
モリッツさんにも、フィルフサ……乾きの悪魔の亡骸は見せている。それをみて、モリッツさんは腰を抜かすほどに動揺していた。
こんな化け物が、天文学的な数、すぐ近くにあふれかえる可能性があった。
それを知るだけで、恐怖で動揺するのは当然だっただろう。
こそこそと帰っていくモリッツさん。
その背中は小さくて、なんだかあたしは呆れていた。
側で溜息。
母さんだ。
「ライザ。 話を聞いていたけれど、また厄介ごとを抱え込んだみたいだね」
「母さん、大丈夫だよ。 もしも危険なものなら、すぐに処分するから」
「本当に気を付けるんだよ。 あんたの錬金術が凄いのはわかったけれど、あんた自身は危なっかしく思えるんだから」
ずっと母さんはそうだな。
そう思って、はいはいと応じておく。
いずれにしても、これの調査については資料がいるだろう。明日以降、本格的に取りかかる事にする。
タオやアンペルさんがいたら、速攻で正体が割れていたのかなあ。
そうあたしは思って。また一つ、憂鬱になるのだった。
三年ぶりに、またライザの冒険が始まろうとしています。
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