暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2   作:dwwyakata@2024

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2、魔法陣の守護者

タオの予想は当たった。

 

もっともどうでも良いだろうと思っていた地点に近付くほど、びりびりと嫌な予感がしてくる。

 

魔力量に裏付けられたあたしの勘は、生きるために必要なものだ。

 

それはなんとなく、ではなく。

 

近くに危険な存在がいることを示している。

 

あたし以上に勘が鋭いクリフォードさんは、完全に無言になっている。

 

これは、何かいるのは確定だろう。

 

砂漠の隅っこ。

 

岩石砂漠になっている地点の一角に、岩山がある。それほど大きな魔物が隠れられるようには思えないが。

 

それでも、非常に危険な気配が消えない。

 

あたしは、皆に注意を促しながら、進んでいた。

 

「いるよ」

 

「分かった。 それにしても、何が出てくるのやら……」

 

「友好的に済ませられればいいんだけれどね」

 

「……」

 

相手は、強い魔力でずっと此方を威嚇しているが。それでも引かないと判断すると、やがて姿を見せるつもりになったらしい。

 

岩山に突如罅が入る。

 

そして、内側から砕け散っていた。

 

即座に散開。

 

相手の出方を見る。

 

北の里の守護者だとすると、ある程度知能がある可能性は否定出来ない。

 

だが、もちろんのこと。

 

知能があったからと言って、戦いを避けられるかは分からない。

 

岩山が倒壊して、出て来たのは巨大な何かだ。

 

ちょっと形容できない。

 

蛸や烏賊の触手だろうか。一番近いのは。

 

だけれども、その吸盤がある地点に、多数の目がついている。

 

なるほど。

 

これは恐らくだが、ガーディアンなだけじゃない。

 

魔法陣を動かしている、生体装置だ。

 

「……、……」

 

何か、音が聞こえる。

 

相手がまだ仕掛けてきてこない。距離を取ったまま、様子を見守る。タオが、やがて反応していた。

 

タオの言葉を聞いて、相手も興味を示したらしい。

 

多数の目が、一斉にタオを見る。

 

パティは真っ青になって口を押さえたが、しっとあたしが声を掛ける。

 

タオはずっと何かの言葉を発し。

 

触手も、それに応じて何かの音声を返していた。

 

しばらく、それが続く。

 

コミュニケーションが取れている。

 

それを感じ取ることが出来て、一安心できたが。

 

まだ、それもどうなるかは分からない。

 

タオが冷や汗を流しながら、ずっと何かを話している。

 

それに対して、相手側も何かを応えている。

 

とにかく会話が早い。

 

だから、何が起きているのか、タオに確認も出来ない。最悪の事態に備えて、戦う準備をずっと整え続けるしかない。

 

一刻ほども続いただろうか。

 

やがて、タオが大きなため息をついた。相手が、ずるずると引っ込んでいく。

 

戦闘は避けられたのか。

 

いや、どうかはまだちょっと分からない。

 

一度、この地点を離れる。

 

どうやら縄張り意識が強い生体装置らしく、離れるとすぐにびりびり来ていた威圧感はなくなっていた。

 

水たまりまで移動する。クラウディアが、水たまりの内部に危険な魔物がいない事を確認。

 

それから、何があったのかを、タオに説明して貰う。

 

「タオ、じゃあ話してくれる」

 

「うん。 結論から言うと、あれが流砂の主で間違いない。 本人曰く、619年前から此処で仕事をしているみたい」

 

「本人!?」

 

「名前もあるようだったよ。 当時の言葉でいうと、数多の目という意味らしい」

 

数多の目、ね。

 

ともかく、話の続きを聞く。

 

あの魔物が話していたのは、この地方で昔使われていた言葉だそうだ。あたしは今まで遺跡調査の時、羅針盤で残留思念を直接覗いていたから、何を話していたかは理解出来たのだが。言葉については分かっていなかった。

 

タオはそれを聞き取り、発音できたと言う事だろう。

 

よくもまあ。

 

いてくれて、実に助かる。

 

「それで数多の目とやらとは何を話したんだ」

 

「僕達のことを、あの存在は知っていたよ。 どうも錬金術師を通すなという風に命令されていたらしくてね。 ずっと監視はしていたらしい」

 

「それはまた、厄介だな。 納得も出来るが」

 

「確かにね。 ただ、思ったより話は分かるかも知れない」

 

タオが言うには。

 

セリさんの事を、あの「数多の目」は認識していたそうだ。

 

オーリムのことを知っていた、と言う事になる。

 

ひょっとすると、だが。

 

「北の里」という独立勢力は、あたしが思っているよりも、ずっと強力な文明だったのかも知れない。

 

「「北の里」に作られた防衛装置である「数多の目」は、基本的に里を守る事だけを考えて、流砂で里を覆ったそうだ。 ただし、元々「北の里」の人間は、エンシェントドラゴンに知識を貰って作られた文明だとかで、色々他の人間の勢力よりも知識が多かったらしいんだ」

 

「エンシェントドラゴン……。 ひょっとすると、その個体がオーリムについて知っていたのかもしれないわね」

 

「そうだね。 ともかく、セリさんを見て、一度彼は攻撃を止めた。 ただ、「北の里」について通してくれるかという話については、また問題があってね」

 

まあ、それはそうだろう。

 

そもそも、そんなにあっさり通してくれたら苦労は無い。

 

最悪の場合、架橋して流砂を渡ろうと思っていたのだが。

 

随分面倒なのが出て来たな、と思う。

 

このままでは、恐らく通してはくれないだろう。

 

「「数多の目」は、二つ条件を出してきた。 両方クリア出来れば、北の里に通してくれるって」

 

「聞かせて」

 

「一つは古代クリント王国が滅亡した証」

 

「……それはまた、どうしたもんかな」

 

古代クリント王国は、五百年も前に消し飛んだ。

 

オーリムでフィルフサを無差別に増やした挙げ句、逆襲され。どうにか門の向こうに追い返すために、戦力の大半を喪失。

 

国力を一気に失って、そのまま滅亡に至った。

 

とされているが。

 

今まで見てきた情報を見る限り、やりたい放題に過ごしていた古代クリント王国が弱ったのを好機に。

 

迫害の限りを尽くされてきた人間達が、一斉に反旗を翻したのだろう。

 

結果として魔物に押され放題の時代が来たのは皮肉としか言えないが。

 

いずれにしても、古代クリント王国が善政を敷いていたのなら、こんな事にはならなかっただろう。

 

滅びたのは自業自得と言える。

 

「その証拠ってのは、どういうのがいいんだ。 五百年も前に吹っ飛んだ国なんて、滅亡をどう証明すればいい」

 

「それについては、僕に考えがある。 古代クリント王国が滅んだとき、生き残りの都市で一番大きかったのがアスラアムバート。 今の王都だって知っているだろ」

 

「ああ、それについては何回か聞いたな」

 

「クラウディア、こういうもの見た事ない?」

 

タオが図を書く。

 

クラウディアはじっと見ていたが。あっと、声を上げていた。

 

「これ……」

 

「古代クリント王国の王族の証である錫を象った紋章だよ。 国の紋章として彼方此方で使われていたんだ。 呪われた圧政国家の紋章で恨みを買っているから、彼方此方で散々壊されたし。 何より滅亡したときにロテスヴァッサ主導で前統一政権の権威を滅ぼすために徹底的に破壊されたって聞いてる。 でも、この錫の模様が刻まれたものって、彼方此方にあると思うんだ。 全てを破壊する余裕も、今の国家……ロテスヴァッサにはなかったからね」

 

「確か、ものすごく粗末に扱われているものが幾つかあったよ。 持ち込めば良いのかな」

 

「うん」

 

タオが頷く。

 

パティは、そんな印だったのかと、何度も頷きながらそれを見ていた。

 

次だ。

 

もう一つの条件が気になる。

 

「それで、もう一つの条件は」

 

「北の里を脅かす存在がいて、それを駆除して欲しいらしい」

 

「……北の里って、まだ人住んでるの?」

 

「いや、関係無いんだと思う。 北の里の住人は、多分もういないよ。 あの「数多の目」は、北の里にある封印を守る事だけが……目的なんだよ」

 

そうか。それは悲しい話だな。

 

いずれにしても、魔物だったら別にかまわないのだが。魔物では無いとタオは言うのだ。

 

その存在は、地下に住んでいるねずみの一種らしい。

 

ねずみか。

 

厄介だなと思う。

 

ねずみは非常に厄介な動物だ。病気を媒介するし、凄まじい勢いで増える。

 

実の所、このねずみをどうにか北の里に近づけないように、流砂を作り出しているくらいなのだとか。

 

更に言うと、強力な魔物を多数配置しているのも、古代クリント王国の人間を近寄らせないため。

 

ああ、なるほど。人為的な事だったのか。

 

ただ、タオが付け加える。

 

元々砂漠に呼び込まれた魔物は、これほどに凶悪ではなかったらしく。六百年の時を経て。極地に適応した結果が今らしい。

 

「ねずみは何処かに集まっていたりとかするの?」

 

「流砂の向こう側で、どうにか水場で食い止めているらしい。 元々は偶然流砂を渡った個体が増えていて、それで手に負えなくなっているそうでね」

 

「じゃあ、タオ。 明日クラウディアに例の紋章の入った粗末な品を用意して貰って、それを条件に流砂を渡して貰おう。 その後、ねずみ退治をどうにかするしかないだろうね」

 

「分かった。 それで交渉して見よう」

 

皆、異論はないらしい。

 

ねずみ退治か。

 

そうぼやいたのは、クリフォードさんである。だけれども、ねずみというのは考古学の大敵であるはず。

 

それに、ねずみに罪は無いとはいえ。

 

遺跡を荒らされ、封印を潰されでもしたら困る。

 

ねずみだってフィルフサが来たら、文字通りひとたまりもなく全て滅ぼされてしまうのだ。

 

「問題は、そんなガーディアンが困るほどのねずみだってことだよね。 もの凄く大きいとか、病気を持っているとか、そういうのなのかな」

 

「一応話には聞いているけれど、砂漠での生活に特化した普通のねずみみたいだよ。 問題は繁殖力が高いのと、遺跡の内部に天敵になる魔物がいない事なんだって」

 

「なるほどね……」

 

実の所。

 

家畜として飼うと、凄まじい勢いで増えて手に負えなくなる兎などは、野生ではそこまでの繁殖が不可能である。

 

それはねずみも同じ。

 

どうしてかというと、増えた分だけ死ぬからだ。

 

天敵が幾らでもいる。

 

人間など、ねずみの天敵としては下も下。実際問題、好き放題家の中を荒らされてしまうのだから。

 

実際のねずみの天敵は猫などよりも、むしろ中型の捕食動物で。こういう動物は、ねずみの上をあらゆる意味で行っていて、文字通りおやつに食べてしまう。ねずみと同じくらいのサイズになると、虫や蜘蛛なども、ねずみを補食するようだ。

 

人間が作り出すねずみ用の毒なんて、ねずみには大した脅威ではない。

 

幾つか案を考えるが。

 

まずは、クラウディアがブツを用意するのが先だ。

 

古代クリント王国なんて、既に破滅していて、誰も敬意なんて払っていない。それを示す事が出来ればいい。

 

幸い相手は意思疎通が出来る存在だ。

 

相手と利害の決着点を見つけられるのなら、戦闘を避けることは可能だし。

 

可能なら、そうするべきだとあたしは思う。

 

勿論、利害の一致があっても、許してはならない相手もいるだろうが。

 

今回はそうでは無い。

 

見た目は恐ろしいかも知れないが。

 

見た目で相手を判断しているようだから、人間はここまで勢力を落としたのだと言える。

 

あたしは、勢力を落とす原因となった古代クリント王国の人間や。

 

その後も反省している様子がない人間と、同じになるつもりはない。

 

砂漠からすぐに戻って、アトリエで解散。

 

あたしは幾つか考えながら、調合をする。

 

タオはパティと一緒にアトリエに残り、資料の整理。パティは資料の整理を、手際よくやれているようだ。

 

「ありがとうパティ。 その資料は、其方にお願い」

 

「分かりました。 タオさんの寮には入らなくなりつつあるんでしたよね」

 

「もう少し広い倉庫があればいいんだけれども、クラウディアの所はお金が掛かりそうなんだよね」

 

「分かります。 クラウディアさんは、商売人としてはものすごくしっかりされていますものね」

 

あたしもそう思う。

 

クラウディアは時々無邪気に喜んでいるが。

 

もう商人としてはいっぱしだ。

 

ただ、あたしに顔向け出来ないような商売はしないとも明言している。それだけで、あたしは安心できる。

 

あたしは調合を続ける。

 

タオが、タイミングを見て聞いてきた。

 

「それでライザ、どうするつもり?」

 

「ねずみの駆除だよね。 沼ヒドラのやり方を真似ようと思ってる」

 

「沼ヒドラ?」

 

「この辺りにはいないよね」

 

ヒドラは強力な魔物だが、此処で言う沼ヒドラというのは、それとは全く違う非常にちいさな生き物だ。

 

本来はもっとちいさな生き物だったらしいのだが。現在は犬くらいの大きさのものが存在している。

 

簡単に説明すると、沼の端に住んでいて、頭がたくさんある。この頭全てが触手になっていて、沼の側にいるちいさな生き物を補食するのだ。

 

これが、沼ヒドラと言われる存在だが。

 

今の時点では、人間に危険はない。

 

まあ手を出したら噛みつかれるかも知れないが、それは手を出す方が悪い。

 

あたしも遠征でちいさな集落を助けて回っているときとかに何度か目撃。面白い習性を持っていたので、研究したのだ。

 

「確かそれって……」

 

「そう。 生物には、異性とか、エサになる生物を誘引する奴がいるんだ。 音とかもそうだけど、臭いがよくその役割を果たすみたいだね」

 

危険な魔物になると。

 

人間の声を真似して、引き寄せて喰らうなんて奴がいるらしいけれども。

 

確かそれは、マンドレイクの一部の個体だけがやるらしく。しかも危険なので、生息域では徹底的な駆除が行われているらしい。

 

というわけで幸い、今の時点ではそれほど人類への脅威にはなっていない。

 

ただ、人間を何らかの方法で誘き寄せて喰らう魔物は存在していて。

 

その全てに対応できていないのもまた事実だ。

 

古代クリント王国以降、人間が此処まで衰退していなければ、こんな事にはならなかったのだろうが。

 

それもまあ、今言っても仕方がない。

 

沼ヒドラの内臓は、以前研究して内容を知っている。

 

後は、ねずみが好む臭いだ。

 

砂漠では、あらゆる肉がエサになる。

 

多分だけれども、砂漠に住んでいるねずみたちも、半分腐った肉をエサにしている筈である。

 

今回問題にしているのは流砂を超えてしまったねずみ。可哀想だが、駆除するしかない。少なくとも、封印が破壊されたら、どうなるか知れたものではないのである。

 

後は、砂漠で何度か倒した魔物の肉をエーテル内部で調整させる。

 

「ちょっと臭いが出るから気を付けて」

 

「うっ……」

 

「酷い臭いだけれども、砂漠で住んでる生物にはこれがごちそうに思える筈だよ。 すぐに食べないと、他の生物にとられてしまうし、大急ぎで来るだろうね」

 

後は、この臭いを増幅させる薬を作る。

 

腐敗した肉そのものは、凍らせて臭いを封じる。

 

臭いの増幅薬は、別に難しいものでもなんでもない。

 

香水は以前、クーケン島の妙齢の女性達に何度も頼まれているので、作るのは難しくもない。

 

調合を続けていると、臭いになれてきたらしいパティが、文句を言う。

 

「これは、戻った後洗濯をしないと……」

 

「魔物の血肉臓物なんて浴び慣れているのに、不思議な話だよねえ」

 

「それは確かにそうですけど……」

 

「まあ、清潔を保つのは悪い事じゃないよ。 ただ、数百年前の人間から見ると、僕達は不衛生極まりないみたいだけれどね」

 

タオが言うには、数百年前の衛生観念は今とは別物で、とにかくなんでもかんでも清潔第一だったらしい。

 

今でもある程度安定している集落だと、それなりに水を使って体を洗うし。

 

王都だと、公衆浴場を用いれば毎日風呂には入れるが。

 

そんなのは、あくまで人がいる場所。

 

場所によっては、一月に一度体を拭ければ良い方、なんて場所もある。

 

そういう場所で暮らしている人は、当然病気でばたばた死んでいく。そして人が減れば、それだけ魔物が攻勢に出る。

 

優秀な人間だけが世界を回している。所得が低い人間は社会のお荷物だったか。貴族の言い分は。

 

そんなものが大嘘だと言う事は。

 

彼方此方を回って衰退していく集落と、人が減ることで世界がどんどん破滅に近付いて行くことを見ているあたしが。

 

良く知っていた。

 

いずれにしても、そんな風な衛生は人間が多くて、社会がしっかり動いていて初めて実現できる事だ。

 

まあ、昔の人間があたし達を見たら。

 

不衛生だと馬鹿にするかも知れない。

 

どうでも良い話だ。

 

「それで、この腐った肉だとかを使って、ねずみを誘き寄せて、一網打尽にするんですね」

 

「正確にはこれを使って、更に罠を作るんだけれどね」

 

「罠」

 

「こういうの」

 

必要なのは複数の金属。それに「返し」だ。

 

ねずみは文字通り全滅させないと、あっと言う間に増えていく。それもあって、多分一日で処分するのは不可能だ。

 

だからこそに、幾つかの仕掛けを組み合わせ。

 

周囲のねずみを全部誘引して、片付けてしまう必要がある。

 

ただ問題として、他の魔物も近付く可能性があるから。

 

それはどうにかして追い払わないといけないが。

 

幾つか策を練っておく。

 

それらについても、タオと話して。

 

タオが現実的だと判断したものを採用。

 

パティはついていけないようで。

 

困惑し続けていた。

 

「ごめんなさい。 お二人の役に立てなくて」

 

「パティはこれからだよ。 戦闘でも今は充分役に立てているし、気にしないで」

 

「そう言って貰えると嬉しいですが」

 

「今後の人材を考えていない文明は衰退する。 それを僕は知ってる。 だから、パティが今後伸びてくれればそれだけで充分だよ。 とりあえず、此処から此処までは宿題にしておくから、家で片付けよう」

 

概ね終わったので、後は解散。

 

さて、本番は明日だ。

 

ねずみといっても、数が数。しかも砂漠に住んでいるような奴は、獰猛極まりないとみて良い。

 

油断すると、文字通り寄って集ってかみ殺されても不思議では無い。

 

気を付けなければならなかった。

 

 

 

翌朝。

 

クラウディアが持って来たのは、潰れた紋章がついた石畳だった。なるほど、古代クリント王国の紋章なんてもう誰も知らないから、これがついていた何か……多分門扉か何かだったものを、削りだして石畳にしていた訳だ。

 

しかも石畳が踏み続けられた結果、紋章も踏み砕かれたと。

 

誰も知らないうちに、古代クリント王国の「権威」とやらは此処まで落ち込んでいたという事なわけだ。

 

まあ、それもそうだろうなと思う。

 

「どう、タオくん」

 

「多分これで説得できると思う。 この紋章は、後から分かってきたんだけれども、最初から古代クリント王国が使っていたものじゃないんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「ええとね、古代クリント王国の資料は余り残っていないんだけれども、残っている資料を確認する限り、ライザが感応夢で見たみたいに、錬金術師が後から実権を乗っ取ったらしいんだよ」

 

それまでは、古代クリント王国は乱立する政権の一つに過ぎなかったのを。

 

錬金術師達が乗っ取る事で、強力な兵器とテクノロジーを手に入れたと。

 

タオも、古代クリント王国の錬金術師が、どうやって技術を手に入れたのかは分からないらしいが。

 

まあ錬金術師は才能の学問だ。

 

当時はまだ錬金術師がそれなりにいたし、人口も今の何十倍もいた。

 

だから、恐らくはどこかしらに天才が出現して。

 

それが、錬金術で好き放題したということなのだろう。

 

「この紋章は、錬金術師達が自分の権威としてもとの紋章から切り替えたものらしい。 反対する人間を皆殺しにしてね……」

 

「血なまぐさい話だな」

 

「彼等は技術を独占するだけじゃなくて、富も権力も知識も何もかもを独占しないと気が済まないほど欲深かったんだ。 だからオーリムにも侵攻して、元々拗らせていた万能感もあって好きかって出来ると思ったんだろうね」

 

「……」

 

セリさんの表情がどんどん険しくなる。

 

あたしは咳払いして、タオに促す。

 

タオも気付いて、何度か大きく咳払いしていた。

 

「いずれにしても、これは一発で古代クリント王国なんて権威も何もなくなったと分かる良い事例だよ。 有難う、クラウディア」

 

「どういたしまして。 ライザの方はどうにかなった?」

 

「うん。 とりあえず、土木工事はちょっとやらないといけないけれどね」

 

「なら、俺たちにも出番はありそうだな」

 

レントが腕まくりして見せるので、ボオスが呆れる。

 

ともかく、これでミーティングは終わりだ。

 

砂漠へ移動開始。

 

街道に出た辺りで、クラウディアが話してくれる。

 

「実は他にも、あの紋章が刻まれていて、粗末に扱われていた品は用意してあるの。 もしも必要だったら言ってね」

 

「分かった。 それにしても、石畳にされるなんてね」

 

「古代クリント王国時代の都市は、多くが廃墟になっているからね。 それらの廃墟から、盗賊やならずものが換金目的で持ち出したものは多くて、それらは王都でもかなり再利用されているんだよ」

 

「まあ、自業自得か」

 

己の権勢は永遠に続くと信じて疑わなかっただろう古代クリント王国の錬金術師達は、地獄で歯がみしているだろう。

 

連中には何一つ褒める所がない。

 

テクノロジーにしても神代のものを越えているわけでもない。

 

人口だって、古代クリント王国が増やしたわけでは無い。

 

挙げ句の果てに、際限ない欲望の果てに世界を二つ滅ぼしかけたのだ。

 

今、こうやって。

 

紋章を誰も知らず。

 

踏みつけにされていても、誰に対しても恨み言を述べる資格すらもない。

 

永遠に地獄で焼かれていろ。

 

そういう言葉しか出てこない。

 

街道から外れる寸前に、数人の戦士と出会った。率いているのは、例のメイドの一族の人間らしい。

 

カーティアさんとは着ている鎧が違う。

 

顔はみんな同じなので、殆ど見分けられない。

 

パティが敬礼すると、相手もそれを受けた。

 

カーティアさんよりも、だいぶ立場は下の戦士のようである。

 

「巡回ご苦労様です」

 

「此方こそ。 パトリツィア様は、今日も錬金術師殿と探索ですか」

 

「はい。 そんなところです」

 

敬礼をかわすと別れる。

 

戦士達が引いていた荷車には、倒された小型のラプトルが数体詰め込まれていた。あれらは城門まで戻ったら吊して捌いて、肉を皆で分けるのだろう。

 

戦士の給金はアーベルハイム家で改善を図っているらしいが、それでもどうしてもまだ高くは無い。

 

人口が多かった時代の事を王都はまだ引きずっていて。

 

人間はとんでもなく減っていると言う事を理解出来ていないように、貴重な魔物と戦える戦士を使い捨てか何かと勘違いしてしまっている。

 

故に、戦士達は採れた肉や皮などを提供すると喜ぶ。

 

給金の足しに出来るからだ。

 

ある程度年が行っても戦士として現役の人はいる。そういう人は、家族を養っている事もある。

 

そんな人達のために、あたし達が少しでも手助けできるなら。

 

するだけの事だ。

 

橋を抜けて、砂漠に出て。

 

そして、昨日あの触手のガーディアンと出会った場所にまで行く。

 

岩山は何事もなかったかのように復旧していた。

 

そして、タオが近付くと。

 

砂の下から、触手が一本だけ姿を見せる。

 

相変わらずたくさん目がついている。人によっては、見た瞬間受けつけないかも知れない。

 

「……、………」

 

「…、……」

 

会話の内容はわからないが。

 

やがてタオが促して、クラウディアが例の石畳を持っていく。触手は砂漠に置かれたそれをじっと見ていたが。

 

やがて、旺盛に何か喋り始めた。

 

タオが、それにしばし応えて、会話していたが。

 

突然、相手がげらげらと高い声で何か発したので、流石にあたしもちょっと驚いた。パティは真っ青になって硬直していたくらいである。

 

タオが笑ってると言った。

 

笑う、か。

 

このガーディアン、潰された石畳を見て、恨み重なる相手が滅びた事を理解した。それが出来る程度の高い知能を持っているんだな。

 

あの毒竜ですら、知能はあったようだが、会話できるほどではなかったのだが。

 

その分、北の里の技術力が高かったのかも知れない。

 

「話はついたよ。 一度水たまりに移動しよう」

 

「なんか笑ってたのはどうしたんだ」

 

「それも話すよ」

 

セリさんは、砂の下に、あの石畳を引きずり込んでいった触手のいた辺りをじっと見ていた。

 

古代クリント王国に並みならぬ怒りを持つ者同士だ。

 

或いは、シンパシィを感じたのかも知れない。

 

水たまりに移動。

 

途中、魔物と遭遇はしなかった。

 

というか、砂漠にいる大型の魔物は、あたし達をもう警戒しているようである。

 

知能もなく仕掛けて来るようなタイプのものはともかく。それらを全部返り討ちにしたのを、それぞれ見ていたからかも知れない。

 

こう言う場所で生きて行くには。

 

それなりに狡猾でないと無理、と言う事か。

 

水たまりに到着。

 

クラウディアが音魔術で安全を確認してから、皆で一度休む。

 

タオの説明を、これでゆっくり聞ける。

 

「それでタオ、どういう事があったんだ」

 

「あのガーディアンは大喜びしていたよ。 古代クリント王国は、北の里の住民と何度も諍いがあって、子供を人質にとって技術を要求してきたこともあったんだって」

 

「おいおい、どうしようもねえな……」

 

「知ってはいたけれども、本当に救いようがないわね」

 

クリフォードさんとセリさんがそれぞれに言う。

 

北の里は大きな被害を出して奪回作戦を実施。エンシェントドラゴンの助けもあって、それでなんとか人質を取り返したそうだが。

 

それ以降、古代クリント王国は、完全に敵となったそうだ。

 

そもそも、この地にあった国と手を結んだのも、その事件が切っ掛けであったらしい。

 

古代クリント王国よりはまだマシだったというのも理由の一つだが。

 

エンシェントドラゴンの指導により、フィルフサを此方に来させてはまずいと判断したのもあったようである。

 

そういう事情を聞くと。

 

あのガーディアンが警戒しているのも、納得が行く。

 

「ガーディアン「数多の目」は、そういう歴史を北の里の人間と一緒に見て来たんだって。 昔は北の里の人間と一緒に過ごす事も多くて、だから許せなかったって憤っていたよ」

 

「それで古代クリント王国が滅んで、喜んでいたのか」

 

「そうだね。 とにかく暗い笑いだった。 本当に、僕に話した以外にも、色々あったんだろうね」

 

そうか。それは悲しい話だ。

 

今後は、二度と同じような事が起きないようにしていかなければならないだろう。

 

そして、次だ。

 

地図を出すと、タオが説明してくれる。

 

「この辺りの流砂をとめてくれるらしい。 中州に位置する場所があって、其処にねずみが大繁殖しているから、どうにかしてくれと言われたよ」

 

「あれだけ巨大な触手なのに、ねずみに苦戦するのもおかしな話だな」

 

「何度か駆除を目論んでみたらしいけれども、ちょっとでも残るとあっと言う間に増えてしまうんだってさ」

 

「……準備はしてきた。 可哀想だけれど、さっさと駆除しよう」

 

皆で頷くと、休憩終了。

 

問題は、用意してきたトラップだけで、ねずみを駆除しきれるかどうか、だが。

 

それに関しても、幾つか準備はしてきてある。

 

ともかく、移動開始。

 

恐らく、これが最後の難関だ。

 

北の里に行くのに、最大の問題だったワイバーンは、ひょっとしたらだけれども。

 

あの触手のガーディアン、「数多の目」と常に連携していたのかも知れなかった。

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