暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2 作:dwwyakata@2024
まずは、其処をどうにかすることが。この危険な闇をどうにかすることだ。
ライザはそれを理解し、そして対応を行います。
既に歴戦の錬金術師らしい対応力が身につき始めていますが。
それでも全能ではないし、万能にも程遠いのです。
遺跡の心臓部に近付く。
命綱、よし。
念の為、橋の左右に皆は分散して貰った。足場が駄目になったときに、全滅するのを避ける為だ。
あの足場は流石にトラップではないと思いたいが。
それでも。最悪の事態に備えるのが、こう言うときの鉄則である。
クーケン島みたいに、地下空間が未完成で。
トラップ云々以前の状態だったら、楽だったのだろうが。
此処はそもそも、古代クリント王国とバリバリにやりあった場所だったのだ。
存在そのものが要塞であり。
現役の時代には、それこそアーミーが攻めこんでも、簡単に陥落させることは出来なかったのだろう。
動力を掲げる。
後は、炉が反応。
動力が、あたしの手を離れた。
吸い込まれるように、動力炉に飛んでいく。浮遊の技術については、ちょっとまだよく分からない。
特定の物質を使っているのか。
ドラゴンなどの一部の魔物が飛行に使う魔術を用いているのか。
残念ながら、それすら分からない。
世界の真理は遠いな。
そう思いながら、動力炉に吸い込まれていく動力を確認。興味を持ったらしい蝙蝠が飛んでくるが、悪さをする前にクラウディアが叩き落としていた。
文字通り、飲み込むようにして。
鼓動を続けている動力炉が、動力を飲み込む。ごくりという音がしたほどだった。あれはやっぱり生きている。
人間が下手に触れたりしたら、それこそ飲み込まれて栄養にされかねないな。
そう思いながら、さっと橋を降る。
しばしして。
鼓動の音が、一気に激しくなった。
同時に、遺跡全体に光が奔る。
文字通りの光景だ。
空間に血管でも巡っていたかのように。雲の中を雷が走り回るように。
真っ暗だった遺跡の中が、一気に光に満ちていく。
同時に、地鳴りが起き。橋が動き始めた。やはり、この遺跡も。クーケン島と同じように、最低限の必要機能だけを生かしていたのだ。
「こ、この灯り、どこから……」
「理屈は分からないけれども、今は身を守ることに専念して!」
「あぶねえ!」
レントが剣を振るって、落ちてきた瓦礫を粉砕する。遺跡が、目覚めようと全身を揺すっている。
飛び回る蝙蝠が悲鳴を上げている。
それらの幾つかは、落ちてきた瓦礫に潰されたり。
勢い余って動力炉に突っ込んで、そのまま吸収されてしまう。
恐ろしい光景だ。
幾つかの橋が、空中で合体して、思っていなかった形状になる。どれも骨に見えているが。
あたしは確認する。
どうも、地面も橋も、自分で光っている。
それだけじゃない。
天井部分は全部光っているとみていい。蝙蝠がパニックを起こして飛び回っているのも、それが理由だろう。
やがて、揺れが一段落する。
下の方も見えている。
まるで腐肉に集る蛆虫のように、大量のワームが蠢いている。
あれを始末するところからやらなければならないだろうが、かなり大きいのも散見される。
簡単ではないだろうな。
そう思うと、ちょっとげんなりした。
また、動力炉は以前とは比べものにならないほど、力強く鼓動している。
魔力が鼓動の度に周囲に波及しているほどだ。
セプトリエンで作った動力、本当に凄いな。
ただ、セプトリエンそのものが、今の時点では粗悪品しか獲得できない。それも、毎回苦労しながら、である。
少なくとも、王都くらいの規模の都市を食わせて行くには、とても足りないだろうし。
この遺跡だって、千年たったらまたはじめて来たときと同じくらいになる。
要するに、現状のセプトリエンでは。
これ以上の人類の飛躍には役立てられない。
そういうことだ。
まずは皆と合流。
タオが、大急ぎで地図を作り直している。
タオには声を掛けない方が良いだろう。一方。クリフォードさんは、地図をタオに任せて、自身は彼方此方を見回して、重要部分をチェックしているようだ。
タオとは連携もばっちりで、よく分からない専門用語をそれぞれに言い合っている。それで、タオがどんどん地図を更新させていく。
タオは目があまり良くなくて、今も眼鏡をしている。
それに対してクリフォードさんは、精密なブーメランの動作にも必須だからだろう。目はとてもいいようだ。
やがて、タオの地図作りも一段落する。
これで、やっと動ける。
「さて、まずはどうするかだね」
「ライザ、あの辺りなんだけれど、先に行きたいかな」
「ん? 彼処?」
「随分上の方ですね……」
パティが懸念の声を上げるが。それもそうだろう。
入口とは真逆の方の、天井に近い辺りだ。
今までは無視していたが、橋が復活した事もある。いけるようになった大地が存在している。
クリフォードさんによると、どうも何かの小屋みたいなのがあるらしい。
詰め所とかだとしたら、何か分かるかも知れない、ということだ。
確かに一利ある。
すぐに移動開始。橋はやはり一人ずつ渡るが。
橋を移動していて分かるが、足下が以前とは比べものにならないほど安定しているし、何よりも。
橋の左右に、魔力で作られた膜みたいなのが出来ていて、それが落下を防ぐための仕掛けになっている。
此処は想像以上に高度な技術で作られているんだな。
そう思ってあたしは感心した。
勿論欠損している場所もあるし。
あたし達が無理矢理修復した橋は、彼方此方でギシギシと軋んだ後、多少いびつに安定したようだが。
しかしまあ、これらは仕方が無い事だ。
まずは小屋に。
ちいさな小屋だが、当たりだ。
中には本棚があって、嬉々としてタオとクリフォードさんが飛びつく。
文字も読めているようである。
「此処は詰め所だったようだな。 戦士が当番制で、議事録を残していったようだ」
「それは助かるね。 何が起きたのか、ある程度分かる」
「少し時間が掛かる?」
「そうだね。 一刻くらいは欲しい」
クラウディアが頷くと、あたしに目配せ。
意外と好戦的だが、まあいいだろう。
ともかく、この高さ。敵は反撃しようがない。
そして今は、光がこの遺跡には満ちている。
だったら、やる事は一つ。決まっている。
あたしとクラウディアは、遠距離制圧を得意としている。勿論、危ない場面が来る可能性もある。
だからレントとパティ、セリさんには周囲を警戒して貰う。
そして、高所から。
下に蠢いているワームの群れに、一斉攻撃を開始。
あたしの熱槍とクラウディアの矢が、次々とワームの群れを射すくめていく。爆ぜ割れる多数のワーム。
下に何があるか分からない程の数が群れている。
今のうちに間引いておかないと、そもそも後で苦労する事になる。
クラウディアの矢は兎に角正確極まりなく、凄まじい制度で大型のワームから順番に撃ち抜いて行く。
あたしは逆に、広域をおおざっぱに制圧して行く。
その気になればもっと丁寧に射撃出来るのだが。今は遺跡の構造体と、とくに橋を破壊しなければいい。
ワームは突如空から襲ってきた攻撃に右往左往。
かなり巨大なワームもいたが、クラウディアが連射するバリスタみたいな巨大な矢には為す術がなく、容赦なく討ち取られていく。
凄い臭いが此処まで漂って来る。
一部のワームは身を隠そうとしているが、ともかく大混雑していて、逃げるに逃げられないようだ。
「下の地面が見えてきた。 色々あるようだけれど……ワームの死体と糞で、滅茶苦茶みたいだね」
「そ、そこに降りるんですか」
「蝙蝠がたくさんいる時点で覚悟はしないと」
パティに言いながら、あたしは更に火力投射。
ただ。このままやり続けると、空気が無くなるかも知れない。
熱槍を、熱から冷気に切り替える。
消耗はもう少し大きくなるが、これも仕方が無いと言えば仕方が無い。
後、空気の入れ換えが必要になるだろうな。
そう思って、射撃を続けていると。
不意に、遺跡全体が激しく振動した。
ごっと、風が吹き込んでくる。
レントが小屋を大きな体を使って守る。あたしも、上を見た。
一部の天井が裂けている。
其処から、空気が出し入れされているようだ。凄まじい出力で、下にあるワームの死骸が浮き上がるほどである。
「まずい、何かに掴まれ!」
「壁際に!」
「植物を出すわ。 それに捕まって!」
セリさんが、地面に手をつくと、わっと蔦が辺りに拡がる。
攻撃は一旦停止だ。
皆で壁際に駆け寄り、蔦に捕まる。小屋は風の影響を殆ど受けていないようである。これはどういう仕組みなのか。
何度か、遺跡そのものが呼吸する。
なるほど、これは文字通り、人工的に作った竜なんだな。
その体内に、今いるんだ。
そう思って、あたしは生唾を飲み込んでいた。
天井に裂け目が出来て、それで何回か遺跡が呼吸して。
文字通りからだが浮き上がりそうになる程の風が出たり入ったりして。やっと、静かになる。
とっさに荷車は小屋の中に入れたので無事。
どういう仕組みなのかは分からない。
遺跡の内部にある多数の橋も、彼方此方にある構造体も、全て無事なようだが。
これは、派手な戦闘は避けた方が良いかも知れない。
そうあたしは思う。
「タオ、クリフォードさん! 無事か!」
「こっちは無事だ。 タオは今、完全に入っていやがる」
「そうか。 相変わらずだな……」
「大丈夫、聞こえてはいるよ。 本当に危険そうなら、無理にでも連れ出して」
タオがそんな風に答える。
クラウディアは大きなため息をついた。
無言で、下を見る。
ワームは壊滅状態だ。元々危険になりそうな大きいのは、クラウディアとあたしで優先的に撃ち抜いていたが。
まさかこんな危険な場所に住んでいたなんて、思ってもいなかったのだろう。
今まで我が物顔に占拠していた地底の闇から、逃げだそうと右往左往としている。
だけれども、どうにもできないようで。
色々な意味で哀れだった。
それに、だ。
傷もないのに死んでいるワームが結構いる。
さっきの飽和攻撃で、空気が駄目になった瞬間に死んだ者達だろう。
空気が悪くなると、生物ってのは簡単に死ぬ。
例えばだけれども、あのゴキブリ。ゴキブリは。体の表面の脂を呼吸に使っているらしいのだ。
その脂を石鹸とかで分解してやると、ゴキブリは。あのあまりにもしぶとい、毒にもどんどん耐性をつけていく恐ろしい虫が。
あっさり、こてんと死んでしまうのである。
これは三年前に、アンペルさんの残していった本を見て、実際に試してみて。それで驚いた。
その後は、ゴキブリ退治用の、石鹸の濃度を上げ。更に噴射できるようにしたものを作って、それぞれの家に配った。
ゴキブリを退治できるというので大変好評だったが。
そもそも噴き出しているのは石鹸なので。
食器を洗うのとか、壁とか床とかを綺麗にするのとかで使う人も多くて。そういうものなのかと、あたしは驚かされたっけ。
ともかく、遺跡が呼吸したことで、下の階層の空気ももう大丈夫な筈。
というかこの遺跡。
空気が悪くなっていることを察して、今の呼吸をしたのか。
だとすると、ますます理解出来ないレベルのテクノロジーだ。とにかく、まだまだ勉強がいるな。
そう、あたしは自省する。
「よし、ある程度目星はついた。 一度、この本棚を持ち帰ろう」
「そうなると今日の探索は一度切り上げるのかライザ」
「そうだね。 今の時点で、遺跡に色々起こりすぎているし、未知の機能も今後起動する可能性が高い。 今後何か恐ろしい事が起きる可能性もあるから、一度遺跡からは出ておこう」
「賛成……」
セリさんがぼやく。
さっきの遺跡そのものが呼吸する光景は、セリさんから見ても驚きだったのだろう。
ともかく、遺跡を出て、そして「数多の目」を呼び出し。今日は早めに引き上げる事とする。
数多の目と、流砂を渡る時にタオが話をしていた。
そういえば、流砂も以前より動きが激しくなっている気がする。
この砂漠の仕組みも、或いはあの動力炉が関与していたのだとすれば。
本当に、砂の中にエンシェントドラゴンが埋まっていて。
それが古代クリント王国と戦っていた。
それくらい、恐ろしい状態だったのかも知れなかった。
昼少し過ぎにアトリエに到着。一度解散する。
タオとクリフォードさんは、持ち帰った本の解読をそのまま開始。パティは授業を受けてくると言って、少し名残惜しそうだったがアトリエを後にした。
クラウディアは、料理を持って来てくれる。
あたしの世話をしてくれていると言うよりも、この封印を巡る戦いが、文字通り世界の命運を賭けているものだと理解しているからだろう。
あたしも、ありがたく昼食をいただく。
サンドイッチやらだけれども、ちゃんとおいしい。
あたしは、爆弾や薬を淡々と調合。
更には、それが終わった時点で、畑に出向く。
カサンドラさんが、見せてくれる。
あたしと話し合って、肥料を散々工夫して。どうやらやっと出来たらしい。
アーベルハイムに貰っていた、育成を頼むと言われていた作物。
見ると、中々に豪快に育っている。
配色もなかなかに豪快な果物だ。
「どうだい。 育ち始めたら一週間も掛からずにこうだよ。 或いは隣でセリさんが、色々やっていたからかもね」
「味はどうでした?」
「食べて見て」
頷くと、早速いただく。
なんというか、刺激的な味だ。甘いだけではなく酸っぱくて、苦みもあるけれども。全体的には溶けるように甘い。
何よりもいいのが、変な臭いがないということだ。
果汁もとても刺激的で、ジュースにもパイにしても良さそうである。
ミラクルフルーツと名付けるそうだが。
確かにコレはミラクルだ。
ただ、まだやはり栽培が確立していない。現在出来たものに関してはアーベルハイムに納品するそうだが。
量産には当面掛かると言う。
「いずれにしても、最初に上手く行ったのはアンタのおかげだよ、ライザ」
「ありがとうございます。 ただ……」
「分かってる。 多分これは、ライザの肥料と、セリさんがその畑で色々やっていた結果だろうね。 だけれども、少しずつ分かってもきた。 後何年かしたら、このミラクルフルーツを、王都でたくさん作れるようにして見せるよ」
そうか、それは頼もしい。
しばし、目を細めて、周囲を見る。
農業区は、落ちこぼれが行く所。
そういう変なレッテルが王都ではあるが。
それも、このミラクルフルーツが流通したら、変わる。
この酷い荒れ放題の畑だらけの土地も。
きっと、皆が耕す美しい畑に変わる。
そう思えば、あたしが手伝ったことは、きっと意味がある。
「あたしが作る肥料を、バレンツに今後納品します。 カサンドラさんの所に行くように、手配もしておきます」
「ありがとうライザ。 こっちからもミラクルフルーツが量産出来るようになったら、送ろうと思う」
「……はい」
多分、何年も後になる。
その時には、あたしは。
或いは、もう人間ではなくなっているかも知れない。
今ですら、あたしは人間の考えからどんどん外れている事を自覚している。この頭に掛かってるもやみたいなのが外れて。スランプが終わったら。
きっとあたしは更に飛躍する。
その時には、あたしは。
ふうと息を吐くと、ここに来た目的を果たすことにする。
病気に罹った作物はないか。
そう確認すると、すぐにカサンドラさんは渡してくれた。良い感じだ。後は傷んでいる土もほしい。
様々な病気を採りだして、エーテルの中でミックスして、凶悪な毒に造り替える。
フィルフサは土を自分の領域に変えてしまう。
王種を倒して、将軍も全部潰せば、その辺りからは基本的に離散してしまうが。それも何百年かすれば、また土からあふれ出すだろう。
それを防ぐためには、土を全部一度洗い流すか。
もしくは、「フィルフサの母胎」となっている状態を、浄化できる植物と水で変えてしまうしかない。
しばし、採集を続けて。
傷んでいる野菜や土を充分に回収すると、アトリエに戻る。
途中、レントとボオスが剣の訓練をしているのが見えた。
空いた時間に、というところか。
手をかざして見ていると、ボオスは長めの長剣と、短めの長剣を使った二刀流で攻めているようだ。
二刀流は確かに格好良いのだが。
そもそもどうして一刀流より主流にならないか、という時点で実用性が知れている。
ただ、手数は増やせる。
魔物相手に、例えば武器に毒なり何かしらの魔術を掛けて戦うのであれば、手数が多い二刀流はありだろう。
また、軽装の人間相手だったら、二刀流はありだ。
ボオスなりに考えての事だろう。だったら、あたしは口を出すつもりはない。
そのままアトリエに戻る。
荷車の異臭に気付いたのか、タオが眉をひそめたが。あたしはそのまま調合を開始する。
そのまま夕方まで、調合を続けていると、パティが戻って来た。
授業を受けてきて、それで宿題が出たので、此処でやると言う事だ。
タオも、一通り解読が終わったらしい。
パティの勉強を見始める。
クリフォードさんは、ソファを貸してくれというと、横になる。
頭をフルに使ったのだ。
それは、疲れているだろう。
内容についての説明は、後でミーティングの時にする。そう言われた。まあ、あたしとしてもそれで異存はない。
黙々と「毒」を調合していく。こいつだったら、畑にまけば一瞬でその畑を終わらせることが出来るだろう。
それくらい凶悪な代物だが。
それに打ち勝てないくらいでは、フィルフサの母胎を書き換えること何て、とても無理なのだ。
やがて、皆が来始める。
ミーティングの時間だ。
「ライザさん、またなんだか嫌な臭いがするんですけれど、何を作っているんですか」
「毒」
「えっ……」
「ちょっと訳ありでね。 大丈夫。 良いことにしか使わないから」
もう少しで出来るか。
だが、今日はミーティングをして、それで仕上げてしまった方が良いだろう。
まずは、ボオスも交えて順番に話を始める。
最初に挙手したのはタオだった。
「遺跡の入口にあった建物の中にあった本を解読して、ある程度の事は分かったよ。 あれは案の定、番をしていた戦士達……小規模だけれどアーミーだったらしいけれど、その記録だった」
「こまめだな。 いちいち日記をつけていたのか」
「いや、どうも業務記録的なものであるらしいぜ」
「業務記録……」
パティが顔を上げる。
なんでも、今アーベルハイムでも、戦士達の組織化を考えているらしい。
今まで、戦士を大規模にまとめる事はなく。魔物を退治するときも、ある程度の戦士をその場でやとって戦場に出ていたそうだ。
そういう状況を打開するために、今考えているのが記録らしい。
戦士達が専業戦士となって、街を守るとき。
するべき事は、記録だそうである。
よくあたしには分からないが。
ただ、クラウディアと文通をしていた三年の手紙はとってあるし、それはあたしの中で歴史になっている。
たまにクラウディアは愚痴を言ったりもするが、どういう所で仕事をしたとか、そういう話も多かったな。
少し、分かった気がする。
「ともかく、業務記録が有用だったんだな。 それで内容はどうなってるんだ」
「うん。 まずあの「北の里」は、やはりエンシェントドラゴンとともにあった場所みたいだね。 エンシェントドラゴンが里の長を務めていて、古くから里の指導者として知恵を授け、方針も決めていたらしいよ」
「ドラゴンの里か……」
「名前はちょっと今の言葉だと発音しづらいけれどね。 それで、そのエンシェントドラゴンの指示で、一時期から里を地下に移しはじめて、百年くらいかけて地下要塞にしたんだって」
ふむ、そうか。
エンシェントドラゴンの判断は正しい。
あの砂漠の鉄壁の要塞と、そもそも攻める戦略的価値が低いから、古代クリント王国は攻めきれなかった。
それについてはよく分かる。
タオは続けた。
「封印の作業の件についても戦士達の記録があった。 不平が多かった、だってさ」
「まあ、ただでさえ元々一枚岩じゃない雰囲気はあったもんな」
「ライザの残留思念調査でそうなっていたよね。 僕も記録を確認して見たんだけれども、どうやら「北の里」の戦士達の間でも、封印を作る作業については良く思っていなかったらしくて。 その最大の理由が、エンシェントドラゴンの命を削るから、だったみたいなんだ」
「えっ……」
あたしは思わず声を出していた。
それだけ、ドラゴンが尊敬されていたのか。
今では、エンシェントドラゴンは完全に暴威の象徴。ドラゴンだって似たようなものである。
魔物が完全に人間の敵になる前は。
或いは精霊王と似たような形で。
人間と上手くやれている魔物は、ずっと多かったのかも知れない。
もしもそうだったとすると。
あたしは、それについては、考えてしまう。
「龍神様と北の里の人間はエンシェントドラゴンを呼んでいてね。 子供の名前とかも、全部つけて貰っていたらしいんだ。 子供の頃に、的確にものを教わるのも全てドラゴンからだったらしくてね」
「確かにそれだと、里の指導者を超えて、集落全員の親だな……」
「それだけ人間に友好的なドラゴンがいたなんて……」
「今だととても信じられねえな」
クリフォードさんもぼやく。
皆驚いている様子だが、セリさんだけは冷静だった。
「やはり、古代クリント王国の破綻と同時に、此方の世界ではドラゴンとの関係も一変したようね。 いや、古代クリント王国の覇権と同時かしらね」
「オーリムだとだいぶ違うの?」
「ドラゴンが力強い獣であるのは事実だけれども、彼等は基本的に高い知恵を育つとともに獲得していく、場合によっては氏族と連携して生きる事もある生物よ。 人間とそこまで親しい存在はオーリムでも珍しいけれども、死を間近にした老齢個体だったらあるのかも知れないわね」
「よくある、孫が出来た途端甘甘になる頑固お爺さんみたいな?」
セリさんは小首を傾げる。
ちょっと表現がわかりにくかったか。
咳払いすると、タオが続けた。
「ここからが大事なんだけれども。 「北の里」は、地下に潜ってからは三つのエリアに里を分けたらしい。 一つは今僕達が探索している場所。 ここは戦闘で、敵に侵入されたときに使うものだったらしいね」
「なるほど、やはり死地だったんだな」
「元々は、里の人間の操作で、橋を自由に上げ下げ出来たみたいだよ。 だから侵入してきた敵を、簡単に片付けられると」
「……なるほどね」
確かにあの橋、例えば誰か渡っているときにぐるんとかひっくり返されたら、それだけで全滅させられる。
あの高さから落ちたら。
古代クリント王国の技術で固めたアーミーだろうが、文字通りひとたまりもなかったことだろう。
要塞は基本的に相手を入れない作りにするか、相手に入られても平気な作りにするかの二択だったらしいが。
あの北の里は、砂漠という強大な外堀に加え。
内部にも、強力な仕掛けを作っていた、というわけだ。
ただ、生活はしづらかったのでは無いかとも思う。
「もう一つの区画は、多分一番下の層だね。 あの辺りは、本来は人が暮らしていた場所らしいんだ」
「でも今は、ワームだらけだったよね」
「最後の方の日記にあったぜ。 エンシェントドラゴンを失って、里は大混乱。 動力や知恵よりも、里の人間はエンシェントドラゴンに判断の殆どをゆだねていたらしい。 結果血を見るまで争ったらしくてな。 最終的には実験用に仕入れたワームを放って、里を放棄したらしい」
「そういうことか……」
エンシェントドラゴンが死んだ。
それが里を放棄する切っ掛けになった。
それは分かっていたが。いくら何でも無惨すぎる最後だ。
確かに人間は、判断をゆだねられるのならゆだねてしまうのだな。そう思って、慄然とする。
人間を遙かに超える力と知恵を持つエンシェントドラゴンは、里の人間にとっては親も同然だったのだが。
親以上に、神に近かった訳だ。
それで、全てが瓦解した。
瓦解しても、最後の力を振り絞って。封印を守るために、仕掛けを残した上で、ついでにワームも撒いておいたと。
思い入れのある家を魔物だらけにするのは心苦しかったのではないかなとあたしは思って。
それ以上に、エンシェントドラゴンに全てをゆだねていた愚かしさと意思の弱さ。
何よりも、人間を結局は甘やかしてしまったエンシェントドラゴンの判断ミス。
エンシェントドラゴンは。死ぬ際に恐らくはこの先どうなるかが理解出来ていて。とても悲しかっただろうと思って。
やりきれないと感じた。
仮に神がいて。
それが慈悲に満ちた存在だったとしても。
その神が終わる時には。
人間はこんな風になるのだろうと思うと、慄然とする。
何よりも、結局「北の里」も理想郷などではなく。
理想的な指導者が出た結果、その存在に甘えきってしまい。
理想的な指導者が出す指示がミスをしなかっただけで、結局根本的には古代クリント王国と大して変わらなかった。
それを理解してしまったから、あたしは大きな溜息が出る。
心の中に、深い深い穴が出来はじめている。
穴は周囲に罅を生じさせ始める。
あたしは、確実に変質し始めている。
「ライザさん……」
「ごめんパティ。 少し……静かにして」
「……」
やっぱり、このままでは人間はダメなんだ。
それは確信できた。
人間に一人一人説教するとか、そんなのは論外だ。何かしらの方法で、品種改良でもするしかないだろう。
仮に、今の時代を好転させて。
魔物に押され放題の悪夢と衰退の時代を終わらせることが出来たとしても。
どうせまた、人間はオーリムをはじめとする他の世界に迷惑を掛けるだろう。
そして迷惑を掛ける行為を、「淘汰圧が」だの、「生物としての本能が」だのというような屁理屈で誤魔化し。
大量虐殺を肯定する。
それが許されるのは動物まで。仮にも知的生命体を名乗る存在が、それをすることは許されない。
畑にある作物が、生物的に弱いと言う理由で、畑に害虫を大量に撒いて全滅させる行動は正しいだろうか。
そのくらいは、人間は考える知能が今後必要になってくる。
リアリストを口にする人間が、リアリストとは程遠い事を考えると。
やはり。人間世界には魔王が必要だ。
そういう結論にあたしは至る。
顔を上げる。
何かが。決定的に変わったかも知れない。勿論、今までと同様に、やるべき事はやっていく。
手が届く範囲は助ける。
悪を許さない。
それは変わらない。
だけれども、もしもこれからオーリムに侵攻して資源を略奪しようとか考えている輩がいたら。
それが人間と、それが率いる国家であろうと。
あたしは皆殺しにする。
それについては、もう考えが決まっていた。
「うん、もう大丈夫。 さ、ミーティングを続けよう」
あたしは。
不意に頭が冴えるのを感じた。
ずっと鈍い感触があったのだが、それが綺麗に消え失せたように思う。
ついに、あたしは。
スランプを脱したようだった。
スランプ終わり(無慈悲)
ライザは余所から掛けられていたセーフティを、強引に力尽くで外しました。
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