暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2 作:dwwyakata@2024
そこで待ち受けていたのは。
遺跡を作りあげたエンシェントドラゴンの亡骸。
そして文字通りの「死に証人」でした。
序、文明の墓場
遺跡「北の里」の最深部に足を踏み入れる。今までと露骨に違う場所に来た。
明らかに研究施設だ。
中央にはプールみたいなものがある。そして、建物があるが、いずれも住居とは思えなかった。
タオが目の色を変える。
ただ、あたしはその前に。
プールの側にある、大きな亡骸をみていた。
恐らく、荼毘にだけふしたのだろう。
大きさは、あたしが知っているドラゴンと、それほど変わらない。一回りくらい大きいだけだろうか。
間違いない。
あれこそが、エンシェントドラゴンの亡骸。
この里の事実上の長だった存在の、成れの果てだ。
まずは黙祷する。
住んでいた人間はともかく、あのエンシェントドラゴンは間違いなく立派な存在だったとみて良い。
そして、周囲を丁寧に探査する。
封印は見当たらない。
ということは、簡単には此処でも封印にはたどり着けない、ということか。
「資料はありそう?」
「ダメだ。 徹底的に引き払われてる」
「そうなると、羅針盤の出番だねこれは」
「まずは遺跡の入口に戻って、そこからかな」
クラウディアの言う通りだ。
頷くと、あたしは皆を促して、此処を出る。この研究スペースは、このままだと多分何も分からない。
この羅針盤で、残留思念を読む必要がある。
遺跡の入口まで戻る。
今はすっかり灯りも戻った。遺跡の呼吸も、前に比べてずっと穏やかになって来ているのが分かる。
此処は墓所だ。
決して馬鹿にする事なかれ。
決して踏みにじる事なかれ。
それを何度も自身に言い聞かせて。
あたしは、羅針盤を開いていた。
人が、辺りに見える。
今と違って、橋もずっと綺麗である。行き交っている人間には、幼い子供もいるようである。
やはり此処は。
ちゃんとした集落だったのだ。
それが分かって、あたしは何とも言えない気持ちになる。
住んでいる人達は、元々は砂漠の地上に住んでいたからだろう。
肌が若干浅黒く。
また、王都の人に比べて、少し屈強なように見えた。
服装も薄着が目立つのは。
直射がきつい場所に住んでいたから、かも知れない。
今、生きている人間はかなり限られてきている。古代クリント王国の破綻の後、人口は数十分の一にまで減ったからである。
昔は人間と一口に言っても、色々な肌の色目の色の人間がいたらしいのだが。
今ではその多様性はかなり薄まってしまっているのが事実だ。
肌がかなり浅黒い人々はいるが。
昔は肌の色にしても、もっと多様だったらしい。
大量に死んで。
生き残りも少ない今は。
ただ、色々な人が珍しい。そういうことだ。
「どう、ライザ」
「人々は見える。 だいぶ……王都の人達と違うね」
「声は聞こえる?」
「ちょっとこの辺りだと印象的な声は聞こえない。 全域を歩き回らないと……」
そう、ここからが一番危ないのだ。
パティがあたしの側についたようだ。
それで良いかも知れない。
ともかく、徹底的に隅々まで調べていく。人々は笑顔で会話していたり。或いは不安そうにしていたり。
子供はどこでも元気そうだが。
あまり情報は得られそうにない。
残留思念は、あくまで残留思念だ。
こういう所では、具体的な話をしている大人の残留思念を拾わなければならない。
聞こえてくる。
どうやら警備の戦士……或いはアーミーだろうか。それらの顔役らしい威厳のある戦士と、その部下らしい人が話していた。
「南の国はもう死に体のようだな。 これではクリント王国の攻撃を防ぐのは、流石に厳しいだろう」
「封印の隠蔽を急がないといけませんね」
「例の魔女殿は良くやってくれた。 後は技術者達だが……まだクリント王国とフィルフサを戦わせられないかと考えているようだな」
「愚かな話です。 あんなものをこの世界に招き入れたら、それこそ一瞬で世界が滅ぼされてしまうでしょうに」
そうか。
この里でもやっぱり、色々と愚かな人はいたんだな。
人間は数が集まると非常に愚かしくなる。
それはこれだけ技術が進んでいる里でも同じ。
あたしは、やはりこれは。
何かしらの方法で、少なくとも人間の手に余る技術は管理する必要があるなと感じるのだった。
そしてその管理は、属人的なやり方ではダメだ。
絶対に欲望のまま、世界を滅茶苦茶にする奴が出てくる筈だ。
だからあたしは、人間を止める必要があるだろう。
それについては、もう決めたことだ。
だから、なんとも思わない。
「魔女様だ!」
見えた。
体が弱そうな女性だ。
この人が、くだんの「不死の魔女」か。
前にも見かけたが、今回は随分とはっきり見えている。
そうか、この人が。
そう思って、ぼんやり見守る。
善人とは言い難い。
そもそも、封印の魔石の製造方法を考えると、頭のネジが飛んでいたのも確実とみて良いだろう。
だけれども、この人がいたからこそ。
封印は作られ、世界だって守られたわけだ。
不思議な話である。
何度も咳をする魔女。
随分と細い女性だ。亜麻色の髪も、短く切りそろえている。これは恐らくだけれども。もう長い髪を手入れする余裕も無いのだ。
これは、死期が近いと言う事なのだろう。
白衣の技術者達とともに、話をしている。声も、今回は今までで一番はっきり聞こえている。
「封印の様子はどうですか」
「完全に機能しています。 例の洞窟は水を流し込み、幻惑を用い、更に今欺瞞化工作をしています」
「よろしい。 多くの戦士を失いましたが、それでもこれでどうにか報いる事が出来るでしょう」
激しく咳き込む魔女。
大量の血を吐いたようだった。
近付いても、側で見られるわけではない。
羅針盤は、あくまで残留思念を取り込んでいるものである。
だから、本来こういう発音で喋っていたのではないのだ。
ただ、思考が伝わって来ているだけ。
本来は、もっと回りくどい会話をしていた可能性だって低くは無い。
「魔女様!」
「もう私は長くはありません。 もともと無理に延命を続けて来たのです。 それに、最後に連れ合うと言ってくれる人も見つけました。 それが哀れみであっても、私はもう運命を受け入れる事は怖くありません」
「……」
「欺瞞化工作を急いでください。 クリント王国にやがて南の国は蹂躙されます。 その時に門の在処についてばれると、恐らくは大変な事態になるでしょう。 クリント王国は門の研究をしていて、既に複数の門を抑えているという話ですが。 それでも、一つでもあのけだものどもの手に渡る門は少ない方がいいのです。 フィルフサが侵攻をして来ている門となればなおさらです」
残留思念が消えた。
また、別の残留思念が浮かんでくる。
これは、恐らく不死の魔女が死んだ後の話だ。
不死の魔女が死ぬというのもおかしな話だが。
元々アンチエイジング、それも己の才能の限界での話だったのだろう。それを用いて無理に延命していただけ。
普通の人間より若い見た目で長生きしたと言うだけで。
あくまで他称。
自称で不死と名乗っていたわけではないのだろう。
話し合っているのは、アーミーの人間と、里の高官らしい。
後ろ暗い話を、二人はしていた。
「魔女も龍神様も亡くなられた。 ともかく、此処を離れる準備をしなくてはな」
「南の国は既に蹂躙されたようだ。 クリント王国の先遣隊も既に来ている。 戦闘は避けられないだろう」
「一度大敗を味あわせてやったからな。 ムキになっているはずだ。 ……一部の連中はクリント王国に降伏して、情報を手に厚遇を目論んでいるようだ。 君の方で、それらは消してくれるか」
「分かりました」
戦士の長らしい人が頷く。
そうか、そういうことになったのか。
まあ、この状況だ。
クリント王国に門の情報を手土産に降伏して、命を長らえようと考える人間がいてもおかしくはない。
それらが殺されたのは、間違いが無いことだった。
橋を降りて、地下に行く。
殺し合いが起きている。
この里の人間同士でのことだろう。
追い詰められて。足場の一部で次々と殺戮されている人間達。白衣のものも、戦士達もいるが。
どうやら追い詰められているのは、クリント王国に降伏しようと考えている連中だった。
「俺たちは死にたくないだけだ!」
「世界が滅びるかもしれない瀬戸際なんだぞ!」
「しるかそんなもの! 俺たちさえ無事ならば……!」
「外道が!」
さっき汚れ仕事の話をしていた戦士の長らしい人が。反乱分子の首を刎ねる。
大量の血がばらまかれ。死体が下に落ちていった。
後は、殺戮だ。
赤子を抱えた女性まで、まとめで斬り殺されて。死体は何処かに運ばれて行った。これは、里の人間は一枚岩になって逃げていったんじゃ無い。
殆どが内紛で死んだんだ。
また、見えてくる。
里の長らしい人が、指示を出している。
「クリント王国には何も残すな。 流砂に全てを沈めろ」
「分かりました」
「生活用品も何もかもだ。 それぞれ、先祖の霊の宿るタリスマン以外は全て放棄して、ただの遊牧の民を装って散る。 いいな」
「はい……」
疲弊しきった声。
そういえば、白衣を着た人間達は見かけない。
可能性はある。
ひょっとしてだけれども。情報を持ってクリント王国に降伏を目論んだのは、此処で封印を作った技術者達だったのかも知れない。
そうだとすると。色々な意味でやりきれない話だった。
あたしは首を横に振ると、一度羅針盤を閉じる。かなり橋を降りて来ていた。側で護衛していたパティが、心配そうに見上げてくる。
「ライザさん、冷や汗が……」
「うん。 今までに無い程血なまぐさいのを見たからね」
「フィー……」
「大丈夫。 これくらいだったら……大丈夫だよ」
実際、この程度で目を回すような柔な鍛え方はしていない。
ただ、もう此処までの時点で。此処でどんな事が起きていたのかは、大まかに分かってきている。
後は細部について、だろう。
ここから先に調べなければいけないのは。
残留思念から、どこに具体的に門があるのか、この里の封印はどこにあるのか。その二つになる。
里でどれだけの人が、内紛で死んだのかは、あまり興味が無い。
それについては、仕方が無かったのだろう。
誰だって、死を目の前にすれば錯乱もする。
この北の里の人達だって、エンシェントドラゴンを親どころか神のようにしたい、全てを任せきっていた。
そのエンシェントドラゴンが死んだ後だ。
それは混乱だって起きたのだろう。
残留思念がある場所を探りながら、まずは橋が張り巡らされている場所を巡っていく。それで、情報を集めていく。
これは、遠回りのように見えるが、仕方が無い事だ。
こうして順番に情報を集めていかなければならない。
ドラゴンが見える。
銀に輝いているが、なんだかこれは本来の姿ではないのだろうなと、あたしは思う。
此処にあるのは残留思念だ。
神格化された存在に関しては、恐らく美化して見えている。
言葉についてもそれは同じなのだろう。
それが残留思念を見る事についての弱点だ。
確か、少数だけ同じような固有魔術を持つ人間がいると、調べている間に聞いた。そういう人達も、残留思念は真実と完全に一致しているわけでは無いという話をしている事があるのだとか。
例えば人間の頭を直接覗いて、記憶をそのまま獲得するのだったら、話は違ってくるのかも知れない。
それでも主観で歪むだろうが、ただやったことについてはまんま記憶に残っている筈である。
さっき見えていた光景は恐らく違っているはず。
あたしは、それも加味しながら、思考を進めていく。
ある橋の辺りでは、子供が楽しそうに走り回っていた。
だけれども、あまり健康そうにみえない。
ずっと地下にいるのだ。
どれだけ人工的な光を作ったとしても、太陽にはかなわないということなのだろう。
無言で、その無理がある有様をみていく。
老人が、里の長らしい人間に訴えている。
「クリント王国と話し合いはできないのですか」
「何度も説明したはずだ。 錬金術師複数を抱えたクリント王国の戦力は圧倒的で、そもそも話し合いなど成立しない。 西の方では、戦闘を避けて降伏を申し出た国が、一人残らず殺されて、更地にされたという話すらある。 彼等は圧倒的な戦闘力を持っていて、錬金術師以外は基本的に奴隷としか扱われていない。 だからそもそも、他者との交渉など必要としていないのだ」
「そんな。 きっと話し合えば……」
「幾つもの国が話し合いをしようとして容赦なくまとめて殺戮されたのだ。 その轍を踏む訳にはいかない」
苦しそうに、里長の顔は歪んでいる。
威厳のある中年男性だが、その顔には年齢以上に無理が出ているように見えるのだった。
随分と雰囲気が違う人物がいる。
右腕がない。
雰囲気からして、戦士だろう。
「我等……国の戦士、最後まで戦います。 祖国は全てが灰燼に帰しました。 少しでもクリント王国に反撃を出来るのなら……」
「すまない。 君達は捨て駒にせざるを得ない」
「元々殺されるだけだった身。 既に家族も一人も生きておりません。 一人でもクリント王国の鬼畜共を道連れに出来るのであれば、それで本望です」
「すまない……」
里長は随分と苦悩していたようだ。
勿論里長だってクリーンな人物だったわけでもないだろう。
それでも、世界とエゴを天秤に掛けて。
世界を選べる程度の良識はある人だった、ということだ。
あたしだって。
同じ立場で。
錬金術もなかったら。
この里長のように、振る舞ったかも知れない。
そう思うと、やりきれない気持ちだった。
また、別の光景が見えてくる。
どうやら内乱が終わった後らしい。ぞろぞろと、里を出て行く人達。その数は、結構多い。
皆が旅人を装って、夜陰に乗じて里を去るようだ。
殆ど誰も生き残れなかっただろうな。
そう思って、あたしは忸怩たる思いを感じていた。
「各地には、小規模な集落で貧しい生活をしている民がいて、クリント王国もそれらには手を出していないそうだ。 そういった小集落の民を装えば、生き残れる可能性はある。 クリント王国もいつまでも続く訳じゃない。 厳しい生活になるだろうが、それでも皆、生き延びてくれ。 せめて、この地を作った龍神様の子孫達が、空から皆を見守ってくれるだろう」
「ああっ!」
誰かが声を上げる。
砂漠の外の光景が出る。恐らくは、魔術による映像の具現化だ。
砂漠の外で戦闘が行われている。クリント王国の者達が、さっき命を捨てると宣言していた戦士達に襲いかかっている。
勿論必死に反撃をしている戦士達だが。文字通り鏖殺されていく。
数が違い過ぎるのだ。
「彼等が時間を稼いで、更には目も引いてくれている! 今のうちに散って、各地で生き延びろ!」
「長は!」
「私は……彼等の後を追う」
不意に光景が切り替わる。
厳しい環境に適応したらしい馬を駆って、長老が逃げている。既に数本の矢を受けているようだった。
「ぐうっ!」
痛み。
残留思念を通じて伝わってくる。これは致命傷だな。
里長は、恐らく不死の魔女が作ったらしい爆弾を取りだす。そして、満面の笑みで舌なめずりして追ってきたクリント王国の戦士達に囲まれると。
爆弾を起爆させ。全てを巻き添えにしていた。
満足感が、残留思念を通じて伝わってくる。
勿論聖人などではなかっただろうが。
少なくとも、里の人間を一人でも生かすために。自分を囮にして死んだ。その死に様を、嘲るつもりはあたしにはなかった。
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