暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2 作:dwwyakata@2024
封印を開けたときにフィルフサが殺到してくる事は充分にあり得ます。
まずは水です。
水で、敵の動きを阻害すべく、ライザ達は入念に準備を整えます。
幸い、その程度の時間はありますので。
アーベルハイムとの連携をしながら、決戦が始まります。
序、下準備の確認
最悪の事態に備えて、アーベルハイムで人員を派遣。ヴォルカーさんが陣頭指揮を執って、対策を取るまで二日。
その間に、あたしは出来るだけの事をする。
最悪の事態に備えて、出来る事は必ずする。
封印を解除した瞬間、あたし達ではどうにもできない化け物みたいに強いフィルフサが出て来て。
それで皆が瞬殺される、と言う事もありうるのだ。
その可能性は勿論低い。
だが、それでも備える必要がある。
あたしも無敵でも最強でもない。
万能でもないし、ましてや全能では絶対にない。
だからこそ備える。
まずは、遺跡の地下水の状況を確認して、タオの言うとおりである事は分かった。だが、ここに更に水を引き込んでおく。
封印周辺を水で覆って、ちいさな橋だけを渡して、それでフィルフサの行動を制限するのだ。
少なくとも奴らの性質上、どれだけ強くても斥候を出してから此方に来るはず。
奴らにとっては水は大敵。
しかしながら、土はエサだ。
土を蹂躙して繁殖するフィルフサにとって、水でひたひたになっている土壌は恐らくは魅力的には見えないはず。
即座にいわゆる「大侵攻」をしてくる可能性は低く。
そう判断するまでに、此処を湖底にしてしまう。
門が文字通り水没してしまえば、もはや敵は此方に来ることなど出来ない。
乱暴かも知れないが。
それだけの事をしなければいけない相手なのだ。
「よし! 水を引き込むぞ!」
「レント! 頼むよ!」
「おう!」
一気に水が流し込まれる。
それでどっと遺跡が水没し始める。
この遺跡も、もとは前線だったのだ。或いは戦闘が行われていたときは、水がこうして引かれていたのかも知れない。
そう思わされるほど、水が違和感なく馴染んでいく。
よし。
まずは第一段階、準備完了だ。
水で遺跡がひたひたになるのを確認。
クラウディアには、此処から戦闘まで別行動をして貰う。
アーベルハイムとの調整。
連絡役。
それに、各地の集落の避難を急ぐ。
それらをやってもらう必要がある。
役立たずの王族にも貴族にも、最初から微塵も期待なんてしていない。だから、さっさとこのまま作業をしていくだけだ。
アトリエに戻ると、物資の確認。
パティも一緒に手伝って貰う。
「爆弾はかなり用意していくんですね」
「うん。 ただこれは、オーリムに入ってから使うつもりだよ」
「ええと?」
「ここから先は水浸しの洞窟か、それに近い場所での戦闘になる。 爆弾はとても使っていられない」
パティがなる程と頷く。
それと、回復のための薬だ。
セリさんが集めてくれた強力な薬効成分を抽出して。今までの薬を更に強化してある。ただ作成コストが高いので、それこそここぞという時にしか使えない。
コアクリスタルに仕込んでおくとしても。
多分一回使ったら魔力が枯渇するレベルだ。
あたしでも、である。
そうなってくると、やはり物を増やすしかない。コアクリスタルの調整もしておきたいところだけれども。
それも今は、まだ多少はマシにできる程度であって。
これ以上は性能の向上は厳しい。
あたしに出来る事はあまり多く無いのだと、こう言うときに思い知らされる。
神代や、それに古代クリント王国の錬金術師だって、こういうので自分の限界は理解出来なかったのだろうか。
少しでも客観があれば、こういう限界には何度も当たったはずなのだが。
それは、あたしには分からない。
いずれにしても、下衆の思考は、今はまだ理解出来ない。
残る時間で、準備を進めていく。
クラウディアからの連絡がアトリエに来る。バレンツの使用人が、手紙を持って来てくれた。
さっと目を通して、返事を書いてすぐに渡す。
今はもの凄く忙しい。
フィーが時々時間を警告してくれて、とてもありがたい。
これは油断すると、何も食べずに倒れてしまうだろう。
冷や汗を拭いながら、カフェに。
パティも今回は気を張っているからか、かなり食事の量が多いようだった。戦士としての習慣だ。戦時には食事量が多くなる。無言で二人で食事を済ませる。
見ると壁に一杯依頼が貼られている。
ヴォルカーさんが今回の件で出る事を決めたから。その穴埋めに、王都にいる戦士達に声を掛けているのだろう。
街道を、王都を守るために、皆の力が必要だ。
そういうわけである。
勿論最大の課題になる対フィルフサ戦には駆り出せない。
だから、いつもやっている仕事の一部を分担してもらう、という形になるのだろう。
「報酬やべえ。 アーベルハイム卿がなんか大きな魔物とやりあってるらしいからだそうだが……」
「マスター! 俺これ受けるぜ!」
「俺もだ!」
「仕事は幾らでもありますから、押さないで」
臨時のマスターが複数カフェに立っている。
いつも料理を作ってくれる女性は、奧で料理に専念しているようだ。
なるほど、こう言う所までしっかり手を回すか。
相変わらずクラウディアはしっかりしているな。
これがクラウディアの支援によるものであることは、あたしにも分かっている。勿論ヴォルカーさんも連携してくれている筈だ。
料理を食べ終えると、邪魔にならないように。さっとアトリエに引き上げる。
今まで納品してきた爆弾や薬、インゴット、それによって作られた装備が、今回魔物に対して猛威を振るう筈だ。
それでいいのである。備えは必要に応じてするものなのだから。
「ヴォルカーさんも上手くやってくれているようだね」
「お父様も今回の件は本気で取り組んでくれています。 何しろ問題が問題ですから……」
「助かるよ」
前は、本当になんというか。
クーケン島の地下を色々と調べて。現実を古老やモリッツさんに見せて。それでもフィルフサとの戦闘には、島の首脳部を協力させられなかった。
今回もロテスヴァッサの貴族や王族は蚊帳の外だが。
役に立たないからどうでもいい。
実際の戦力を抑えている人がしっかり動いてくれていることに意味がある。これならば、或いは。
あたし達が敗れても。
門をそのまま水没させて。全てを終わらせることが出来るかもしれない。
それはそれで本望だ。
アトリエに戻る。
タオが戻って来たので、軽く打ち合わせ。
今回はボオスも戦闘に参加するという。
ちょっと不安になったが。もうレントにお墨付きは貰っているそうだ。
「流石にお前らほどの戦力は見せられないが、それでも前に交戦したフィルフサが相手だったら、三年前よりずっとマシに戦える筈だぜ」
「分かった。 ボオスの分の装備も用意しておくよ」
「助かる。 開戦まで時間がないらしいが、いけるか」
「問題ない」
このために、時間を見てはトラベルボトルを用いて、セプトリエンの回収をしていたのである。
セプトリエンはまだまだ粗悪品に等しいのだが。
それでも、今までとは段違いの魔力媒体として用いる事が出来る。
ボオスの腰に付けている剣を借りる。
これと同じバランスで、剣を作る必要があるからだ。
「この剣で大丈夫だね」
「ああ、任せる。 二刀のスタイルは此処二年ほど使っているが、充分に手に馴染んできている」
「……分かった」
レントも認めたのなら、大丈夫だろう。
全員分の装備は、既にチェックしてある。
更改が必要なものは順番に調合で調整していたのだが。今回は、それぞれのメインウェポンに手を入れる事にしている。
あたしは魔術媒体としての杖もそうだが、靴にも更に手を入れる。
あたしの切り札は蹴り技だ。
だが、今回は爆弾が切れる可能性もあるし。
何より大火力魔術を更に増幅するには、杖はどうしても必要になってくる。
まあ杖無しで大火力魔術を使う事もあるのだけれども。
それはそれだ。
ボオスの剣を受け取ると。
ボオスとパティにアトリエを任せて。グランツオルゲンとゴルドテリオンを持って、鍛冶屋に出向く。
デニスさんは、鍛冶屋に来たあたしを見て。
目を細めていた。
剣の調整を頼むと、すぐにやってくれるという。
「なんだか大きな戦いが近いみたいだね」
「出来るだけ王都に被害が出ないようにします。 あたし達が生きて帰れるかまでは分かりませんが……」
「そうか。 貴方ほどの使い手が其処まで言う程の……」
「いつもこの心構えでいたつもりなんですけれどね。 今回は、あたしの人生でも何度もない程の大敵が相手になるはずですので」
料金を渡しておく。
デニスさんは頷くと、早速ボオスの武器の調整に入ってくれた。
続いてバレンツ商会に出向く。
クラウディアの指揮で、かなり忙しく動いている様である。
クラウディアが応接に通してくれたので、軽く此処で必要な話をしておく。
「今回の一件で、王都の勢力が大きく動くと思うけれど、大丈夫?」
「ええ。 親アーベルハイム派の貴族達には、此方から声を掛けているわ。 それでね。 この戦いが終わったらなんだけれども、ライザは王都の機械を全部直してしまうんだったよね」
「うん、そのつもりだよ。 王都を調べて、特に水周り関係の機械なんかが隠されているようだったら、整備もするつもり」
「それは前にも聞いていたから、それについて確認はしておきたかったんだ。 今、機械を全部直すべく、手を回しているの」
それを材料に。
王都の権力構造を、一気に塗り替えるそうだ。
クラウディアは、ふふふと悪い笑みを浮かべている。
あたしは、そういうのはあまり興味が無いので、任せてしまう事にする。
「まあ、此処の改革が進むんだったらいいよ。 とりあえず、無駄に血が流れないようにはしてね」
「分かっているよ。 最低限に済ませるようにするし……何よりね」
「ん?」
「例のメイドの一族が、全部協力してくれるみたいなんだよね」
そうか。
それは、なんというか。
まだアーベルハイムに対してああだこうだいっている貴族は、終わりだろうな。
下手をすると王族もだ。
王族やら貴族やらは優秀でもなんでもない。
特に貴族は王都で実物を見て、あたしはそれを実感した。
唯一マシなヴォルカーさんだって、そもそもたたき上げて地位を獲得した人物なのである。
とりあえずだ。
このよどんだ空気が満ちた王都は、一気に風通しが良くなるだろう。あらゆる意味で、だ。
他にも幾つかの打ち合わせを終えると。
今度は農業区に出向く。
セリさんと打ち合わせをしてある。
既に、例の浄化用植物は、調整が最終段階に入っているという。
あたしが準備した毒を利用して、浄化能力を確認しているそうである。
様子を見に行く。
畑の一角が、まるで異界のように奇怪な植物塗れになっていて。カサンドラさんが不安そうにしているが。
セリさんの事を信頼もしているのだろう。
何も、口出しをしている様子はなかった。
セリさんは無言で作業をしていたが。
あたしが顔を出すと、手をとめてこくりと頷く。
見せてくれる。
毒を撒いたという地点に、ごく普通の野草が生えている。浄化されたと言う事だ。しかも、ごく短時間で。
「これは……」
「今まで、この世界で集めて来た浄化能力を持つ植物。 この間見つけた植物。 組み合わせて、調整をして。 ついに完成したわ」
「やりましたね!」
「ええ……」
長い人生のオーレン族にとっても。
文字通り、人生をかけた事業だった筈だ。
種の入った袋を渡される。
あたしは、頷いていた。
この戦いの後。
皆が生きている保証なんて一切無い。
だからこそ、この種を。誰かしらが持っておかなければならないのだ。
「注意事項はありますか?」
「特にはないわ。 普通に植えて、水を撒くだけ。 それで大丈夫なように調整をしてあるわ」
「分かりました。 此方は預かっておきます。 最悪の場合、バレンツ経由で、グリムドルに渡るように手配もしておきますね」
「助かるわ」
セリさんが、少しだけ笑う。
殆ど笑みを浮かべる事もない人だが。
それは此方に来てから、いや此方に来る前から。ずっと過酷な人生を送り続けてきたからなのだろう。
オーレン族の若さは見ていて何とも分からない。
リラさんはかなり若い方だという話だから、五百歳程度ではぜんぜん若い方なのかもしれない。
セリさんは、老け込んでしまっていないか少し心配だ。
ましてや、これだけの大事業を成し遂げた後だ。
気が抜けて。そのままという事だって考えられる。
それは、避けたい。
復興作業にはあたしも手を貸したいし。
何よりも、セリさんには生きて復興をしてほしいからだ。
それにはまず、フィルフサに対する決定的な優位を何処かで取らなければならないのだが。
周囲を見回すと、セリさんは言う。
「一つ、貴方に言っておくわ」
「ん、なんですか」
「オーレン族は滅んでいない。 私がいたオーレン族の中心地は、精鋭を集めてフィルフサと戦い続けていた。 其処には門があった。 もしもオーレン族が全滅していたら、その門を通ってフィルフサが此方の世界になだれ込んできている」
「それだけ頑強に抵抗している人達がいるんですね」
セリさんは頷く。
まずは其処に戻って、それからだと考えているのだそうだ。
一番戦況がいい地点から、少しずつ反撃を開始する。
それで最終的には。
フィルフサをオーリムから駆逐する。
門は、その間にアンペルさんとリラさんが閉じる。
今は「聖堂」と呼ばれる仕組みを用いて、一時的に閉じているに過ぎないが。いずれ完璧な形で。
何もかも終わった時には。
オーリムとの関係は閉じる事になるのか。
それとも。
少なくとも、今の時点での人間は、オーレン族と上手くやっていけない。
個人としては、上手くやっていける人もいる。
あたし達はリラさんやセリさんと上手くやっていけているし。ボオスはキロさんに本気で惚れているようだ。
そういう個人もいるが。
あくまでそれは、個人での話であって。
人間という種族が今のままでは。オーリムと一緒にやっていくのは、夢のまた夢というのが現実だ。
「戦いが終わったら、どうするんですかセリさん」
「最終的にはオーリムに……オーレン族の中心地に戻るかしらね。 それまでに、オーリムで復興作業をやって、この植物の性能を確認したいけれど」
「それだったらクーケン島に来てください。 グリムドルにいけます」
「……それが良いかしらね。 ただこの戦いに完全勝利した場合は。 この地にある門の向こうを、どうにか復興したいものだけれども。 グリムドルはその次かしらね」
それは厳しいだろうなと、セリさんは少しだけ。
寂しそうに笑っていた。
アトリエに戻る。
装備品の調整を行う。
パティが持ち込んだ荷車に、爆弾や薬品を詰め込んでおく。荷車は四台。かなり多いが、これでも足りるかどうか。
今回は、出し惜しみは無しだ。
フィルフサとの戦闘がどれだけ厳しいかは、あたしも三年前に全身で知っている。
ましてや三年前に交戦した王種「蝕みの女王」に比べて。今回の王種がどれほど手強いかは、まったく分からないのだから。
装備の調整をしていくあたしを見て、ボオスがぼやく。
「まるで枷が外れたようだな。 今だったら空でも飛びかねないぜ」
「まだ空を飛ぶのは無理かな。 原理を理解したらやってみせる自信はあるけど」
「冗談のつもりだったんだが……」
「錬金術はただの力だよ。 使い方次第。 昔の錬金術師達は、揃いも揃ってそれを間違った。 あたしは……間違わない。 そのためには、全部一度知っておく必要があるからね」
全てを知った末に、あたしは魔王になってもいい。
人間を変えるために魔王が必要なら、躊躇無くそうなろう。
ともかく、今は眼前の戦いをどう攻略するかだ。
調査の度に情報が更新される。ともかく、作戦だけでも、しっかり立てていかなければならなかった。
ライザはこの時点で人間に希望より諦観を強く持っています。
故に、魔王という言葉が出て来ます。
まあ、これまで見聞きしてきたものを考えれば、当然と言えば当然ではありますね……
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