暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2   作:dwwyakata@2024

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3、オーリムの魔都

門を潜る。

 

初めての経験じゃない。

 

グリムドルに出向いたときも、潜った。その時も、散々だったが。それでも、どうにかやり遂げた。

 

見える。

 

薄紫に染まった空。そして、沼地の周囲を囲む相当数のフィルフサ。此処は、盆地になっているのか。

 

いや、違う。

 

これは、なんというか。

 

何かが通ったような窪地が。かなりの距離に渡って続いている。これは一体、どういう地形か。

 

谷にしては浅すぎる。

 

川が涸れた土地というのも考えたが、それにしてもおかしい。川が涸れる事はこっちの世界でもある。

 

だけれども、そういうのはだいたい埋まってしまう。フィルフサが何百年も行き来していたのなら。

 

なおさら、更地になっている筈だ。

 

空に向けて、クラウディアが矢を放つ。あたしは、全方位に熱槍を放ち、更にはありったけの爆弾を投擲。

 

凄まじい数だ。押し寄せてくるフィルフサに対して、今まで用意してきた爆弾を、片っ端から叩き込む。

 

雷撃、冷気、火焔、それに烈風。

 

それぞれが炸裂して、フィルフサを吹き飛ばす。

 

魔術依存じゃないから、しっかり効く。ただし相手も今回はひたひたに濡れていない。だから、一撃で仕留めるのは困難極まりない。それだけだ。

 

皆が、総力で防ぐ。

 

襲いかかってきた、巨大な蜘蛛に似たフィルフサを見て、パティがひっと小さな声で悲鳴を上げたが。

 

レントが文字通り跳ね返して見せた。

 

爆弾の直撃を受けても、平気な顔をしている……いや顔も何も無いが。とにかくフィルフサは全然余裕で動いている。

 

これは想像以上に骨だぞ。

 

あたしはそう思いながら、全火力を次々に荷車から出して投擲し続ける。アンペルさんもそれに倣うが、足を止めるのが精一杯だ。

 

クラウディアが二矢目。

 

タオが、必死にメモを取っている。

 

だけれども、もうそろそろ限界か。

 

セリさんの展開した植物の壁が、フィルフサにぶち破られる。

 

レントが次々に相手を弾き飛ばしているが、それも限界だ。リラさんが、回転しながら小型を蹴散らしているが、浅くない傷が幾つも出来ているのが見えた。

 

あたしも、何発も流れ矢を貰っている。

 

見えた。

 

奥の方に。なんかいる。

 

将軍を数体侍らせているそれは、明らかに異質だった。

 

ドラゴンにそっくりだ。

 

だが、ドラゴンじゃあない。

 

それに、なんだ。

 

首元あたりになにか変な装置みたいなのがついている。あれがフィルフサだとしたら、間違いなく王種だが。

 

蝕みの女王には、あんなものついていたか。

 

相手はともかく万全状態。もしもやりあうなら、総力での戦いを、一対全員で挑んで勝てるかどうか。

 

いや、あのプレッシャー。

 

それでも届かないかも知れない。

 

ともかく、限界だ。

 

クラウディアが頷く。

 

よし。地図は把握できた。それならば、第一次突入作戦、というか威力偵察としては充分な成果だ。

 

「撤退!」

 

「俺が殿軍になる! 皆、いけっ!」

 

どっと押し寄せてくるフィルフサを尻目に、下がる。あたしは詠唱を開始。フルパワーで押し返す必要がある。更に、爆弾を幾つか撒く。

 

いずれも、自信作レベルのものだ。

 

使ってしまうのは惜しいが、実は希望になる情報も見て拾っていた。

 

敵の数は、かなり想定より少ない。

 

水が多くて増えていないのか。それとも習性なのか分からないが。

 

リラさんやセリさんが戦って来た一般種のフィルフサに比べて、やはり此奴らの数はかなり少ない。

 

一万もいないだろう。

 

その分、個体個体がそれぞれ三年前に交戦した群れとは段違いに強いと言う事だ。

 

どういうことか。

 

フィルフサの生態から考えて、食物連鎖の上位種フィルフサというのは考えにくい。それに、少しだけ見えたあの王種らしい存在。

 

なんだか、あいつからはとんでもなく嫌な気配がした。

 

それこそ、人間の悪意を煮詰めたような。

 

正体を見極めたい。

 

洞窟に出た。レントが飛び出してきた瞬間、あたしは爆弾を起爆。同時に、収束型のグランシャリオを、門へと叩き込んでいた。

 

踏み込みが、どうしても水の中だからやりづらい。

 

爆弾が一斉に起爆して、門の外にいたフィルフサを吹き飛ばしたはず。問題は、爆風だが。

 

それをグランシャリオの収束型で、無理矢理抑え込む。

 

あたしの詠唱を見て、意図を理解したか。

 

クラウディアも、同時に凄まじい巨大な矢を、打ち込んでくれていた。

 

無理矢理押し返された爆風が、どんと、押し潰されるような音を立てる。フィルフサの残骸が、散らばるようにして門から飛び出して、水に落ちた。

 

呼吸を整える。

 

「よし……外の地形は把握できた。 敵の戦力もね」

 

「あの短時間で、戦いながら……」

 

「パティ、クラウディアがいたこと、それに皆の得意分野をあわせての結果だよ」

 

「わ、分かっています。 でも、みなさんその……戦の申し子みたいですね」

 

そうか。

 

そういわれると悪くない気分だ。

 

ちょっとだけ苦笑すると、水が減ってきている坂道までさがる。この辺りにある岩を集めて、座れる場所を作る。

 

すぐに前衛で敵を食い止めていたリラさんとレントの手当て。自ら上がって貰うが、案の定二人ともかなり手傷を受けていた。レントは胸から腹に掛けて、ざっくりやられている。

 

普通だったら最悪の状態だが。

 

すぐに消毒、更に煮沸済の水で流して。薬をねじ込む。

 

破傷風対策の薬は前に飲んで貰ってある。

 

だから、後は幾つかの体が病気に強くなる薬を飲んで貰う。リラさんもそれは同じ。薬がオーレン族にもしっかり効く事は、この三年、グリムドルでも実証済み。

 

グリムドルでは、規模は小さいがずっとフィルフサとの戦闘が起きていて。あたしもそれに参加したのだ。というか、あたしが来るタイミングで、キロさんが主体になって、対フィルフサの掃討作戦を実施していた。

 

当然その度に怪我人も出て。

 

あたしはオーレン族にも錬金術の薬が効くデータを取れていた。

 

何より、グリムドルに出向く度に逃げ延びてきたオーレン族の人が増えていて。その人達は、薬草による治癒では間に合わない手傷を受けている事も多く。それでもデータは採れたのだ。

 

まあリラさんにはそれ以前できちんとデータが採れていたが。リラさんだけが特異体質の可能性もあったので。

 

氏族関係無く薬が効く事を証明できたのは。あたしにとっても成果だった。

 

手当てを終える。

 

あたしも何カ所かざっくりやられていたので。薬をねじ込んでおく。

 

二番目の荷車を、タオが持って来てくれる。一つ目の荷車にあったもののうち、使えそうな物資は二番目に移し。一番目の荷車は側に放置。これは、怪我人のために用意しておくものだ。

 

いざという時は、動けない人員をこれで運ぶ。

 

ここでは、いつそれが起きてもおかしくない。

 

「それでライザ、どうする」

 

「敵の数は8000ないし10000。 実数は恐らくだけれども、現在確認できているだけで9500前後。 隠し玉がいたとしても、20000は超えない」

 

「妙だ。 フィルフサの群れにしては規模が小さすぎる」

 

「どうにも前から疑問だったんです。 あんな生物、自然発生すると思いますか?」

 

「どういうことだ」

 

リラさんとセリさんには聞いておいてほしいのだ。

 

エンシェントドラゴン、西さんは言っていた。

 

古代クリント王国など、模倣者に過ぎない。

 

更に邪悪な存在。

 

文字通り真の邪悪が、存在していたと。

 

神代の一派の錬金術師がそうだと。

 

エンシェントドラゴンがそこまで言うのだ。本当に、古代クリント王国が神と崇めるような……邪神のような存在だったのだろう。

 

「フィルフサは生物を兵器化したものではないのか。 そうあたしは考えています。 恐らくは、オーレン族を駆逐するため。 それどころか、オーリムを更地にするための」

 

「なんだって……」

 

「どういうこと……?」

 

「あんな生物が存在していてもいずれは自滅してしまいます。 それがフィルフサは攻撃性も戦闘力も、それどころか繁殖力も何もかもがおかしい。 何よりも、古代クリント王国の人間は、最初からフィルフサを知っていて、それを制御出来るかのように行動して失敗した……」

 

つまりそれは。

 

制御の技術が伝わっていないだけで。

 

連中が神のように崇めていた存在には、それが出来ていた。

 

そういうことではないのだろうか。

 

あくまで仮説だ。

 

だが、その仮説が笑い話ではなくなった。

 

さっき王種の首についていた妙な装置だ。

 

あれは、どう考えても人工物だった。

 

神代の錬金術師を殺したり、あるいはオーレン族の戦士を殺して、それで身に付けたのかも知れないが。

 

それにしては、あまりにもあれからは、明確な悪意が感じ取れた。

 

それに、だ。

 

王種はどれも姿が違うと言う話だ。

 

「蝕みの女王」はどちらかというと蟷螂に似ていて。その中に人間型の第二形態を隠していた。

 

あの王種はドラゴンに似ていた。

 

ドラゴンを殺して、その情報を取り込んだ可能性はある。

 

だが、本当にそうか。

 

以前、「蝕みの女王」からは、明確な悪意すら感じた。それも、弱者を思うままに痛めつけて、顔を歪めて笑っているような人間の悪意ににたものをだ。

 

勿論動物も弱い者いじめはする。

 

だけれども、あたしは畜産業も経験があるから知っている。

 

基本的に生存密度が高すぎる場合に、動物は弱い者いじめという愚行に走る。

 

魚や鶏などが良い例だ。

 

人間は要するに、魚や鶏と同レベルの存在なわけだ。

 

だが、フィルフサは。

 

特に王種は、圧倒的トップである。そんな存在が、あの人間のイジメを行う個体が持つような悪意を持つのは、あまりにも不自然。

 

そういうものを持つように、デザインされたというのが真相ではないのか。

 

そう説明をすると。

 

アンペルさんは、門を一瞥。

 

フィルフサが出てこない事を確認してから、頷いていた。

 

「そうだな。 確かにライザが言う事は、一利あるかも知れない」

 

「アンペル……。 しかし、誰が、どのようにして、フィルフサをそのような恐るべき存在に変えたのだ」

 

「やった存在がいるとしたら、候補は一つしか無い。 神代の錬金術師……とみて良いだろうな」

 

その結論はあたしと同じか。

 

手当てが終わった。

 

長話は終わりだ。

 

皆の状態は万全。いや、食事もしておく。後はトイレも済ませておくべきだろう。外に、長期戦に備えて小屋を作ってある。

 

大丈夫。

 

この場所だったら、一度に大量のフィルフサはこられない。此処までの確保をするのが、作戦の第一段階。

 

それが出来ている以上、今はまず、コンディションを万全にすることだ。

 

皆にトイレに順番にいって貰う。

 

あたしは、作戦を練る。

 

爆弾を幾つか見る。理論上は、これらで豪雨を降らせることは可能だ。だが、もう一手欲しい。

 

いや、出来るか。

 

だが、その場合、此方にもダメージが。なんとか指向性を持たせる事はできないだろうか。

 

「フィー……」

 

「どうしたの?」

 

「フィー」

 

フィーが懐で、心配そうにあたしを見上げている。

 

ずっと厳しい顔だったからだろう。

 

あたしは、少しだけ表情を崩した。レントはずっと門の側で構えている。パティも、である。

 

リラさんは即応出来る距離で、荷車の上で寝転がっていた。

 

少しでも、体力を温存するつもりなのだろう。

 

そんなリラさんが、声を掛けて来る。

 

「オーリムの生物であることは間違いない。 体調はある程度良いのではないのか」

 

「じつはちょっとそれで疑問が……」

 

「うん?」

 

「フィーの事を、何かの精とエンシェントドラゴンの西さんの残留思念が言っていたんですよね。 それにフィーは、西さんの骸の側で、元気そうだったんです」

 

そうか、とリラさんが言う。

 

固定観念は良くない。

 

オーリムの生物だからと言って、「オーリムの空気」が馴染むかどうかは話が別。

 

空気が良くないと、フィーは夢の中で語りかけてきたっけ。

 

あれは恐らくだけれども、感応夢に近いものだったはずだ。

 

だとすると。

 

フィーに本当に必要なのは、ドラゴンに近い空気。

 

そして、この門は、エンシェントドラゴンの西さんが。自分の罪だとひたすら悔いていた代物だ。

 

だとすると、やはり「オーリムの空気」よりも、ドラゴンの何かしらがフィーに必要な可能性はある。

 

さて、準備は整った。

 

第二次攻撃作戦だ。

 

ただ、そのまま言っても返り討ちは確定だろう。

 

レントとパティには、門を見張っていてもらう。あたしは、順番にどうするか、作戦を告げる。

 

重要なのは初撃なのだが。

 

その初撃が、難題なのである。

 

「厳しいな……」

 

「殿軍と同時にやらなければならない。 それを思うとね……」

 

「だけれども、確かにそれをやれば、門の向こうが死地だという前提が粉々に砕け散るのも確かだよ。 やってみる価値はある」

 

「……なら私がやる」

 

リラさんが挙手。

 

そして、荷車から降りた。

 

「速度と戦士としての経験、双方を加味して全員の中で私がその作戦の実行役として一番適している。 ライザ、その策の鍵となる道具を渡せ。 使い方についてレクチュアを頼む」

 

「分かりました」

 

すぐにレクチュア開始。

 

とはいっても、本当に簡単な道具だ。使い方だけなら、だが。

 

そしてこれは三年前にも実戦投入している。それを更に改良した、超強化型である。

 

元々圧倒的な破壊力がある道具だったが。

 

今回の戦いでは、文字通りの戦略兵器として使う。

 

更に言えば、門の向こうの土地は、広範囲にわたってフィルフサの母胎として汚染され尽くしている。門の至近は違う可能性が高いが、フィルフサが遠征してきている以上、少なくとも周囲はそうなっている可能性が高いのだ。

 

いずれにしても、一度くさびを。

 

土地の深くに、叩き込まなければならないのだ。

 

何より、門周辺に作られた包囲網を崩さなければならない。

 

さっきの爆弾で粉砕したフィルフサなんて、そんな大した数じゃない。あたしだって、それは分かっている。

 

持ち込んだ、回復用の薬は飲んでおく。

 

魔力回復用のものだ。

 

非常に強力だが、素材が貴重で、増やすにもジェムが大量にいる。切り札だが、ここで切っておく必要がある。

 

ともかく、敵陣に斬り込むまでが第二段階。

 

この第二段階を成功させないと、王種を討ち取るのは不可能だ。

 

第二段階までいって、やっと王種の首を取る可能性が出てくる。

 

それはあたしも、嫌になる程分かっている。

 

だから、どうにかやり遂げなければならないのだ。

 

「レント。 パティ。 それにタオ。 前衛は頼むよ」

 

「分かってるが、絶対にさっきより厳しい攻撃が来るぞ。 一瞬だけしか、多分もたないだろうな」

 

「俺もやる」

 

ボオスが挙手する。

 

仕留め損ねたフィルフサを倒すのに集中していたボオスだが、その分体力も温存している。

 

確かに、今動くべきかもしれない。

 

「大丈夫か。 かなりギリギリのタイミングで引くことを意識しないと死ぬぞ」

 

「俺もそろそろそういう死地を潜っておかないとな。 いつまでもお前達においつけないままだ」

 

「……分かった。 可能な限り支援する」

 

「任せておけ」

 

ボオスが頷く。

 

よし。それならば。これで手札は揃ったか。

 

リラさんに道具を渡すと、全員一丸となって突貫。門を、再び潜る。

 

空は紫のまま、濁っていて。

 

足下の沼は、さっきの破壊でえぐれていた。足場が更に悪くなっているのは、最初から想定済。

 

フィルフサ達は、むしろこんなに早く戻ってくるとは想定していなかったようで、此方の再突入に、むしろ一瞬だけ隙が出来ていた。

 

好機。

 

敵最前列の少し後ろにいる、大型。巨大な蛇だろうか。それに近い姿をしているフィルフサに、レヘルンの最大強化型であるクライトレヘルンを連ねたものを投擲する。即応したフィルフサが、それを撃ちおとそうとした瞬間、起爆。更に、あたしは熱槍を叩き込んで、強烈な熱を含んだ蒸気を、敵陣にて炸裂させていた。

 

文字通りの大爆発で、フィルフサがなぎ倒される。それでも死ぬ様子がないが、少しでも時間が稼げる。

 

レント達が、必死に飛びかかってくる小型を裁き続ける。

 

今だ。

 

「リラさん!」

 

「おうっ!」

 

跳躍したリラさん。

 

何か、巨大な針みたいなのが飛んで、パティを貫くのが見えた。

 

前衛に出て来ている、全身が針だらけのフィルフサ。それが乱射してきたのだ。

 

倒れたパティをボオスが担いで、即座にさがる。ナイス判断。最初の指示にこだわらずに、最適解の行動をしてくれた。

 

全員、さがって。

 

そう叫んだ瞬間。あたしの脇腹にも針が突き刺さった。

 

思わず、歯を食いしばる。

 

これは、多分毒もある。

 

だけれども、それでもだ。

 

あたしは顔を上げると、皆の後を追う。

 

後方。

 

大丈夫、地面にリラさんが、それを。

 

創世の鎚を、炸裂させていた。

 

次の瞬間、あたりの地面が。文字通り地盤ごと粉砕され。反動を利用して、門の向こう側にさがるリラさんが見える。

 

地割れが走り、泥水が噴き出し。あの針だらけの砲台型フィルフサが、それに落ちるのが見えた。

 

泥水に、突っ込む。

 

ぐっと呻きながら、あたしは脇腹に突き刺さった針を引き抜くと、薬をねじ込む。普通だったら血管を傷つけたりするから御法度だが、あたしの薬は傷から血が噴き出すよりも治る方が早い。

 

毒も、即座に解毒できる。

 

パティは。

 

青ざめて呼吸しているのを、既に荷車に乗せられている。針は、どうにか胸鎧が弾いて、それで急所は外したようだ。

 

レントが門の前に貼り付いて、鬼のような形相で立ち尽くしている。

 

あたしはすぐにパティの側に。クラウディアに手伝って貰って、胸鎧を外し。怪我の様子を確認。

 

針が貫いたように見えたが、大丈夫、それている。

 

だが肋骨を抉るように脇腹から胸に掛けて切り裂いていて、かなりの血が出ていた。毒もまずい。すぐに服をまくり上げて、傷薬を塗り混む。

 

青ざめて、脂汗を掻いているパティだが。

 

薬を塗り込むと、呻いて体が跳ねた。完璧なタイミングで、クラウディアが布を噛ませてくれていた。

 

毒消しもあるから、これで落ち着く筈だ。

 

冷や汗がダラダラ流れる。パティの口布を外して、胸鎧の状態を確認。隙間を縫うようにして、針がパティの体を傷つけたことが分かる。

 

砲台型とはいえ、侮れないな。

 

「ライザ、大丈夫!?」

 

「いや、ちょっと厳しい……」

 

「一度さがるか。 ちょっとこれは……」

 

「ダメ。 門の向こうが派手に粉砕されたのが分かった。 リラさんは……」

 

無事か。

 

いや、かなりさっきの針の攻撃を貰っているようだ。直撃はなかったが、体中無惨に抉られて、毒で変色している。

 

すぐに手当てを。

 

リラさんは、悲鳴一つ挙げなかったが。

 

いたくない筈がなかった。

 

セリさんが、魔術で薬草を出す。あたしの薬ほどの強烈な即効性はないが。パティに食ませている。

 

それに、傷口にも当てていた。

 

「傷が残らないようにするわ。 傷は戦士の勲章とは言え、貴方たちの文化ではあまり嬉しくないでしょう」

 

「はい……すみません。 手間を、かけて……しまいます」

 

「少し休みなさい。 体力回復の薬を今噛ませたわ。 栄養が多いけれど、まずいから吐き出さないようにして」

 

たった、二瞬の戦闘。

 

それでも、これだけの手傷を受ける状況だ。

 

ちょっとばかり状態が悪すぎる。

 

だけれども、引くわけには行かない。

 

いま引いたら、それこそ門を通って、あのただでさえ強力なフィルフサの群れがなだれ込んでくる。

 

最悪、この辺りを水没させるしかなくなり。

 

ただでさえ押し込まれている人類の文明は、更に苦境に立たされることになる。

 

人類全滅という最悪の結果は避けられるように手配した。

 

だが、今は五百年前に比べて、人口が何十分の一にまで減ってしまっている時代。

 

王都が如何に腐っていても。

 

それでも、失う訳にはいかないのだ。

 

「ライザ、貴方も」

 

「……手傷は脇腹のだけだよ」

 

「手当をしたとは言え、それでもさっきの出血量よ。 少しは休みなさい」

 

「フィー!」

 

セリさんの言葉に、フィーがそうだそうだとあわせるように鳴く。

 

仕方が無い。

 

そう言われると、少し弱いか。

 

荷車にあたしも乗って、少し休ませて貰う。

 

とにかく、これで死地どころではなくなった。

 

元々水は決して少なくない土地に、進出してきているようなのだあのフィルフサは。かなり無理をして進軍してきているはず。

 

それが、地盤を砕いたのである。

 

まともに動けるとは考えにくい。少なくとも、今までのように大軍を送り込む事は容易では無くなった筈だ。これは単純な客観的な分析結果である。ただそれも、フィルフサが無理に湿地を死体で埋め尽くして、道を作れば話が変わってくる。常に分析は続けなければならない。

 

ともかく、最終的には王種を仕留める必要がある。あの群れは、どうしてかこの門を狙っているようである。

 

理由はわからないが。

 

水がある土地に来てまで、更に進軍しようというのだ。それには何かしらの意図があるとみて良い。

 

間違っても何かに追われた、ということはないだろう。

 

現在オーリムでは、フィルフサは文字通りの最強生物である。群れを相手にした場合、ドラゴンでも勝てないだろうし。

 

何よりフィルフサには食べるところがないと言う、生物としては最強最悪の強みがある。

 

倒しても何の意味もなく、ただ消耗だけを強いてくる。

 

それだけ、危険な相手なのだ。

 

とにかく、レントにも休むように言って、休憩。少し戦線を下げて、フィルフサが突入してきても対応できるようにしておく。

 

次の作戦目標は、敵地に橋頭堡を築く。

 

そして、大雨を降らせる。

 

雨そのものは、あの土地には降るはずだ。フィルフサが居座っているのに、普通に水があるような土地だ。

 

古代クリント王国が水を奪ったから、グリムドルは地獄になったが。門の向こうはそうではない。

 

それならば。大雨を降らせるのは、決して無理ではないはず。

 

何より地盤を砕いた時の様子からして、恐らくだけれども、門の向こうの土は思った以上の広範囲、フィルフサの母胎になっていない。

 

あんな水が多い土地、フィルフサが繁殖できるとは思えないからだ。

 

だとすると、フィルフサは遠征してきていることになる。

 

数が少ないのは、それが理由か。

 

しかしどうして、無理に門を超えようとする。それが分からない。

 

妙な悪意を感じた。

 

それが理由なのだろうか。

 

フィルフサの王種、特に以前交戦した「蝕みの女王」は明確な悪意を持っていた。

 

だが、どうにもそれとは悪意の性質が違うような気がする。

 

神代の錬金術師に関係しているのだろうか。

 

いや、どうにもなんとも言えない。

 

ともかく、やってみるしかない。

 

「敵は、一度進軍をとめたみたいですね」

 

「フィルフサはちょっとやそっとで諦めるようなぬるい生物じゃない。 そうだったら、オーレン族が苦戦するわけがない」

 

「そ、そうですね……。 確かに戦っていて、今までの魔物のどれとも違う異質な怖さを感じました」

 

「……少し休んだら、また仕掛けよう。 波状攻撃で、少しずつ状況を好転させる」

 

勿論、たった二瞬でこっちも大きなダメージを受けたことは、敢えて口にしない。

 

みんな分かっている事だ。

 

このまま綱渡りを続けていれば、いずれ落ちる可能性が高い。落ちたら助からないだろう。

 

そしてその時には、この世界そのものが。

 

頭を振る。

 

ともかく、少しずつ確実に情報を得て。

 

戦況を有利にしていかなければならなかった。

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