暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2   作:dwwyakata@2024

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現時点ではあまりに実力に差がありすぎるライザとパティ。

パティはその現実に気付いています。

そして苦悩します。

若い時分に苦悩するのは、とても大事です。


3、騎士の決断

パティはライザさんの目を見て、不覚にも怯んでしまった。

 

とんでもない使い手なのは知っていたけれど、あれはなんというか。今までに見た事がない、とても怖い目だ。

 

与太者の類は、お父様と一緒に何度も駆逐した。

 

人間とはいえない鬼畜外道に落ちた輩は、幾らでも見て来た。

 

別にそういうのは、修羅の世界でなくても現れる。

 

貴族院に来ている貴族の子弟なんかは、幼い内から家族の資産を巡っての争いに散々巻き込まれたり。

 

或いは謎の特権意識に足首を掴まれていたりで。

 

相手のことを人間だなんて思っていないような輩が幾らでも存在していた。

 

外で暴れる賊の類と同じだ。

 

人を殺す事を何とも思っていない目。

 

そんなものは見飽きてきた。

 

そのつもりだった。

 

だけれども、ライザさんのあの目。

 

あれはもっと深いもの。

 

多分だけれども、そんなものとは比べものにならない地獄を見て来たのではないのだろうか、あの人は。

 

今でも、身震いがする。

 

虫の羽音を聞くだけで背筋が凍るような精神のもろさなのだ。元々。

 

それについては、お父様に散々克服する努力をするようにと言われて来ているけれども。

 

それでも、まだまったく出来ていない。

 

溜息が漏れる。

 

メイドが来た。

 

王都にたくさんいる、同じ顔の一族だ。どうして同じ顔なのかはパティも知らない。ただこの一族が、とんでもなく優秀な事。

 

戦士としても、王都で五本の指に入るほど優れた者が何人もいることはパティも知っている。

 

どうして同じ顔なのかは分からないが。

 

敬意は払うようにはしていた。

 

「パトリツィア様。 アーベルハイム卿がお呼びです」

 

「はい。 すぐに行きます」

 

一礼すると、メイドがさがる。

 

深呼吸すると、お父様の執務室に行く。

 

これから、夜にかけてお父様は出かける筈だ。つまり、時間を採れないから、急ぎで話をするつもりなのだろう。

 

ライザさんに何か無理でもふっかけられたのか。

 

それとも、自身の失態によるものか。

 

パティは少しだけ逡巡すると、執務室の戸を開く。

 

お父様は、いつもらしくもなく。不安そうに腕組みして考え込んでいた。窓の外をじっと見ている。

 

その背中は大きいけれど。

 

どこか寂しいように思えた。

 

「お父様」

 

「パティ、ライザ君はお前の監視に気付いていたようだ」

 

「えっ……」

 

あんなに距離を取っていたのにか。

 

そうか。遺跡の中でも変な事をやっていた。ああいうときには、全て見られていたのかも知れない。

 

汗顔の至りとはこのことだ。

 

情けない。

 

これでも、アーベルハイムの代表として、ライザさんの監視を任されていたのに。任務を達成出来なかった。

 

「ただ、ライザ君はそれを怒ってはいなかった。 なんでもライザ君は、これから更に危険な遺跡に出向くと言う事でね」

 

「もっと危険な……どうして。 あの人は、一体何を考えているんですか」

 

「ライザ君は三年前に、強大な魔物と戦ったと言っている。 タオ君もその魔物と戦った一人だそうだ。 その魔物……ドラゴンすらも危険度で及ばない存在が、王都近辺にもいる可能性があるそうだ。 その調査に来たと言う事でな。 私としても、放置はしておけん」

 

「!」

 

強大な魔物。

 

あのライザさんが、そこまでいう程の相手か。

 

身震いする。

 

そして、お父様は咳払いしていた。

 

「パティ、お前が決めなさい。 ライザ君は、パティが同行するなら、それはそれでかまわないと言っていた。 タオ君の事も気になるだろう」

 

「ど、どうしてタオさんの事が気になるとかになるんですか!」

 

「はあ。 ともかく、一晩はあるから、じっくり考えなさい。 ライザ君は、恐らく対応次第ではアーベルハイムから距離を置く。 下手をすると、タオ君もな」

 

それは、困る。

 

文字通り血の気が引くのが分かる。

 

タオさんに対する思いの正体がなんなのかは、パティも分かっている。

 

自分が朴念仁で。

 

思考回路が野蛮人だと言う事も、何処かで理解は出来ているけれども。

 

それでもだ。

 

「判断は、任せる。 どの道、ライザ君は私も監視しなければならない。 あれほどの手練れ、あれほどの技術力、もしも王都をひっくり返そうと思えば簡単な筈だ。 それをしないのには理由がある。 それが人道的な理由であろうことは私も思うのだが。 それでももしも怒らせた場合には、理不尽な破滅が王都を覆うかも知れない」

 

お父様の立場では、それもそうなのだろう。

 

だからパティは。

 

俯くしか出来なかった。

 

「ライザ君の調査に同行するつもりなら、一戦一戦で見敵必殺の覚悟を持ちなさい。 実戦について、今できる事は全てしなさい。 そうしないと死ぬ事になるだろう」

 

「分かりました、お父様」

 

「私はこれからくだらん社交界に出てくる。 王は相変わらず王都周辺の魔物の駆除には興味がない。 私が戦士を育成して、街道の護りを固めるべきだと何度進言しても、全く興味を見せない。 だから今は、少しでも私の敵を減らすように動くしかないのだ」

 

お父様はお父様の戦いをしている。

 

パティは頷くと。

 

自分の戦いをすべく、自室に戻る。

 

ライザさんのあの目。

 

あの目は、覚悟を決めろというものだったのだ。

 

それは分かった。

 

そしてふるえも来る。

 

今まで、相手が興味を持っていないも同然だっただけで。とっくに見つかっていたというのは、恐怖だった。

 

手練れの魔術師になると、遠距離探知が出来ると聞いていた。

 

ただそれはあくまで探知の固有魔術を持っているような専門家の話だとも聞いていた。

 

ライザさんの専門は熱操作。

 

だとすると、ごく一般的な魔術である。魔術師の中には、水の煮沸を仕事にして、それで食べている人も多い。

 

それくらいに、珍しく無い魔術だ。

 

だが、ライザさんは熱の槍で鼬を一瞬で仕留めたりと、とんでもない技量まで魔術を磨き抜いている。

 

たかが二十歳でだ。

 

それに加えて錬金術である。

 

体術に関しても、多分王都で確実に勝てると言える騎士なんて、あまりいないだろう。強いていうなら、アーベルハイムにもいるあのメイドの一族の人間くらいだろうか。それでも、確実とは行かないはずだ。

 

何も頭が回らない。

 

一晩で、決断しなければならない。

 

ライザさんの所に行って、今まで監視していてすみませんでしたと頭を下げて。それで、一緒に危険な魔物とやらの調査をするか。

 

それとも、一度身を引いて。

 

タオさんとも、恐らく別れる事になるか。

 

左手首を。ぐっと右手で掴んで。それでしばらく唇を噛む。

 

震えが止まらない。

 

情けない左手首を、必死に握り続けた。

 

しばらくして、落ち着いて来たので。愛用の長刃を手に、裏庭に。お父様はとっくに社交界やらに出かけた後だ。

 

もうパティも何度か出かけたことがあり。

 

好きでもない男と踊ったことはあるが。

 

はっきりいってあんなものは茶番だ。

 

でてくる菓子も、美味よりも珍味が優先される。

 

結果として、酷い臭いが出ていたり。味も最悪だったりと。ろくな代物でもない。

 

夢を見る人間も多いかも知れないが。

 

あそこは全ての言動が政治になる伏魔殿であって。

 

誰もあんな所でたのしんで何ていないし。

 

誰も幸せに何てならないのだ。

 

しばらく、無心に素振りをする。メイドが来て。棒を手に取る。

 

幼い頃から、彼女の姿はまったく変わっていない。

 

師範を何人か頼んだのは、簡単な理由だ。

 

彼女が圧倒的過ぎて、今までのパティでは手も足も出なかったからだ。

 

「気晴らしのために、少しお相手いたします」

 

「承りました」

 

礼。

 

相手が使用人であっても、礼儀を欠かすな。

 

相手は同じ人間だ。

 

貴族は使用人を人間と見なしていないような連中もいるが。

 

使用人だろうが人間だし、そもそも貴族は別に他の人間に比べて優れている訳でもない。

 

だから、相手が年長者や部外者であるなら、必ず敬語をもって接しろ。

 

それがお父様の教えだ。

 

しばらく、無心に型稽古をする。メイドの彼女がやるのと、同じ動きをして、長刃を回す。

 

振る。

 

突く。

 

そして斬る。

 

全てに合理的な意味があり。

 

だからこそに、型稽古は重視される。

 

鞘に刃を収めて。

 

鞘から刃を滑らせて、加速して抜く。そして、返す刀で一気に相手を仕留めきる。

 

居合いと呼ばれる東方の技。

 

そして、居合いは速度だけは凄まじいが、装甲が厚い相手には決定打にはならない。居合いで動きを止めて、二太刀目でとどめを刺す。

 

それが居合いというものだ。

 

その後、パティも棒を手に取る。

 

しばらくは乱取りと呼ばれる、対戦型の稽古をする。同じ得物での稽古は久しぶりである。

 

「刃が乱れておいでですね。 腰をもう少し入れましょう」

 

「分かっています」

 

「今日のライザリンさまとの話でなにかあったのですね。 私はそれを聞く立場でないので、それについて何かをいうつもりはありません。 ただ、命が掛かっているような事であることは分かります。 最悪の場合は、私が代わりにライザリンさまの所に出向いて、一緒に仕事をいたしましょう」

 

「それは困ります」

 

この人は。

 

お母様の事を殆ど覚えていないパティにとって、実質的な母も同じなのだ。

 

そんな人を、代理に出せない。

 

お父様は、お母様がいなくなってから。代わりの女を見繕うようなことをせず。ずっとお母様への愛を貫いている。

 

それはとても立派だけれども。

 

残念だけれども、それを女として尊敬できても。

 

子供として、今いない、記憶にもない人を、お母様と認識するのは無理だ。

 

いつの間にか、パティはこの人の事を、何処かでお母様として認識するようになっていた。

 

勿論それを、誰かにいうつもりは一切ない。

 

特に貴族にでも知られたら、それこそ致命的なスキャンダルになりかねないからだ。

 

アーベルハイムが単に気に入らなくて。

 

引きずり降ろしてやりたいと考えているアホ貴族は幾らでもいる。

 

アーベルハイムが街道周辺の警備をどれだけやっているか分かっていないし。魔物の恐ろしさも理解していない。

 

そんな連中に、隙を見せるわけにはいかないのだ。

 

パンと、鋭い音とともに棒を叩き落とされる。

 

手が痛むが、メイドは容赦してくれない。

 

もう一本。

 

そう言われて。棒を手に取る。

 

現状の乱取りでの戦績は、200回やって1回一本とれれば良い方、くらいである。

 

それくらい、力に差があるのだ。

 

ましてや、今日くらい心が乱れていれば。

 

勝てるものも勝てない。

 

何度も棒を叩き落とされる。

 

やがて、体力の限界が来て、立てなくなる。メイドが棒をおくと、手をさしのべて来た。

 

「夕食にいたしましょう」

 

「はい。 稽古有難うございます」

 

「アーベルハイム卿は、今日は外泊の予定だそうにございます」

 

「わかりました」

 

幼い頃は、寂しくて随分とベッドに涙を吸わせたっけ。

 

今日は、無言で夕食にした後、考え込む。

 

やがて。決める。

 

未熟だ。

 

力だって弱い。まだとてもではないけれども、ライザさんと勝負の土俵に立つどころじゃあない。

 

だけれども、パティはタオさんの側にいたい。

 

それに、ライザさんの事だって嫌いじゃない。

 

側で、いろいろ見たい。

 

あの人ほどの力の持ち主の側にいれば、きっと良い影響を受けられる。それは怖い目をしている事も時々あるけれども。

 

パティは今後、伏魔殿で金の事しか考えていないようなゴミカス以下と、やりあっていかなければならないのだ。

 

王都を守るためにも。

 

そのためには、今後貴族なんて鼻で笑えるくらいの度胸が必要になる。

 

実戦経験もだ。

 

エンチャントを色々と用いて、自身を強化しているパティは、鍛え方が足りないその辺に幾らでもいる男性戦士程度だったら苦戦する事はない。

 

それでも、魔物と戦うと力不足が目立つのもまた事実なのだ。

 

だから、しっかり心も体も。

 

此処で鍛え直さなければならなかった。

 

 

 

早朝。

 

ライザが借りている部屋の外。七階建ての建物の前で、朝のルーチン。体操、瞑想。その後伸びをしていると、パティが来る。

 

早朝にもう来たか。

 

フィーが大喜びしている。

 

フィーもパティが好きなのだろう。

 

「おはようパティ。 随分朝早いね」

 

「はい。 少しでも早く言いたかったことがありますので」

 

大股で歩いて来たパティは。

 

いきなり。ツインテールに結っている髪が。ひょこんと跳び上がるほどの勢いで、頭をあたしに下げていた。

 

「今まで、影から監視していてすみませんでした」

 

「それはいいよ。 今までは危険な場所には足を運んでいなかったしね」

 

「今後は、危険な場所に行くんですね」

 

「そうなるね。 あたしの友達にも声を掛けているんだけれども、中々人が集まらなくて困ってる」

 

パティは、胸に手を当てると。

 

良い意味で貴族らしい、びしっとした動作で言うのだった。

 

「それならば、私も連れて行ってください。 現役の騎士くらいの仕事は、なんとかしてみせます」

 

「騎士程度では足りないかもしれないよ」

 

「頑張ってついていきます!」

 

「真面目だと思っていたけど、想像以上だね。 分かった。 それじゃあ、今後は影からじゃなくて、堂々とあたしを監視していなさい」

 

口をへの字に引き結んだパティは。

 

もう一度、よろしくお願いしますといった。

 

そして、一度アーベルハイム邸に戻っていく。

 

なんとも元気で、活力に溢れているなあと思う。

 

クーケン島に生まれていたら、多分悪ガキ軍団に後から加入したのかも知れない。怖がって泣いているのを側で見ただろうか。そう思うと、ちょっと邪悪な笑いが漏れてくる。

 

「フィー! フィーフィー!」

 

「パティね、これから一緒に冒険するって」

 

「フィー!」

 

嬉しそうに飛び回るフィー。

 

今の所、体調は良さそうだ。

 

卵から孵って僅か数日。

 

フィーは、充分に現時点では元気である。あくまで、現時点では。

 

アトリエに戻ると、朝の内に調合を幾つかしておく。トラベルボトルに戻って入手しておいた鉱石を、エーテルで分解。

 

要素を取りだして、インゴットにしていく。

 

パティはそれなりに良い剣を持っていたが。

 

まずは、インゴットからだ。

 

幾つか、種類ごとに分けて作っておく。

 

職人区に後で持っていって、様子を確認する事になるだろう。

 

パティが来たと言う事は、もう許可は下りているはず。或いは、パティに決断をヴォルカーさんがゆだねたのかも知れない。

 

だとすると、随分と優しいお父さんだ。

 

うちの両親なんて、錬金術やりたいってあたしに対して散々反対したし。

 

なんなら成果物を見せても、稼いでも。

 

それでもまだ認めてくれないというのに。

 

羨ましいなあ。

 

そんな事を思いながら、試験用のインゴットを幾つか作っておく。ゴルドテリオンはインゴット一つだけ。

 

他はブロンズアイゼン、クリミネアばかり。

 

これらは職人の腕を試すための試験用。

 

ゴルドテリオンは、パティの剣を作る為のものだ。

 

パティも良い剣を使っているが、それだけだと多分足りなくなるだろうと思っている。今のうちに、準備だけはしておくのだ。

 

タオとボオスが来る。

 

ボオスはまだ辛そうだな。

 

栄養剤を飲んでいるか、開口一番に聞くが。

 

飲んでいると、だるそうに答えられた。

 

本当にだるいのだろうから、あまり無理を強いることも出来ない。

 

先に、話をしておく。

 

「次の探索から、パティが同行するから、そのつもりで」

 

「ほう?」

 

「えっ……」

 

「タオ、気付いていなかった? ずっとパティ、影から隠れて此方をついてきていたんだよ」

 

タオが愕然とする。

 

珍しく怒っているのが分かる。

 

ボオスが。咳払いしていた。

 

「タオ、落ち着け。 お前なら分かるだろうが、アーベルハイム卿の立場から考えれば当然だ。 今のライザの実力は、この狭い王都なんて、その気になれば一日で血の海に出来るんだぞ」

 

「それは分かっているけれど」

 

「いや、出来ないとはいわないけど、ボオス、もうちょっとなんというか」

 

まあ、それで伝わるから良いけど。

 

咳払いすると、順番に伝える。

 

パティはあくまでアーベルハイム卿の指示で、あたしらを監視していたこと。

 

勿論パティの本音としては、タオがあたしと一緒にいる事にやきもちだったのもあるのだろうけれども。

 

ただ、あたしに対してもパティは強く興味を持っていて。

 

前に一緒に歩いているときに、劣等感を口にした事がある。

 

実際問題、客観的な視点を持っていれば。王都が如何に危うい場所で。こんなどうでもいい井戸の底で偉そうに振る舞っている貴族がどんだけどうでもいい連中か何て、即座に分かる。

 

そんな連中と渡り合う為に、何もかも自分を律している自分が、色々と歯がゆかったのだろう。

 

「というわけで、タオ。 パティはあくまでお仕事で監視をしていたのだから、怒ったりはしないようにね」

 

「ライザ、それでいいのかい?」

 

「勿論いいよ。 実の所、王都でこんなまともな貴族と出会えるとは最初は思っていなかったし。 ヴォルカーさん、人間として筋をしっかり通すし、自分がやるべき事も理解しているし、他の貴族なんか全部処分してもいいけど、この人は残さないとまずいんじゃないかなと思う」

 

「相変わらず過激だな……」

 

ボオスが呆れた。

 

勿論あたしも半分は冗談で言っている。

 

半分は。

 

タオが咳払いした。

 

「分かった。 とにかく、本題に移ろう」

 

「やっとか」

 

「昨日のうちに調査を進めて、まだ未踏破の遺跡の内、要塞のような造りをしているものについて、他にもある事が分かってきたんだ」

 

「そうだろうな」

 

ボオスも、たくさんこの辺りに遺跡があることは知っている。

 

これはまあ、当然の反応であるだろう。

 

「ただ問題があってね。 具体的な場所がどれも分からない」

 

「なんでだ。 遺跡は散々あるじゃねえか」

 

「文字通りの意味だよ。 遺跡の中には、密林なんかに埋もれてしまうものも珍しく無いんだ。 王都の周辺だって、東西の街道くらいしかまともな人間の生存圏はない。 数百年で人跡未踏の場所になるのは、不思議ではないよ」

 

それだけではない、とタオは言う。

 

どうもこの近辺、地形などの点でおかしい事が見受けられるのだとか。

 

地形、か。

 

詳しく話を聞かせて貰う。

 

「例えばだけれど、街道から北に少し行くだけで、砂漠地帯が拡がっているんだ」

 

「ああ、聞いているぜ。 ドラゴンの目撃例もある危険地帯らしいな」

 

「そうなんだよ。 だけれどもね、周囲の川の位置とかから考えて、本来は砂漠なんかになる筈がないんだ」

 

おかしな事は他にも幾つもあるそうだ。

 

川などに関しても、どうも流れに人の手が加わった節があるという。

 

街道の北に流れている何本かの川にその形跡が見られ。途中にある湖にも、同じようなおかしな点があるという。

 

「いわゆる運河って奴か」

 

「運河?」

 

「人間がアーミーを作れるくらい数がいた時代に存在した構造体だよ。 水運のために、文字通り川を作ったりしたんだ。 今では歴史に名前が出てくるくらいで、魔物の脅威にさらされながらそんな事を出来る都市なんてどこにもない。 ここロテスヴァッサも例外ではないよ」

 

それもあるからか、一部の貴族はこの運河を歴史の闇に葬ろうとしている節があるという。

 

自分達が大した存在では無いと気付かれたくないのだろう。

 

ぶっちゃけ無駄だ。

 

誰も貴族なんか、今は尊敬なんかしていない。ヴォルカーさんみたいな例外はともかくである。

 

とにかくだ。

 

この辺りの地形では、本来の常識ではありえないものがあっても不思議では無いと考えて良さそうだ。

 

あたしもそれは、先に理解しておく。

 

「それで、どうするんだ北の渓谷とやらは」

 

「一応、調べられるだけの資料は集めて調べてきた。 とはいっても、道中にワイバーンが出る事もあって、討伐隊がたまに遠征するくらいみたいだね。 その討伐隊も、途中で被害を出す前に引き上げるから、及び腰で地図なんてとてもとても」

 

「冒険者とやらは何をやってるの?」

 

「無茶を言うなよ。 王都の周りを見ればお察しだろ」

 

あたしのちょっと残酷なものいいに。

 

呆れて、ボオスが苦言を呈するのだった。

 

まあそれもそうか。

 

或いはこの世界が、別の世界だったら。まあ無意味な前提だけれども。腕利きの冒険者とかがいて。

 

ワイバーンくらいならさくさく蹴散らして、街道の奧へいけるのかも知れないが。

 

残念ながらこの世界はそうじゃない。

 

他にも幾つかの打ち合わせを軽くしてから、解散。

 

出るのは、明日の朝だ。

 

パティには、今日タオから連絡してくれるという。

 

それならば、あたしは。

 

今日の内に、やるべき事を幾つかやっておくとしよう。

 

パティのために、道具類を幾つか作っておく。

 

元々外で戦える装備はある程度持っているが、此処からは「ある程度」ではまずい。

 

近場で仕留めた魔物なんかの素材を惜しみなく投入して、エーテルで要素を抽出。分解して、装備の材料にしていく。

 

今までもクーケン島で、護り手に色々納品していたこともある。

 

体に強化をかけるための装備。

 

エンチャント系の魔術よりもずっと倍率が高いものは。

 

既に作れるようになっている。

 

パティはかなり歩き慣れている筈だが、それでもヒールだの何だのは問題外だ。それについては、本人も理解はしているだろう。

 

ただ、用意してきた外征用の靴でもちょっと厳しいかも知れない。

 

サイズをある程度調整出来る靴を用意しておく。

 

それに手袋だ。

 

戦闘時、手のひらや皮が傷つくと、想像以上にダメージが出る。

 

手袋があるのは、お洒落のためではない。

 

あたしのように蹴り技を切り札にしていて、打撃用に杖をたまに使うくらいだったら兎も角。

 

パティはあの長い片刃剣を用いて戦っているとなると。

 

それは、手袋が必須になる。これもてきぱきと作る。

 

フィーが釜で作られる装飾品をじっと見ている。

 

やがて靴が仕上がると、フィーは自分の事のように喜んで飛び回る。

 

まあかなり知能が高いようだし、分かっているのだろう。

 

これがパティのためのものだと。

 

かなり無骨な靴だが、それでも野山をしゃれた靴で行って、ボロボロにしたり。足をボロボロにしたりするよりはマシだ。

 

更に手袋も。

 

これもしゃれっ気よりも実用性を重視する。

 

実際に作った後、嵌めて確認。

 

握力の強化も出来るし、何よりも力そのものをかなりパワーアップすることが出来る。これが大きい。

 

パティはガタイの割りには鍛えているようだが、それでもどうしても固有魔術がエンチャントだと限界がある。

 

固有魔術が身体強化だったらこれはあまり必要なかったかも知れない。

 

だが、パティは使う刃物を強化しているので、どうしても自身の能力を地力で高めなければならない。身体強化魔術も併用で使っているかも知れないが、魔力量から見て、はっきりいって大した倍率は掛けられていない。

 

その自己鍛錬を怠っているとは思わないが。

 

やっぱりお嬢様相応だ。

 

だから、これをつけてもらう。

 

そうしないと、危なくてワイバーンが平気で飛んでいるような場所には連れて行けないのである。

 

しかも下手をするとクライミングをするような場所だ。

 

パティを死なせたりしたら、あたしもヴォルカーさんに顔向けができない。

 

装備を幾つか作って、次だ。

 

フィーとともに、バレンツ商会に出向く。

 

そして、何人か、腕利きの鍛冶師を教えて貰った。

 

インゴットを納入するのも済ませておく。これは事前に決めている納入を、こっちでも出来るか試すため。

 

実は既に前倒しで納入は済ませてあるのだけれども。

 

こうやって、不測の事態に備えておくのだ。

 

勿論クラウディアについても確認する。

 

レントも。

 

二人とも、まだ此方には来られないらしい。そうかと、あたしは肩を落とす他なかった。

 

ともかく今は、やれることを順番にやっていくしかない。

 

何もかもが珍しくて、目を輝かせているフィーに促して、先に行く。

 

鍛冶師の工房は、それはそれで危ない場所だ。

 

先に注意は、促しておかなければならなかった。

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