暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2   作:dwwyakata@2024

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豆知識。

※魔物

この作品世界では、何度か説明していますが、人間を小細工なしで殺せるパワーを持つ人間以外の生物を魔物と定義しています。つまり馬とか牛とかも広義で魔物に含まれます。

また魔物は我々の世界にいる生物より基本的に強力で、例えばサメはサメ映画のサメが如く陸を平然と動き回ります(※これについては原作通りです)。

ただこれらの魔物が人間に対して一斉攻勢に出たのは、古代クリント王国がフィルフサとの戦闘で破綻してからになります。魔物の大攻勢により、人間は全盛期の数%まで減っている。それがこの世界の状況です。


2、峡谷の奧

パティの目の前で、巨大なサメが解体されていく。

 

こんな奴、警備の戦士が多数犠牲になるのを覚悟して、総力戦を挑んで、それでも勝てるか分からない。

 

それをライザさんとタオさんだけで倒してしまった。

 

力の差を感じて悔しいという以前に。

 

この二人の手練れに、唖然としてしまう。

 

大きな肉塊。

 

零れ出る内臓。

 

そしてライザさんは、体内から何か巨大な魔力の塊を取りだしていた。タオさんはてこの原理を使って消化器官を引っ張り出し、開いて中身を確認しているようだった。

 

「流石にこの場所だし、人の残骸はないね」

 

「じゃあ、肉は食べてしまおうか。 出来るだけ」

 

「分かった」

 

サメの背びれは、そのまま持っていくらしい。

 

というか、人間を躊躇なく襲いに来た時点で、このサメは人間を喰らった経験があるのだろう。

 

サメは魚だった時代から、陸に上がるようになって。魔術と知識を獲得したという話をタオさんから聞いた。

 

タオさんが通っている学院で、昔の学者が調べたらしい。

 

様々な資料から、ほぼこれは確定だそうだ。

 

それと同時に、人間への強い敵意も獲得したそうで。

 

各地でサメによる被害が大きくなる要因だそうだ。

 

同じような変化を遂げていった生物には、鼬などがいるらしい。これらの理由についてはよく分かっていないそうだ。

 

いずれにしても、これらの生物とは。

 

残念ながらわかり合えない。

 

「パティ、立てるようになった?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「無理はしないで。 とにかく、最初は戦闘になれていこう。 渡している装備の性能は、此奴くらいだったら渡り合えるものだよ。 それに昔のタオに比べたら、全然動けてるよ」

 

「ライザの言う通りだよ。 僕も昔は本当に憶病で、魔物が出るたんびに腰が引けてたんだから」

 

そんな。

 

今の戦いぶりを見ると、とても信じられない。

 

とにかく、まだふるえている足を叱咤して、何とか歩いて。

 

サメの解体を手伝う。

 

とにかく二人は手慣れていて、肉は肉で分けて、内臓で使えないものは全て捨てて焼却している。

 

本当に手慣れている二人を見て、呆然としているパティに。

 

ライザさんが、丁寧に指導してくれた。

 

それでやっと動ける。

 

サメの皮の一部。それに巨大な顎は外して、持ち帰るそうだ。

 

このサメは、既に人を殺している可能性が高い。

 

それもあって、生かしてはおけないと言う事だ。

 

まあそれについては分かる。

 

基本的にサメは、特に陸に上がって活動できる品種は、人間に対して極めて攻撃的である。

 

それはパティも知っている。

 

街道からだいぶ離れているとは言え、あの躊躇なく殺しに来た様子。明らかに人間の味を知っている。

 

倒せておいて、正解だったのではないかとパティも思う。

 

だけれども巨大な顎の骨を平気で外して加工している様子を見ると、腰が引けるのも事実だった。

 

荷車に詰め込んで、先に進む。

 

峡谷を抜けると、一度そのまま引き返す。途中でタオさんが、何度かメモを取っていた。既に写してきてある地図を、それで補填するらしい。

 

「ええと、遺跡らしいものは、この辺りにあるんですか?」

 

「正確にはこの西、崖の上だね」

 

「崖を登るんですか?」

 

「いや、そこまでしなくても、崖の上に上がれる場所が何カ所かある。 来る途中でも発見できたんだ」

 

本当か。

 

パティとしては、本当に驚く事ばかりだ。

 

時々ライザさんが、タオさんに言われて跳躍している。

 

身体強化の魔術を使っているわけでも無さそうなのに、軽く身長の十倍以上は跳んでいる。

 

それを見て、何度も顎が外れそうになるが。

 

ただドラゴンを倒すのには、これくらいないと駄目なのだろう。

 

しかもライザさんは、ドラゴンよりも危険な魔物を探しているという。

 

それだったら、なおさらなのかも知れない。

 

「この辺りはどう?」

 

「今ちらっと見たけれど、ちょっと無理かな」

 

「分かった。 それならば、この辺りは……」

 

「其処なら有望。 ただし魔物が……」

 

話は断片的に聞こえるが、それだけだ。

 

とりあえず、その日はそのまま引き返す。

 

一部とは言え巨大なサメの亡骸を運んでいるというのは、魔物にも何を意味しているのか分かるのだろう。

 

帰路は、何も仕掛けてこなかった。

 

 

 

そのまま家に戻ろうかと思ったけれども。

 

パティはまずはカフェに出向いた。タオさんの提案によるものだ。

 

ライザさんが、カフェの女主人と色々と話をしている。そして、ラプトルの頭の羽根を見せると。

 

驚いたように、カフェの女主人は帳簿を取りだし。

 

そして一致している魔物がいるという話になっていた。

 

「倒したんですか? この羽根からして」

 

「はい。 この爪もどうですか」

 

「こ、こんな巨大なラプトルの爪、見た事もないわ」

 

「本当だ……」

 

わいわいと集まってくる荒くれ達。

 

パティの事を知っている人も多いので。そういう人は若干遠慮がちだった。

 

「あの、パトリツィア様」

 

「はい」

 

「貴方も戦闘に参加を」

 

「参加しました。 お二人の戦力は本物です」

 

おおと、声が上がる。

 

これが戦績の証明になったのなら有り難い。ライザさんはそれなりのお金を受け取っていた。

 

そして、カフェを出ると。

 

パティにもお金を分けてくれた。

 

「えっ!? そんな、申し訳ないです。 私殆ど何も……」

 

「此奴は時々街道にまで出張して、今まで商人の隊商を何度も襲った経歴持ちらしくてね。 此奴に親を殺されて、仇討ちの賞金まで設定していた人がいるらしいの。 だから、その仇を討った戦いに参加したと言う事で、お金は受け取っておいて」

 

「パティがそうしたということで、それは実際に戦闘が起きて、凶悪な魔物を倒した事に対する証拠になるんだよ」

 

タオさんもそんな事を言う。

 

そう言われると。

 

あのラプトルに殺された人へのたむけにはなるか。

 

しかし、あのラプトルの肉を食べてしまった。その肉の栄養になった人がやはりいたのだと思うと。

 

今更になって、胸が痛む。

 

お金は受け取る。

 

そして、明日も朝一番で出立することを告げられて。後は頷くことしか出来なかった。

 

毎日遺跡探索に出られる訳ではない。夕方から宿題中心とは言え、貴族院の勉学はこなさないといけない。

 

それも、今日明日は、少し量を増やして対応する必要があるだろう。

 

数学は殆ど終わっているのだが。

 

それもタオさんに、前倒しでやってもらって、それで時間を作ったからだ。

 

自宅に戻ると、無言で風呂に入る。

 

魔物退治で、真っ先にお父様が風呂に入っていた理由が、今更ながらに理解出来た気がする。

 

お父様が連れていた歴戦の手練れ達に、如何に負担を掛けていたのかも。

 

ラプトルとの戦いも、サメとの戦いも。

 

思い出して。目の前が青ざめそうになる程だ。

 

血の気が引くというのはこのことか。

 

血だったら別に見慣れている。

 

そういう体だし。

 

魔物とも散々戦って来ているのだから。

 

だけれども、これほど強く死の臭いを嗅いだのは始めてかも知れない。

 

風呂から上がると。

 

後は、ほとんど惰性で宿題をやって。

 

メイドに採点してもらって、随分と駄目出しをされ。上手く行くまで、じっと勉強に集中したが。

 

勉強に集中できるまで。

 

随分と時間を掛けてしまった。

 

我ながら情けない。

 

そう思う。

 

帰路、フィーが随分とパティの事を心配してくれていたのが分かった。フィーの事は、パティも可愛いと思う。それに何より、言葉を随分理解してくれている。

 

そんなフィーに心配を掛けてしまったのは。

 

それもそれで、とても悲しい事だった。

 

 

 

翌朝。

 

パティは起きだして、軽く体を動かしてから出る。

 

なおお父様はとっくに出かけていた。少し進捗を話したかったのだが。それも気を遣ってくれたのかも知れなかった。

 

駄目だ。

 

子供過ぎて、話にもならない。

 

ライザさんは帰った後も、錬金術をすると言っていたし。

 

タオさんはタオさんで、今色々な資料を漁って調査のために動いていると言う事だ。

 

パティが隠れてついていった森の中にあった遺跡。

 

あの中で見つけた手帳に、色々と書いてあったらしいのだが。

 

それらをまとめた上で、他の資料とも情報を精査しているらしい。

 

今の時点では殆ど成果は出ていないらしいが。

 

近辺に伝わる民謡などを中心に調べているとかで。

 

ライザさん達をもってして強大とまで言わしめる魔物がいる可能性があるのだとすれば。

 

それだけ慎重に調査するのも、当然なのかも知れなかった。

 

体を温めてから、ライザさんのアトリエに。

 

アトリエと呼ぶと言う事だったので、そうすることにする。

 

宿を貸しているのはアーベルハイムだけれども。

 

ライザさんのおかげで、高品質のインゴットや布、更にはゼッテルが流通していることを考えると。

 

その存在は軽視できないし。

 

お父様も、今後もしっかり側で見るようにといっていたのも当然だと言えた。

 

他の王都の貴族は、保身と蓄財しか考えていないが。

 

お父様は違う。

 

パティもそうあらなければならない。

 

他の腐れ貴族だったら、パティを何処かの貴族の子弟の……場合によっては親以上も年が離れた貴族に嫁にやって。

 

自分の権力基盤の強化に使っていただろう。

 

お父様はパティの人生を大事に考えてくれている。

 

その時点で、パティは感謝しかない。

 

そして王都の民の事も考えると。

 

今後も、貴族としてきちんとした存在にならなければならないと思うのだった。

 

アトリエにつく。

 

ライザさんは、既に柔軟をやっていた。それだけじゃあない。魔力を練り上げてもいる。

 

同時にそれをやっているのだから凄まじい。

 

ただ、魔力を練る瞑想は、それはそれで別にやっているそうだから。

 

これは実戦を想定した、ただの体操に過ぎないのだろう。

 

フィーが嬉しそうに飛び回っている。

 

多分ライザさんの魔力が栄養になっているのだ。

 

魔石の魔力を吸い上げるという話を聞いている。

 

だとすれば、この炸裂するような魔力は、フィーにとってはごちそうなのだろう。

 

「フィー! フィーフィー!」

 

「おはようございます。 ライザさん、フィー」

 

「おはようパティ。 もうすぐタオとボオスが来ると思うから、ブリーフィングからね」

 

「はい」

 

一緒になって軽く体操をする。

 

そうすると、すぐにタオさんとボオスさんも来る。やっぱり疲れ気味のボオスさん。元々地方の有力者の子息らしいから、体力がないのは仕方がないのかも知れない。

 

王都の貴族達は地方の有力者を馬鹿にしているが。

 

実際には彼等は、地方領主に等しく。

 

実質的な領土なんかないに等しい王都の貴族と違って。

 

広大な土地と多くの民を、実際に支配している存在だ。

 

そういう意味で、ボオスさんとコネを作っておくのは大いに意味がある。

 

ましてやクーケン島は、ライザさんの根城だ。

 

今後世界に大きな影響を与える起爆点となる可能性が高い。

 

こう言う意味でのコネ作りは、パティにも意味があると思う。

 

アトリエに入る。

 

すぐにお茶が出て来たが。なんとボオスさんが淹れていた。技量もしっかりしたものだ。

 

同じ茶葉でも、ライザさんの淹れたお茶よりもだいぶ美味しい。

 

そう思っても顔に出すのは失礼だと思ったが。

 

当のライザさんが自分から言う。

 

「おお。 ボオス、お茶美味しく淹れられるね」

 

「少しずつ出来る事を増やしているだけだ。 俺は俺で、今後は幾つも面倒な仕事をしなければならねえからな」

 

「ははは。 モリッツさんが戻って来たボオスを見たら、吃驚するだろうね。 三日会わざれば刮目してみよって奴だ」

 

「そうだな。 そうだと良いんだが」

 

タオさんが咳払い。

 

そして、説明を始めた。

 

「ええと、幾つかの民謡を調査していった結果、手帳の資料とあわせて、分かってきた事があるよ」

 

「民謡?」

 

「うん。 この地方の童歌。 手帳にあった文章と、かなり似通っているものを見つけたんだ」

 

タオさんは言う。

 

なんでも民謡というのは、あっと言う間に変質していくもので。それが何かしらの危険などを直接知らせていない場合は、すぐに歌詞などが変わってしまうのだと言う。

 

より古い資料などを当たって、当時にそれが書かれたことを証明していかなければならない。

 

歴史的資料というのは、基本的に同時代に書かれたものほど価値があり。

 

直接的な証拠を示す資料。例えば化石や、同時代に書かれた文書などは一次資料というらしい。

 

タオさんはここしばらく、図書館でその一次資料を漁って調べていたそうだ。

 

よほど効率的に調べたのだろう。

 

それで疲れていないのだから、大したものだ。

 

「ただ、それでも欠落部分が多くてね。 全体的な把握は、まだ先になってくると思う」

 

「そうか。 それで何か気になるものはあったのか?」

 

「あった。 王、災い、闇夜、大いなる呪い、起こしてはならない。 これらのワードは、同時代の童謡に出てくる。 これらは三百年ほど前の資料で確認できた。 一方、宝というワードも見つけた」

 

「かなりまずそうだな……」

 

ボオスさんが腕組みする。

 

この人も、ライザさんが戦った魔物は見た事があるらしい。

 

と言う事は。

 

その恐ろしさも知っているのだろう。

 

「ワードを見る限り、例の奴とは特定はまだ出来ないね」

 

「うん。 ただ、三百年前より更に古い資料がもし見つかれば、もっとこのワードを絞り込めるかも知れない。 そうなると……」

 

「水とか雨が出てくると要注意なんだけれども」

 

いずれにしても、パティには分からない世界だ。

 

この三人が、しっかり情報を共有している。

 

そして、何となく分かってきている。

 

ライザさんは、どっちにもなんの異性としての興味を持っていない。

 

多分タオさんとボオスさんも、それは同じのようだ。

 

男女の友情は成立しないなんて話を聞くのに。

 

この三人は、それが成立している。

 

素敵な人達。

 

それなのに、嫉妬している自分の醜いこと。

 

パティは、自分の事が嫌いになりそうだった。

 

「パティ?」

 

「は、はいっ」

 

「出るよ。 今日は過去に発見されている実際の扉の所まで行こう」

 

「分かりました!」

 

立ち上がると、荷車をてきぱき出してくるタオさんとライザさんを手伝う。とはいっても、荷物をまとめて外に出る準備をするだけだが。

 

城門から街の外に出る。

 

カーティアがいたので、話はしておく。

 

カーティアは最初無言になったが。

 

ライザさんとタオさんをみて、大丈夫だと思ったのだろう。

 

お気をつけくださいと、それだけ言った。

 

荷車は、昨日大物の魔物の残骸を二体ぶんも積んでいたとは思えない程綺麗になっている。

 

生臭さもない。

 

本当に凄いな錬金術って。

 

そう思いながら、黙々と行くが。

 

途中から、ライザさんとタオさんが速度を上げたので、小走りになる。

 

体が温まるようだ。

 

体力の自動回復の魔術が掛かっていると言うが。これは二人が、速度を上げても平気な訳である。

 

パティはひやひやする。

 

周囲警戒をしながら、この速度でいけるのが信じられない。

 

戦闘時の行動速度を戦速というが。

 

この速度での行動は、とてもではないけれども王都の戦士達には真似できない。これでいて、ライザさんもタオさんも、微塵も油断していない。

 

二人がどれほどの修羅場を潜ってきたのか。

 

これだけでも分かりすぎるほど分かってしまう。

 

渓谷に出るまでに、二度戦闘が発生するが。ライザさんは、パティに経験を積ませようとしているようで。

 

積極的に、雑魚の処理を任せてきた。

 

長刃を振るって、雑魚を仕留める。これくらいはやらないと。そう思う。

 

幸い、長刃は前より馴染んできている。

 

少しずつ、それほど無理をしなくても、敵と戦えるようになってきていて。

 

それだけは嬉しい。

 

敵を斬り伏せて周りながら。

 

倒した魔物の中から、めぼしい素材を拾い上げて。

 

それ以外は焼いて埋めてしまう。

 

小休止を入れながらも、渓谷に辿りついた時間は昨日よりもずっと早い。渓谷には、昨日ほどの危険な気配もなく、パティは周囲を見回しながら、ライザさんに聞く。

 

「此処からはどうするんですか?」

 

「もう少し先の斜面から上がって、それから先に進む事になるかな」

 

「昨日の時点で、もうどう行けば良いか分かっているんですね」

 

「一応理論上は。 ただ、何があるか分かったものじゃないから、気を付けないといけないけれどね」

 

無言になる。

 

油断を微塵もしていないなこの人達。

 

そのまま、河原を急ぐ。パティも荷車を引こうかと提案したが、却下された。

 

どうも体力的な問題らしく。

 

パティを特別扱いしているわけではないらしい。

 

それなら、周囲の警戒に総力を注ぐだけだ。

 

武器に手を掛けながら、周囲を警戒し続ける。

 

ワニが河原でのんびりひなたぼっこをしている。こっちをたまに見たりしているが。ライザさんは気にもしていない。

 

あれは敵ではない。

 

そう判断しているのだろう。

 

勿論仕掛けて来たら、瞬時にローストにしてしまうのだろうが。

 

今は、時間が少しでも惜しいと言う事か。

 

黙々と、渓谷を上がる。

 

斜面と言っても、充分に人間が上がれる斜度だ。ただこの斜度だと、ワイバーンが出ると面倒かも知れない。

 

ライザさんが、何か荷車に処置。

 

そうすると、荷車がぴくりとも動かなくなる。

 

この斜度で。

 

まさか車止めか。

 

いや、車止めくらいはそこそこ良い馬車にはついているが。

 

この荷車には、そんな仕掛けもあるのか。

 

ライザさんが。辺りを見回している。

 

「どう、危険そうなのはいる?」

 

「いる。 こっちを獲物として認識している少し強そうなのが1。 ワイバーンは何体かいて、様子見してる」

 

「……警戒を継続して」

 

「問題ない。 パティ、昨日とは次元違いのがいるから、いつ仕掛けて来ても大丈夫なように備えて」

 

頷く。

 

それしか出来ない。

 

昨日のと次元違い。

 

それだけでも、全身が総毛立つ。

 

とにかく、斜面を急いで上がりきる。

 

それにしても、この荷車。こんなに高性能なのだったら、確かにライザさんの技術力もよく分かる。

 

これを量産出来れば、随分と物流も変わりそうだけれども。

 

いや、雑念は払わないとまずい。

 

今、かなり危険な。それも、お父様や王都の手練れが総出でも全滅しかねないのに狙われていると考えると。

 

冷や汗が止まらなかった。

 

斜面を上がりきると、辺りは荒野になっていた。

 

もう砂漠が目と鼻の先だ。

 

彼方此方クレバスが出来ていて、出来れば用事もないのに足を踏み入れたくはない場所になっている。

 

タオさんが、目を細める。

 

「不自然な地形だねこれは」

 

「さっきの渓谷とはやっぱり違うんですか?」

 

「渓谷によって出来たクレバスは別に不自然ではないんだ。 乾燥しすぎているんだよ、此処は」

 

元は、豊かな森だったのかも知れない。

 

そんな事をタオさんは言う。

 

ライザさんは何も言わない。

 

それに対して、どうこう言える知識がないのだろう。

 

それはパティも同じだ。

 

「ライザ、魔物はどう?」

 

「今の時点では、様子見をしているね。 フィー、危ないからあたしの懐に入っていてね」

 

「フィー!」

 

「じゃ、行こうか。 此処からは速度を落とすよ。 クレバスが埋まっている可能性があるからね」

 

そして、ハンドサインをライザさんが出した。

 

ハンドサインの意味は。

 

恐らく間もなく会敵する、だ。

 

魔物が人間の言葉を把握している可能性を考慮しての、ブラフの言動か。

 

無言になると。パティも了解と、ハンドサインで返していた。

 

音もなく、荒野を行く。

 

速度を落とすといっても、ライザさんとタオさんは文字通り小走りで行くようで。これで事故らないのだとすれば、凄すぎるとしか言えない。

 

パティはついていくのでやっとだ。

 

そして、来る。

 

頭上から、何かが飛び降りてきた。

 

ライザさんが即時で足を止め、散開と叫ぶ。

 

タオさんが荷車をぶんまわして、飛び降りてきた者の爪先を回避。

 

パティは飛び退くので精一杯だった。

 

走鳥だ。

 

それも、今まで見た走鳥とは桁外れに大きい。

 

魔物は基本的に、際限なく成長すると聞いているけれども、こんなに大きくなるのか。

 

それもこれは、全身が真っ赤。

 

こんな目立つ体色をしていると言う事は、身を隠す必要がない事を意味している。

 

翼を拡げて、凄まじい雄叫びを上げる。

 

それだけで、足が竦む。

 

とんでもない魔物だ。

 

これが王都の近くに来ていたら、どれだけの被害が出るのか、想像したくもない。

 

ライザさんが熱槍をノータイムで叩き付けるが。

 

走鳥はシールドを展開して、それを弾き散らす。タオさんが側面に回り込もうとするが、凄まじい速度でバックステップした走鳥が、側面を取らせない。走鳥が口を開く。同時に、がくんと足が立たなくなった。激しい頭痛。

 

何か、された。

 

必死に長刃を杖に、倒れるのだけは避ける。

 

なんだ今の。

 

顔を上げると、至近に走鳥が迫っている。あ。死んだ。

 

そう思った瞬間。

 

迫り来る走鳥の側頭部に、ライザさんが飛び膝を叩き込んでいた。

 

衝撃波が突き抜けるのが見える。

 

普通だったら、これで即死だっただろうが。

 

走鳥は横っ飛びにずり下がりながら、それでも体勢を立て直す。

 

視界がぐらんぐらんしている。

 

何も聞こえない。

 

それで、やっと理解する。

 

おそらくだが、あの走鳥は、音を収束して叩き込んできたのだ。

 

魔物にはそれをやる奴が時々いると聞いていた。あれだけのサイズ。さっきの凄まじい咆哮。

 

出来て当然だと、可能性を考慮しなければならなかった。

 

タオさんとライザさんが、凄まじい勢いで走鳥と渡り合っている。

 

必死に立ち上がるパティ。このまま、好きなようにやらせていて溜まるか。長刃を鞘に収めると、低い体勢から突貫。

 

あの鳥は、パティの事を雑魚とも思っていない。

 

今のも、しとめてひとのみにするつもりだったのだろう。

 

だけれども、そのままやられてやるものか。

 

全くパティを警戒もしていない走鳥の足下に突貫すると、抜き打ち。

 

居合いと呼ばれる、刃を鞘の中で滑らせる技だ。

 

パティの技量はまだまだ。

 

頭を揺らされて、多分力は殆ど出ていない。

 

だけれども、この刃そのものがライザさんが作ったインゴットを、お父様に武具を納品している職人が打ったもの。

 

ざくりと、走鳥の分厚い足が抉られる。

 

意外な方向からの攻撃に、走鳥が一瞬だけ動きを止めるが。パティを見て、鬱陶しそうにする。

 

その目が冷たすぎて、パティはぞくりとした。

 

だが、次の瞬間、

 

タオさんが、残像を作りながら、走鳥の全身を切りつけた。いや、見えなかったが。そうしたのだろう事は分かった。

 

走鳥の全身は羽毛で覆われているが、それでも鮮血を噴き上げる。それほどの手練れと言う事だ。

 

跳びさがろうとする走鳥だが。

 

ライザさんが詠唱をしているのを見て踏みとどまり、よっつある翼を拡げる。

 

それだけで衝撃波が迸り、パティは文字通り吹っ飛ばされ。地面に受け身もとれずに叩き付けられていた。

 

見える。

 

ゆっくり、走鳥がこっちに来る。

 

一瞬で殺すつもりだ。

 

一種の走馬燈。

 

剣から手が離れている。抵抗も出来ない。

 

必死にそれでも、パティは歯を食いしばる。

 

だが、走鳥が。いきなり方向を変える。狙っているのは、本命。詠唱中のライザさんか。

 

タオさんが、再び足下を斬り付けるが、走鳥はそれを今度は残像を作ってかわす。

 

そして、上空から、凄まじい音波砲を放ってきた。

 

予備動作が分かったから、必死に耳を塞いだが。

 

それでも、地面に叩き付けられる。

 

血を吐いたかも知れない。

 

耳を塞いだまま、見る。

 

ライザさんは、今のをなんと健脚で回避。

 

それどころか、とんでもない大きさの熱槍を作り出す。

 

走鳥が、それを見て躊躇。

 

逃げるかの判断をしようとしたようだが。凄まじい雄叫びを上げると、ライザさんに向かって行く。

 

誇りがあって。

 

それが逃走を許さなかったのか。

 

それとも、あれくらいの魔術だったら、打ち破れる自信があるのか。

 

また、音波砲を放ったようだが。同時に詠唱を終えたライザさんが、とんでもない熱槍を叩き込む。

 

相殺。

 

爆裂。

 

走鳥が、速度を落とさず突貫する。

 

まずい。だけれども、立ち上がる事さえ出来ない。逃げてライザさん、フィー。

 

そう叫ぼうとした瞬間。

 

走鳥が、氷漬けになっていた。

 

何が起きた。

 

ライザさんの熱魔術は冷却も出来るという話だったけれども、これはあまりにも短時間での出来事だ。

 

いずれにしても、走鳥は即死。

 

タオさんが駆け寄ってくる。何か叫んでいるのが分かったが、もう聞こえず。

 

意識は闇に落ちていた。




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