暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2 作:dwwyakata@2024
あたしは気絶してしまったパティの手当てをすると、荷車に積んで。走鳥の解体を開始する。
クライトレヘルンを使うはめになったか。
思ったより強いのがいるというよりも、そもそも退治しておかなければならなかった魔物が、放置されていた。
それが実情だろうと、あたしは思う。
今の走鳥だって、別に変異種とかでもなんでもない。
普通の走鳥が、年を経て強くなっただけだ。
肉を焼いていると、パティが起きだす。
薬も使ってあるし、鼓膜も再生出来ているはずだ。周囲を見回しているパティは、既に捌くのを終えた走鳥の肉を燻製にしていること。
そしてその巨大な頭が側にあるのを見て、びくりとして跳ね起きていた。
「おはよう」
「お、おはようございます! 勝ったんですか……」
「持ち込んでいた爆弾を使うはめになったけどね。 まったく、温存しておきたかったんだけどなあ」
「……」
まあ、冷却爆弾なんて、見た事もないだろう。
パティが驚いているのは当然だ。
タオが戻ってくる。
パティは自分の体を確認して、動く事をチェックしていた。それだけで充分である。普通はそれもできないだろう。
戦士として、最低限の教育は受けていて。
自身も戦士たらんとしているということだ。
それだけで充分過ぎる程である。
「ライザ、奧に遺跡見つけたよ。 あ、パティ。 起きたんだね」
「すみません、醜態を……」
「走鳥の足に傷をつけて、鈍らせたのは立派だよ。 普通の戦士だったら、あの鳴き声聞いただけで戦意喪失して、仲間が食べられているのを背に逃げるしかできなかったと思う」
タオがそう言うのを聞いて。
パティが俯く。
これは多分、羞恥が原因だろう。
咳払いして、タオの話を聞く。
タオによると、この先に魔物はいないらしい。まああたしの探知にも引っ掛からないし、いないと見て良いだろう。
肉を燻製にし終えると、後のいらない部位は焼いて崩して埋めてしまう。
一連の処置を終えた頃には、パティも起きだして、荷車から出ていた。
「良いでしょその大太刀。 打ったデニスさんが、今までで最高の一つに仕上がったって陶酔しながら言ってたよ」
「はい、素晴らしい武器だと思います。 でも今は、この武器に私が振り回されている状態です。 早く武器を使いこなせるようにならないと」
「今はそれでいいんだよ。 少しずつ、技量を上げていこう。 あたし達だって、実戦を経て強くなったんだから」
「ライザの場合は、才覚が図抜けていたのもあるけどね……」
タオが苦笑い。
タオは頭脳労働を担当していれば、それでかまわない。
ともかく、先に行く。
パティは多少足下がふらついていたが、大丈夫。
手当ての時に、口や鼻も処置して、血はしっかり拭いておいた。
まああれだけ血が出ている状態を放置しておくのも良くないし。
好きな男の前で、あんな姿を見せたくもないだろう。
下り坂に出た。
かなり狭い道もある。
この辺りには、崩れてしまった橋も見つかる。前は、人の行き来があったという事である。
タオが手を振っている。其方に行くと、石畳の残骸らしいものがあった。
既に風化して砕かれてしまっているが。
この辺りは、恐らくは古代クリント王国時代、或いはもっと前に、人の行き来があったと見て良い。
「この街道が続いている先は分かる?」
「あっちだね」
「ああ、なるほど……」
見事な渓谷だ。
多分其処にも橋があったのだろうが。今ではそれもなくなり、奈落の底が見えている状態だ。
それでは足を踏み入れるのは無意味。
パティが、ようやく頭がしっかりしてきたようで。足下のふらつきも消えてきている。
「パティが生きている時代には、あの辺りを復旧はまだ無理そうだね」
「はい。 それよりもまず、魔物にどんどん押されている現状を、少しでも改善しないと……。 いずれ王都にも、魔物がなだれ込んで来かねません」
「そうだね。 ただ……今はそれ以上の脅威を、事前に排除しないといけないね」
タオが見つけた、扉へと急ぐ。
無言で歩いていると、空にワイバーンが舞っているのが見えた。
此方の力を伺っているのだろう。
だけれども、あの様子だと仕掛けて来るつもりも無さそうだ。
あの走鳥をけしかけてみて、倒せるようならば。むしろ走鳥を追い払って、獲物を独占するつもりだったのかも知れない。
ドラゴンの幼体であるワイバーンは、性質もあらあらしい。
フィーが生物的にあれに近いかも知れないと言う話は。
どうにも、今の時点では信じられなかった。
見えてくる。
巨大な岸壁の一角に、厳重に封じられたという風情の扉がある。巨大な円形をしていて、普通の扉とは形状からして違っていた。どうやって開くのかは、開いて見ないと見当もつかない。
森の中の遺跡にあったものと比べると、だいぶ封印は緩そうだが、これで引き返した人が多いのも納得だ。
中にはこれを見ただけで、命を落としてしまった人もいるのかも知れない。
この周囲の魔物の強力さを思うと、遺品も残っていないだろう。
あの王都は、古代クリント王国の時代から続いていたのが不思議なくらいの場所なのである。
この程度の距離しか離れていない場所に死地があるのも。
不思議ではないのかも知れなかった。
「ライザ、パティ、周囲の警戒をよろしく。 僕が調べて見る」
「任せた。 警戒任された」
「大きな扉ですね……」
パティがぼやく。
多分王宮とやらも、こんなに立派な扉は無いのだろう。
そもそも古代クリント王国の出がらしが今のロテスヴァッサだ。
王宮とやらも、後からしつらえたのだろうし。
そんなものがあった所で、意味はない。
黙々とタオが調査している。
ぶつぶつ独り言を言っているが、それは昔からだ。パティもその癖は知っているらしく、何も言わない。
しばらく警戒を続ける。
「パティ、さっきの鳥の肉、食べておいて」
「わ、分かりました。 燻製にしたばかりですし、火は通さなくても大丈夫ですよね」
「ちょっと粗食になるけど」
「問題ありません。 粗食は平気なように、お父様に鍛えられています」
それは立派だ。
黙々と燻製肉を食べ始めるパティを横目に、周囲を警戒。
走鳥を仕留めたことが分かるのだろう。
此方を遠目に伺っている魔物はいるが。
仕掛けてこようという雰囲気は無い。
ほどなく、タオが戻ってくる。
「ちょっと二人とも、来てくれる?」
「どうしたの?」
「見て欲しいんだ」
頷く。
そして、タオの言うとおり近付いて見ると。
放棄されたらしい鍵が、岩の側に落ちていた。
扉には、何か絵のようなものが書かれている。それは、巨大な魔法陣のようにも見えるが。
それ以上は分からない。
「鍵かな。 でもこれは、死んでいるね」
「直せるかい?」
「……この構造は簡単かな。 出来る」
「よし、一度戻ろう。 これで遺跡の中に、次には入れるといいのだけれども」
パティが呆れている。
あたしが直せると即答したからだろうか。
鍵といっても、半透明の球体で。
中に歯車みたいなのがたくさん入っている。
一見すると鍵には見えないが。
あたしはこういうのは、何回か見たことがあるし。なんなら鍵を直して、クーケン島の内部に入ったことだってある。
いける。
帰路は、パティを気遣う。
特に街道に出てから、ふっと意識を失いかける。
今日の戦いでは、そもそも今のパティが戦う相手ではない魔物と戦闘になったし、これは仕方がない。
栄養剤を渡しておく。
パティは勉学もしなければならないからだ。
「パティ、明日も出られる? 無理なようなら、あたし達だけで行くよ」
「いえ、なんとかコンディションを仕上げます。 今日だって、殆ど役に立てませんでしたから」
「無理をしなくても大丈夫だよ」
「無理は、していません。 役に立てるように、少しでも努力します」
そうか。
ならば此方は、その努力を支えるだけだ。
城門を通るときに、巨大な走鳥の頭と、ぼろぼろになっているパティを見て、流石に戦士達がどよめく。
パティが、とんでもない大物と遭遇して、それでと説明する。
そのままの足でカフェに。
この走鳥は、目撃例もなかったようだ。
何となく理由もわかる。
多分遭遇した人間は、誰も生きて帰れなかったのだろう。
首を納品しておく。
巨大な走鳥になると、人間をひとのみにしてしまう。
ただ、それは獣として餌を採っているだけ。
残酷とかそういう人間のルールを押しつけるのも、それは間違いだ。
ただそれはそれとして、魔物が人間を積極的に殺しに来るのもまた事実。
いずれその理由を、調べたいものではあったが。
二抱えもある頭をカフェで納品して。後は戻る。
アトリエに戻ると、パティはきちんと着替える。風呂は良いと言われた。まあ、それもそうだろう。
家には立派な風呂が幾つもあるらしいし。
「時に、体はどこも痛くない?」
「はい。 ライザさんの手当てのおかげなんですね」
「実は左手の指、一本ぶらんぶらんだったんだよね。 右腕は骨が見えるくらいざっくりやられてた」
絶句するパティだが。本当だ。
ちょっと状況がまずいかも知れないと思って、少しグレードが高い薬を持って来ていたのだが。
使う事になってしまった。
ただ、これは先行投資だ。
「何も痛みがないくらいに回復しているのなら良かった。 とにかく、これだけ厳しい所での戦闘だから。 それは覚悟しておいて」
「分かりました。 次は、もう醜態をさらしません」
「気負わなくてもいいよ。 少しずつ強くなろう」
「はい」
パティはぺこりと頭を下げると、そのまま帰宅していく。
真面目な子だ。
責任感も強い。
パティが帰った後、タオが言う。
「ライザ。 気付いていると思うけれど、話しておくよ」
「うん」
「今回の調査で、門にも何か文字が刻まれていたんだ。 解析は帰ってからになるけれども、多分古代クリント王国より古いものになると思う」
「そんな文字も解読出来るとは、やるねえ」
勿論軽口だ。
タオの口調からいって、ただごとじゃあないのは分かっている。
「前の遺跡もそうだったけれども、封印が厳重すぎるんだよ。 何かを守っているとしか思えない」
「……続けて」
「それが門だった場合、最悪の事態が起こりかねない。 フィルフサの群れをいきなり相手にする可能性すらある」
「分かった。 覚悟は決めておく」
前のと同規模の群れだった場合。
レントやクラウディア、それにアンペルさんやリラさんの助力無しでの撃退は不可能だとみていい。
パティはどうにか逃がせるが。
逃がしたところで、寿命が少し伸びるだけだろう。
だが、もしも放置しておいて。封印が内側から破られたら。
更に状況は悪くなる。
何より、多少の魔術での封印なんかで、あのフィルフサをとめられるとはとても思えないのだ。
「フィルフサ以上の魔物の可能性はないよね」
「古代クリント王国は、ドラゴンすら従えるほどだったんだ。 少なくとも古代クリント王国までは、人間は武器と魔術こみではこの世界で最強の存在だったんだよ。 恐らくはオーリムも込みでね」
「だからここまで驕り高ぶった勘違い連中が、今も生き延びているんだろうね」
頷くタオ。
要するに今のロテスヴァッサの調子に乗った貴族連中は。
そういう時代の亡霊と言う事だ。
「だとすると、最悪何かが封じられていてもフィルフサだと考えて良さそうだね」
「そうなる。 ただし、オーレン族に以前聞いたけれども、フィルフサにもピンキリだ。 「蝕みの女王」以上の王種がいるかも知れない」
「最悪は常に想定しろと」
なるほど。
だとすると、道具類が必要になる。
一応、まだ薬も爆弾も、必要なものは最低限数持ってきてある。いきなりフィルフサと交戦になることも想定はしていたのだ。
心許ないのはジェムで、今後調合をしながら、増やしていくしかない。
爆弾にしても薬にしても、ジェムを使わないと増やす事が難しいからだ。今はそれが致命的に不足している。
クーケン島のあたしのアトリエに戻れば幾らでもあるが。
そんな危急の事態になったら。
戻っている暇なんかないだろう。
「分かった、備えておくよ。 それと鍵は修復しておく」
「よろしく。 僕はもう少し古い時代に、いい資料がないか調べておくよ」
それで解散となる。
パティは随分落ち込んでいたし、明日は休みにする事も想定するか。
伸びをすると、あたしは調合を始める。
幾つかやっておくべき事がある。
パティが伸びている間、鉱石やら色々と採集をしていたのだ。それらを使って、インゴットを作って見る。
エーテルに溶かして要素を調べて見ると、面白い事が幾つか分かってきた。
やはり水が異常に少ない。
王都周辺はそんなことはない。あの峡谷の辺りがそうなっている、ということなのだろう。
何かしらの魔術的なものなのか。
少なくとも、自然に起きる事ではないと判断して良いだろう。
川があんなに近くにあるのだから。
幾つかのインゴットを調合。
また、フラムも幾つか作っておく。
火に特化すれば、それなりのものを創る事が可能だ。
だがレヘルンはしばらくは無理だろうなとも思う。
最悪、王都で素材を購入するしかないが。
それをするのは、最後の手段にしたい。
既に工業区や職人区を覗いてきているのだが。
素材が高すぎる上に、品質が良くないのである。
更には、職人区では現在、鉱山労働者が、少し離れた場所まで労働に出かけているらしい。
これは近場にあった鉱山が閉じてしまったから。
例の魔物が出て云々の奴だ。
無意味に離れている鉱山に加えて、移動中に魔物に襲撃を受けることもある。更には鉱山の労働が過酷という事もある。
倒れる鉱夫は後を絶たないらしく。
全体的に薬は高騰。
バカみたいな値段がついているそうだ。
魔術師も、駆け出し同然の技量で、相当な高給で働いているらしい。
それでいて、物資が足りないのかというと、そんな事もないらしく。
単に外から入ってくる物資を閉め出したいという思惑を一部の貴族が持っているらしいだけなので。
人殺しが、公認で行われていると言う事だ。
薬はたくさん要求されているが。一部の貴族はそれらを買い占めて、更に値段までつり上げているとか。
まあここの貴族に。
アーベルハイム以外の連中には、人間を治める資格はないな。
そうあたしは思う。
ともかく、街道付近で採取した薬草も使って、お薬は作っておく。
調合をすることでジェムを増やし。
持ち込んでいる高度な薬などを、増やしておくべきだからだ。
ある程度調合が進むと、フィーを伴ってカフェに。
「フィー?」
「色々と邪な心が多いね此処は」
「フィー……」
「ただ、パティみたいな例外もいる。 だから、そういう出会いを大事にしないとね」
外はもう夕方だ。
カフェに出向いて、薬などをどんと納品しておく。以前タオにマニュアルを書いて貰った薬だ。
10セット入れておく。
1セットが一回で使い切る訳ではない。大量生産はあまり得意ではないが、これくらいなら難しくもない。
納入すると、カフェの主人は喜んでくれる。
あたしなりに、手も出せない魔物を退治し。
更には薬も納入している。
それが嬉しいらしかった。
バレンツ商会にも出向く。
植物の繊維を利用してのゼッテルは、少し作り置きをしてあるので、それを納入しておく。
納入先が此処であっても、流通ルートに乗るのは同じだ。
インゴットも少し納入してから、後は周囲を見て回ることにした。
この間、パティの片刃剣……大太刀だったか。それを頼んだデニスさんの所の出向く事にする。
デニスさんは集中して何かを打っていたが。
それが終わる時間を見越して、もう一度店に行く事にした。あの人の集中力は、前に見ていたからだ。
その間は他の店などを物色して回ったが、やはり技量にはばらつきがあるようだ。
バレンツ商会が紹介してくれただけあって、デニスさんの技量は図抜けているらしい。
ただ他の店より繁盛しているようには見えない。
貴族が贔屓にしている店が一定数あり。
それらは、無制限のパトロンがついているに等しいらしく。
貴族にだけ。たまに細工物を納入していれば食べていけるようだ。
それはそれでどうなのかと思ってしまうが。
まあ、技術が低迷するようなら。
いずれ此処は王都として威張っていられなくなる。
それが一番なのかも知れなかった。
ただそうなると、混乱の中で多くの命が無駄に失われるのも、また事実なのだろうが。
「あんた、いいかい」
「はい」
声が掛かる。
声を掛けて来たのは、いかにもたかりと分かる老人だった。
あたしがお上りだと気付いて来たのだろう。
此方を見定めるような視線が露骨だった。本人は笑顔で取り繕っているつもりだっただろうが。
こちとらクーケン島で、山師の類は散々見ている。
この老婆がその同類である事は、一目で分かった。
「すまないねえ、肺をだいぶ前から悪くしていて。 あんたが良い薬を売っているって知っていてねえ」
「その声からして、肺は悪くはしていないですね。 むしろ貴方、肝臓を悪くしているんじゃないですか」
「……」
「酒は控えた方が良いでしょう」
黙り込む老婆をおいて、そのまま行く。
フィーが、悔しがっている老婆を見て、怪訝そうにしていた。
騙そうとしていた。
そんな事を、思いもしないのだろう。
子供はどんどん悪い事を覚えていくものだけれども。
フィーは賢くても、まだそういうのに思い当たらない段階だと言う事だ。
後ろから罵声が飛んでくるが、無視。
あれだけ元気なら、普通に生きていけるだろう。
駄目だったら救貧院にでもいけばいい。
ああいう手合いを、わざわざあたしが救う理由は無い。
あたしが救うべき相手は。
本当に弱くて。
誰も見向きもしないような存在だ。
夜でも開いている店で食材を適当に買い込んだ後、アトリエで調理して適当に食べておく。
ボオスやタオ、パティと一緒に食べるならともかく。
そうでないなら。
自炊するのが、此処では正解だと言えた。
ただでさえ、肉は既に余り始めているのだから。
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