暗黒錬金術師伝説10 暗黒!ライザのアトリエ2   作:dwwyakata@2024

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3、水中遺跡縦横

遺跡の中を歩く。階段が長く続いていて、その途中には壊された幽霊鎧と、幽霊鎧に殺されたらしい獣の亡骸。

 

ここで大きな戦いがあったというよりも。

 

散発的に殺し合いが起きていて。

 

それで獣も幽霊鎧も消耗している、という感じだ。

 

殺されているのは殆どが鼬のようである。

 

幽霊鎧が踏みつぶされた跡もある。

 

それだけ大きい魔物がいるのだろうと、あたしは思った。

 

平らな地点に出るが、タオが警告してくる。

 

「ライザ、傾いている。 気を付けて」

 

「うん。 それよりタオ、この遺跡の構造、分かる?」

 

「なんとなく。 多分此処は中層くらいだと思う。 ほら、あの辺りを見て」

 

タオが指さした先にあるのは、あれは。

 

街か。

 

もう当然誰も暮らしていないようだが。クーケン島にあるような石造りの家よりも、ずっとしっかりしている。

 

なるほど、ここに人はいたんだ。

 

まずは、その辺りから調べて見るか。

 

誰かが住んでいたらしい跡もあるにはあるが、ずっと昔のものばかり。

 

壁に落書きがあったので、即座にタオが飛びつく。メモを取りながら、ぶつぶつと独り言を開始。

 

それは、そのまま見守る事にする。

 

「クリフォードさん、どう?」

 

「全部の家を調べたい」

 

「……」

 

「トレジャーハンターのサガだよ。 すまねえな」

 

やがて、メモを取り終えるタオ。

 

何が書いてあるかは、解析するそうだ。

 

まあ、実際それどころではなくなる。

 

後方に、ぬっと気配。

 

多分、幽霊鎧を踏みつぶした本人だ。

 

巨大なサメである。

 

陸上に上がるようになったサメは、とにかく行動範囲を拡大し、危険極まりない魔物になった。

 

ここもある意味陸上だ。

 

サメが住み着いていてもおかしくは無いだろう。

 

前に渓谷でもサメと戦ったが、それより更に二回りはでかい。しかもこの様子だと、魔術も普通に展開して来るだろう。

 

即座に散開の指示を出して、戦闘を開始。

 

クラウディアを連れてきて良かった。

 

熱槍を早速叩き込んで、横っ飛びに逃れる。反撃の水鉄砲……というには火力が強烈すぎるそれが、ライザのいた地点を抉っていた。

 

熱槍の熱をブチ抜くようにして、サメが突貫してくる。陸上でもこいつらはかなり俊敏に動き回るのだ。

 

ギリギリを掠めて、ひやりとするが。

 

サメを蹴って、上空に。

 

此方を視線で追ってくるサメに、ブーメランが直撃。だが、シールドが出現して、それを弾き返す。

 

更にクラウディアの矢も炸裂するが、それもシールドを複数枚展開して防いだようだった。

 

熱槍を放ちながら、その反動で後方に跳び、着地。

 

全身の周囲にシールドを展開するサメ。更に、水鉄砲で斬り裂きに来るし、なんならあの巨体で食いつきにも来ると。

 

遠近両方に対応できる上に、守りが堅い。

 

面倒な相手だ。

 

突貫してくるサメ。

 

タオが残像を作りながら接近戦を挑むが、サメは上体を起こすと、ストンプを行う。タオが飛び離れる。

 

それもそうだ。

 

ストンプが、サメの体の周囲を粉砕する。

 

あれは、サメの体以上に粉砕範囲が大きい。

 

周囲をまとめて攻撃出来る技も持っていると言う事だ。

 

「厄介だなあいつ……」

 

「とんでもない魔物ですよ! アーベルハイムの総力を挙げても倒せるか……」

 

「大丈夫。 クラウディア、飽和攻撃」

 

「分かった!」

 

クラウディアが大きめの詠唱を開始。

 

サメはそれを見て、即座に反応するが。ブーメランが目を襲う。シールドで弾き返す。パティもハンドサインを見て、突貫。サメは五月蠅そうに巨大なひれで払うけれども。

 

恐らくパティには、初動が見えた。

 

紙一重にかわしつつ、抜き打ちに切るパティ。

 

だが、抜き打ちが弾かれる。

 

惜しい。上手くカウンターが出来たかと思ったが、駄目か。

 

最初だ。

 

上手く行かないのが普通だ。

 

そう自分に言い聞かせたのだろう。パティは冷静に後方に跳ぶ。

 

また、ひれでストンプをして来るサメ。やはり相当にこいつ、戦い慣れている。知能もサメの領域を越えている。

 

あたしは横に走りながら、熱槍を次々叩き込む。

 

サメはその度にシールドを展開して防ぐが、それでこっちが見えなくなる。

 

水鉄砲を乱射してくるが、パティがねらわれなければ対応できる。

 

火力はあるが、それでも此方は相応の戦闘経験を積んでいる。

 

発射の予兆くらいはわかるのだ。

 

跳躍して、足を狙って来た水鉄砲を避けつつ、更に熱槍を叩き込む。

 

気付く。

 

サメの方でも詠唱をしている。

 

クラウディア、間に合うか。

 

そう思っていたら、クラウディアの方から、炸裂するような魔力が迸っていた。

 

巨大な矢を番えたクラウディア。その周囲に浮かぶ人型、数は十二。その全てが、矢を番えている。

 

「驟雨のコンツェルト!」

 

クラウディアが矢を一斉に放つ。

 

特にクラウディア自身が放った矢は、バリスタも驚きのサイズだ。

 

サメが大量のシールドを展開。クラウディアの周囲の人型の魔力矢はそれで防ぎ抜くが。

 

残念ながら、クラウディア自身が放った矢は、防げなかった。

 

頭に直撃して、皮を裂き肉をはじけさせるクラウディアの矢。

 

おおと、周囲から声が上がる。

 

サメが悲鳴を上げてのけぞった瞬間。

 

タオが、その左目を抉り抜いていた。

 

更に一瞬遅れて、パティが突撃。右目に、大太刀を突き刺す。

 

だが、サメは全身を振るって、パティを吹っ飛ばす。クリフォードさんが、パティをさっと受け止めていた。

 

サメが、両目を失いながらも、詠唱を終える。

 

その頭上に、真っ黒い何か禍々しいものが生じる。

 

多分あれは、渦をイメージした魔力の流れだ。

 

それを此方にぶつけてきて、文字通り魔力によってねじ切るつもりだと見て良いだろう。

 

サメの生活環境にある、もっとも恐ろしいものをイメージした魔術。

 

確かにその火力は凄まじかろうが。

 

だが、あたしもとっくに準備は終えていた。

 

「サメから離れて!」

 

「分かった!」

 

全員が飛び離れる。

 

サメが、その凶悪魔術を解き放とうとした瞬間。

 

サメの頭部が、爆ぜ割れる。

 

爆熱が、文字通り薔薇の花弁の形を取る。

 

ローゼフラム。

 

あたしが持ち込んでいる爆弾の一つ。ジェムが余ってきたので、複製しておいたのだ。

 

殺戮の薔薇が、サメの頭をまとめて消し飛ばした事で、サメの魔術は完成せず。

 

制御を失った魔力が、薔薇の花弁と混じり合って、禍々しい花を作り出す。それはおぞましい悲鳴のような音を立てながら周囲に嫌な魔力となって散り。

 

頭を失った巨大ザメが床に倒れ臥したときには。

 

何も、残されてはいなかった。

 

 

 

パティの手当てを終えると、調査を続行する。

 

住居の中には庭園のようなものもあって、タオが熱心に調べて行く。

 

これは、面白いかも知れない。

 

あたしもちょっと興味を引かれたが、タオの表情は険しい。これは、あまり面白いものではないのかも知れない。

 

「どう、タオ」

 

「……この場で説明すると、あまり良い気持ちにはなれないと思う。 それよりライザ、あの辺りに本があるでしょ。 できるだけ、無事な奴を見繕ってくれる?」

 

「おっけい」

 

即座に手分けして、家屋の中にあった本棚を漁る。

 

結構無事に残っているものだ。

 

皮製の装丁がされている本には、虫食いが酷いものもあるけれども。本棚に魔術が掛かっていたらしく、半分くらいは無事だ。

 

本は重い。

 

何度かに分けて運び出し、荷車に積んでいく。

 

クリフォードさんが、嬉しそうにしていた。

 

「普通こういう所にある本は、殆どその場で見るしかないんだが、持ち帰れるのは嬉しいねえ」

 

「あたしの本拠地のアトリエだったら、本はまだまだ置けるんですが……今のアトリエは厳しいので、後で学園の図書館に寄贈する形になりますね」

 

「なるほど、じゃあ後で読んじまってもいいか」

 

「どうぞどうぞ。 タオと一緒にね」

 

クリフォードさんも当然読書家だ。

 

パティには周囲を警戒して貰う。

 

勇敢だが、まだ見極めがそこまで上手に出来ていない。

 

少しでも経験を積んで貰うしかない。

 

サメの体の中から出て来た素材の内、皮などの使えそうな部位は荷車に詰め込んである。それは既に、荷車が結構パンパンだと言う事を意味している。

 

やはり荷車を増やすか。

 

ただそれには素材が足りない。

 

釜の中で部品を組み立てるのは難しく無いのだが、インゴットもたくさんいる。今、一番不足しているのは鉱石なのだ。

 

「ライザ」

 

「!」

 

クラウディアが手招きしてくる。

 

其処には、何処かしらからか集められたらしい鉱石が積み上げられていた。これは、次に来た時にでも持ち帰るか。

 

いずれにしても、今は本棚が優先。

 

本をできる限り持ち帰る。

 

こう言う場所にある本は、可能な限り保存しておくべき。虫のエサにしてしまうのは、もったいない。

 

一通り本を回収すると、一度撤退を皆に告げる。

 

パティはまた少し怪我をしたが、すぐに処置をしたので、傷は残っていない。

 

それどころか、意外な提案をしてくる。

 

「あの、誰も見ていない場所でしたら、私が荷車を引きましょうか」

 

「ううん、パティはいつでも戦闘に出られるようにしていて。 今は、それがパティの仕事だよ」

 

「分かりました。 それにしても……」

 

焼いてグズグズに崩したサメの死骸。

 

それを見て、パティは口をつぐむ。

 

あいつは高度な魔術を使いこなし、サメでありながら的確にあたしを狙ってきた。この集団の指揮を執っているのがあたしだと、一目で見抜いたと言う事だ。

 

それはパティも理解している。

 

だから戦慄しているのだろう。

 

誰もが魔術を使えるようになっている現在。実は、古い時代はそうではなかったという話がある。

 

それは魔物……人間を素の力だけで殺傷できる動物についても、同じであったらしい。

 

タオが二年ほど前に、手紙にものすごい長文とともに送ってきた研究結果だ。

 

とても嬉しそうな文章だったので、よく覚えている。

 

読むのが大変だったけど。

 

ともかく、その研究結果によると。

 

世界中に魔術が満ちてから、魔物は人間に対して敵意を抱くようになったし。

 

なんなら、さっきのサメみたいに。

 

本来は知能なんて無い筈の魔物まで、知能を持つようになったのだとか。

 

それがなんで起きた事なのかは分からないが。

 

いずれにしても、恐ろしい事ではあるのだと思う。

 

古代クリント王国までは、それでも魔物を押さえ込めていた。だが、古代クリント王国の破滅が、決定的な事になった。

 

今後、何かしらの手を打たないと。後二千年くらいで人間は絶滅すると、タオは長文を結んでいたっけ。

 

それが古代クリント王国のせいだとしても。

 

どうにか、それは防ぎたいと思うのも、あたしの本音だった。

 

「あんな奴をものともしないなんて……」

 

「クラウディアが来てくれたおかげだよ。 そうでなければ、被害を出していたかも知れない相手だ」

 

「それほどでしたか……」

 

その時やられていたのは、多分パティだっただろう。それについては、言う必要もない話だが。

 

ともかく、一度撤退する。

 

エアドロップで潜水して、湖畔に戻り。帰路につく。

 

この辺りに、物資の収束拠点を作りたいなと思う。あの星の都から持ち出したい物資は、結構あるのだ。

 

クラウディアに、エアドロップを畳みながらその話をすると。

 

少し考え込んだクラウディアが、小走りで何処かに行った。

 

或いは、それを条件に何か話をつけるつもりなのかも知れない。

 

いずれにしても、海千山千の商人達とやりあって、すっかり図太く逞しくなったクラウディアだ。

 

全て任せてしまっても、問題ないだろうとあたしは思った。

 

 

 

アトリエに戻り、本を展開する。

 

タオとクリフォードさんが本を凄い勢いで読み始める。クラウディアは、先に引き上げ。パティも、名残惜しそうにはしたが、戻っていった。

 

あたしはやる事が幾つかある。

 

宝石を調合しておく。

 

トーマスさんに頼まれた奴だ。淡々と調合していると、フィーがあたしの頭に止まる。悪戯をするような子では無い。

 

「フィー、どうしたの?」

 

「フィー……」

 

「分かった。 調合がもうすぐ終わるから、待ってね」

 

「フィー!」

 

エーテルの中で再構築していた宝石の原石を、完成させる。

 

結果、仕上がる。

 

文字通り、星の名を持つ宝石。コメートだ。原石を最大限に生かし、虹色の美しい紋様をそのまま残して宝石に仕上げている。

 

大きさは幼子の拳ほどもある。

 

うむ、これなら試作品として問題ないだろう。

 

さて、フィーは。

 

そう思って周囲を見ると、タオのうえを飛んでいた。まだクリフォードさんは本に夢中。

 

タオが、苦笑いする。

 

「フィーは賢いね。 僕が話したいと思っているのを、的確に察知したみたいだ」

 

「ふふ、自慢の子だよ」

 

「うん。 それはそうとして……」

 

タオは、パティがいない事を確認してから。

 

声を敢えて落としていた。

 

「この本の内容、ざっと見てみたけれど。 はっきりいって、あまり気分が良いものではないよ」

 

「詳しく聞かせてくれる?」

 

「うん。 星の都で彼処は間違いないと思う。 正確には、星の都第三だそうだよ」

 

「第三」

 

つまり、最低でもまだ二つ星の都があったということか。

 

更に言うと、文字などからして、恐らく神代……ただし神代後期のものであるらしいと、タオは言う。

 

なんでも神代といっても相当に期間が長いらしく。

 

多くの古式秘具は、神代前期から中期のものであるらしい。

 

トラベルボトルを一瞥して、そうか、とだけ思う。

 

アンペルさんの義手も古式秘具だ。

 

それを思うと、複雑な気分になる。

 

「それで、何がまずいの?」

 

「全編胸くそだよ。 とにかく特権意識の塊みたいな文章なんだ。 自分達は選ばれた存在で、地上に這いずる虫共……多分星の都に暮らしていない人々の事だね。 ともかく、地上の人々を奴隷として扱う権利があるとか、好きなだけ殺して良いとか、好きかって書いてある」

 

「……」

 

「地上に落ちたときに、大半の住民が死んだそうだけれども、その殆どが近親交配で体が弱り切っていたらしいんだ」

 

ああ、なるほどね。

 

特権意識が山ほど高くなった結果、「高貴な血筋」を保とうとした訳か。

 

クーケン島は閉鎖的な集落だが、それでも余所の血を入れるのは積極的だ。つまり田舎の人間ですら、それがまずい事は良く知っている。

 

それすら分からないなんて。

 

高貴な血筋とやらが聞いて呆れる。

 

神代の頃から、人間は馬鹿だったんだな。

 

そう思って、あたしは大きな溜息が出た。

 

「その後はとにかく恨み事が並べられてる。 幾つかの本はそういう日記だけだ。 後は、星の都の内部でどういう権力闘争があったか、だね」

 

「馬鹿馬鹿しい。 そういうの全部パスで」

 

「そうだろうね。 とりあえずこれらの本は、ごめん。 図書館には今は寄贈できないと思う」

 

図書館では、過去の愚行の証拠を記した文書を寄贈されることをあまり喜ばないそうである。

 

特に古代クリント王国時代の事は、華々しい成功を収めた時代だとしている書物だらけになっているのだとか。

 

実態を知っているあたしは馬鹿馬鹿しい限りだが。

 

ともかく、ロテスヴァッサは一時期国策として、夢よもう一度と考えていたのだろう。

 

あんな事をもう一度やられたら。

 

それこそ、人類は滅亡待ったなしなのだが。

 

「使えそうな本はある?」

 

「うん。 星の都の動力源について」

 

「ふむふむ」

 

「星の民と呼ばれる存在について。 星の都に住んでいた人間は、自分達を正確には「天上人」と呼んでいたそうなんだ」

 

ハ、と思わず侮蔑の声が出ていた。

 

これは、神代の連中も、古代クリント王国の連中と同レベルのカスと見て良さそうだ。

 

はっきりいって反吐が出る。

 

どういう理由で神代が終わったのかは、知りたくもない。知ろうとも思わない。

 

だが、これではっきりした。

 

連中は、世界の敵だ。

 

そんなのが権力を握ってテクノロジーを持ったから、オーリムにも後々迷惑を掛けたのだろう。

 

「星の民は別にいたらしい。 それは星の都に住む人間のために、様々な事を奉仕するための存在だったそうなんだ。 特に王と呼ばれる六体は、星の都の動力を担っていたらしくてね……」

 

「それって……」

 

「精霊王の言葉と一致する。 この星の都から、あの精霊王たちが来たのかは分からないけれどもね。 星の都一つずつに、精霊王が六体ずつ配置されていたとみるべきだろうから」

 

頷く。

 

そうなると、あたしとしても色々と思うところがある。

 

ともかくだ。

 

遺跡を探索し進めて、精霊王に遭遇する可能性が出て来た、ということだ。そして精霊王と話が出来ればいいのだけれども。

 

それが難しい場合は、勝てるか。

 

手持ちの戦力を計算する。

 

タオとクラウディアがいるのは有り難い。これにクリフォードさん。クリフォードさんは数度の戦闘で見たが、充分な戦力の持ち主だ。

 

後はアンペルさんとリラさん、それにレントがいてくれれば問題は無いのだが。

 

レントは何をしているのやら。

 

いずれにしても、先にこれはアンペルさんとリラさんに話しておいた方が良いだろう。

 

「精霊王の存在する可能性については、今から出がけにアンペルさんとリラさんに話してくるよ」

 

「お願い。 僕達は、もう少し本を選別しておくよ」

 

「よろしくね」

 

こうやって手分けできるのは助かる。

 

あたしが全て考えて行動しなくても良いからだ。

 

勿論あたしが自身で考える事は大事だ。だが、全て考えて全ての責任を持っていたら潰れてしまう。

 

あたしが人間ではなくなった場合は、それも良いかも知れない。

 

それくらいの事が出来るだろうから。

 

だけれども、少なくとも人間の間は。

 

仲間を頼る。

 

それだけの事である。

 

散々殺し合いも経験して。

 

与太者を殺す事で、人間もその例外ではなくなった。何度かあったのだ。どうしようもない輩との遭遇が。

 

それであたしにはタブーというものがなくなった。

 

それが良いことなのか、悪い事なのかは分からない。

 

ただ、あたしには。

 

このどうにも鈍っている頭は仕方がないとしても。

 

既に、とめるものは誰もいない状態なのも、事実だった。

 

 

 

夕方にアポを取って、トーマスさんと会う。

 

トーマスさんは腕利きらしい傭兵を数人連れていたが。これはメイアさんというメイドさんに全員がかりでも勝てるかどうか、という程度の実力だ。トーマスさんをあたしから守るためというよりも、他の貴族の狼藉を防ぐための人員なのだろう。

 

というかこのメイドさんの一族、本当に強いんだなと呆れてしまう。

 

会合に使ったのは、一部の貴族が用いるらしい料亭である。

 

見ると、あんまり良い仕事をしていなさそうなのも見かける。多分、後ろ暗い仕事の依頼なのだろう。

 

この王都と言う名の狭い井戸が危機的な状況なのに。

 

馬鹿馬鹿しい話である。

 

団結して、状況の打開に動けば少しはマシになるかも知れないのに。

 

「それで、もう出来たという話だが」

 

「ひとまず、見ていただけますか」

 

「うむ……」

 

緊張した様子で、トーマスさんがあたしが取りだしたコメートを確認する。見るからに冷や汗がダラダラ流れているのが分かった。

 

拡大鏡を使ってじっと見ている。

 

汚れがつかないためのコーティングもしっかりしてあるのだが。

 

輝きとか、気にくわないだろうか。

 

もとの鉱石の模様とかは、極力生かしたのだが。

 

何度か冷や汗をハンカチで拭うトーマスさん。

 

気は小さい人なんだなと、少し呆れた。

 

「こ、これをたった一晩で!?」

 

「はい、まあ」

 

「話には聞いていたが、驚天の技だ……」

 

「それで、問題はありませんか?」

 

何度も言いたくなるが。

 

宝石なんて、あたしにとってはただの輝く石だ。

 

クラウディアは本当に大好きみたいだけれども、これだけは正直聞いていて苦笑いしか浮かばない。

 

クラウディアもその辺りは分かっているらしく。

 

如何に宝石が素晴らしいか語る事はあっても。

 

あたしに意見は求めてこない。

 

相手に好みを押しつけるのは良くない。それを理解している、と言う事なのだろう。

 

「予定通り、いや三割増しの料金を払おう」

 

「契約以上ですが、良いんですか」

 

「ライザ君とのコネを構築できるのなら、安い、安すぎるほどだ。 以降も、バレンツ商会経由で其方に良い原石が出たら送るから、加工をお願いしたい」

 

「分かりました。 いっそ、この品をこっちでブレスレットとかに加工しましょうか?」

 

真っ青になって、首を横に振るトーマスさん。

 

メイアさんが、咳払いして付け加える。

 

「このサイズのコメートの加工まで任せたら、正直採算が取れません。 それにライザさんの力量は理解出来ました。 当面うちでは宝石そのものだけを扱う予定です。 この様子では、小粒の宝石ですらとんでもない品になるのがすぐに分かりますので」

 

「ローコストで押さえられませんか」

 

「いえ、動く金額が大きくなりすぎて、王都内での勢力バランスが変わります。 我が主は、現時点で王都内での勢力拡大には興味を持っておられません。 正直、このコメートですら、貴族内での奪いあいが起きかねない価値があります」

 

「ああ、なるほどね……」

 

確かに王都から出る事を目的としているみたいなことを言っていたな。

 

もしも目端が利くのなら、それはこんな泥舟、さっさと出るのが利口だろう。役立たずの王室もろとも、アーベルハイムが全部掃除してしまえばいいのに。

 

ただ如何にヴォルカーさんが優秀で、パティがいい女王になれるとしても、その子孫がどうなるかは分からない。

 

何かしらの、別の仕組みを考えるべきなのかも知れないが。

 

「と、ともかくだ。 今後とも、是非とも取引を頼むぞ」

 

「分かりました。 以降はバレンツ商会経由でお願いします」

 

何度もはげ上がった頭をハンカチで拭いながら、トーマスさんが頷く。

 

まあ、まだ本音は分からないけれども。

 

良い取引になったか。

 

そのまま、アンペルさんとリラさんの所に出向く。いかにもな安宿にいたが、それぞれ別室を取っているようだった。

 

仲が良さそうに見えて、本当にビジネスパートナーなんだよなああの二人。

 

そう思いながら、二人と路地裏で話す。

 

星の都の話をすると。

 

アンペルさんはそうか、と言うのだった。

 

「精霊王の話と合致するな」

 

「タオも同じ事を言っていました」

 

「タオは既に学者としては私以上だ。 もう何も教える事はない。 以降は、学術的なことはタオに頼るように。 私は門の捜索に専念する」

 

リラさんが、頷くと。

 

フィーの方を見ながらいう。

 

今は懐に隠れているのだが、リラさんくらいなら分かるのだろう。

 

「それとライザ、その生き物だが」

 

「はい、フィーの事ですね」

 

「そうだな。 そのフィーだが、どうも気になる。 魔力の流れが、この世界の生物とは違うような気がする」

 

「……可能性はありますね。 そもそも百年以上卵から孵らない生物なんて、異常も異常ですし」

 

それは異常では無いと、リラさんはあたしが知らない事を教えてくれる。

 

生物の中には、耐久卵というものを産む者がいるらしい。

 

リラさんの話によると、破滅的な環境の変化などが起きた場合。そういった卵を産んで、嵐のような環境の変化が終わるのを待ち。

 

それが終わってから、新しく生まれてくるそうだ。

 

知らない事を教わったのだ。あたしは素直に感謝する。

 

生物とは良く出来ているのだなと感心するが。話は其処からだった。

 

「仮にその生物が、オーリムの生物だったらどうする。 オーリムでしか生きられないような生物だったら」

 

「そうですね、トラベルボトルをオーリム仕様にして用いるには、オーリムの素材が必要になってきますが、今手元にはないですね。 場合によってはクーケン島まで戻るしかないでしょうか。 其方からなら、管理している門経由でグリムドルにいけますので」

 

「手放すつもりは無いということだな」

 

「フィーがあたしを親として認識した以上、最後まで面倒を見るのが当たり前です。 フィーは本能で生きているタイプの生物ではないと思うので、今更野生に返るのはまず無理でしょう」

 

それを聞くと。

 

リラさんは、若干安心したようだった。

 

「頭は鈍っていても、そこは鈍っていないんだな。 安心したぞ」

 

「私も畜産は経験していますからね。 動物に対してやっていいこととわるいことは、分かっているつもりです」

 

「それでいい」

 

あたしが幼い頃に読んだ絵本。

 

古い古い話らしかった。

 

今はもう生息しない可愛らしい生物が主役で。だが、その生物が可愛いのは子供の間だけだったのだ。

 

やがて成獣になったその生物は暴れに暴れるようになり。

 

飼い主は森に返した。

 

それが美談として語られていて。

 

父さんが、それを読んだ後に言い聞かせてくれた。いつも優しい父さんなのに、その時は随分と真剣だった。

 

この本を書いた頃、恐らく人間とそれ以外は力の差が大きく隔絶していて。それが何を意味するか知らなかった。

 

だからこれが美談となってしまった。

 

人間に育てられた以上、その生物は本能で生きるような者でないかぎり、野生に戻る事は出来ない。

 

これは反面教師として覚えなさい。

 

命に対して責任を持つのは、そういう事だと。

 

その話をすると、リラさんは頷いていた。

 

「百点満点の答えだな。 これで錬金術に対する理解があったら更に良い親だっただろうに」

 

「農家の親としては良い人なのは確実です。 父さんも母さんも。 残念ですけれど、あたしは錬金術師だった、というだけで」

 

「そうだな。 世の中は得てして上手く行かないものだ」

 

リラさんはそんな風に言う。

 

その通りだとあたしも思うけれども。

 

若々しいリラさんは、そういうときに相応に年を経ているのだと、思い知るのだった。

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