「はえ〜。でっかい」
「何してんだ。さっさといくぞ」
次の日、2人は雄英高校の正門前にやってきていた。
初めて見る本物の雄英高校に驚きを隠せない時雨。今も門の前で聳え立つ門を見上げている。2人とも荷物はボストンバッグ一つだ。躑躅は持ち手も片手で持って肩に背負って、時雨は両手で持ち手も持っている。
躑躅は慣れた手つきで入場手続きを済ませると背後で未だに門を見上げている時雨に声をかける。その声に意識を現実に戻した時雨は小走りに躑躅を追いかけてくる。一瞥すると躑躅は気だるそうに正面向き直しゆっくりと歩き出す。
校舎の正面入り口前には人だかりができていた。その近くにはバスが2台。これから林間合宿に行く生徒なのだろう。ガヤガヤと話している感じ、林間合宿の内容を聞かされていないのではないか。不要なことを考えながら躑躅は堂々と歩く。生徒がどうれだけ苦しもうが知ったことではない。
躑躅とは正反対に時雨は躑躅の背後に隠れるように体を縮こませてビクビクとついてきている。何が怖いのだろうか。人見知りでもなさそうなのだが。
近づくにつれて多くの生徒の視線が集まる。その多くはいきなりやってきた2人に対する興味の視線だろう。
「…漸く来たか」
集団の中から1人の男性が現れた。無精髭を生やし気怠そうな目をしている男。夏真っ盛りのはずにも関わらずマフラーのようなものを巻いている。
時雨はその人物が教師だと思ったのか躑躅の背後から出てきて元気よく挨拶をする。さっきまでのは演技だったのか。
「初めまして!!今日からよろしくお願いします!!」
「あぁ、よろしく頼む。俺は相澤消太、この1年A組の担任だ」
「はいっ。あ、私は水島時雨です!」
ふと、相澤の背後でその様子を見ていた生徒の1人が口を開く。
「せんせー!誰ですかこの2人!?」
「言ってなかったか。今日からの林間合宿に一緒についてくれる警察の人たちだ」
「けい、さつ……」
「プロヒーローじゃだめなのかしら?」
「そうだよ!!なんで警察なんだよ。やるならプロヒーローだろ!?」
カエルのような少女と頭にブドウをつけた少年が言う。この世界では警察よりもプロヒーローに信頼を寄せいている人が多い。警察はプロヒーローの事後処理用やらプロヒーローになれなかったやつが行くところやらと酷い言われようだ。
相澤はため息をつくとその2人の方を見て説明をする。
「はぁ、雄英教師でもないヒーローが動いたら
「はぁ!?何言ってるんすか先生!!」
「こちらの水島さんはプロヒーローであるマニュアルの妹だ。しかも、士傑高校を出ている。そして、もう1人の死んだ目をしているのは元雄英高校ヒーロー科だ。ついでに俺の先輩でもある。久しぶりですね。蓮華先輩」
「え〜!?!?!?」
皆が目を見開いて2人を見る。そんな中躑躅はさも面倒くさそうに話す。
「途中で辞めたがな。あと、相澤。俺は今は糸杉だ。蓮華じゃねぇ」
「まあでも、俺が呼びやすいように蓮華先輩って言うんで」
「チッ、勝手にしろ」
「…それじゃあ、お前ら。さっさと乗れ」
相澤の合図でゾロゾロとA組とB組の面々はバスに乗り込んでいく。全員が乗り込んだのを確認すると相澤は2人に顔を向ける。
「蓮華先輩は俺と、水島さんはB組のバスにお願いします」
「了解です!!」
「わかった」
相澤と躑躅はバスに乗り込む。バスの中では出発する前にも関わらずA組の面々が騒いでいる。
躑躅はため息をついて一番前に座席に腰掛ける。相澤はその座席と通路を挟んで反対側の座席に座る。
数分後、バスはゆっくりと走り出した。
バスの中では皆が躑躅に興味津々にしていた。騒ぎながらもチラチラと見ているように感じる。
ふと、その視線を感じてか相澤が口を開く。
「そうだ。これから数日の間お前らは蓮華先輩と一緒に過ごすことになるから。自己紹介でもすればいいんじゃないか?」
生徒は口々に「それだ!」と呟く。そして、メガネの生徒が中心となって恐らく名簿順に自己紹介をしていく。その内容は名前と〝個性〟、好きなものなどの極めてありふれたもの。そうして最後に躑躅の手番となる。
「……糸杉躑躅。警察官だ」
「え〜〜!?もっとないんですか!?」
「あれ、相澤先生は蓮華って…」
「糸杉ってのは旧姓だ。相澤が言っているのは俺の養子先の苗字だ」
「へ〜〜〜」
「なんで旧姓使ってるんですか〜?」
「〝個性〟教えてください!!」
生徒はばらばらに質問をしてくる。
自己紹介だけで済まそうと考えていたがこれほどまでに興味を持たれるとは思いもしなかった。
〝個性〟について聞かれるのはまだいいが、名前についてだけは教えれない。初対面に言うような話ではない。
故に話を逸らす必要があった。
「そこの相澤にでも聞けば?」
「っ!!相澤先生!!」
すぐさま躑躅から相澤へとヘイトが移動する。少し前まで寝ていた相澤は目を擦りながら答える。
「ん、ああ。確か『植物』だったはず。植物なら殆どなんでも操作できる」
「強っ!!!」
「…そうでもない。操作には種がいる。最低限、少しの水も必要だ。そう言うのがない空間だったら〝個性〟なしで戦わないといけない」
「へぇ〜〜〜!!!」
静かだった車内はその〝個性〟についての考察や使い方で盛り上がる。
躑躅は目を瞑ってその声をシャットアウトする。そしてそれから数十分後、バスは所定の位置に停車する。
「何処ここ!?パーキングじゃないのかよ!?」
バスから運転手以外の全員が降りる。ここは道路から逸れた少し広くなっている草地。道路の反対側には柵が付いておりここから一歩でも出たら真っ逆様に落ちるだろう。
躑躅は「ヤニでも吸うか」とポケットから煙草を取り出す。煙草自体高騰しているるためか家に匂いがつくのを嫌ってか、躑躅は数週間に1本のペースでしか吸わない。最近はバディポジの女がやたらと煙草を吸うのを禁止してくるのもある。タバコの箱の中からライターを取り出して煙草の先端に火を付けフィルターを口に咥える。バニラの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。フィルター越しに空気を吸い込み煙草を指に挟んで口から離すとふーっと息を吐く。口元からは白い煙が出て空に上がり霧散する。煙草は心を癒してくれる。元々は嫌なことを考えないようにするために吸い始めたが、とうの昔にそんな理由は消え去った。姉さんに見られたら怒られるなと思うと可笑しくて笑った。
「生徒の前で煙草吸っていいんですか?」
1人の女子生徒が話しかけてくる。耳朶が変化しており〝個性〟による影響なのだろうとすぐに理解できる。その少女は自らを「耳郎響香」と名乗っていたはずだ。つい数分前のバスの中での話を思い浮かべる。まぁ、これも次会うときには忘れているだろうが。
耳郎はクラスの輪から離れて躑躅の下へと訪れている。クラスで浮いた雰囲気でもないためただの好奇心か、はたまた別の感情か。
躑躅は煙草を口から離し一息吐くとその問いに答える。
「いいさ。お前らがどうなろうとも俺には関係ないしな」
「そう言うものですか」
「お前らみたいな挫折したこともねぇお坊ちゃんお嬢ちゃんには関係ないかもしれんが、俺みたいなやつにはこう言うものが必要なんだよ」
「そう、ですか」
空気が強張る。耳郎は必死に次の言葉を探している。「挫折したこともない」という言葉が心に棘のように刺さっているのかうまく言葉が出てこない。そのまま数秒間無言の時間が流れる。
ふと、バスの陰から2人の女性が飛び出してくる。
見覚えしかない31にもなる2人は、恥ずかしがることもなく魔法少女のように名乗りをあげる。そのフリフリのついた服は高校時代に決めたものだったはずだ。未だに使い続けて恥ずかしくないのだろうか。悲しくも三十路がそのような服を着ていれば少しは恥ずかしいという感情が芽生えるはずだが。浮ついた話を聞かないのもこの衣装に原因があるのではと勝手に考察してしまう。
「ほら、お前もあっちいけ」
耳郎の背中を押してクラスメイトの方へと向かわせ、躑躅は1人で森を見る。木々の生い茂った森。意識を森に向けると森の中に幾つもの土でできた存在を感知できる。何をするわけでもなく森の中を徘徊している。森には他に熊といった獣もおらずこの土人形のみがいる。草を踏みつける力的にヒーロー科生徒なら余裕とは言わずとも撃破は可能なように密度を操作されている。所々密度の大きいものもいるのだが、それはゲームでいう中ボスやボスのような存在だろう。これは土川の〝個性〟のものだ。考えるにこれを使って学生を試すのだろう。
短くなったタバコを口にして吸い込む。もう、吸うことはできないほど短いため携帯灰皿に押し込む。ジュッという小さい音と共に火が消える。
「久しぶり、躑躅」
ふと、説明をしていたはずのヒーローの1人が躑躅の元へとやってきていた。
31になっても真っ赤なフリフリのコスチューム。猫耳、猫尻尾までついている。マンダレイは強張った笑みを作って手を振る。
「ああ、10年ぶりか」
「違うよ!14年」
「そうだったか……」
「…ま、ほら。辛気臭いのはやめてこっちきて!」
「………いや、辛気臭いのはお前なんだが」
「うるさい!!」
マンダレイこと送崎は躑躅の腕を引っ張って生徒たちの元へと連れていく。
躑躅は抵抗することなくズルズルと地面に跡をつけながら移動することになった。
「え〜!!マンダレイが糸杉さんを引っ張ってきた!?」
「知り合いなんですか!?」
「うるさい!!じゃ、施設はあの山の麓だから!!いってらっしゃい!!」
その合図で地面が隆起する。生徒を飲み込んだ土流は彼らを崖下へと運ぶ。咄嗟に反応できた人も居たが、その人たちはいきなり地面から生えてきた蔦にその体を絡み取られて崖下へと運ばれる。その驚いた目はしっかりと躑躅を捉える。植物を操れるという情報を与えたためだ。
小さくなっていく悲鳴を他所に一仕事終えた感を出していたピクシーボブこと土川は躑躅を見ては即座に近づく。
「久しぶり!!元気してた!?」
「……まぁ、そこそこだよ」
「嘘つき。目の下に隈あるよ」
「ほら、早くバス乗るよ!!」
送崎と躑躅の暗い会話に痺れを切らした土川が大声をあげて2人の背中を押す。そして、彼らはバスへと乗り込んだ。
バスの中には躑躅、相澤、送崎、土川、そして1人の少年が乗っている。少年は見た目5歳程度で赤い帽子を被った目つきの悪い顔。最後列の座席でじっと躑躅たちを睨みつけている。
「子供ができたのか?」
「洸汰のこと?それなら違うよ。親戚の子供を引き取ったの」
「も〜!!躑躅はニュース見てないの!?一切私たちに色恋沙汰が報道されてないでしょ!?されてないんだよ……ほんと、どうして」
土川は肩を落として落ち込む。自分で言ったことなのだがそれほど心に来るものなのか。躑躅は話を聞いて興味を失ったのか窓の外を眺める。
数分経っただろうか、躑躅は隣の席に気配を感じる。そちらを向くと洸汰と呼ばれた少年が躑躅をじっと見ている。
「おじさんはヒーロー?」
「……………違う」
「じゃあなに?なんでこんなとこ来てるの?」
「警察だ。学校からの依頼で来た」
「あっそ」
少年は興味を失ったのか元いた最後列の座席に戻る。
躑躅も目線を窓の外に向けて無心で過ごす。それから数十分後、漸く彼らを乗せたバスは目的地である宿泊施設へと着いたのだった。
バスから降りれば宿泊施設の前に2人の人物がいるのが目に入る。
「お〜!!来た来た!!」
「遅かったな」
ヒーロー名:ラグドール、本名:知床知子。ヒーロー名:虎、本名:茶虎柔。2人とも送崎達の同級生にして共にヒーロー活動をしているプロヒーローだ。そして、送崎との同級生からわかる通り躑躅とも同級生であった。学生時代、特に仲良くしていた人たちだ。
「あ〜!!躑躅だ!!久しぶりだね!!」
「本当。高校以来だな」
2人は躑躅の元へと近づく。知床は躑躅の目元の隈に気がつくと何か頭を傾げる。
ジッと躑躅を見つめ、何かに気がついたのか無言で近づいてくる。
「ねぇ、最近ちゃんと寝てる?」
いつもの能天気な話し方ではない冷静とも言い切れない口調。
「どうした?昨日は半休でちゃんと休んだが…」
「嘘!!私、〝個性〟でわかるんだよ!?なんで嘘つくの?」
「……」
「そんなに信頼できない?連絡先教えてるのに今日まで一度たりともなかったし。ご飯も食べてないみたいだし、本当に大丈夫?」
「休めた気はしないが生きているんだ。飯だって最低限の栄養が取れてる。気にするようなことはない。大丈夫さ」
「そんなのって……」
その後に言葉は続かない。
ただ、躑躅のスーツを強く掴んで離さない。
「もう、こんなとこで話すことじゃないでしょ」
送崎の鶴の一声で彼らは当初する予定だった荷物運びに取り掛かる。
名残惜しそうに手を離す知床。自分の荷物が少ない躑躅は食材の入った段ボールやクーラーボックスを運び出す。
作業中に茶虎から言葉をかけられる。
「一度、知子と話したほうがいい。我らも躑躅を気にかけていたが、一番心配してたのが知子だ。『悪魔』だという噂が流れた時はその噂の出所に突撃しそうだったからな」
学生時代、一番関わりが深かったのが知床だったはずだ。『サーチ』によるものか躑躅の事情を殆ど勝手に知っていた彼女はプッシーキャッツのメンバーと同じがそれ以上に気にかけていた。最初に一緒にヒーロー活動をしようと提案したのも彼女。
「まぁ、機会があったらな」
曖昧な答えをいう躑躅は荷物を運び終えると、ヒラヒラと手を振りながら建物内に消えていく。
茶虎はその様子に頭を痛めるように額に手を置くのだった。
合宿期間中の自室としてあてがわれた2階の一室。
ベッドとデスクが置かれており5畳ほどの広さ。数日間寝泊まりするだけの部屋としては上々だ。
部屋の片隅には躑躅のボストンバッグが無造作に置かれている。
当の躑躅は今、窓枠に寄りかかって外をぼうっと見ている。口元には一本の煙草。紫煙がゆらゆらと空に登る。
「つ〜つ〜じ〜!!!」
背後からそろりそろりと近づいてきた知床が躑躅の背中に抱きつく。本来ならグラつくところだが、しっかりとした体幹で知床の体を受け止める。躑躅は動じることなく煙草を簡易灰皿に押し付けて消し、簡易灰皿ごとポケットにしまう。
「………危ないだろ?子供でもないんだから考えて行動しろ」
「全然危なそうじゃないけど!?」
「で、どうしたんだ?知子」
躑躅が振り返り知床のことを引き離すと優しい声をかける。
この頃は出すことが少なくなった声色。高校の時の同級生だからなのか気安くなってしまう。知床も普段のヒーロー活動時やメディアに露出する際の口調ではない。敬語でもないため、躑躅を信頼しているのだろう。
「明日からの強化訓練、手伝って欲しいの」
「ん?ヒーローでもない人がやってもいいのかい?」
「大丈夫、躑躅ならちゃんとやってくれるって信じてるから」
躑躅は困ったように頭を掻く。
「信じられても困るな」
「大丈夫!だって、私達の同期なんだから」
理由になっているのか、なっていないのかいまいちわからない言葉だが、彼女の満面の笑みは本当にそう信じているのだろう。
地形を変化させられる〝個性〟。土川の『土流』と言ったようにそういうものは訓練に使いやすい。躑躅も植物を利用することで見晴らしの悪い鬱蒼とした森を作ったり、植物によって大きな地形を作ることは可能だ。本来ならそういう理由だろう。それらをひっくるめて知床は躑躅を信じていた。
「仕方ないな」
「ほんと?ありがとう!」
肩をすくめて肯定の意を示す。
その回答に知床はより一層顔を綻ばせて喜んでいる。
学生の頃もこうやって見ているこっちが喜ばしくなるほど喜んでいたものだとしみじみ思ってしまう。これも歳をとったからだろうか。
あ、あと。といきなりその空気が霧散する。
先ほどまでとは打って変わって知床の雰囲気が冷たいものへと変化する。その目は座っておりジッと躑躅を見つめる。
「ねぇ、居なくならないよね?」
「…は。どういう」
「あの日から一度も電話もかけてこないし、私からかけても繋がらないし……ずっと心配だったんだよ!躑躅は何も言わないけど、なんで連絡しないのか私にはわかる。それでも最低限1年に1回でいいからかけてよ。…怖いの。目を離したら消えちゃうって思うの。だから………だから!お願いだから、勝手に居なくならないで!」
躑躅のシャツを握りその目には涙を浮かべていた。
その表情は不安と焦燥を酷く感じさせるものであり、躑躅と漸く出会えたことで爆発したように感じる。その背中はヒーローとは思えないほど小さくて、弱くて、震えていた。
──── なんでみんないなくなるの
ズキリと頭が疼く。
彼女の様子を過去に重ねてしまっている。
痛む額を抑え、決して険しい笑顔を作ることなく躑躅は優しく伝える。
「大丈夫。知子を置いて勝手にいなくならないよ」
────大丈夫。私は君を置いて居なくならないから。
その言葉は過去に聞いた女性と言葉と酷似していた。