躑躅がヒーローになろうと考えたのはそう難しくない。そうあれと言われたからだ。
彼の家族構成は両親に加え歳の離れた姉が1人。姉はサポート科と呼ばれるヒーローのサポートアイテムを作る学科のある高校へと通っていた。
両親はヒーローのアイテム制作の事務所を立ち上げており幼少期からその様子を眺めていた彼は姉と同じくヒーローアイテムの制作に携わることを夢見ていた。幼少期に〝個性〟を有しながらヒーローではなくヒーローのサポートを目指していたのは総じて両親の影響が強い。
彼の〝個性〟は両親のハイブリットと言えるもの。
〝個性〟の名前は『植物』。植物の操作、種子から即座に最大まで成長させるほどの成長促進能力、植物と植物を配合させて新たな特徴の植物を生み出す配合能力。一般的に〝強個性〟と呼ばれる類のもの。両親の持つ『成長促進』と『開花』の良いところ取りである。
彼の姉は将来を期待された人だった。普段はキリッとした性格で機械工学や人体工学を専攻し、そのサポート科で特に優れた人。家では正反対の様にだらけきって、怠惰な格好を見せていた。甘いものに目がなく、暇な時間はお菓子作りをよくしていた。彼のことをとても甘やかし、彼もそんな姉が好きだった。
夕暮れ時、赤煉瓦の壁の見える家に帰ると必ず両親が出迎えてくれた。ハグを交わし、洗面台へと向かうためにリビングを横切る。リビングにはタンクトップにハーフパンツというラフな格好をした姉が自作のお菓子を食べながらテレビを見ている。洗面台で手洗いうがいを終えてリビングに行くといつも姉が抱きしめる。姉に抱えられながらお菓子を口にして談笑していると、いつしか鼻をくすぐる美味しそうな匂いを感じる。母が作る夕食だ。彼は母の作る中でハンバーグが一番好きだ。「今日はつーちゃんが好きなハンバーグよ」と母の優しい声が聞こえる。
そんな、暖かくて優しくていつまでも続くと思っていた日々は途端に消え去った。
最恐最悪の大火災。
とある都市を丸々包み込んでしまった火災事件。死者は延べ3万人。負傷者も含めると10万人を超える被害を与えた事件。
彼はその大火災の生き残りである。
家族を焼かれその肉体が炭化するまで間近で見せつけられた地獄。火災の中心部に居ながら唯一全身火傷だけで済み命だけは助かった。しかし、それ以外全て、家族を、友達を、幼馴染を、クラスメイトを、ありとあらゆる知り合いを失った最悪の夜。炎を見るのが怖くなり、酷く明るい炎が心を焼き記憶を侵食する。火という存在が親しい人の死を連想させる。嘔吐、頭痛、トラウマによる絶叫、不眠といった症状があった。現在ではその影響も弱まったが、火災を見ると心が酷く締め付けられる、死を思い起こさせられるという症状は変わらず彼を蝕む。
────ぜったいにゆるさない。見つけ出して殺してやる。
時刻10:00頃。
B組の案内のために移動した土川と送崎に頼まれた仕事をこなすために躑躅は森が一望できる屋上へと来ていた。
その仕事とはA組の扱きのための魔獣の運用。B組の案内の間、そしてB組が森の中を動いている間、本来なら土川1人で2つの組の状況を把握、危険であったら魔獣の数を減らすなどをして時と場合に合わせた運用をしなければいけなかった。
今回の付き添いの他のヒーローの面々にはできない仕事だったが、躑躅が来たことでその前提は変わった。躑躅も〝個性〟を使って魔獣のような人形を作り出せる。土ではなく木や花といった植物だが、素材による影響はあまり無い。土川からしたら仕事量が1/2になるのでその分生徒に目を光らせられるとい言っていた。今はA組だけに集中させるが、土川が戻ってくれば土川の作る土魔獣と躑躅の作る植物魔獣を半々でA、B組に送り込む。そうすることで生徒の〝個性〟による向き不向き──躑躅の魔獣は植物故に例外はあれど炎に弱い──も無くすることが可能となるはずだ。
意識を森に集中させる。植物操作は自身の精神を草木に植物の根のように張り巡らせて自身の肉体と遜色なく動かすというものだ。その特性上、自身と他の草木、根を張った植物と他の草木の距離がある程度近くなければ張り巡らせるのに時間や労力、最悪激痛が伴う。草木が生い茂る森の中だとコンクリートだらけの都市部よりも何倍も簡単に根を張り巡らせられる。
また神経を張り巡らせるので、植物を介して体温、重さ、湿度などを感じ取り周りの環境を知ることができる。極端に言えば、植物の特性を変化させて視神経や目を生やして周りを見ることも可能だ。しかし、それをすると既存の植物に個性因子を浸透させることが必要で神経を張り巡らせる以上の労力を使う。作り出した植物でもなければ基本的にしない。
「まだ半分にも辿り着いていないのか」
広範囲まで巡らせるとスタート地点から1/3ほどの地点でA組を発見する。
土川が作り出した自立型の土魔獣に対して苦戦している様子。戦闘できる〝個性〟持ちが中心となって進んでいるが、土魔獣の相手をその〝個性〟持ちに依存しているせいか進みが遅い。
自立型でこれなら土川自ら操作する土魔獣には勝てるはずもないと躑躅は昔の戦闘訓練を思い出す。一度に10体以上を操作して四方八方から攻撃を仕掛けてくる。土魔獣に合わせて土流でも攻撃してくるので速攻叩きに行かなければ簡単に封殺されてしまう。
「さて、仕事だ」
そう一言呟くと躑躅はその場に腰掛けると目を瞑る。意識を集中させA組の行く道なき道の先の樹木を操作する。樹木は勢いよくその枝を伸ばし、無闇矢鱈に絡みつくと異形を形取る。樹皮は鱗に、樹洞は眼窩に、枝は牙や翼に、幹は肉体や手足に、葉は尻尾に。メキメキと音を立てて樹木はドラゴンへと変質していく。体躯は優に辺りの樹々を超え、近場の木に止まった鳥たちがバサバサと羽ばたいていく。樹龍は口を大きく開くと空気を振動させて咆哮する。
また、辺りの花が勢いよく成長し始め根が地面から這い出し動き出す。それらは200cm程の大きさになると地面を成人男性の腕ほどの太さの根を使い地上を走り回り蔓をしならせる。花の中心には口の様な器官が生み出され、涎のような粘液を撒き散らす。
他にも樹木の幹に大きな樹洞が出来る。その樹洞はまるで笑っている人の顔の様。これらも地面から抜け出して動き出す。ガサガサと音を立てて動き、枝を鞭のように振るう。所謂ゲームに登場する様な魔獣、魔物だ。
数が多く体躯が大きく攻撃も苛烈に行うが所詮木だ。土魔獣よりかは硬いだろうが案外簡単に破壊できる。樹龍も花の魔獣の何倍も硬いがそれでもプロヒーローであれば難なく倒せる程度だ。本来ならこれらの何十倍も硬い存在を作れるのだが、これはヒーローの卵のためのものだ。この程度で十分だ。
精々、苦戦して森を抜けることだ。苦戦することでこれから行われる〝個性伸ばし〟の重要性も理解するから。
案の定と言うべきか生徒たちは苦戦を強いられた。
はじめに誰かが森の樹々を優に超えるドラゴンの存在を大声で叫ぶ。樹龍と彼らの距離は約500m。それなのにも関わらず樹々の隙間からその姿を確認できるほど大きい。
また誰かが言う。土魔獣とは違う異形の化け物の存在を。躑躅の思うがままに動く樹龍以外の植物魔獣はその蔓を振るい樹々を薙ぎ倒す。爆破の〝個性〟を持つ者が難なく一体斃すもその後ろから新たな植物魔獣が姿を見せる。斃しても斃してもその数が減ることはない。
それからは殆ど蹂躙だった。斃しても斃しても数が減らない敵。攻撃をする度に体力を消耗する生徒。どちらが勝つかは明白。そもそもこれらとは戦うべきではない。素が植物のため植物魔獣はいくらでも数を増やせる。反対にその場に留まるしかない植物でしかない。よくよく観察すれば植物魔獣の根本から1本の根が伸びているのが見える。一定の距離しか移動できない様に躑躅が作り変えていた。故に、その範囲外に移動すれば難なく逃げ切れることだろう。手遅れになる前に早くその事実の気付いて欲しいものだ。
そうだ。と躑躅は一芝居打つことを考える。これでは訓練にすらならない。一定範囲を移動できないと言う弱点を発見できれば上々だと考えていたがこの混戦ではそれすら満足にできないはずだ。生徒から遠い位置の植物魔獣を動かして彼らの近くで攻撃できない様に見せればいい。それだけで理解する人もいる筈だ。樹龍を動かす気はない。あれはハリボテだ。動かせば辺り一面を吹き飛ばせるがそんなことをすれば送崎らに何を言われるかわかったものじゃない。この植物魔獣の製作ですら終わったら綺麗に元に戻すつもりだ。生徒にとってはいつ行動するかもわからない存在。それだけでも彼らに緊張感を与えられる。
半オート的に動く植物魔獣の近くに土魔獣の感覚を覚える。
これで漸くひと段落がつく。植物魔獣の数を半分に減らし、減らした分B組の方に創り出す。これで土魔獣と植物魔獣の量が半々になる。樹龍を空に飛ばし、もう一度酷く大きな咆哮をさせる。その咆哮は樹龍が本来の大きさの半分にも満たない程度でしか見えないここまで届いてきた。B組の生徒にも樹龍の存在を知らしめることに成功する。
「…せんぱい!!…先輩!!先輩!!」
ふと植物に向けていた意識を引き戻される。声の主は後輩である水島時雨。B組への説明と森への投棄が終わり、こちらに着いたのだろう。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもありません!!何回声をかけても返事がなかったじゃないですか!」
「はぁ。集中するのはいいけど、ほどほどにしなさい」
「そうか。次から善処しよう」
そう言うことじゃない。と2人は呆れた表情を浮かべるが躑躅はわからない。
はぁ。と溜息を吐くと土川は躑躅の隣に座る。
「今、どんな感じ?」
「ああ。A組はまだ半分も来ていない。この調子じゃこっちに着くのは夕方になるな。B組は始まったばかりだからわからないが夜には着くんじゃないか?」
「そう。想定通りね。この調子でお願い」
無言が続く。
10年以上という長い時間が2人の距離を遠ざけていた。いや、躑躅が自ら遠ざけたというべきか。兎も角、2人の間には学生時代の馴れ馴れしい雰囲気は存在しない。数十分に一回義務的な会話が存在するだけ。2人ならば話しながらでも操作可能なのだが一言も雑談がない。
1時間も経つと、遂に痺れを切らした時雨が言葉を発する。
「土川さん、先輩の学生時代ってどんな感じでしたか!?」
「…そうね、今より全然活発だったわ。よく私たちや相澤君たちと一緒に屋上でお昼ご飯とか食べてたわ」
そう。あの頃の躑躅は今よりももっと優しくて活発で笑顔がよく似合う人だった。今ではその面影も何一つないがそうだった。きっかけがあれば人は変わるとよく言うがこれはそんな生易しいものじゃない。警察の知り合いから聞く彼は思いもよらないことばかり。〝正義の味方〟になろうとしたあの頃とは対照的に〝悪の敵〟の様な存在になってしまった気がする。出来ることなら如何にかしてあげたいのだが彼自身がそれを望んでいなければ意味がない。私に出来ることといえば彼が道を外れない様に気にかけることくらいだ。プロヒーローと言われているくせに情けない。
「先輩が誰かと昼ご飯ですか…あれ?普段お昼何食べてるんですか?お昼になると見なくなりますけど」
「あ?俺が何食ってようが関係ないだろ。それより土川、A組の生徒が方向を見失い出したぞ。それとなく戻してやれ」
「あ、うん」
有耶無耶にする様に言葉をかける躑躅。思考の海から引き戻された土川が空返事をする。
時雨はムッと頬を膨らませて抗議する様に捲し立てる。それはまるで躑躅を信頼している子供の様。
「もう!先輩はいつもいつも都合が悪くなったらそう言うじゃないですか!!ちゃんと話してくださいよ!!なんですか!?話すのが嫌なんですか!?話したらなんかあるんですか!?私、相棒ですよ!?」
「関係ない。俺のことを知ってもいいことはないからな」
「もー!!またそう言って!!いいことがあるかないかなんて私が決めることですよ!?」
「…………そうだな。気が向いたら話すさ」
躑躅の方が折れた様だ。たった一言、そう約束すると意識を森に移す。A組もB組も必死に森の中を進んでいる。
A組は土魔獣や植物魔獣一体一体と戦うことは慣れてきた様だが四方八方から襲われることには未だ慣れておらず途中途中で戦闘のために足止めされる。それでも移動自体は速く、1/3地点は既に過ぎている。これなら、土川の言う通り夕方頃には辿り着けるだろう。
B組もA組の進んだ距離の半分近くまで進んでいた。彼らは戦闘で進むよりも地面を泥濘ませたり動きを留めさせたりして戦闘をできるだけ回避して進んでいる様だ。戦闘をしなければ体力の消耗をし辛い。それは正しい判断だ。だが、背後から奇襲される危険性を内包した間違った判断でもある。
土魔獣や植物魔獣の性質を理解してしまえば土魔獣のみを斃し、植物魔獣を足止めするという本当に正しい判断ができる。実際、こう言う判断はこれから必要となる。何をすれば最適解を得られるか、如何にして少ない情報だけで最適解を探り当てるか。だが、それはまあおいおい身につければいい。今はただこの判断も正しいとしておこう。
閑話休題。どちらも着実に森の中を進んでいる。昼食として用意されたおにぎりを頬張りながら躑躅は考える。
普段ならサプリや栄養剤で事足りる食事。しかし、知床がおにぎりを持ってグイグイ勧められたなら食べるしかない。どうしてか、食堂ではなく屋上で昼食をとることになっていた。全員が屋上に集まりいつの間にか用意されていたテーブルを囲む。
躑躅にとって数年ぶりの固形物。体の構造がおかしくなってしまったためか異変はない。この期間だけはちゃんと食べようと思ってしまう。それが普通なのだろうが、躑躅にとっては数年、数十年振りの普通。
「どう?美味しい?」
「うん?あぁ、美味いよ。ありがとう、知子」
久しく忘れていた感情が発露する。フッと頬が綻ぶ。
「あー!!先輩が笑った!!もう一回!もう一回見せてください!!」
「うるさい」
「照れてるんですか!?先輩!?」
「躑躅、ほら笑ってあげないさいよ」
屋上で大勢で食べる昼食。
常に1人だったら食事なんてここにあるはずがない。皆で楽しそうに食べる食事。
あの頃と同じ様に楽しいと思えるこの瞬間。彼にとって、一縷の幸福の時間だった。
───こんな日がずっと続けばよかったのに。