此岸に咲く彼岸花   作:月ノ蛇

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復讐は死んだ者の為じゃない。残された者の自己満足だ。
─── 映画『Sweet Rain 死神の精度』



心と身体の傷痕

───『姉さん』は死んだ。バラバラだった。綺麗に梱包されて届いた。腐らないように氷が敷き詰められ、花が散りばめられた。陶磁器のような肌はさらに血の気が引いて青白く光り、切り落とされた四肢の断面は血が出ないように縫合されていた。

お腹の上には防水加工された紙が一枚。

 

 

───『happy birthday!!』

 

 

 

─────────────

 

17:39、宿泊施設と森を区切る薮が揺れる。

ガサガサと音を立てて藪の中からA組生徒の姿が現れる。全員、枝や泥塗れ。顔からは疲労感が簡単に見て取れる。今にも倒れ伏しそうな状況だが彼らは意地で立っている。

 

「よーやく来たにゃん」

 

キャラ付けで今日まで付けてきたであろう語尾を携え、土川は彼らを出迎える。後ろには躑躅や相澤、送崎やその甥の出水洸汰といった料理の準備をしていない人たちが勢揃いだ。

 

「何が3時間で着くですか…」

 

説明時に言われていたであろう時間を使って抗議するものがいる。しかし、その言葉には覇気がない。故に抗議というよりも懇願という風に聞き取れてしまう。

送崎は講義の様な懇願の様な発言に訂正を加える。

 

「ごめんね。あれは私たちならってこと」

「ヒーローとの実力差自慢ですか……」

 

1人の生徒が呟く。他の生徒も非難するように見つめる。

 

「まあ、そうだね。でも私の土魔獣をあんなに早く攻略できたのは意外だった。素質あるよ」

「あ、魔獣と言ったらあの植物のやつはなんなんですか?ピクシーボブの〝個性〟じゃないですよね」

 

悪びれる様子もなくただ淡々と事実を話す。〝個性〟伸ばし訓練の前にプロヒーローとの差を知っておいたほうが終わった後で達成感を感じやすく成る筈だ。

緑髪の少年が目敏く質問してくる。ヒーローの〝個性〟についてよく知っている様だ。

「それはね」と土川が追加で説明する。

 

「うちの躑躅の〝個性〟。原理は私のやつと同じなの。てか、躑躅も私たちと同じくらいの速さで森を抜けれるはずだね。いや、森だから私たちより速いかも!」

「そうなんですか!……でも、こんなに〝個性〟がすごいのになんで警察に…」

 

警察を無意識に見下す。それは、この〝個性〟至上主義、ヒーロー社会故の無意識な差別。現代では警察は犯罪者を捕まえるよりはヒーローが捉えた敵の後始末が最もな仕事の様になっている。更にはヒーローを挫折した者、無個性と呼ばれる者が多く所属するところでもある。だからこそ、見下される。

 

送崎が小さく声を漏らす。彼の事情を少しばかりは知っているための声。

躑躅は緑谷を一瞥すると背を向けて建物へと向かう。躑躅は見知らぬ子供に自身の事情を伝えるほどの優しさを持っていない。況してや、『姉さん』の職業をバカにするやつに伝える気はない。

 

食堂に足を運ぶと知床や茶虎、時雨がキッチンで慌ただしく料理をしていた。

知床は躑躅のことを見ると目を輝かして手招きする。

 

「なんだ?」

「手伝って欲しい」

「…何すればいい?」

 

躑躅は知床に言われるがままに料理を手伝う。久方ぶりの料理だが過去に死ぬほどやった経験が未だに残っている。自分でも驚くほど手際よく作業を進めていく。

あの日以来の料理。今では問題ないがあの日から数年は肉を見るだけで吐き気が止まらず手が震えた。それもあってか食事をサプリや栄養剤に切り替えた。最もたる理由は料理は『姉さん』との思い出なのだろう。

躑躅は考えを消し去る様に頭を振ると目の前の食材に目を向ける。野菜や果物といった植物系は包丁を使うまでもなく思いのままに処理していく。植物が勝手に自身を切り離していく。躑躅はただそれを盛り付ける。

 

幾分か経った頃、体に付いた泥や汚れを一通り払い落とした生徒が入ってくる。誰も彼もお腹を空かしているようでテーブルの上に盛り付けられた料理を見て歓喜している。A組用の座席へと座ると挨拶もそこらに料理へと手を付けていく。

 

「うめぇ!!うめぇ!」

「生き返る〜!!」

 

どこかテンションがおかしくなった人もいるが夕食は何事もなく続く。途中でB組の生徒も到着しA組程ではないが、泣いて食事をする人もいた。それほど今日の森の中を抜ける試練がキツかったのだろう。生徒皆がガツガツと食べ、瞬く間に料理が減っていく。

一通り調理の終わった躑躅も食事を摂る。

 

「先輩、少ないですね〜。もっと食べてくださいよ〜」

「…俺は少食なんだよ。お前こそもっと食べな」

 

壁際の席、一皿に幾つかの料理を盛った躑躅の元に時雨はやってくる。時雨は対照的に皿に大盛りの肉や野菜、ご飯を盛っている。当たり前のことのように躑躅の隣に座ると躑躅の目の前の料理の少なさに驚く。

 

 

食事が終わり生徒はA組から入浴の時間になる。食堂に残った躑躅や知床、時雨は生徒らの食べ終わった食器の片付けに入ろうとしていた。あ、そうだ。と知床が思い出したかのように発言する。

 

「2人は一応客人だし先に風呂入っちゃって」

「え、でもここの片付けは?」

「心配しないでいいよ。片付けくらい1人でできるからね」

「だが、生徒が入っているだろう?」

「ん?躑躅はそのくらいしないと入らないでしょ!わかってるんだからね〜」

 

知床に急かされるままに躑躅と時雨はお風呂場にいく。現在はA組の入浴時間の筈。颯爽と脱衣所に向かった時雨とは対照的に躑躅はため息をつき重い足取りで入っていく。

 

「あれ?糸杉さん……っ」

 

浴場ではA組の生徒が湯船に浸かっていた。

A組男子はまず躑躅の顔を見てそのまま身体に目線を移す。声をかけようとしていた緑谷はそれに続く言葉を失う。

まず目につくのは身体の約半分を覆う火傷跡。一昔前までは致死量と呼ばれたレベルの2倍程。現在でも即座に治療系の〝個性〟で処置しなければ確実に死亡するレベル。火傷跡は古く何年も前のものだと推測できる。続いて目につくのはそれに匹敵する量の古傷。刀傷から銃痕、多種多様の古傷が全身にできていた。火傷跡も古傷も顔にないのが唯一の救いだろう。

今生きているのが奇跡だと誰もが思ってしまう。数多の死戦を潜り抜けたプロヒーローですらここまでの傷を持つものはない。ここまでの傷を持つならもう死んでいるか現役を退いているかの二択だろう。それでも尚、彼は生きている。そして、未だに警察を続けている。これは異常なことだ。どれほどの精神を持てばこれが出来るのか。身体に多くの傷を持つ緑谷ですら計り知れなかった。

 

「どうした?そんなに驚いて」

「……いや、その傷」

「あぁ、これか。昔色々あってな。それが未だに残ってる」

「それって、警察になったのと関係があるんですか?」

「さあな」

「やっぱり、傷のせいでヒーローになれなかったから…」

「違う」

 

躑躅は凛とした鋭い声で否定する。ビクッと緑谷の体が硬直する。躑躅は俯き、絞り出すように自分に言い聞かせるように呟く。その手はギリギリと握りしめられ、皮膚が耐えられないのか血が滲み出す。

 

「そんなんじゃない。そんないい話じゃない。俺は俺の汚いクソみたいな目的のためにヒーロー(正義の味方)に成るのを辞めた」

「目的…」

「そこまで言うほど親しくない。知りたいなら別のやつに聞け」

 

躑躅はそれだけ言うと湯船に浸かる。

それから数分後、峰田の心からの声を筆頭に浴場に賑やかさが戻った。その頃には躑躅は浴場から消えていた。

 

 

 

 

落下してきた出水洸汰を送崎の元に運ぶ最中、緑谷は考え事をしていた。

一つは出水洸汰のこと。どうしてヒーローを憎むのか。この年の子供がここまで極端にヒーローを憎むのは難しい。であれば、何かしらの出来事があったのではないか。例えばいじめとか。他には…家族とか。

もう一つは蓮華躑躅のこと。ヒーローになり得る〝個性〟、その練度、そしてヒーロー科にいたと言う事実。ここまで揃っているのにヒーローではなく警察になった。そして何か目的があったということ。何がそこまであの人を突き進めたのか。1人の青年として、そしてヒーローの卵として気にならずにはいられなかった。

 

 

「え、躑躅の事情?」

「はい。なんであの人が警察になったのかが気になって」

 

出水洸汰を送崎の元に連れて行き彼の事情を聞いた後、緑谷は送崎にそう質問した。送崎は少し考えて返答する。

 

「それは本人から聞いたほうがいいと思うわよ」

「それはそうなんですが…糸杉さんが他人から聞け、と」

「ああ、そういうこと。まぁ、躑躅は自分のこと好んで話さないもんね。…………まぁ、それなら話してもいいのかな。じゃあ、まずは服を着て来てからね」

 

送崎は柔らかい笑顔を作る。それは慈愛は含まれた笑顔。それだけ躑躅に思い入れがあるのだろう。

緑谷は今になって自分が腰に巻いたタオルのみだと言うことを思い出す。一気に顔に血が上り、早足で脱衣所へと服を取りに戻る。

それから数分、緑谷は服に着替え先ほどと同じ部屋に向かう。部屋の中には送崎が飲み物を準備して待っていた。

 

「それで。どこから聞きたい?」

「え、…なんで警察になったか?とかですか」

「まー、気になるよね。あいつ、あのまま卒業してたらビルボードチャート上位に居ただろうし」

 

送崎は湯呑みに入ったお茶を一口飲む。彼女の表情は優しく、本当に躑躅のことを思っていることが優に感じ取れる。

 

「あいつが警察になったのはね。『復讐』の為だと思う」

「…は。え?復、讐」

「まあ、私も躑躅本人からその為だって聞いたわけじゃないけどね。…たぶん。うん、そうだと思う」

 

緑谷には理解ができなかった。復讐。報復とも言い換えられるそれは『やられたらやり返す』の行動だ。(ヴィラン)がヒーローを狙って復讐する事例は数あれどヒーローが復讐するなんてあり得ない。復讐するより相手を許した方が、その方が正しい。僕だってかっちゃんにやられたことは許せないけど、それでも復讐なんて考えても見なかった。それなのにヒーローの卵の雄英生がそんなことのためにヒーローをやめるなんて。

 

「「なんでそんなことのために」なんて思ったでしょ?復讐は悪いこと、それはあってる。復讐なんてせずに相手を許すのが相手にとって一番の苦痛になる。それも正しい。復讐は何も生まないし、生むとしてもさらなる復讐だけってのも一理ある。躑躅だってそれを理解してるよ。それでも、それでも復讐しないといけないのは、それだけ相手を許せないから。自分のほぼ全てを奪い去ったやつを許すのは理屈は通っても感情はそうじゃない」

「あいつは2回家族を失ってる。1回目は生みの家族、大火災であいつ以外の家族全員が亡くなった」

 

緑谷にはその事件に覚えがある。緑谷が生まれる10年ほど前の事件だ。近現代最悪の火災と言われ、毎年追悼式祭があるのを知っている。生存者も僅かで死者はその何倍、行方不明者も未だにいる。ヒーローが数多く居たはずなのにそれほどの被害を生み出した最悪の事件。ヒーローの敗北と揶揄されるものでもあった。

 

「2回目は育ての親。天涯孤独になったあいつを引き取った女性。彼女も警察だった。あいつはいつも姉さんと呼んで慕ってた。物腰が柔らかくて優しい人だったの。そんな彼女の死体が送られてきたそう。四肢が捥がれ、悪辣な方法で躑躅の元にきたわ。犯人は分かってない」

「だから、」

「躑躅はヒーローとして多くを救うことより、家族を殺した犯人を追うことを選んだ。そうせざるを得なかったのかもね。彼がヒーローとして守りたかったものだもの。どうにかしてあげたいけど、最終的にはあいつが決めることだからどうしようもないの」

「…それでも」

 

緑谷は自分の考えをうまく言葉にできない。自分だって家族が無惨にやられてしまったら復讐に走ってしまうと思う。実際にそんなことが起きないから確証はないけど。考えるだけで苦しい。家族が目の前で物言わぬ人形になれ果ててしまうかもしれないことを。そんな苦しいことに2回も遭遇してしまったあの人はさぞ辛かっただろう。苦しかっただろう。……でも、それでも。

 

「それでも復讐はダメだと思います。だって、そんなことしたらその人まで復讐相手と同じになってしまう。目の前で犯罪者になろうとしている人を放っておけないです!どうにかできないんですか!?」

「…そうね。本人に伝えたら?私が間接的に伝えるより貴方の気持ちのままに言った方が幾分か伝わるはずよ」

 

送崎はふと壁にかけられた時計を見る。時刻は10時を過ぎており1時間近く話し込んでいたようだ。

目の前の学生はまだ聞き足りないように見えるが明日も早い学生のためにここらで切り上げた方が良いだろう。それ以外にもいくつか理由があるのだが、そう考えた送崎は緑谷に伝える。

 

「もう遅い時間ね。明日も早いんだから早く寝なさい。ごめんね、こんなに長くなるとは思わなかったわ」

「あ、はい」

 

緑谷は何か言いたげな表情のまま部屋を出ていく。

スリッパのパタパタと言う音が遠くに聞こえた頃、ただ1人残った送崎は冷め切ったお茶を手に取る。水面には歪んだ表情が映る。送崎は見たくないものを見ないためか勢いよく湯呑みのお茶を呷り飲み干す。

 

ずっと心配していた。知子程ではないが、定期的に彼の様子を聞こうと考えるほどには固執していた。彼がいつも笑っていないことを聞いて胸が締め付けられるような苦しみを覚えた。悪に対して必要以上に憎んでいるようだと聞くと酷く辛かった。今すぐにでも彼に会いたい、助けたい。そんな感情が心を渦巻く。だけど、彼はそんなことを望んでいない。いつだって、ヒーローは求める声にしか反応できない。

もう戻れないあの日を思い浮かべながら送崎は背もたれに寄りかかる。電灯の光が眩しい。あの日、何かできなかったのか。どうして彼を引き留めなかったのか。行動していたら今も笑い合えていただろうか。ありもしない希望が瞳を焼く。いつも、そんな未来()ばかり思い浮かべてしまう。

 

「そんなのもう、やってるわよ」

 

未来を夢見る学生に非道な現実を教えるのも大人の仕事なのだろう。

 

 

 

翌日、早朝6:00。

出水洸汰以外の全て宿泊施設にいる人は裏の広場に集められた。

今日から本格的な〝個性〟伸ばし訓練が始まる。

 

 

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