独りぼっちの鬼   作:炎雷神

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1話 出会い

「ねぇ〜何かお話して〜」

 茶色の髪を持つ幼い少年が女性に話しかけた。その彼女の膝には少年よりも幼い少女が寝息を立てながら寝ている。その少女を優しく撫でながら「そうだね〜…」と小さく呟いた。

 考えるように見上げれば、お日様は空高く上がっている。夕飯まではまだまだ時間がある。彼女の空のような色をした瞳を細め、とある昔話をし始めた。

 

 

 これは明治時代での起こった昔話──

 

 

 

 

 

 霜原凛音は鬼だ。

 

 霜原家に生まれた時から家族にも使用人にもみんな忌み嫌われている。霜原家にいてはいけない存在だ。だから、身代わりを買った。

 

 莉々愛

 

 莉々愛は人間。凛音と容姿に殆ど似ているため、身代わりとして売られたのだ。霜原家の長女として生きることになったのだ。

 彼女は品が良く、人当たりが良い。勉強も家事も才能がある。そんな彼女の人柄に霜原家に好かれていた。将来の霜原家として良き人材だと言われていた。

 そんな彼女と凛音との仲は……良い。

 旦那や奥様には凛音に関わるなと言われているが、内緒で凛音と仲良くしていたのだ。

 

「あ、莉々愛〜!!ここだよ〜!!」

「凛音!」

 

  木の上から声をかける凛音。莉々愛は優しい笑顔を見せ、木を登ろうとしている。

 

「こらこら莉々愛、危ないよ」

 

 ゴホッゴホッと咳き込む少年。

「お兄ちゃん!」

 凛音の実兄、瑠都。瑠都には不治の病を患っていた。瑠都は凛音と莉々愛の仲を言わないようにしている。

 凛音が心配そうに声をかけたら、瑠都は凛音に心配かけないように笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ、莉々愛、怪我したらどうするんだい?怒られるよ」

「えぇ〜…でも…」

 莉々愛は登りたそうに凛音の方を見上げた。凛音は一瞬躊躇うような表情になったが、笑顔を見せた。

「お兄ちゃんの言う通り、怪我したらダメだね!他の遊びしよ〜!」

「…うん!」

 莉々愛は喜ぶように返事した。

 瑠都から眺める莉々愛と凛音は血は繋がってはいないが、姉妹のようにこちらも和むほど仲が良かった。

 

 

 ある日、凛音…の身代わりとして莉々愛に縁談が来た。

 莉々愛の隣にいる旦那も奥様も喜ぶようにその縁談を受け入れている。莉々愛は相手に気分を害さないように貼り付けたような笑顔を見せていた。

 そんな莉々愛たちがいる部屋を庭の松の木からこっそりと眺めている凛音。凛音は悲しげな表情を浮かべていた。

「凛音」

「わ…っ!し、雫!?」

「しーっ、なんか静かにしてんだろ?」

「あ、そ、そうだね〜」

 凛音の後ろから現れたのは雫だった。雫も瑠都と同じように凛音たちの味方だ。

「こんなところで何やってんだ?」

「……あれ…」

 凛音は手を小さく莉々愛たちの方に指した。雫は、凛音が指した方を見れば声を小さく漏らしながら察した。

 莉々愛は今、凛音の身代わりとしてやっている。表では「凛音」として呼ばれている。そこには「莉々愛」では無い、「凛音」だ。身代わりとして売られた時からそう呼ばれるようになったのだ。

「……ねぇ雫…」

「ん?」

「この先…僕を受け入れてくれる人いるかな…いなかったらどうしよう……」

 この時の凛音は今にも泣き出しそうな表情だった。そんな凛音にポンッと手を優しく置いた雫。

「いるに決まってんだろうが、俺たちみたいにな」

 雫の真っ直ぐな瞳に凛音は顔を勢いよく縦に振った。そして、雫に甘えるように抱き締め、静かに泣いた。

「なあ凛音」

「うん…?」

「泣き止んだら出かけるか?」

「…うんっ!!」

 

 今思えば、雫に「出かけるか?」という言葉がなかったら何も起こらなかったかもしれない。

 

 

 闇夜に浮かぶ満月、人気のない道、隣には雫。鬼である凛音にとって落ち着く空間。

 光に当たらなくてもいい。人目を気にせずに歩ける。親しくしてくれる人がいる。だからこそ落ち着くことができるのだ。そして、甘えるように「雫」「雫」と何度も呼んで話しかける凛音。その彼女の表情は月よりも眩しいほど幸せそうな笑みを浮かべていた。そんな彼女の話に付き合ってあげている雫も子を見守るように微笑んでいた。

「ねぇ雫!かけっこしよ〜!」

「いいけど夜中だぞ?」

「静かに走ればいーのっ!」

「そうか」

 雫は静かにククッと笑えば、凛音は雫が油断している間に走り出した。

「僕を抜かしてきなよ〜!!」

 キャッキャッと笑いながら楽しげに走る凛音。こちらも本気を出して走ろうと思い、走り出した雫。

 

 気が付いた時には、雫の左胸から血が付いた剣が生えていた。

 

「……っ!?」

 

 すると、その剣は引き抜かれば傷口から血が飛び出すように溢れた。同時に口から吐き出される血。地面に大量の血。血、血、血が水溜まりのように出来ていく。そして、倒れる雫…。

 

 

 一方、先に走っていた凛音は充分な距離まで走れば振り向く。しかしながら、雫の姿が見えなく、自分以外の足音も聞こえない。遅れて来るだろうと思い、その場で待っていると、凛音の後ろから複数人の男性が立っていた。

「?」

 気配を感じた凛音は首を傾げながら振り向いた瞬間、視界が遮られた。

 

 

 どこまで連れて行かれたのだろうか。随分時が経っているような気がする。聞こえてくるのは複数人の男性の声と足音だけ。抵抗しよう思ってても身動きが出来ない。いつの間にか縛られていたのだ。口も手拭いで縛られ、叫ぼうとしても気付いてくれる人がいないだろう。

 次第に諦めていく気持ちが出てきた時、自分自身を包んでいた布のようなものから放り出された。そして、地面に叩き付けられる自分の身体に痛みを覚えながらも周りを把握するために見回した。

 天井の近くにある高めな窓、生活感の無い空間、縦と横に交わった木の柱…檻だ。

「へぇ…コイツが…」

 外側から興味深そうに顎を触りながら凛音を見る一人の男性。

 この人たちは凛音をどうするつもりだろうか。しかも凛音は鬼だ。見世物にされるかもしれない。警戒するようにその者たちを睨む。

「おい、我妻は?」

「後から来るってよ」

「はぁ…わかった、こう伝えてくれ、夜明けと共に殺せってな」

「分かりやした」

 

 夜明け…それは鬼にとって弱点だ。太陽を浴びれば鬼は塵となって消えてしまう。それを聞いた凛音は何とか脱出する方法を必死に考える。

「お、戻ってきたのか」

 その一言で凛音に恐怖が襲う。

 ザッザッザッ…と地面を擦る草履の音が聞こえてくる。そして、部屋の端っこから現れたボロボロな黒髪の少年。しかも髪の毛も顔も着物も血塗れだった。その姿を見た凛音はこの人に無惨に殺されるだろうと思うと冷や汗が止まらない。

「我妻、夜明けと共にコイツを殺せ、それまでは誰も手を出すな」

「…分かった」

 男性たちは我妻と呼ばれた少年を残して、ぞろぞろとどこかへ行ってしまった。

 

 

 2人きりの空間。続く沈黙。その沈黙が空気を重くさせる。でも唯一の音は水音。

 目の前にいる少年は桶に入っている水を手ですくい、顔に付いた返り血を落としていく。凛音が何処にも逃げないようにその場で洗っているのだろう。

「ねぇ君…」

 少年から聞こえてくる低い声にビクリと肩を揺らす。

「君鬼なんでしょ?」

「…………」

「鬼ってさぁ奇妙な術を使うんだよね?」

「…………」

「噂で聞いたんだけど…君、言葉で何でも思い通りできるんだよね?」

「…………」

「あっ、そっかぁ…口塞がられてるから何も喋れないんだったよねぇ…外すつもりは無いけど」

「…………」

「言っとくけど外してなんて言われても外さないからねぇ?」

「…………」

 少年は肩にかけていた手拭いを取れば、顔に拭いた。そして、手拭いを持っている手を太腿まで下ろせば、少年の顔がゆっくりと上げた。どれくらい切っていないであろうの長めな前髪の奥からチラリと見える、光のない…闇まみれた瞳が凛音を見つめた。その凛音を見つめているはずの瞳が何処を見ているのか分からないほど恐怖さが増す。

「…………」

「とは言っても夜明けになるまで暇なんだよねぇ…どう?俺と話さない?」

「…………」

「脱出しないならそれ外してもいいけど?」

「……!!」

 凛音は少年の言葉を聞き、何か思い付いたかのように首を勢いよく縦に振った。

 少年はフッと口角を妖しく上げれば、立ち上がった。懐に鍵を取り出せば、戸が開き、入ってきた。次第に近付いてくる足音に少々恐怖を覚えながらそこでじっとしているしか無かった。そして伸びてくる手に思わず反応してしまう。だが、何も無かったかのように手拭いを外してくれた。

「君の声、聞きたいなぁ…君の名前は?」

「……凛音…」

「凛音ちゃんかぁ、可愛い名前だねぇ、俺は我妻善逸、善逸って呼んでねぇ」

 口では優しげに言っているが、目が笑っていない。この先、何されるか分からないものだ。

「なんで僕のこと知ってるの?」

「ん〜…俺耳がいいんだよねぇ、遠くで人が話してることが分かっちゃうの、だから…ね?凛音ちゃんが逃げようとしても無駄だからねぇ?どこに行っても凛音ちゃんの音が聞こえるんだから」

 

 ──逃げられない

 

 そう思った凛音。

 

「そんなに怖がらなくてもいいよぉ、逃げなければいいんだからさ」

「う、うん…っ!あ、善逸!何か困ってる事ない!?ほら…お金とか!」

「ん〜…確かにお金は困ってるけどさぁ…」

「じゃあ、僕の家に連れてって!その時にお金渡すから!」

「ふ〜ん…ま、信用しないけど」

「えぇ…」

「だって大体の人が同じような言うんだし、どうせ裏切るんでしょ?」

「ぅ…」

 

 詰んだ。

 凛音は善逸に金を積んでおけば解決するだろうと思ったが、読まれてしまった。どうしたらいいだろうか。

 金の関係を言い出しても凛音と同じような人たちがいて、その人たちは善逸に殺されてしまったに違いない。だから他の人とは違う方法を…方法を…っ!

 

「何も言い出せないってことは図ぼ…」

「ぼ、僕と結婚しよう!!ね!?」

 

 有り得ないことを言い出してしまった。こんな鬼の自分を受け入れられるはずがない。しかも、誰も自分のことを受け入れてくれなかったことがあったからがこんなことを口に出してしまったかもしれない。終わった…と絶望の海に沈みかける凛音。

 

「俺のどこが好きになったのさ?」

「…!!」

 

 拒否られるかと思ったが、凛音の話を聞いてくれるようだ。

 

「え、えっとね〜カッコイイ!!」

「…………」

「み、水!水に滴る善逸!カッコイイから!」

「……ふ〜ん…?」

 

 ダメだ!出会ったばかりの知らない同士で言うことじゃない!!

 凛音の中には頭を抱えていた。このまま殺される…と再度絶望の海に沈んでいく。

「お〜い、我妻ぁ」

 外側から話しかけてくる複数人の男性。彼らはドカドカと部屋に入って来て、凛音の周りを囲んでいく。

「我妻、外を見張ってくんね?」

「いいけど…何するのさ?」

「何ってこの女と遊ぶだけだぜ?しかも鬼だし妊娠する心配もねぇよ」

「金かからねぇからな」

 男性たちの笑い声が響く。その声がさらに絶望の底へと沈んでいく。

 

 触られる

 知らない男性の手

 僕の身体に

 イヤだ

 タスケテ…

 あぁ…

 そっか…

 ここはもう誰も助けてくれないんだ……

 

 そんな時、ブシャッと飛び散る血が凛音の顔にかかる。

 

「ねぇ…このクソ汚い手で触らないでくれない?」

 

 先程の善逸の声とは思えないほどの低い、鳥肌が立つほどの低い声だった。

 その声で凍り付いた身体が男性の呻き声に寄って身体がやっと重りが解かれたような気がした。その呻き声がした男性の声を見れば、その男性には手が切られていた。善逸に切られたのだろう。しかも躊躇いもなく。

「このガキ!!」

「仲間になんてことにするんだ!?」

「だって手を出すなって言われたんですが?」

「バレなきゃいいだろうがっ!!」

「この鬼なんて生きる価値もねぇんだよっ!」

「どうせコイツは死ぬんだからな!!」

 彼らに言われた言葉が剣として凛音の心に刺さる。自分はいなくてもいい存在なんだと突きつけられるほどだ。

「ふ〜ん…あっそ…そうだよねぇ…じゃあいっそ殺しちゃおっかぁ」

 笑みを含んだような善逸の声がした。その声が凛音の命の危機に迫られる。

 

 

 ──死ぬ──

 

 

 その瞬間、血が飛び散る。飛び散った血は壁へと床へと天井へと……凛音へと…凛音の目の前には血を流しながら善逸によって命を奪われる男性たち。

 

「ふひっ…あははっ」

 

 不気味な笑い声をあげる善逸。異常だ。震えも躊躇いもない。チラリチラリと光に反射されて光る剣が振るえばさらに血が付く。返り血を浴びる善逸は狂気の笑みを浮かべながら剣を振るっている……。

 

「…………」

 

 1分も経たずに善逸の周りには血を流して倒れている男性たち。もう二度と動けないだろう。

 

「ねぇ…」

 

 ビクッと肩を激しく揺らす凛音。善逸は身体中返り血を付いたまま凛音に近付き、さらに顔を凛音の顔を近付けた。

 

「さっき野郎共が凛音ちゃんに触れてる所を見てたらさぁ…なんか殺したくなっちゃったんだよねぇ」

 

「…………」

 

「これってさぁ…恋って言わない?つまり俺は野郎共に嫉妬したんだよねぇ」

 

「…………」

 

「というわけで…俺と結婚しない?♡」

 

「…………は…?」

 

 すると、血塗れた手が凛音の手を握り、その彼女の手首に触れるだけの口付けした。そして、善逸は妖しげな笑みを浮かべながらこう言った。

 

「だからさ…俺の愛を受け止めてくれるよね?凛音ちゃんっ♡」

 

 

 どうやら凛音はこの殺し屋の少年・我妻善逸に愛されてしまったようだ。

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