「完全体になりさえすれば……!」から始まる人外転生者の追憶 作:GT(EW版)
さて、二体のデビルセクトを倒したことで、残るデビルセクト四天王は三体になったわけだが……ここまで来ると、相手側も対応を変えてくる。
厄介なことに、イビルセクト・アルファは戦力の逐次投入が愚策であることを理解している司令官だったのだ。
「……ということは、残りの四天王を総動員してきたりとか?」
ああ、それに近いことをやってきたよ。
勇者ナナシとデビルセクトの裏切り者に大魔王を加えた私たち三人のことを、あちらも最大の脅威だと認識してくれたわけだ。
ゴホンヅノとエレファスという、完全体に至っていた筈のデビルセクトが立て続けに打ち破られてしまったのだからな。それも汚い罠に嵌められたわけではなく二体とも実力で倒されている以上、奴が何らかの策を打ってくることは私たちも想定していた。
だからこそ、この戦いはスピードが生命線なのだ。
あちらが巨大戦力に物を言わせた対策を打ってくる前に、私たちは電撃戦で全てのデビルセクトを撃破する。
私たちが人類を守るには、速攻でケリを付けるしかないのだ。
──故に私たちはエレファスデビルセクトとの戦いが終わって人間界に帰還した後、一時間と間を空けずに次の四天王のところへ向かっていった。
「まさに大連戦ですね」
まともな人間ならそんなタフなスケジュールは身も心も持つ筈がないが、こちとら何年も休み無くイビルセクトをジェノサイドしてきた猛者である。
疲労に関しては問題無く、大きなダメージも無かったので私はもちろん二人も次のデビルセクトとの戦いに支障は無かった。
そういうわけで、アルファが何かしてくる前にさっさと次のデビルセクトを討伐しに向かった私たちであったが……この戦いから巻き起こったのは、私たちが予想だにしていなかった波乱の連続だった。
「……三体目の四天王が、予想以上に強かったのですか?」
そういうわけではない。
確かに三体目の四天王も魔界で熟成された完全体のデビルセクトであり、全長は90mを上回る巨大で強大な敵だった。
頭に生えているツノは産みの親であるイビルセクト・アルファと同じ三本で、その姿も同じくコーカサスオオカブトに似ている。
しかし全体的に細身に見えたのと、三本ヅノの真ん中に小さな突起があることからコーカサスと言うよりは「アトラスオオカブト」に似ている印象を受けた。
「と言うことは、三体目の標的名は「アトラス」ですか……私にはコーカサスとの違いがよくわかりませんが、アトラスオオカブトも迫力ありますよね」
まあいずれの標的名は何となく記憶に残っているメジャーなカブトムシから拝借しているだけで、本家本元の甲虫たちとは似ても似つかないがね。
あと、先に話していた氷属性の四天王はコイツのことである。
「氷属性キター!」
「キシャー……?」
ふっふっふっ……急に盛り上がるじゃないか。怖っ。
なんでそんなに氷推しなんだ?
「私が水属性なので、ちょっと親近感が」
ああ、場合によっては、水と氷は同一の属性として扱うこともあるからな。
尤も、このアトラスデビルセクトには水属性的な印象はなかったがね。D型のような水中行動はできず、水を応用すると言うよりもとにかく物質を凍らせることに特化した純粋な氷使いだった。
「氷単色でしたか」
むし・こおりかもしれんぞ。熱には弱かったかもしれない。
魔界の空には太陽が無く、24時間月の光が光源となっているため全体的に暗くて涼しげな世界であったが──このデビルセクトが住処としていたのは、その中でも特に寒い極寒の氷河地帯だった。
私は戦闘形態の時は問題無かったが、非戦闘形態の姿では寒さに身動きが取れずその場に居るだけで苦しめられていたことだろう。
故に私は以前のような変身解除の毒に気をつけながら、ここからは常に戦闘形態を維持するように努めた。
「私は寒さに悶えながら膝を擦り合わせ、白い息を吐いてうずくまる貴女の姿を見てみたいのですが」
見てみたいのですが、じゃないが。
「えへっ」
……もう糞みたいなサディズムを隠さなくなってきたなアンタ。
だがそんなキミに残念なお知らせだ。ここから先の私はしばらくの間ずっと戦闘形態クーレスの姿である。
ここからは最高にカッコいいクーレスのターンだ。
「そんな……いえ、それはそれでアリですね。美少女の姿はここぞの場面まで残しておくのも乙なものです」
「キシャー」
この女神ポジティブすぎるな。
……まあ、それはともかくとして。
度を越した極寒の地に最適化されたアトラスの生態はデビルセクトの中でも異質なものであり、奴が率いる群れもまた人間界では見掛けない氷の外殻が特徴の
アトラス含めて魔界独自の環境で進化した群れという風体であり、特殊能力としては一体一体が命中した相手を一瞬で凍らせる厄介なビームを撃つ能力を備えていた。
極寒の縄張りはイビルセクトにとっても好き好んで暮らしたい環境ではなかったようで群れの総数こそ当社比では少ない方だったが、個々の戦闘力はエレファスの樹液でドーピングしていた群れよりも強く感じたものだ。
例えるなら、厳しい環境を生き抜いた少数精鋭の叩き上げ部隊と言ったところか。私たちからしてみれば、厳しい環境の中で頼むから苦しんで死んでくれと言いたい心情だったが。
「冷凍ビームが飛び交う環境では、魔界に住んでいたドラゴンさんたちなんかはひとたまりもなかったでしょうね……」
極寒の氷使いなんて、ドラゴンに限らずあらゆる生き物の天敵だろうよ。魔界の生き物はとっくに絶滅しているようだったが、中でも彼らがもたらした被害はとてつもないものだったであろうことが窺えた。
……今思えば故郷をそんな目に遭わせた怪物を前にしても怒りに呑まれず、自分の仕事を冷静にこなしてくれた大魔王は本当に王の器だったのかもしれない。そんな彼の熱いビートは氷属性に対して相性が良かったようで、大量のF型を上手く引きつけつつ抑えてくれたものだ。
──そうなれば、後は私たちSAMURAIコンビの独壇場である。
「パターン入りましたね」
パターン言うな。
確かに誰か一人が雑魚を足止めしている間に他の戦力で親玉を叩くのがデビルセクト戦のセオリーになっているが、完全体になった私がナナシと足並み揃えて大ボスと戦うのはこれが初めてである。ふふっ。
ゴホンヅノは私単独で、エレファスはナナシと大魔王だったからな……奇しくも別々のマッチアップになったというわけだ。
「嬉しそう」
私の方が圧倒的に弱かった第三形態の頃ですら無敗のゴールデンコンビだったのだ。私が完全体になったことで、二人はより完璧な連携──パーフェクト・コンビネーションを発揮できるようになったのは当然の帰結だった。
ナナシの異次元の動きに僅かな遅れも無くついていけるようになった私は、もはや誤射を喰らうどころか、何ならこちらからアシストを挟み込む余裕すらあったほどである。
そんな私にはナナシまでも戦闘中に「あの時……お前を殺さなくて良かった」としみじみ呟いていたものだ。
「あの子ったら、また死亡フラグみたいなこと言って……」
私は私でそんな彼に対して「だから言ったではないか。完全体になった私は、スピード、パワー、頭脳、全てにおいてパーフェクトな存在になるとな!」と兜の下から不敵な笑みを返してやったものである。
そう小粋なトークを交わしながら華麗にアトラスデビルセクトを解体していく私の姿は、最高にクールだったことだろう。
……だというのに、あの男ときたら。
「きたら?」
……こう言ったのだ。
『完全体になったら、私好みの美少女になるとも言っていたな……おめでとう、クーレス』
それも含めて、今のお前はかつて言っていた通りの存在になったと──奴は完全体になった私に対して、今になって祝福の言葉を述べてきたのだ。
私としてはこの名前を貰った時点で既に祝福された身ではあるので、今更「おめでとう」と言われても正直反応に困ったが、何より驚いたのはアイツの口から私がかつて言っていたセリフが出てきたことである。
「覚えてたんですね、貴女の命乞いの言葉」
……ああ、あの男ときたら、そんな言葉まではっきりと記憶していたのである。私は黒歴史にしたかったのに。
それでも目の前の戦闘に対する集中は切らさなかったが、まさかこんな時になってあの話を蒸し返されるとは思わなかったものだ。
「虫だけに」
は?
「すみません……」
「キシャー……」
まあ、アイツとしてはあくまでも淡々と過去の思い出を振り返っただけで、キミとは違って私を揶揄おうとしたわけではなかったのだろうがね。
ただ意外と言うか……奴がこの姿に対してちゃんと「美少女」と認識していたことに何か温かな人間らしさを感じ、私は思わず苦笑を溢したものである。
──自分のことを人間だと思っていなかった男の姿を思い出し、「やはりお前は人間だよ」とな。
「……きっとそれは、貴女と貴女を取り巻く周りの人々が、少しずつあの子を変えたのでしょう」
変えた──と言うよりは、気づかせてやっただけだと思うがね。
あの男は初めて会った頃からずっと、ちゃんと人間だったよ。キミがそう育てたようにな。
「……そうですか……ありがとうございます」
ふん……キミの為にやったのではない。私は私のやり方で普通にコミュニケーションを取っていただけだ。
──と、二人して感慨に浸りながらKATANAを振るい、私たちは文字通りの意味でアトラスデビルセクトの巨体を切り崩していった。
その撃破タイムは僅か二十分足らずと言ったところで、今までで最速の撃破となった。
「二人がイチャイチャしている間に終わってしまいました……やはり氷属性は不憫キャラ……」
イチャイチャしてないし。
あと、戦闘時間こそ短かったが、それは何もアトラスがデビルセクト四天王の中で一番弱かったというわけではない。
命中したら一発アウトな絶対零度のビームを小パンチ感覚で撒き散らし、その身体自体もおびただしい冷気を纏っており、近づくだけで大概の物質を凍結させてしまう能力は控えめに言ってクソゲーだった。
結果的にはノーダメージの完封勝利だったが、それ以外に勝ち筋がなかったというのが私とナナシの見立てである。
寧ろ私が戦ったデビルセクトの中では最強だったかもしれないな……アトラスもF型も、人間界に上陸したら今度こそ人類は終わっていたと思う。
アルファがこの個体を人間界に送らなかったのは魔界の極端な寒冷地に特化しすぎているが故に、日の当たる温暖な人間界では本来の力を発揮できないとかそんな理由なのだろう。
「なるほど……それならいいです。後から再評価されるタイプのボスは何体居ても良いですからね」
良くねぇよ。
しかし、そんな強力無比なアトラスデビルセクトの敗因はただ一つ──完全体クーレスと勇者ナナシのコンビがそれ以上に強すぎた。以上。
「やっぱりクーナナがナンバーワン! やっぱりクーナナがナンバーワン!」
「キシャーンッ」
その呼び方はなんか引っかかるが……つまりはそういうことだ。最初からわかってはいたが、デビルセクトと言えど私とナナシが組めば負ける道理は無いのである。
自信が確信に変わったことで、私たちの勝利が現実味を帯びてくる。
しかし、その時だった。
油断や気の緩みがあったわけではない。
ただソイツは、私たちがアトラスを沈黙させ後は剥き出しになった核にトドメを刺すだけという頃合いに──その瞬間を待ち構えていたかのように、唐突に姿を現したのである。
「ソイツ……?」
最初に言ったろう? イビルセクト・アルファは戦力の逐次投入に拘る愚将ではなかったと。
そのタイミングで、奴は私たちの前に四体目の四天王を送り込んできたのである。
アトラスの救援に駆けつけてきたそれは、この極寒の地ではその場に立っているだけで白煙が巻き起こる──灼熱の炎を纏った、二足歩行のカブトムシ怪人の姿をしていた。
「カブトムシ怪人!?」
ああ、カブトムシ怪人だ。
甘いマスクを持つ第三形態の私と似たような姿だった。
六本脚だが二足歩行を基本としていて……私と違う目立った特徴を挙げれば、体色は真っ赤で、背中の翅が外殻から常時剥き出しになっていたところか。そしてその翅は炎を噴き出しながら常に燃え盛っていた。
それ以外には全体的に奴の方が細身で少しだけ背が高く、完全体の私には遠く及ばないが武士然としたスタイリッシュな外観をしていた。
全長は大体四メートルぐらいでアトラスらとは比べ物にならない小柄な体格をしていたが……私たちには一目見て、その存在が今まで戦ってきた魔王個体に何ら劣らない強者であることを読み取った。
「……元の貴女と、同タイプのデビルセクトですか」
そういうことになるな。アルファから言わせてもらえば、私のさらなる発展型とかそういうコンセプトなのだろう。
そしてもう一つ。本当に……本っ当に腹立たしいことだがっ! ソイツには口にするのも嫌になる大きな特徴があった。
──奴はその手に、頭のツノの形に似た漆黒の大太刀を携えていたのである。
炎のように燃え盛るたてがみを陣羽織のように纏ったその姿は、さながらナナシの……侍の姿を真似ているようであった。
「それはまた、何とも冒涜的な……」
人間界のイビルセクトがナナシに蹴散らされているのを見て、アルファの奴も色々と対策を考えていたのだろう。
ともかくそのエセブシドーカブトムシ怪人こそが四体目の四天王にして、この時初めて判明したデビルセクトの全貌であった。
灼熱の翅を広げながら瀕死のアトラスの頭上に降り立った奴は、その大太刀を構えながら私たちを見下ろす。
そして──奴は
『我が名はネプチューン。主の命により馳せ参じた』
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」
ひゃっ……驚きすぎだろ。
キミの反応にこっちが驚いたわ。クーレスなんかびっくりして花畑まで飛んでいったじゃないか。
「すみません」
急に落ち着くな。
……私のことばかり言っていたが、実はキミも結構酔ってるだろう今?
「大丈夫ですよー。お母さんは酔ってません」
ならいいが。
……話を戻すが確かにソイツは、イビルセクトの中で唯一人の言葉を話すことができる個体だった。その事実には私もナナシも大魔王も、皆して一様に驚愕したものである。
本人もとい本蟲が言うには、魔界一の知恵者である黒龍を食べて進化したことでそうなったらしいが……おそらくは産みの親であるイビルセクト・アルファにとってもそれはイレギュラーな進化だったのだろう。
同種の間では言葉より効率的にシグナルで意思疎通できる以上、わざわざ言語能力を持たせる意味が無いからな。人類よりイビルセクトの方が圧倒的に優位なのだから交渉の必要も無いし。
「なるほど……人食いの怪物が人を食いすぎたあまり、人に近づいてしまう事象も世の中にはありますからね。場合によってはそこから人に友好的な個体が発生することもありますが……」
敵を全て皆殺しにしてやろうと人類が一丸になっている中、今更そんなのに出てこられても困るがね。
尤も奴との遭遇では、全くそのような状況にはならなかったが。
意思疎通が不可能だった化け物の中に対話可能な個体が現れた──なるほど確かにそういった存在は、今まで万に一つもあり得なかった敵勢力との和解の可能性をもたらすこともあるのであろう。
しかし残念ながら、奴はそのタイプではなかった。
私たちと同じ言葉を遣うその弁舌は、私に対して常にイラつく言葉しか発さなかったのだ。
そうだ……あの蟲は、私の手で殺せなかったのが惜しいぐらい、腹の立つ奴だったよ。
初めから人間の心を持っていた私とは違い、奴は言葉を話せるというだけで、それ以上の存在ではなかったのである。
寧ろ奴らイビルセクトの悪意をより煮詰めたような──正しい意味で「
『我らが憎いか魔王の子よ。だがその我らを呼び出したのは誰だ? お前だ異界の勇者よ!』
『……!?』
奴が訳知り顔で私たちに突きつけた、イビルセクトのもう一つの真実……その言葉に動揺するクソボケの悲しげな表情が、今も頭に残っている。
四天王の中に一人だけ居る意思疎通できる枠です。なお性格は悪辣