「完全体になりさえすれば……!」から始まる人外転生者の追憶 作:GT(EW版)
SAMURAI勇者ナナシが言い渡した三つの条件は、総合的に見れば実に厳しいものだった。
一つ目に対して二つ目の条件があまりに非現実的すぎると言うか……元をと言えば「完全体」などという大ボラを吹いた私の自業自得なのだが、そういうわけで実在するかどうかもわからない第四の形態を目指さなくてはならなくなった私である。
まあ、最悪適当なアクセサリーを身につけたイメチェンで「これが私の完全体です」と言い張れば良いのだが、最大の難題は「完全体になったら私を殺してくれ」という頼みの方だ。
勇者である彼がそのような破滅願望を持っていた事実にも困惑したが、それはまあ良い。いわゆる「敗北を知りたい……」的な奴かと解釈したこの時の私は、彼の態度に引っ掛かりこそあれど理解できない話ではなかったのだ。
しかし実際問題、彼の圧倒的な力を散々この身にわからされた後で、もう一度彼に挑まなければならないのはしんどい話である。
正直言ってこんな化け物とは二度と関わりたくなかったのだが、やらなければ今度こそ本当に殺しに来るであろう未来を彼の無慈悲な眼差しが物語っていた。
所詮は口約束と契約を反故にするのは簡単だが、彼にフルボッコにされたことですっかり弱気になっていたこの時の私にとっては、真意のわからない口約束こそが何よりも強い強制力を発揮していた。
「ただより高いものはない」という言葉があるように、法による強制ではないからこそ破った時には何をされるかわからない恐怖が私の心を縛りつけていたのだ。
──故に、私はその条件を律儀に守り続けた。
……命乞いしておいて何だが、いつになるかもわからない寿命が訪れるまでダラダラと生き続けるよりは何かしらの目的があった方が人生楽しそうだと思ったのもある。本来の使命である人類抹殺に走るよりはまだ、宝探し感覚で完全体を目指してみるのも乙なものだと。
承諾した私は、上機嫌に声を弾ませながら彼に言った。「首を長くして待っているがいい! この私が完全体となった時こそ、お前は本当の恐怖を知ることになるのだー!」と。
再生した翅を広げて逃げるようにその場から飛び去った私を、彼は追ってこなかった。マジで見逃してくれたのか……と内心驚いていたが、生存に喜んだのも束の間、私はダメージが完全に回復するなり早速完全体完成に向けて行動に移った。
第三形態までは適当に樹液や果物を貪っていればすくすくと成長することができた。しかしこれ以上のパワーアップ……それも奴を殺せるレベルとなるともはや、カイコガのような食っちゃ寝生活では一生かかっても追いつけないのは自明の理だ。
だがしかァし! 私とて何の当ても無いわけではない。こういう時に頼りになったのは、転生者特有の特典──すなわち前世の記憶である。
私が覚えていたのは微妙に偏ったサブカル知識ばかりであったが、そのサブカル知識にこそ人外に転生したこの身のパワーアップ方法が刻み込まれていたのだ。
そのパワーアップ方法とは……地道な修行である!
……なんだその「わーすごーい」とでも言いたげな白けた顔は? まあ、聞け。
既にサナギからの羽化を終えている私には、これ以上変態による強化は見込めない。しかし筋トレによる地道な肉体改造なら話は別だ。
私の肉体は生まれながらに最強を約束されたパーフェクトな生体兵器であるが故に、人間のように身体を鍛えることは一切想定されていない。だからこそ逆に、その方法によるパワーアップには未知の伸び代があると考えたのだ。
秘策と言うには確かに地味すぎるが、「筋肉は嘘を吐かない」とはこの世の摂理である。なに、根本的に、私は人間とは比べ物にならないスペックを持っているのだ。努力した天才に凡人が敵わないのと同じように、努力した人類抹殺用生体兵器の前に人間は敵わないのである。
──まあ、三か月ぐらい待ってみてくださいよ。変態を超えるビルドアップを遂げた私が、指先一つで勇者を殺しますから。
やるからにはそのぐらいの意識でやろう。なに、駄目だったら奴の寿命が尽きるまで本気で逃げ続けてやるまでだ。寿命勝ちでも勝ちは勝ちなのである。
傷心状態からポジティブシンキングで蘇った私は、自らの肉体に試練を課す為より多くの外敵たちが待ち構えているであろう、人里から遠く離れたジャングル地帯へと乗り込んでいった。
そこで私は、私自ら考案したパーフェクト修行プランを実行していったのである。
……だが、現実はそう上手くいかなかった。一見完璧に思えたこの計画には、予想外なところに大きな落とし穴があったのだ。
筋肉は嘘を吐かない──人間なら当たり前の常識は、しかし私の肉体には適用されなかったのである。
いくら鍛えても、私の肉体は変わらない。その事実に気づいたのは、修行を始めて一か月ぐらい経った頃のことだ。
そんなに早く成果が出るわけないだろ筋トレ舐めているのかって? ……舐めていたのは否定できないが、違うのだ。本質的な意味で、私のパーフェクトな肉体と筋トレは致命的に相性が悪かったのである。
そもそも筋肉とは、外部からの刺激で微細な損傷を受けた筋繊維が、修復と適応のプロセスを踏むことで強化されていくものなのだ。
ミオシンやアクチンと言った筋細胞が増加し、それが結合して筋線維の拡大を引き起こす。これによって筋肉が強化されることで、刺激を受けるまでは耐えられなかった外部からのストレスにも適応できるようになる。身体をいじめるほど強くなるというのは、そう言ったメカニズムの上で成り立っていた。
しかし、私の肉体にはそのメカニズムが適応されない。
理由は一つ、私の再生力が高すぎたからだ。
筋トレによって外部から刺激を受けた私の筋繊維は、瞬く間に「完全な状態」に回復してしまう。つまり、私の筋肉はどれほど痛めつけようと筋細胞が増加する以前の状態まで強制的に巻き戻ってしまうのだ。その超再生力は私の肉体を常に100%の状態に保つ為劣化することもないが、限界を超えることもできなかった。
持ち前の再生力によって筋肉の超回復ができなくなってしまうとは何とも皮肉な話だ。修行による肉体改造は不可能であることに気づいた瞬間、私の地道な筋トレ計画は早々に破綻してしまった。
……だが、決して収穫がゼロだったわけではない。
地道な修行によって強くなろうとした着眼点自体は、間違っていないと思った。
それは肉体そのものの強化はできなかったが、修行を通して以前よりも私の──生体兵器としての能力を引き出すことができるようになったからだ。
具体的には、色々と新技を覚えた。
勇者ナナシは素手でも強いのに刀を持っていてズルい! そう思って私も何か武器を使えないかと試行錯誤を重ねたことで、四本の前足を剣のように鋭利な形状へ変化させることができるようになったのである。
それによって腕が二本しかない人間ではどうあっても再現できない、擬似四刀流での戦法が可能になった。
それまでの私が己の怪力に任せた「カブトムシパンチ」と長いツノをブンブン振り回す「ツノスラッシュ」、ツノから放つ「人類抹殺ビーム」の三種類ぐらいの技しかなかったことを思うと、それは明確に大きな進歩だった。
……以前までは、雑な技名による雑な攻撃だけで十分だったのだ。元来技というのは、弱者が強者に対抗する為に編み出した賢しい手段に過ぎない。ゾウが走り回るだけで大概の獣が薙ぎ倒されていくのと同じように、私の場合はただ規格外のスペックに任せて暴れ回るのが効率的だったのである。
そんな私も勇者ナナシという圧倒的強者の存在を恐れ、対抗手段を考えたことで、新たな技を習得することができた。その事実にこそ私は、完全体完成への活路を見出したのだった。
──そんな経緯で私は、一つの決断を下す。
それは私が完全体を目指さなくてはならなくなった元凶──「勇者ナナシとの再接触」であった。
……わざわざ自分から天敵のところへ赴くとか馬鹿なの? マゾなの? とでも言いたげな顔をしているな。どちらも不正解だ。
全ては合理的に考えた結果、私がさらなる強さを得るには、私より強い存在の戦い方を見て学習するのが一番の近道だと判断したまで。
事実、修行生活の中で最も己の成長を実感できたのは、トラウマと格闘しながら奴の剣技を思い出し、ああでもないこうでもないと対抗手段を模索していた時のことだった。前述した前足の剣化も、そのイメージトレーニングの中で編み出したものである。
故に私は、奴の剣技をさらに観察すればもっと新しい技を覚えられるのではないかと考えたわけだ。
もちろん、ノコノコ出ていってむざむざ斬り刻まれるつもりは無い。
虹色に輝く宝石のような私のカブト・アイを通して、遠目からこっそり観察させてもらおうと言うのだ。千里先まで見通すことができる私のパーフェクトな視力を以ってすれば、敵情視察も思いのままだった。
奴の居場所を見つけるのは簡単だった。この世に生きるあらゆる動物は、その細胞から個体ごとに特徴的なシグナルを発している。それは人間の感覚では決して聴き分けることができない微弱なものなのだが、私のパーフェクトな超感覚を以てすれば遠く離れていようと的確に受信することができた。
おそらくはそれも「人間がどこに潜んでいようと必ず見つけ出して殺してやる」という殺意が込められた、創造主お手製のジェノサイドシステムの一つだったのだろうが……人探しにはこの上無く便利な特殊能力だった。
中でも勇者ナナシが発するシグナルは人間の中でも非常に独特だったので鮮明に覚えている。奴のシグナルは何かこう、嵐が来る前のさざなみのように不気味なほど穏やかだったのだ。……まあ、慣れると居心地が良かったけど。
──そうして一ヶ月ぶりほどに目にした勇者ナナシの姿であったが、おあつらえ向きにも彼は野生の魔物と戦っている最中だった。
丁度良い。このまま奴の戦い方を観察し、じっくり学ばせてもらうとしよう。
大樹の上に佇む私は余裕の表情を浮かべて真ん中の足で腕組みの姿勢を取り、「流石にここなら気づかれないよな……?」という内心を抱えながら一人高みの見物と洒落込んでいた。
しかし程なくして私は、彼が戦っている魔物たちへと意識を向けることとなる。
──アイツが戦っている相手……私に似てね? と。
彼が戦っていた魔物──それらは全て、蟲だったのだ。
カブトムシを彷彿させる一本ヅノを持つ巨大な甲虫の群れが、たった一人の人間を取り囲んで群がっている。昆虫や集合体が苦手な者が見れば卒倒しそうなグロテスクな光景が、私の視線の先に広がっていた。
それまでは「あっちの天気は悪そうだなぁ」と呑気に眺めていた私だが、よく見れば空に広がっていたのは雨雲ではなく全て黒光りする甲虫型モンスターの群れだったのだ。その事実に気づいた瞬間、流石の私もSAN値が削れて気分が悪くなった。
同じカブトムシ型モンスターであるお前が言うなって? 私はもっと美しいし……
そう、その魔物たちは私と似ていたが様々な部分が決定的に違っていたのだ。色も私と違って全員真っ黒だし、ツノも一本少ないし目も声帯も無い。
足腰も貧弱で二足歩行できないし、全長も1m程度しかない。それでも蟲としてはクソデカいが、一匹一匹は当時の私から見ても雑魚だった。
──しかし、連中はとにかく数が多かった。
何だろうか? 私を一点物のワンオフ機とするならば、アレらは簡易量産型と言うような……そんな表現がストンと当てはまる容貌をしていた。
そんな蟲たちが何百、或いは何千と群がっていく有様はまるでこの世の地獄のような蝗害であったが──もちろんその程度の相手に遅れを取る勇者ではない。
ナナシは迫り来る蟲をバッタバッタと斬り殺していき、文字通りの意味で一騎当千の大立ち回りを演じていた。
遠目ながら美しさすら感じる彼の剣技を見て、私は改めて思った。それは私以上に為す術も無く死んでいく敵の姿に抱いた「うん、やっぱり私が弱いわけじゃなかったんだな……」という安堵と、「えっ私本当にアレを殺さなきゃいけないんですか……?」という、彼自身から言い渡された無茶苦茶な無理難題への尻込みである。
なんで刀の一閃がツインバスターライフルみたいなMAP攻撃になってるんだよ……おかしいだろ……と、どちらが
そんなこんなで一時間ぐらいが経過し、大体700体ぐらいの蟲がお亡くなりになった頃のことである。
気持ち悪い蟲共を相手に繰り広げる気持ちの良い無双っぷりを眺めていると、私の心にも何かソワソワと湧き立つものがあった。
当初の目論見通り、生で見る彼の剣技は非常に参考になった。人間を超越した有り余る力を一本の刀に込め、緻密な肉体制御のもと無駄の無い洗練された動きで敵を斬り伏せていく。
その光景には圧倒されるばかりだったが、それでも私だって、この肉体のスペックを100%引き出すことができれば近いことはできるのではないかと思ったのだ。
それは強がりにも似たフワッとした感覚だったが、私は勇者ナナシの戦闘スタイルを通して完全体──完成形となった自分の姿を見ていた。
故にこの時の私は居ても立っても居られず、その感覚を忘れない内に即刻トレーニングに励もうと思い立ったものだ。
──だからだろう。
「……!? お前は……」
気づけば私は、サンドバッグにするには丁度良い相手だと、目の前の蟲を斬り伏せていた。
あろうことか自らのトラウマ対象であり、完全体になったあかつきにはこの手で殺さなければならない化け物のもとへ加勢する形で。
「勘違いするな勇者よ。私はお前を助けに来たわけではない……お前を殺すのはこの私だからな」
……だから、今回も私を仕留めるのは見逃してほしい。そう続けそうになった情けない言葉をギリギリのところで押し隠しながら、私は四本の前脚を「剣」の形状に変化させると、彼と背中合わせの形で蟲共と相対した。
自ら無防備な背中を晒すことで、こちらに敵意が無いことをスタイリッシュにアピールした意図である。
彼はそんな私に驚き、ボソリと問い掛けた。
「……コイツらの仲間では、なかったのか?」
「違う。私はこのような醜い存在ではない!」
そこはキチンと、強めの言葉で否定しておく。
思えば人間に対してそれほど大きな被害を出していなかった私を彼が遥々殺しに来たのは、私のことをこの蟲共のハイエンドモデルか何かだと思っていたからだったのだろう。
いや、私は無関係です。こんなキモい奴ら私も今初めて知ったわ。
嘘偽り無くそう語ると、ナナシは「……そうか」とこれまた感情の読み取れない声で応答した。
その後、この場では私の背中に斬り掛かってくることは無かったのだが、私としてはいつ「虫型モンスターというだけで十分だ! 死ねぇ!!」とこの共同戦線が破綻するか気が気でなかったものである。
しかし、間近で見ると本当に気持ち悪いな……と、私はその場に群がる蟲たちの姿を前に心底そう思った。羽音もネットリしてるし。
カブトムシはカッコいい。しかし、コイツらの姿は万人が醜悪と感じるだろう。
翅も外殻もツノの形もカブトムシのそれとは似ているようで違う歪な形状をしており、寧ろ中途半端に似ているからこそ受け入れ難い生理的な嫌悪感を抱いた。
私のような知性も無く、見境無く襲い掛かってくる蟲たちを今しがた思いついたなんちゃって剣術で斬り捨てながら勇者に訊ねる。
「勇者ナナシ! 何者なのだ? この羽虫共は!」
この気持ち悪い蟲に対して何の知識も無い私に対して、彼は胡乱な目を向けると私の十倍以上のペースで敵を蹴散らしながら答えた。
「……イビルセクト。この二年で世界人口の八割を滅ぼした……悪魔の蟲だ」
……どうやら私が地中で三年サナギになっていた間に、この世界の人類は詰んでいたらしい。
その瞬間、私は彼が言った「私を殺してくれ」という言葉の真意を概ね察した。
そりゃ、死にたくもなるわなと。
侍とカブトムシ怪人が背中合わせに共闘する絵面は割とカッコいい。なお