「完全体になりさえすれば……!」から始まる人外転生者の追憶 作:GT(EW版)
吟遊詩人時代の大魔王が度々弾き聞かせてくれたこの世界の伝説や神話の類いは貴重な娯楽として、さほど歴史に興味無かった私が自然と内容を覚えるぐらいには楽しめるものだった。……例によって、何故かロック調だったが。
そんな彼のデスメタルっぽいロックな弾き語りの中でも、「世界樹サフィラと原初の天使」という神話は特に印象深いものがあった。
詳しい内容は割愛させてもらうが──その神話の中では、「この世界は一本の剣から始まったものである」という、この世界の眉唾物な成り立ちが語られていたものである。
「剣から始まった世界ですか……まあ、世の中一枚のカードから始まった世界もありますしそのぐらいは」
なにそれ怖い。
正確に言うと剣そのものが世界を創ったのではなく、剣に染み込んだ神様の血を媒体に一本の宿木が芽吹き、それがやがて島ほどの大きさを持つ大樹の国となって我らの世界が生まれた──という話である。
「なにそれ怖い」
それは怖がるのかい。
類似した話には死んだ神様の亡骸が島となり、そこを足掛かりに最初の文明が始まった──というのもあるが……それと似たようなものだな。
ただこの神話の異質なところは、神話でありながら古き時代の偉大なる神々や王の活躍を讃える内容は一切無く、寧ろ徹頭徹尾「神」を否定していることにあった。
かいつまんで言うと、こんな内容である。
昔々、遥か遠いところにこことは違う、「別の世界」がありました。
その世界にはたくさんの神様や人間たちがいました。
ある日、一番偉い神様は困り果てていました。
どうにもこの頃、人間が増えすぎてしまったのです。
なので神様は増えすぎた人間を間引くことにしました。
神様から見て悪い子だと思った人間を、全部消すことにしたのです。
たくさん、たくさん消しました。
途中から、良い子と悪い子の判断ができなくなるぐらい、たくさん消しました。
その結果……一番偉い神様は消されてしまいました。
一番偉い神様の乱暴なやり方を認められなかった一柱の神様が、人間の勇者と協力して討ったのです。
そうして勇者の聖剣に染み込んだ神様の血液が錆となると、どこからか漂ってきた一粒の種子がそこに宿りました。
種はすくすくと成長を続け……やがて島のように大きな立派な大樹へと成長しました。
──世界樹サフィラの誕生です。
「……なるほど」
人間を簡単に消してしまえる偉大な神様であろうと、いたずらに命を消し去り続けていればいつか手痛いしっぺ返しを受け、物言わぬ木に変えられてしまうという教訓である。
尤も、この神話は出典元の資料が古く曖昧な上、「自分たちの世界の成り立ちがどことも知らぬ非情な神様の血から始まった」というのは各宗教的によろしくなかったようで、もっぱら人間の創作扱いされていたとのことだ。
そんな中でも幼少の頃からこの物語をノンフィクションと信じていた数少ない人間が、我らの皇女である。
そしてこの話が事実なのであれば、世界のどこかに必ず件の世界樹「サフィラ」が実在する筈だと確信していたらしい。
──で、それをあの女は我々が魔界に行っている間に発見してみせたのである。
蟲だらけのこの世界で真っ先に狙われそうな青々しい神聖な大樹は、何者にも犯されていない神秘的な輝きを放ちながら天空に浮かんでいた。空飛ぶ大樹である。
私もイビルセクトもこれまで世界中の空を飛び回ってきた筈だが……それでも今に至るまでこの大樹の存在に気づかなかったのは、ただ空高くにあったからではない。
お蚕様が語るにはサフィラという大樹はどうにも、通常はこの「次元」に存在しないものなのだそうだ。
お蚕様いわく、世界樹サフィラは「世界の滅亡が確定した場合、高次元から顕現する」のだそうだ。
「場合なのでタイミングを逃しませんね……」
何の話だ。
その昔、かつてこの世界に最初の生命として生まれた世界樹サフィラは、自身の落ち葉を起点として「始まりの大地」を生み出すとおもむろに空へと浮上し、そのままこの世界からは観測できない次元の彼方へと旅立っていった。
それから世界樹サフィラは人間が生まれる遙か前にも何度か帰還したことがあったが、その時は決まって「文明が終わる頃」であったとお蚕様は語った。
世界樹サフィラの御心は神にすら窺い知れず、真相は不明とのことだが「人類文明の最期を見届けに来たのではないか?」というのが彼女の立てた仮説であった。
「世界樹サフィラは文明の始まりにして、終着点ということですか……」
しかもこの木はただ人類の最期を見届けに来ただけではなく、サービス精神が良いことに「記録の保存」までしてくれるらしい。
「……ふむ」
というのも島のように大きな世界樹の中には、現文明では見たことのない生物が住んでいてな。
たとえば鳳凰とか麒麟とかカーバンクルとかユニコーンとか。数はそれぞれ一体ずつしかいなかったが、この世界に生まれてから蟲と人間と竜娘ぐらいしか他の生き物を見たことがない私は、いかにも幻想的な神々しい姿に思わず感激してしまったものである。
特にカーバンクルは良かった! 世界樹に降り立った我々を最初に出迎えてくれた小動物の体躯はリスのように小さかったが、お蚕様に勝るとも劣らないもふもふな手触りはコーカサスとの激闘で疲弊した我々の心に沁み渡るような癒やしをもたらしてくれたよ。
妙に人懐っこく、私の胸に飛び込んでは「撫でろ」とせがむように額をこすりつけてきたものである。あまりにしつこいので存分に撫で回してやったわ!
「美少女と小動物は黄金バッテリーです!」
ま、その度にクーレスに嫉妬され、私が噛み付かれたのは困ったものだがね。
「カブトムシって嫉妬深いんですね」
「キシャーッ」
私はカーバンクルをはじめとする動物たちのことは一斉に可愛がってやったものだが、大魔王は私以上にひたすら驚いていたな。
……というのもカーバンクルもユニコーンも、あの世界では幻獣種と呼ばれ、何億年も前に既に絶滅した生き物らしい。前の世界で言うところの恐竜みたいな扱いだな。
蟲共に脅かされるまでのあの世界は、人間と竜を中心とした生態系が構成されていたようだ。深刻なもふもふ不足である。私がそう呟くと、竜娘が「竜にだってもふもふな奴はいたわよ!」と抗議の眼差しを向けてきたものだ。過去形なのが悲しいな……是非とも会ってみたかったよ。
「やはりイビルセクトは全生命の敵ですね」
──しかしお蚕様の話によると、そのように世界樹サフィラに跋扈している幻獣種たちの姿は、どれも本物ではないらしい。
手に触れた際のもふもふな質感も含めて、どう見ても本物にしか見えない幻獣種たちの姿は、かつて地上に栄え、既に滅びた文明の「記録」なのだそうだ。
「……どういうことですか?」
このカーバンクルたちの姿は世界樹サフィラが記録していた先史文明の一部が、世界樹自身の超常的な力によって具現化されたものなのだと──そうだな、SF的に言えば「質量を持った立体ホログラム」のようなものか。
「文明の終わりにふらりと現れては終焉を見届け、存在の証を記録していく……と。それはまた、私とは違って得体の知れない上位存在感がある神ですね」
キミも中々のものだと思うぞ。
「照れます」
しかしお蚕様も言っていたが、キミから見てもあの世界樹は「神」なんだな。
物言わぬ植物だから何を考えているのか、そもそも意思があるのかさえもはっきりしない為、皇女も扱いに困っていたものだが。
まあ、それはそれとして伝説の世界樹のことは鉄壁の守りを誇る人類最後の砦として、存分に活用させてもらったが。
──さて、キミが先ほど言ったように、世界樹サフィラは文明の終焉時にふらりと現れてはその最期を記録していく存在である。すなわちそれは、世界樹サフィラがある限り世界が滅びた後も皆が生きた証は残り続けるということでもある。
最後の最後で地上生命に与えられた救済措置としては、実に神らしいシステムと言えた。
だからこそ……その世界樹がこのタイミングで下界に顕現したということは、いよいよ我々の世界の滅びが確定したということになる。
「辛いですね……」
これまでの犠牲があまりに多すぎたからな。今からイビルセクトに勝利したところで、もはや残された者たちに文明を存続させる余力は残っていないというのは妥当な判断である。
「それでも、貴女たちは諦めなかったのでしょう?」
まあな。
全ては虚しいとしても、諦める理由にはならない。我々は当然最後まで戦うことを選んだし、寧ろ最後の最後に創造神たる世界樹サフィラの実在を知れたことで、全員の士気は最高潮に上がったよ。
次元の向こうから駆けつけてくれた創造神様が、自分たちの最期を看取りに来てくれたのだからな。
「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す……と言いますからね」
生き残った人々の多く──特に男連中はよく、「一番辛いのは自分が死ぬことよりもこれまで生きてきた証が何も残らないことだ」と言っていたからな。そういう意味ではカーバンクルたちのような形でも自分たちが生きてきた証を記録してくれる世界樹の存在は、確かな救いになったのだろう。私にはわからない感覚だが。
「リラさんは女の子ですからね」
……なんか嫌だなその言い方。
確かに女性陣、特に皇女の奴は良い顔をしていなかったがね。奴は王家の癖に、後世に残る自らの名前よりも一瞬を本気で生きている者たちこそを大切にしていたからな。だから必死な人々のことを高みから見下ろしているステレオタイプの神は嫌悪の対象だった。
そんな彼女だが、空気を読んでその感情をこの時口にしなかったのは、奴もお蚕様との出会いで神への考え方が変わってきたからなのだろう。
以前の奴ならば、「感謝できるか……こんな世界で……今になって現れて……あんたなんか神じゃない!!!」と吐き捨てていたところだろうに、お蚕様の献身ぶりを見てきた今では「神ィ……!」とそれなりに理解を示していたものである。
「そんなキャラじゃないでしょ皇女様……」
……と、そんな感じで、出会った頃は平和な世に君臨してはならない暴君メスガキ皇女だった彼女も、安心して民を任せておける立派な王様になったということだ。
私自身もまた、そんな彼女と愉快な臣民たちの最期を敗北で終わらせたくないと、そう思ったから完全体にたどり着けたのだ。
その気持ちにはまあ……なんだかんだで嘘を吐けない自分がいた。
「これはいいデレ」
デレじゃないし。
……ここまで戦い続けてきた彼女らには蟲共に喰らい尽くされる最期ではなく、穏やかで温かみのある最期を迎える資格があると思った。
あと一歩で、我々の手でその未来を切り拓くことができるのだ。たとえこの世界の滅びが逃れられない運命だとしても、私がやることは一つだった。
「……最終決戦、ですね」
イビルセクト・アルファ──イビルセクトの原点にして頂点、全ての蟲共の生みの親。
世界樹サフィラという世界の始まりにして終わりの大樹を正真正銘最後の拠点として非戦闘員たちを預け、我々は最後の戦いに赴くくこととなった。
「しかしアルファの居場所はわかったのですか? デビルセクトが全滅させられるまでの間、ラスボスは一体どこに……」
いや、この時までははっきりわからなかったよ。最後のデビルセクトであるコーカサスを倒せばあちらから動いてくるかもしれないと直感的に思っていた私だが、我々が実際にイビルセクト・アルファの居場所を特定できたのはたどり着いた世界樹サフィラの中で少し休憩してからのことである。
と言うか、実はここまで長々と世界樹のことについて解説したのはその辺りのことが説明しやすかったからでもある。
「と言うと?」
実を言うとイビルセクト・アルファは、「この世界」にいなかったのだ。
「では、ナナシの残った魔界に?」
魔界でもない。文字通り、「この世界」にはいなかったのである。
別の世界……ややこしいからここは別の「次元」と言っておこうか。世界樹サフィラが普段こちらの世界から観測できない場所に身を隠していたのと同じように、イビルセクト・アルファもまた二つの世界とは別の次元に身を隠していたのである。
「イビルセクト・アルファは、自力で次元を超える力を手に入れていたのですか……」
そういうことだ。強大な存在な筈なのに、私がそのシグナルを感知できなかったわけである。
イビルセクト・アルファは世界樹サフィラと同等の力、それこそ「神」と呼んでも差し支えない高次元存在に進化していたのだ。
……だから正直、私もしんどかった。
世界樹サフィラが世界の終焉が避けられないと判断したのはそういうことか──と、私はイビルセクト・アルファがその姿を現した時になって、サフィラが現れた意味を理解したものである。
手駒であるデビルセクトを失ったことで、奴はこちらが予想していた通りアクションを起こした。
もはや子供たちには任せてられないと、ラスボス自らが我々を、私を殺す為に降臨してきたのだ。
──次元の彼方から天空そのものを切り裂きながら、奴はその姿を現した。
その瞬間、こちらの細胞という細胞が悲鳴を上げるかのようなおぞましいシグナルが響き渡った。
天に開いた「次元の裂け目」とも呼ぶべき巨大な穴──そこからゆっくりと姿を現したソレを見た時、私たちは巨大な竜の首かと誤認したものだ。
穴の中からうねるように這い出てきたソレは一本一本が地平線を埋め尽くすスケールで、数百キロメートル先から見渡しても全貌が把握できなかった。
デビルセクトも巨大であったがその比ではない。巨大な竜の首かと思ったソレは高次元から踏み出してきた──イビルセクト・アルファの「脚」だったのだ。
その時現れた脚は三本だったが、奴の脚は全部で六本ある筈だ。そこから推定できる奴の全長は100mや1000mどころの騒ぎではなく、10000mさえ超越しているのではないかと思うほどに、文字通り次元を超えていた。
「……よ、予想以上のバケモノが出てきました……」
まったくだ。とんだクソインフレである。
奴からしてみれば、こちらの世界に対して「よっこらせ」と片脚を足湯に浸すような感覚に過ぎなかったのだろう。
たったそれだけのことで、奴が踏みしめた大地は粉々に沈み、その地形は無惨に書き換わっていった。
誰もが思った筈である。
あんな奴と、どう戦えばいいんだ……と。
「か、勝てますよね!? いや、貴女がここにいるということはそういうことなんでしょうけど、私がチラ見した記憶に自信が持てなくなりました……」
………………
「リラさん!?」
俺たちの戦いはここからだ!!!!
「ここまで来て、聞き手の想像にお任せして終わるのは無しですよ!」
ああ、そうだな女神よ。
もちろん最後まで語ってやるから安心してくれ。
先に結論から言うと……確かに我々は存在の次元が違うこのバケモノ、イビルセクト・アルファに勝った。そこは最初にキミが私の心を読んだ通りだから、安心していい。
「良かったぁ……」
ただ、まともに戦って勝てる相手ではなかったのは間違いない。コーカサスも手強い相手だったが、アルファはそんな次元じゃなかったからな。
次元の裂け目から着陸した片脚だけで地上の大半が沈んだのだ。もう片側の脚を出して、全身が降臨したあかつきにはその時点でこの星の中身はデブが飛び込んだ風呂桶の湯のように、空っぽに成り果てたことだろう。
「その例えはちょっとどうかと思います」
そうか……
だが、だからこそ、奴は今まで直接干渉してこなかったのだろうな。ラスボスが最後の一人になるまで重い腰を上げなかった理由としては、「大きくなりすぎたから」というのはあまりに単純で腹が立ったものである。
「十年前の時点で当時の魔王を超えていた力は、今も尚膨れ上がり続けていたということですか……」
おそらくは奴自身からしてみてもそれほどの進化は予想外だったのだろうが、我々からしたらもっとである。
ワンチャン、戦闘はデビルセクト任せだから本体はそれほど強くないかもしれないという淡い期待もあったが、残念ながらそれは外れた。
奴はその気になれば、自分だけで世界を滅ぼせるタイプのラスボスだったのだ。まさに、イビルセクトの神。
存在としてのあまりの格の違いに、誰もが絶望しかけた。
決して弱音は吐かなかったが、今度ばかりは皇女の奴もその手を震わせていたものである。
だが、絶望の中にも希望はあるのだ。
それを教えてくれたのがこの私と──勇者ナナシの壮大な旅。
『狼狽えるな! あんな図体などまやかしに過ぎん! どのような大きさであろうと、イビルセクトである限り「核」はある! それを潰せば死ぬことは、今までの敵と変わらない!』
『……クーレス……』
『それを何度となく成し遂げてきたのが完全体となったこの私と、貴様ら勇者たちの戦いだった筈だ!』
……あの時は私自身もこの心に抱えていた恐怖に打ち勝つ為、らしくなく声を上げて皆を鼓舞していたものだな。それに便乗して、大魔王の奴などは「諸君らの気高い理想は……決して絶やしてはならない!」とボロボロの身体で立ち上がったものである。
しかしそんな我々の鼓舞に同調し、「俺もいる」「私も!」と多くの者たちが立ち上がってくれた。力は弱くても、皆ここまで生き残ってきた心の強い猛者たち。絶望に打ち勝つことはできずとも、乗り越えてきたのが彼ら彼女らである。
子供たちも皆声を張り上げて戦う者たちを応援しており、発狂して自害するような者は一人もおらず、その顔には取り繕った表情ではあろうが笑みさえ浮かんでいた。
そんな中で、唯一勝利の鍵を手にしている私が何故絶望などしようものか。
聖剣クーレスの柄を握りしめ、再び「
その時である。
私の聖剣が聖なる光を放ち、その光で征くべき道を──「
次回で人外転生者の追憶は最終回……かもしれません。