「完全体になりさえすれば……!」から始まる人外転生者の追憶 作:GT(EW版)
人間と魔族、見た目は似ているが真逆の信念を持つ種族が対立し、お互いが世界の覇権を握らんと虎視眈々としていたのが私が異世界転生した舞台の情勢である。
フィクションでお馴染みの典型的なハイファンタジー世界という奴だ。人間の側には勇者がいるし、魔族の側には魔王がいる。私の頭にはタマゴの中にいた頃、人間を殺すように施された洗脳教育の一環としてこの世界の一般常識もインプットされていた。つまらん話は聞き流していたが。
しかし、そんな私もサナギから羽化するまでの三年間は浦島状態にあり、情報がアップデートされたのはその時が初めてのことだった。
いやはや流石に驚いた──私の転生したファンタジー世界は、私が何を見て何を為すまでも無く既に手の施しようの無い状態になっていたのである。
軍事的な定義としては部隊の三割も損耗すれば「全滅」と判断されるらしいが、その言説を当てはめるならばこの世界の人類は大局的に見て、既に全滅しているようなものだった。
……と言うことは私を討伐しようと遠征してきた王国軍の兵士たちも、思っていた以上になけなしの戦力だったらしい。人類の最終防衛ラインに突然ドラゴンより強い変な虫がポップしてきたらそりゃあ殺しに行くしかないわな。連中の士気が妙に高かったのはそういうことか。
因みに私に度々攻撃を仕掛けてきた高慢ちきドラゴンは、人類に味方する貴重な守護竜様だったとのことだ。
そんな最大戦力があっさり蹴散らされたとなれば、なるほど勇者という最終兵器に縋るしか無かったわけである。……そう言った事情を鑑みると、彼があの時私にトドメを刺さなかったのがつくづく不思議だった。
私の与り知らぬところで、とんでもないことになっていたこの世界……私が幼体の頃はまだ住処の周辺で人間と魔族が小競り合いをしていたものだが、確かに今はその光景が全く見られない。その理由は実にシンプルで、「それどころじゃない」からだろう。
──私が地中で第三形態への変態を待っていた期間、突如として地上に現れた怪物「イビルセクト」。通常の昆虫とは比較にならない戦闘力と図体を持つ彼らの登場は、長年続いてきたハイファンタジー的世界観を瞬く間に崩壊させていった。
人間も魔族も関係無く、彼らは何の見境も無くこの世界の生態系を荒らし回ったのである。
草木のみならず動物だろうと魔物だろうと構わずに食っちまう雑食の彼らはイナゴのような暴力的な繁殖力を発揮し、僅か数日で地上最大の勢力と化していった。そうなればもはや、この世界の人々に待っていたのは蹂躙と大飢餓のダブルパンチだった。
人類とて何もしなかったわけではない。初動こそ責任の押し付け合いによる内輪揉めがあったりもしたらしいが、数ヶ月経って人類絶滅が現実味を帯びてきた頃にはドラゴンや各亜人勢力、はては魔族とさえも休戦し同盟関係を結ぶなど、世界一丸となって共通の大敵イビルセクトの根絶に動いたのだ。
──異世界からの勇者召喚もまた、その対策の一つだった。
世界中の賢者たちが結集して実行した大規模な召喚魔法、この地獄を終わらせてくれる真なる英雄の召喚──一縷の希望に応えて現界を果たしたのが、名も無き聖剣の勇者ナナシだった。
人類は歓喜した。
勇者の力は彼らの期待通り、否、期待を遥かに超えるものだった。
過去の歴史でも魔族の脅威に対抗する為、人類が異世界から勇者召喚を行った実績はあるのだが、ナナシのそれは歴代勇者たちとは根本的に強さの次元が違っていたのだ。人格面においても彼はそう言ったチート勇者にありがちな傲りも無く、主君に対して忠誠を尽くす機会さえ貰えれば他に何の見返りも求めず、いっそ胡散臭さすら感じるほどに誠実な性格だったと言う。
そのように召喚者側にとってあまりにも都合の良い人権SSR勇者を引き当てることができたのは、その召喚自体が対魔族の為に人間だけで行ったものではなく、全生命の為にあらゆる種族が手を取り合って行ったかつてない規模の召喚だったからなのか……或いはイビルセクトという自然の摂理に逆らうバグを切除する為、何か大いなる世界の抑止力的なものが働いたからなのかもしれない。
勇者ナナシの聖剣は、正しく人類救済の力として世界を照らしていったのだ。
……しかし、時は既に手遅れだった。
勇者がイビルセクトを殺せば殺すほど、イビルセクトの侵攻は苛烈さを増していき、あの手この手で人類を殺していった。
ウィルスのように、彼らは変異していったのだ。それぞれの能力を持ったより強力な形態に。
繁殖力と索敵力に特化した
一体一体がドラゴンを凌駕し、S型とは隔絶した戦闘力を持つ
原生生物に寄生することで凍土や海中、あらゆる環境下での活動が可能な
そして全長100mに及ぶ圧倒的な巨体を誇り、イビルセクトの王として魔界に君臨する
時は常にイビルセクトに味方し、時間が経つほど凶悪になっていく彼らの存在はより効率的に人類種の息の根を止めに掛かった。
……聞けば聞くほど何か、人類に対する異常な殺意を感じる。直訳で「邪悪な蟲」とはまさにその通りの生態である。
彼らと姿が少〜しだけ似ている私としては、「カブトムシはそんなんじゃないよ〜」と涙を流すクワガタの姿を幻視したところだ。
勇者ナナシは間違いなく最強の暴力装置だったが、あくまでも一人の人間……人間だよな……? ……人間なのである。
たった一人の人間が救うことができる限られた範囲に対して、イビルセクトの物量と行動範囲には際限が無かった。
まず、魔族の故郷である魔界が滅ぼされた。
魔界の環境はイビルセクトにとって居心地が良かったようで、彼らの総本山と化した魔界は今やM型を頂点とした地獄以上の生態系に書き換えられたとのこと。かつてその世界の王だった魔王も、M型に呆気なく踏み潰されたという話だ。
次に人間界最大の栄華を誇る皇国が滅ぼされた。
国の周囲は世界各地から集められた選りすぐりの聖女たちによる大結界で守られていたのだが、S型の物量に押し切られ食い破られてしまったのだ。
国内に侵入されれば後は蟲たちの餌場である。無力な民はもちろん屈強な騎士団も剣聖も魔法使いもマッチョな皇帝も、S型の物量とP型の搦め手、L型の暴力に擦り潰されていった。
ただ一人勇者ナナシだけが異次元の強さで彼らを圧倒していたが、彼が敵を壊滅させる頃にはもう、その後ろに守るものは何も残っていない。勇者の殲滅力を以ってしても、同時多発的に世界中へ広がっていた蝗害の前では焼け石に水だったのである。
彼の到着が間に合わなかった被害地はその全てが蟲たちの楽園に変わり、その結果が人類種の八割減という有り様だった。
『……勇者など……名乗るのもおこがましい。私は……生まれた意味すら果たすことができない欠陥品なのだ……』
蟲たちの屍の上で、彼自身が語った言葉である。
それはこの時よりもしばらく先の一幕であったが……私には彼がどのような時間を過ごしてきたのか、終末的なこの世界の真実を知れば知るほどに思い知ることになった。その度に私の心は完全体完成への想いをより募らせていくことになるのだが──それは後で語ろう。
さて、そろそろ時系列を戻そうか。
ナナシの剣技を学習することで強くなろうとした私は、その成果を試すべく成り行きで彼に加勢した。
パーフェクトな頭脳を持つ私の習熟率は彼から見ても目を見張るものだったのだろう。パワーそのものは変わっていなくとも一ヶ月前より明らかに動きが良くなっていた私を見て、彼は「……それが完全体か?」と問い掛けてきたものである。
「フッフッフ……もちろん違うぞ勇者よ。完全体になった私の力はまだまだこの程度ではない」
「……そうか」
確かに新技も引っ提げて以前より強くなったが、今勇者と戦っても勝ち目はゼロであることを理解していたこの時の私は見栄を張らずに否定しておいた。……いや、別の意味で見栄を張っていたか。付け焼き刃程度の剣技でも確かな成長の手応えを感じていた私の心には、コレをもっと積み重ねればまだまだ強くなるという自信が芽生えていたのだ。
そんな小粋な会話を挟みながら私とナナシは怒涛のペースでイビルセクトS型の大群を処理していく。
急造チーム故に連係も何もあったものではなく、何なら彼の流れ弾で私の胴体が真っ二つになるハプニングが何回かあったものの、数時間で一帯の蟲を殲滅することができた。
荒野は気色悪い蟲の体液と残骸が散らばった見るも悍ましい景観と化したが、問題無く正気を保てたのは私自身が人ならざる者だからか。
ともあれ一応の決着がついたことで、我々は改めて向き合った。
「……助太刀には、感謝する。礼にこの場は見逃そう……」
「お前の為ではない。完全体の完成に必要だからやったまでだ」
「これで、予定よりも早く次の群れへ向かえる……」
「ん……次ぃ?」
相変わらず感情が読み取れない死んだ目をしていたが、意外にも彼は素直に礼を言った。
しかし会釈をするなり踵を返し、納刀しながら「次」と言い出した際には私の聞き間違えかと思ったものだ。
「待て貴様! これだけ殺し尽くしてまだ次があるのか?」
「……こんな群れは奴らにとっては小隊ですらない、ただの逸れだ。L型もいなかったからな……」
この場には空が見えなくなるほどの数が居た筈だが、それほどの個体数を以ってしてもイビルセクトにとっては序の口に過ぎなかったのだ。程なくして私はそれが純然たる事実であることを知ることになるのだが、しかしこの時は何よりそんな蝗害に対して顔色一つ変えず、当たり前のように己が身一つで対処しようとする彼の姿が常軌を逸して見えた。
私とてもう一戦ぐらいはできる余力を残してはいたが、それはパーフェクトな生体兵器として持ち合わせた超再生力あっての話である。一応は人間である筈の彼が休みも無く次の群れを探しに行こうとする姿には、感心を通り越してドン引きだった。
そうでもなければ勇者など務まらないのであろうが……ブラック企業も真っ青である。
「そうも急ぐとは、誰か親しい者でも襲われているのか?」
「……奴らの居場所にはもう、誰もいない」
「誰もいないのに、何故急ぐ?」
「急がねばこの星が蟲の重さに潰される。私は一匹でも多く、一秒でも早く奴らを滅ぼさねばならない……」
「ほぉ……大した信念だな」
他者の為に身を削るご奉仕精神は、まさにSAMURAIスピリッツである。
守る者は既にそこに居なくとも、それが歩みを止める理由にはならないと──どこまでも勇者の使命を全うしようとする高潔な信念だった。
しかし彼の虚無の表情と死んだ眼差し、抑揚の無い口調で語られたその言葉はどこか、私には誰かに言い訳しているように聴こえた。
人類抹殺用の生体兵器として生まれたが、そんな自分の使命など心底どうでもいいと思っていた私には理解し難い感情だった。
彼が告げた破滅願望にしても一切共感できなかった私だが……だからこそ何か、私は彼のことを無意識的に興味深いと感じたのかもしれない。
……まあ、今にして見ればこの時から私は彼に対してこう思っていたのだろう。「フッ、面白れー男……」と──。
彼にはまだこの世界やイビルセクトについて聞きたいことがあったし、その剣技ももっと見てみたい。そう思った私は彼の敵意が自分に向いていないことを理解するなり、その進行方向に向かってそっと立ち塞がることにした。
そして、前足の一本をスッと差し伸べる。
「……何のつもりだ?」
「掴まれ」
「……何?」
「流石の貴様も空は飛べぬだろう? 私が貴様を、他の群れが居る場所へ送ってやろうじゃないか」
人間の心を持つ人外転生者と言えど、私の心にはこれまで大して関わりの無かったこの世界の人類に対し、思い入れや関心は無かった。
世界人口の八割が滅んだと聞いても驚きこそあれ悲しみも怒りも抱くことはなかった私は、もちろん会ったばかりの勇者に感化されたわけでもSAMURAI的正義感に駆られたわけでもない。
どう足掻いても滅亡の未来しか無い世界で孤軍奮闘する勇者を眺めて愉悦したい……というわけでもなかったが、この男を見ていれば何か、これから先私の人外転生ライフにまたとない楽しみが生まれるのではないかと思ったのだ。
それは私自身の死の危険と隣り合わせの不用心な好奇心である。
しかし私は自覚した上で、自分自身でも不思議に思うほどに、その好奇心に強く惹かれていたのだ。その感情には「私の前世、本当に人間だよな……ネコとかじゃないよな……?」と我ながら不安になったものである。
「さあ行くぞ勇者よ! 貴様の戦いをもっと私に見せるがいい! ふはーっはははは!」
「……奇妙な虫だ……」
故に──私はこの日の出来事をきっかけに、成り行きから彼の「イビルセクトジェノサイドツアー」に同行することとなった。
そんなイカれた日々を通して、なんやかんやで段々と彼の虚無の表情に隠された本心や私自身の真実について知ることになるのだが……その辺りの詳細はザックリ巻きながら語っていくとしよう。
何せこの日から始まって今に至るまで、私は彼と10年一緒に旅をしていくことになったからな。全部語ってしまうとそれはもう大長編である。
つくづく人生とは何がきっかけで転換期を迎えるのかわからないものである。私の場合は虫生だが。
だがそのおかげで私はなれたのだ……ただの人類抹殺用生体兵器では一生かかってもたどり着けなかったであろう、究極の超完全体に。
──そんな私の勇姿と彼の最期を、もう少しの間語らせてほしい。聖剣を抱きし……湖の女神殿よ。
これは終末世界のボーイミーツガール(迫真)