「完全体になりさえすれば……!」から始まる人外転生者の追憶 作:GT(EW版)
さて、いよいよ私たちの旅は最終章を迎えるわけだが──これまでの間言及が無かった通り、この時点でも私の姿は第三形態から何も変わっていない。
この姿になってから八年ぐらいは経過しているが、依然白銀のカブトムシ怪人のままである。私も周りも、これ以上変態することは無いのだろうと察していた。
とは言ってもナナシと共に戦闘経験を積みに積みまくっていた私は、羽化したての頃と比べればもはや別物レベルに強くなっていた。
肉体自体の成長は無くともラーニング能力の高さはやはり人間や魔族の比ではなく、ナナシを始め多くの達人たちの戦いを学べば学ぶほどに、新しい戦闘技能を次々と習得していたのだ。
いつの間にか全身から電撃を放てるようになったり、翅の振動からエアカッターを飛ばせるようになったりと人外らしい能力を惜しみなく発揮していた。
また、そういった新技の習得はもちろん既存の技もかつてとは段違いの精度に改良されている。ツノから放つ「人類抹殺ビーム」一つにしてもシャワーのように拡散させることで広範囲の敵に浴びせることができるようになったり、逆に一点に集束して貫通力を高めたり、軌道を自由自在に曲げたりすることだってできるようになっていた。
出力の調整も強弱意のままであり、上はイビルセクトL型を一撃で消滅させる威力から、下はドレスや玉座に染みついた汚れだけを焼却するまで精密なコントロールが可能である。
「そこ引っ張ります?」
いつの間にか私のビームは、戦闘はもちろん日常生活にも役立つ便利ビームと化していたのである。
大半の魔法使いが戦死した今、洗濯の時間すら惜しい帝国の女性たちにとってはまさに救世主とも言える技能だった。生まれ持った本来の役目を思うと酷い使い方をしていたものだが、私にとっても帝都の洗浄は出力制御の良い練習になるので気まぐれに付き合ってやったものだ。
「やっぱり聖獣じゃないですか」
気まぐれだぞ? 私だって自分が往き来する環境は人も場所も清潔に保ちたいからな。
それでも自分が着ている状態の衣服に向かってビームを撃ってくれと命じてきたのはあのイカレ皇女だけだったが……それだけ私の技量に対して全幅の信頼を寄せてくれたことに関しては、悪い気はしなかった。たまに出力調整をミスってスカートに大穴を空けてしまうこともあったがね……ああ、もちろん下着は無事だったぞ?
「それは良いラキスケです」
良かないわ。
おかげでこの姿になってからあの女にされた糞セクハラも、「あの時の仕返しだ」と言われれば私も強気に出ることができなかったからな……とんだ弱みを握られたものである。
「貴女って……同人エロゲのヒロインみたいに割と流されやすいですね」
涼しい顔でラキスケとかエロゲヒロインとか言う女神って、なんか嫌だな。
──それはさておき、海底帝国が崩壊したそれからの話だ。
空が再びイビルセクトの群れに覆い尽くされたことで、流石にこの頃は一番暗かった時期である。物理的にも、精神的にも。
なまじ殺虫剤の完成により人類の反撃パートがしばらく続いていただけに、僅か数日で再び絶滅寸前の状態に追い込まれたのには私も生き残った人々に対して掛ける言葉が見つからなかった。
それでも脱出した僅か百数人の帝国民が当てもない漂流の旅を続けることができたのは、ひとえに皇女の統率力とこれまでの教育、選別の賜物だろう。
尊大な彼女とて、このような状況は頭の中では幾度と無くシミュレートしていた筈である。彼女が協調性に欠ける者や信頼できないと感じた者はたとえ悪人でなくとも容赦無く追放していたのは、あの頃から今回のような、集団が極限状態に陥る状況を想定していたからかと問い掛けると──彼女はふんと得意気に鼻を鳴らして答えたものだ。
『いや、アレらは単に我が気に入らなかったからだ。奴らは両親が命を捨ててまでたどり着いた我の国で己の殻に閉じこもり、託された未来を諦め緩やかな滅びを願っていた。静かに眠りたいだけなら外で好きに眠れば良い。誰も信じることができないなら誰もいない場所にでも行っていろ。察してほしいばかりで何が不満なのか、自分がどうしてほしいかも言えない……そんな悲劇のヒーローヒロイン気取りの連中を、誰が我が尊き臣民と認めるか』
……思ったより長文の恨み節が返ってきて面食らったものである。その内容は思いっきり私情丸出しだった。
しかしシンプルに気に入らないからと言われてしまうと何も言えない。
まあこれでこの女も建前という概念を理解していないわけではない。内心はどうであれ「国のリーダーに見捨てられたくない……!」という姿勢を少しでも見せていれば粛清対象にはしない分別があり、価値観の相違程度ならば話し合いに応じる程度には寛大だったのだ。
つまり彼女に追放されるような人間は……そういうことだ。
後に奇跡的に生き残っていた追放者たちの何人かが別人のように心を改め、「我々が愚かでした。貴女の居場所だけが楽園だったと……気づいた頃には、もう遅い。それでもこんな我々に許されるのなら、今度こそ貴女と共に覇道を歩みたい」と、そう言って彼女に忠誠を誓う少し感動的な一幕があったりするが──それはまた別の機会に。
『理不尽な王と笑うか? だが我こそがルールであり、帝国そのものなのだ。それに……その程度の理不尽を呑み込めぬようでは、この世界は生きられぬよ』
それは本当にそう思う。
実際私たちが彼女の海底帝国に頻繁に通うようになっていたのは、彼女傘下のその場所が地上よりも暮らしやすかったからだ。お前サバンナでも同じこと言えるのと野生マウントを取るわけではないが、蟲共の羽音に四六時中悩まされる地上の環境は絶対的超生物である私からしてみてもノイローゼギリギリのストレスであった。
ナナシも帝国に居る間は少しだけ、わかりづらいが安らぎを感じていたようだしな──そう同調してやると、彼女は普段は凛としているその顔に珍しく穏やかな表情を浮かべた。
「人類最後の王」というこの時から背負うことになった肩書きには似合わない、儚くも消えそうな微笑みだった。
『……我は、貴様に感謝している。名も無き勇者の友よ』
友ではないが。
間、髪を容れずそう返す私だが、今は協力関係だとは思っていると伝えると、彼女は高らかに笑った。
『──っはは! そう言えば貴様は、やがて完全体になったあかつきには奴を殺すのであったな!』
帝国が滅んでから、初めて見せた「らしい」表情である。
私とナナシの関係は初めて帝国に招待された時から懇切丁寧に説明していた筈なのだが、どうやら彼女はこの時まですっかり忘れていたらしい。
そんな彼女は一頻り笑うと、ふひひと目に涙を溜めながら私に言った。笑いすぎだろ。
『初めて会った時から思っていたが……やはり貴様と我は似ているよ。愛する者は自分の手で壊したいと思っているところも、そっくりだ』
何言ってんだコイツ。
私の胸中に抱えている思いとは的外れなことをほざいてきた彼女に、私はため息を吐きながら呆れ顔を返したものである。
『やるなら急げよ。ナナシは我が父と同じ……カッコつけて一人で逝くタイプだ。自分が殺したかった相手に先立たれるのは、死にたくなるほど辛いぞ』
皇女は、誰か勇敢な人間にぶった斬られても仕方ないぐらいには性格が終わっていたし、控えめに言って嫌な奴であった。彼女を生かす為に討ち死にしたかつての皇帝に対しても、屈折した重い感情を抱えていたようだしな。
しかしいざ彼女が救いの無い末路を辿る姿を想像してみると……無性に腹立たしくなるぐらいには、私はこの女のことを自分の前では死なせたくないと思っていた。
人外に転生した者は美少女が居る勢力につくことが多いとキミは言ったが……どうやら私も、その例に漏れなかったらしい。
──だからだろうか。
『……っ!? 貴様……!』
イビルセクトの攻撃から奴の命を守る為に……その身を盾にして割り込んでいった時は、自分自身の判断に我ながら驚いたものだ。
どうやらそれまでの九年間で私は、自分でも信じられないほどに心境の変化が訪れていたらしい。そのことを強く実感したのはこの時が初めてのことで──そしてそれは、長い間一人で戦い続けてきた勇者ナナシにとっても同じことだろう。
──そう、ナナシである。
帝国が崩壊してからの勇者ナナシは、感情の無い殺戮マシンのように皇女たちに近づくイビルセクトの駆除を延々と繰り返していた。一秒たりとも休むこと無く、延々とだ。
それまでの数年間は少しずつ態度が軟らかくなっていたのだが、帝国の崩壊を受けて彼は初めて出会った頃の冷徹な姿に戻ってしまっていた。
また守れなかった。
守れなかったのは、自分のせいだ。
何も守れない勇者など勇者を名乗るのもおこがましい欠陥品だと、そう呟いた彼はその剣で一心不乱に敵を斬り裂いていく。
そんなナナシはこの頃になると私の同行を拒否し、「……お前は陛下と民を守れ。私ではなく、お前の傍が一番安全だ」と一方的に皇女たちの護衛を私に押し付けると、自分は単独行動で接近を感じた蟲共に突っ込んでいったものである。
確かに護衛という役割に関してだけは、乱戦状態の戦場において私は彼に勝る。
先ほども語ったようにこの頃の私は力のコントロールの精密さに磨きが掛かっており、人類抹殺を目的として搭載された人類抹殺ビームさえも、針を縫うような正確無比な狙いで人々に近づくイビルセクトの身だけを貫くことができた。
その点ナナシは割と雑である。……いや、肉体制御技術に関しては私を遥かに上回っているのだが、いかんせん威力が高すぎる。最初の頃と違って私に誤射することは少なくなっていたが、それでも一人で戦っている時の彼を10とするならば、防衛目標を守りながら戦っている時の彼の強さは7ぐらいに弱体化していた。
因みにこの時の私は大体5ぐらいである。依然勇者の半分ぐらいの実力だが足枷をつけた状態ならそこそこいい勝負ができるぐらいには、私も真っ当に強くなっていた。出会って十年も経たずにこれは、我ながら凄いのではないかと思う。
この状況で最大戦力であるナナシが万全な状態で戦えないことは皇女も望むところではなく、「うむ、妻のことは心配するな! 行って奴らを蹴散らしてくるが良い! ついでに自称魔王めの姿を見掛けたら我の元へ連れてこい。既に亡骸になっていてもな……」と快く送り出していたものだ。
二人ともナチュラルに私を味方にカウントしておきながら私の意見を聞かないのはどうかと思ったが、言われずともそうする気だったのでこの時の私は空気を読んで黙ってやった。
「あれ? そう言えばデスメタルの吟遊詩人さんが居ませんね」
ああ、最後に残った三賢者の一人である悪魔的な自称魔王の吟遊詩人は、この時消息不明である。
あの男はイビルセクトD型に帝国を発見された際に「……俺が本当の蟲のヤリ方を教えてやる……薄汚いゴミ虫の群れなど、真っ赤な血のメロディーに染めてやるわー!!」と殺人ピエロやタコ魚人たちよりも先行して突貫し、海底でも響き渡る重厚なストロークを以て奴らの群れを遠くへと誘き寄せていったのである。
結局イビルセクトの進路を変えることはできなかったが、その行動は帝国から女子供を逃がす為の時間稼ぎになり、彼の尽力が無ければ生存者はもっと減っていたところであろう。
水中では私もナナシも本来の実力を発揮しきれなかったから、彼女以外の者まで守り抜ける自信は正直無かった。
「大活躍じゃないですか。また一人、惜しい人を亡くしてしまいましたね……」
おかしい人でもあったがな。
まあ、奴はその後も生き残っていたのだが。
「デスメタルってすごい……」
いや、エセデスメタルバンドマンとしての彼は確かにあそこで死んだようなものではあるが……奴が再登場するくだりは少し後になるので、詳しくはその時語ろう。
「承知しました」
因みに奴が愛用するどう見てもギターにしか見えない悪魔的な造形のハープは、彼からオーダーを受けた金ピカ皇女が日々の功績の報酬として錬金術で造り与えたものだそうだ。
もしかしたら彼も私の同郷なのかとそれとなく問い掛けたことはあるが、生まれも育ちも魔界の由緒正しき魔王だとはっきり否定された。実はその時、彼は記憶喪失に陥っていたという事実が後に判明することになるがそれは別の話だ。
「こんなところで気になる情報をチラつかせてきますね」
奴らも皆、それだけ濃い人生を歩んでいたということだ。
しかし勇者ナナシの人生においては、キミも知っての通りそんな人間たちの中でもとりわけ濃厚なものであろう。
何せキミから受けた呪いみたいな加護のせいで老いることもない彼は、勇者として永遠に戦い続けることができる。延々ではなく永遠である。
私も出会ってから何年も経って彼と打ち解けるようになってから初めて知ったが、アイツの実年齢……実は100歳を超えているらしいな。
「……神の加護を受けた人間の中ではまだ若い方ですが、そのぐらいにはなるでしょうね。人の成長は早いものです」
その100年間、あの男は勇者として数々の異世界に召喚され、その度にその世界を救ってきたそうだ。そんな気はしていたと言うか、あのハードボイルドな眼光はそうでなければ説明がつかないとは思っていたが……やはり私たちの世界に召喚されたのが初めての異世界召喚ではなかったのである。見た目は二十代の青年だが大ベテランだったというわけだ。
彼は「……流石に今回ほど長く、同じ世界に滞在したことは無かった……」と語っていたが、彼のとち狂った実力はただの天才というだけではなく、長年の経験によって培われたものだったということだ。
その100年間の勇者人生の中で、彼は十歳の頃に初めてキミから授かった「名も無き聖剣」をずっと使い続けていた。その間召喚された世界は多種多様だったが、今回のように召喚された時点で詰んでいる終末的な世界もあったと聞いた。
「……私のことが憎いですか? 幼き頃の彼が語った唯一の望み──「勇者になりたい」と願ったその言葉に応じ、聖剣を与えた私のことが」
……いや、キミのことを責めたり、説教しようとしているわけではない。
寧ろ、逆だよ。
「逆?」
彼も自分の言葉で伝えたがっていたが、私も同じ気持ちなので今の内に言わせてくれ。
──ありがとう。彼を勇者として認め、聖剣を与えてくれて。
数ある聖剣の中から彼に相応しい剣として、
「──!? まさか、その子が……」
湖の女神であるキミならば、感じ取れるだろう? このヘラクレスオオカブトもどきから発せられている聖なる力を。
それを読み取ったからこそ、私のことを「蟲の勇者」などと呼んだのだから。
「……なるほど……そういうことでしたか。そういうこともあるとは聞きますが、実際に見るのは初めてです」
あるんかい。コイツが先駆者であることを期待して、キミを驚かせてやりたかったのだがな……
「キシャーン!」
ああ、そうとも。
上機嫌な鳴き声を上げながら、今も呑気にリンゴタルトのおかわりに齧り付いているこの虫こそが、勇者ナナシが愛用していた偉大なる聖剣の成れの果て。
──そして……私を
俺は無機物が色々あって心を宿した生き物になるの好きマン……美少女化が安定だけどマスコット生物になるのもいいよね……いい