「完全体になりさえすれば……!」から始まる人外転生者の追憶   作:GT(EW版)

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 ますやんか。


裏切り者の名を受けて……

 ──あれは、私のミスだった。

 

 ……いや、よくよく考えるとそうでもないか。アレはどちらかと言えば、ナナシのミスだった。

 

 滅びゆく帝国から敗走した後、しばらくの間蟲に覆われた空の下で新天地を目指し、終わりの見えない逃避行を続けていた私たち。

 まさに地獄としか言い様の無い環境だったが、それでも超生物である私だけならば逃げ延びることは可能だった。しかしその選択を頭から外していたのは、結局のところ皇女をはじめ自分が関わった人々を見捨てたくなかったからという心情に尽きるのだろう。

 

 皇女風の言い方をするならば──気に入らなかったからだ。彼女らを私の目の前で死なせるのが。

 

 故に私はこの時、新種のイビルセクトに襲撃された皇女を身を挺して庇い、この胸に喰らってはならない一撃を喰らってしまった。

 

 

『貴様……っ!?』

 

 

 彼女を狙い、庇った私を突き刺したのはC(ケミカル)型──D型と同時期に現れた新種のイビルセクトだった。名前の通り、化学的な能力に突出した個体である。

 毒を始め体内に生成したあらゆる化学物質を使いこなすその個体は、最悪なことに金ピカ皇女の錬成した殺虫剤に対しても強力な耐性を持っていた。

 体格は80cm程度でS型よりも一回り小さいが、そのツノには既存のイビルセクトよりも遥かに強い毒性があり、形状も特徴的でカブトムシのツノと言うより「突き刺す」ことに特化した注射器のような形状をしていた。

 

「注射器みたいなツノですか……」

 

 そうだな……魔界から来た新種のイビルセクト共通の特徴として挙げられるのが、それまではギリギリ生物らしい姿を保っていた地上のイビルセクトに比べ、どれもこれも自然界では有り得ないパーツを持っていたことだろう。

 D型の見た目にしても体色が青だったり赤だったり潜る先によって変化するのはともかくとして、翅はスクリューのように、ツノはドリルのようにそれぞれ回転したりと兵器的な印象が強い姿をしていた。

 

 その傾向はC型も例に漏れず、能力の殺意もまた格段に上がっていた。

 

 ツノの他の特徴としては外殻から常に剥き出しになっている蛾のような翅から鱗粉を撒き散らし、それを吸い込んだ者に強い幻覚症状を与え、抵抗する術を奪った後で美味しくいただく悪趣味な生態をしていることだろうか。

 私も鱗粉に対しては耐性を持っていたのだが、巨大な毒針となっているそのツノでまともに胸を突き刺されたのはこれが初めてのことである。

 

 今まで感じたことの無い種類の動悸と激痛を感じた私は、直ちに電撃を放ちそのC型を我が身から引き剥がす。

 しかし一匹のC型を皮切りに次々と雪崩れ込んでくる無数のイビルセクトを前にしては、私の迎撃能力を以てしても間に合わなかった。

 刺された傷は深かったが、本来なら再生できない傷ではない。

 

 しかしこの時の私は注射器のようなC型のツノから注ぎ込まれた毒によって、超再生力が著しく低下していたのだ。

 

 彼らイビルセクトに対し、ナナシに次いでぶっちぎりのキルスコアを叩き出していた私だ。D型が海や地中に潜んでいた人類を殺す為の個体だとするならば、同時期に出現したC型は私との戦いを想定して生み落とされた個体だったのだろう。

 そんな彼らの「再生殺しの毒」をまんまと喰らってしまった私は、この肉体に生まれて初めて陥った朦朧とした意識の中で戦闘を続けた。

 本能は直ちに逃げるべきだと訴え続けていたのだが私はそれを拒絶し、群がる蟲共を一心不乱に蹴散らし続け、手負いの獣のようにじたばたともがき足掻いていく。

 

 個としては言うまでもなく、私の方が新種含むイビルセクトたちよりも圧倒的だった。

 

 ツノからビームが奔り出る度に、その光条に触れたイビルセクトが火球となって砕け散る。

 カブトムシもどきの群れを蹂躙していると言っても過言ではなかっただろう。数分と掛からずイビルセクトの遺骸の数は三桁を数えた。

 しかし超再生能力が麻痺した私は次第に、敵の物量に押されていく。

 私のビームや電撃の弾幕を突破してくる蟲共の数が増え、やがて堤防が決壊するように私の身体は敵の波に飲み込まれていった。

 

『やめろ! そいつから離れろっ!』

 

 私のツノが砕け、外殻の各部に亀裂が走る。

 らしくない悲鳴を上げる皇女の声を背中に受けながらも、私は獣のような咆哮を上げてナナシから学んだ剣技を振るい、群がる敵を斬り殺していく。

 そのまま彼女から遠ざかるように翅を広げて上空へと踊り出た私は、尚も接近してくる増援に対し躊躇いも無く突貫していった。

 

 頼みの再生力を失い、ダメージは甚大。

 ナナシは他の群れを相手している為この場には不在で、毒耐性のあるC型を中心として編成された敵の群れの前では金ピカ印の殺虫剤も無力……

 

 正直、己の最期を悟ってしまったものだが……この時の私の心は、ナナシと初めて出会った時のような生存欲求に突き動かされることが無かった。

 

 それもまあ、仕方あるまい。

 あの時とは違って、この時私の後ろには皇女が居たのだから。

 勇者やヒーローのような正義感に目覚めたわけではないが、ここで逃げ出すのは心底気に入らないと思った──それだけだ。

 

 ただ……

 

 

「──!」

 

 

 私を呼び戻そうとする皇女の叫びを聴いた時、私はこの胸に二つの感情を抱いた。

 

 一つは、「自分の名前ぐらい、決めておくべきだったかな……」という、こんな状況で浮かべるには今更で、呑気すぎる思いだ。

 

 ……ああ、この時もまだ、私には名前が無かったのだ。

 

 どの勢力に属することもなくナナシと二人旅をしていた最初の五年間は固有の名前が無くても不便しなかったし、帝国で多くの人間と関わるようになってからも「勇者の使い魔」だの「使い魔ちゃん」だの「聖獣様」だの「虫神様」だの「我が友」だのという呼称で通っていたから、こちらも不自由が無かったからな。だからまあ、名前なんて無くても良いかと。

 しかし今際の際ぐらいは友人に呼ばれる名前ぐらい、あった方が収まりが良かったかなと後悔していた。

 

 

 そしてもう一つ、私の心に浮かび上がってきた感情は──

 

 

「完全体になりさえすれば!!」

 

 

 ──という、あの時と同じようで違う激情だった。

 

 

 そうだ……悔しかったのだ。

 ナナシに皇女を任されておきながら、むざむざやられていく自分の不甲斐なさが。

 

 

 

「それで……どうなったのですか? 貴女までやられてしまったらバッドエンド一直線ですが、ここから真の力が目覚めたりとか……?」

 

 

 

 ……物は言いようだな。

 確かにあれから起こった出来事は、物語として語るなら私の「覚醒イベント」だったのだろう。

 それまではただ自分が生き残る為に漠然と目指していた完全体に、心から、本気でなりたいと思うようになった。それを自覚したことは、私にとって非常に大きな心境の変化だった。

 

 しかしだからと言って、そう思った瞬間にペカーって光って、いい感じの挿入歌を流しながら完全体に超進化したわけではないぞ?

 

 ……いや、私がこの姿に変わった時も確かに光ってはいたのだが、そこに至るまでにも一悶着があったらしい。

 

 

「あったらしいって……こんなに熱く語ってきたのに、どうして肝心なところが他人事みたいに……」

 

 

 それはだな……いかにパーフェクトな私と言えど、自分が記憶していないことを正確に回想することはできないからだ。

 故にこの後の展開はどう語るべきかと、少し迷ってしまった。

 

 ……と言うにもこの後の私は、いわゆる「暴走モード」になっていたようでな。

 

 その姿になっていた時の私は、それはもう怪獣王の如く見境無く大暴れしていたらしい。私にはその間の記憶が無いが。

 

 

「えっ、まさかの闇堕ちですか?」

 

 

 闇堕ちではない、暴走だ。そこ大事。

 皆には迷惑を掛けたが、私の意思でそうなったわけではないからな! そこのところは先に自己弁護させてもらうぞ……

 

 

 

 

 

 

 ──よし、まとまった。話を続けよう。

 

 

「お願いします」

「キシャーッ」

 

 

 語らねばなるまい……

 そんなこんなで怒りの叫びを上げて無数のイビルセクトの群れに立ち向かった私であるが……私は嵐を呼ぶ正義のヒーローではないので、吠えれば強くなるなんてことなく、数の暴力を前に敗北を喫してしまった。

 

 ──だが、問題はそこからだ。

 

 通常イビルセクトに敗れた者は、そのまま彼らの餌になるか寄生生物であるP型のガワとなってゾンビみたいに尊厳を破壊されるかの二択なのだが、私の場合はそのどちらでもなかった。

 

 なんか……たくさん集られたのである。

 

 無数の蟲たちが私の身体に張り付き、寄り集まって球体を為していく。

 イメージとしてはこう……オオスズメバチを圧死させようと群がるミツバチの群れみたいなイメージだろうか?

 C型にP型にS型にD型、はてはL型までも入り混じったM型以外のバラエティー豊かな蟲共がわらわらと私の身体に組みついていき、直径100mぐらいの蟲の大玉を作り出していったのである。

 

 後で又聞きした話になるが、この時私に集ってきた蟲たちはその身体をドロドロと液体状に溶かしていくと一つに合体し、巨大な繭を形成していったのだそうだ。

 

 

「うわぁ……」

「キシャー……」

 

 

 ……二人揃って仲良くドン引きするな。特にお前はそこから生まれたんだぞクーレス。

 

 まあ確かに、その光景は大層グロいものだったに違いない。仮にその時蟲共に群がられていたのが今の私だったなら、その絵面はもはやR-18を飛び越えてR-18Gみたいになっていたところだろう。……何ちょっと見てみたいって顔してるんだヘンタイ女神。

 

「てへっ」

 

 てへじゃないが。

 しかしそうして形成された巨大な繭の中で何があったのかと言うと……蟲たちは私を圧死させようとしていたわけでもこの肉体を貪り食おうとしていたわけでもなかった。

 

 その時の私自身の感覚としては、夢や精神世界に思念だけが漂っているようなおぼろげな感覚だった。

 繭の中で私にへばりついてきた彼らは──「彼」は、私に対して延々と呼びかけていたのだ。

 

 私の身体に眠る──「同族」の本能を目覚めさせる為に。

 

 

「同族……と言うと、やはり貴女の正体は……」

 

 

 ああ。

 私とて、そうではないかと察してはいたよ。周りも多分、心の中では一度はそう思ったことがあるだろう。

 

 少しだけ似ている姿形に加えて、この世界に現れた時期もほぼ一致している。おまけに本来の使命は人類抹殺だ。ここまで揃えば子供にだってわかるだろう。

 

 そう……私もまた、イビルセクトと深いつながりがある存在だったのだ。

 

 

 ──その事実を思い知らされたのが、この時のことである。

 

 

 私の身体に何千体がかりでまとわりついてきた蟲共から、一斉に送られてきた強烈なシグナル……それは、私でなければ脳が焼き払われていたであろう暴力的な情報の圧力だった。

 おそらくはそのシグナルの交信こそが、奴らの間で交わされていたコミュニケーション方法だったのだろう。逃げ場も無く「彼」の思考の奔流を浴びた私は、人外であるこの身にまつわるルーツを理解することとなった。

 

 

 

 ──事の始まりは、一体のカブトムシだった。

 

 

 ある日、魔界に体長8mに及ぶ巨大生物が現れた。

 地上の人間界とも違う空の果て……遥か遠い宇宙から漂着してきたそれは、体色こそ白銀色だがヘラクレスオオカブトによく似た昆虫の姿をしていた。

 人間界にも魔界にも存在しないその生命体は、いわゆる宇宙怪獣と呼ぶべき存在だった。

 

 その怪獣によって、魔界は炎に包まれた──ということにはならなかった。

 何故ならば漂着したそのスペース・カブトムシは、既に死んでいたからだ。

 

 しかしドラゴン並の巨体と言い、空から落下しても傷一つ付かない肉体と言い……見るからに強そうなフォルムからは、その怪獣が生物として非常に強力な存在であることが死骸からも窺うことができた。

 

 故に──コイツを研究すれば、新しい魔物を作れるのでは? と、第一発見者は思ったのだ。

 

 

 この世界にとって最悪だったのは、漂着した死骸の第一発見者がよりによって魔界随一のマッドサイエンティストだったことだろう。

 

 存在そのものが未知の物質で構成されていた宇宙怪獣の死骸は、魔王軍の人間界侵攻にも大いに役立つと彼は独断で研究を開始。

 そして調べれば調べるほど判明していく宇宙怪獣の規格外のスペックに彼は狂喜乱舞し、その知的好奇心に突き動かされるまま研究にのめり込んでいった。

 

 そんな中、彼は思ったのだ。

 

 

 ──生きていた頃のコイツの姿が見たい! 見せてちょうだい! と。

 

 

 死骸から採取できるデータには、やはりどこまでいっても限界がある。

 その男は魔法が発達したこの世界の文明では極めて異端な、ある意味金ピカ皇女と同じ技術的特異点と言っても良い科学力を有していた。

 そして死霊術による疑似的な死者蘇生が一部の魔族の間では普通に扱われている魔界では、全体の風潮として生き物の死骸を蘇らせることに対する忌避感が薄かったのである。

 

 尤も、この時彼が行った「宇宙怪獣アンデット蘇生化実験」は失敗している。

 

 宇宙から漂着した存在であるが故に、根本的に魂の規格が違っていたことが原因として挙げられるが……ともかく超常的な魔法の力を以てしても、宇宙怪獣そのものを蘇らせることはできなかったのだ。

 

 そこで諦めてくれていれば、世界がこうなることも無かっただろう。

 しかし不幸なことに、科学者は諦めなかった。

 諦めなかった上にPlus Ultraしてしまった。

 

 

 ──魔法では宇宙怪獣を蘇生することができない。ならばどうするか?

 

 

 彼は天才な上に人一倍努力家で諦めが悪く、ついでにその心は常に人類に対する憎しみを抱えていた為、異様なバイタリティーに満ち溢れていた。

 この世界では異端の発想を持っていた彼は、次なる手段としてこう考えたのだ。

 

 

 ──生き返らないのなら、同じのを作ればいいじゃない! と。

 

 

 実際にこんな軽い感じだったのかは知らないが、彼にはその技術力があった。

 彼は宇宙怪獣の死骸を基盤にし、自らが持ち得るあらゆる技術と科学、魔法を以て新たな人造生命体を造り上げようと考えたのだ。前世の世界で言えば、まさしくクローンの製造である。

 

 しかし彼が実際に造り上げたのは、生前の姿を再現したクローンには留まらなかった。

 

 研究を進めていく中で次々と新しいひらめきを生み出していった彼は、科学者としてさらに向こうへ、さらに向こうへとその技術力を高めていった──あまりにも迷惑すぎる覚醒である。

 そんな彼が試験管の中に浮かべた被験体に対して「この遺伝子を調整すればもっと大きくなる」、「ここを弄ればさらに強くなる」と改良に改良を重ねていった結果──最終的に出来上がったのは、生前の再現どころかオリジナル以上の性能を有した恐るべき生体兵器であった。

 

 

 宇宙怪獣の強化クローン体──「イビルセクト・アルファ」の誕生である。

 

 

 その名の通り、この個体こそが狂気の科学者が造り出した最初のイビルセクトだ。

 製造時に度重なる遺伝子調整を受けた為か、その姿はオリジナルとは大きく異なり、色は白銀ではなく禍々しい漆黒に。ツノは二本ではなく、ヘラクレスと言うよりもコーサカスオオカブトのような三本ヅノへと変貌していた。

 体格もより戦闘的に鋭角的なフォルムに変わっており、全長は10mまで大型化している。誰がどう見ても、明らかにヤバいと感じる怪物を生み出してしまったのだ。

 

 

 そんなアルファであるが、彼は誕生してからしばらくの間は檻の中で大人しくしていた。

 

 

 製造時には魔族に従うようにすり込み教育を施されており、生まれた直後にも念の為使い魔に施すのと同じ従属魔法を掛けている。科学者も万が一に備えて、安全マージンは徹底していたのだ。

 

 変化が訪れたのは、数日後──アルファがタマゴを産み落としてからのことである。

 それは、本来起こり得ない出来事だった。

 

 製造時にはテンションが限界突破していた科学者だが、それでも外来種のクローンに生殖能力を与えない程度には理性を働かせていた。

 にも拘らずイビルセクト・アルファがタマゴを産むことができたのは、誕生当初からその肉体が変異していたからであった。

 

 それはオリジナルの宇宙怪獣を研究していた時には見つけることができなかった──「自己進化能力」の発現だった。

 

 驚くべきことに、イビルセクト・アルファには自らの肉体を作り変えることで、必要に応じて新たな体機能を獲得する能力が備わっていたのである。

 奇しくもそれは、剣が欲しいと思った私が自在に脚を剣の形に変えることができるようになったのと同質の能力だった。

 

 しかし何より恐ろしかったのは、そんな強力な自己進化能力でどこまでのことができるのか……科学者の前では巧みに偽装し、本来の力を秘匿しておく狡猾な知能を持っていたことだ。

 アルファはその時、科学者がどこまでのラインなら許容し、自らを破棄しないのか見極めを行っていたのである。

 

 その気になれば同時に複数のタマゴを産むこともできたところを、この時のアルファはあえて一つだけに留めていた。

 この時はまだそれが有精卵かどうかもわからなかったからこそ、科学者も本当にクローンが新しい生命を産み落としたのかと半信半疑だったことだろう。故に彼はアルファに対する警戒心よりも好奇心が勝り、タマゴを回収すると研究を続行していった。

 

 そしてタマゴの中には間違いなくアルファの子供が眠っていることを彼が確認している間……アルファは自らの肉体に対して秘密裏に、さらなる自己進化を進めた。

 

 

 まず、自らの劣化した細胞を作り替え、クローン故に短命に終わる筈だった寿命を克服した。

 

 次に、この星には基本概念として魔法があることを知り、その各種特性を理解し、耐性を得た。

 

 さらに、自身に掛かっている隷属の魔法を解除し、その後も科学者の前では時が来るまで無害な存在を装い続けた。

 

 そして、彼は「魔王」なるこの世界の支配者の存在を知覚し、それを確実に殺害できる力を得るまで黙して自己進化を続けていった。

 

 最後に、魔界の外にも人間界という世界があることを知った彼は、ゲートを開く秘術を自力で習得するとそろそろ頃合いかと枷を破壊し、活動を始めていく。

 

 手始めに創造主である科学者を殺害すると、イビルセクト・アルファは自らが初めて産み落としたタマゴを──孵化する直前だったソレを、人間界へと送り飛ばしたのである。

 

 自分が魔界を破壊している間、最初の子供には人間界で力を蓄えてもらい──いずれはあちらの世界の新たな魔王「デビルセクト」となる使命を与えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──そうして生まれたのが、私だ。湖の女神よ。

 

 

「思っていたよりもSF的なルーツでしたね……」

 

 

 私もそう思う。

 しかし「宇宙怪獣の強化クローンが産んだ最初の子供」という真実は、私が薄々予想していた「私プロトタイプイビルセクト説」と比べて少しだけ変化球だったがね。

 すなわち現存する全てのイビルセクトのお兄ィさんになるわけだが、私はあんな奴ら弟や妹と認めていない。

 強いて言うならば……ナナシが弟で皇女が妹というところだろうか。私の中では多分、割と早い時期からそんな認識だった。

 

 ……ああ、だからなんだかんだで私は、危なっかしいアイツらのことを放っておけなかったのだろうな。

 こうして美味い酒に酔ってみると、普段は思ってもみなかった自分自身の心情を客観的に分析できるものだ。感謝するぞ女神……もう一杯。

 

 

「二人より貴女の方が大分歳下ですけど……はいどうぞお姉さん」

 

 

 うるひゃい。

 

 ……おっと、少し呂律があやひくなってきたな。さいせーりょくをちょうせいひなければ。

 

 あーあーあー……よし。

 

 さて、そのような形で私は自らのルーツを蟲共のシグナルから強制的に教え込まれたわけだが、どうやら魔界から来たイビルセクトは皆、イビルセクト・アルファが解き放った端末的な存在だったようだ。

 彼らは元々人間界に居た個体よりもアルファの意向による影響を強く受けているようで、主からの指令に対して忠実に従い私を殺すのではなく、私に呼びかけることで本来の使命──デビルセクトとして地上を支配することを思い出させようとしていた。

 

 そんな感情があるかはわからないが、魔界に居るアルファはさぞ驚いたことだろうな。人間界を滅ぼす筈の長男が何故か人間と一緒になって弟たちを殺しまくっていたのだから。

 生物として無敵に近いイビルセクト・アルファとしても、流石に息子が生まれて間も無く人間だった前世の記憶や倫理観を思い出すのは予想外だった筈である。

 それはもしかしたら宇宙外来種に星の生命が滅ぼし尽くされてしまうことを恐れたあの世界の神の誰かが仕組んだ救済措置だったのかもしれないが……キミは何か知らないか?

 

 

「いえ、輪廻転生は私の管轄外です。私はどちらかと言うと、異世界転生よりも異世界転移の方に精通している神ですからね」

 

 

 そうか、私を転生させた奴が居るのなら、真意はさておき一言礼を言ってやりたかったのだがね。

 尤も私が私でなかったら最初に会った時点で勇者ナナシに斬り殺されていただろうから、どうあってもアルファの当ては外れていたことに違いはない。

 

 

 ──ざまあみろと、真実を知らされた私はその瞬間、心の中で悪魔的な吟遊詩人仕込みのFサインを叩きつけてやったものである。

 

 

 私が目指す完全体はお前の望む姿ではないわ! と──魔界に居る奴に届いていたかはわからないが、アルファから送られてきた命令に対して蟲にも伝わるシグナルではっきりとそう拒絶を返してやった。

 

 そして、その瞬間──私の胸に一筋の刃が突き刺さった。

 

 弾けるような痛みに思考が引き戻された瞬間、まどろみの中で消え掛かっていた意識がハッと覚醒し、「私」は目を開く。

 

 そんな私の目の前には── 

 

 

 

「お前まで……私を置いていくな……! 戻ってこい“クーレス”!」

 

 

 

 和装を真っ赤な血に染めた姿で、今にも泣きそうな顔で折れた刀(・・・・)を構えている──勇者ナナシの姿があった。

 

 

 クーレス──初めて聴いたその言葉は、彼が私に、初めて与えてくれた名前だった。

 

 




 今回で完全体完成まで行く予定でしたが設定語りが長引いてしまったことを語らねばなるまい……

 次回こそ完全体が完成する予定です。
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