明治桜花奇聞 〜時を超えた再会〜   作:Calく

1 / 3
ぬらりひょん、明治の街をふらつく

 半髪頭を叩いてみれば、因循姑息の音がする。

 総髪頭を叩いてみれば、王政復古の音がする。

 散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。

 

 そんな都々逸が流行るまでに日本はがらりと姿を変えた。

 侍の時代が終わり、三百年続いた江戸の時代から西洋化の時代が始まり数十年。

 江戸が帝都と呼ばれるようになり、政権は将軍家から天皇家へと戻り。

 かつて火事と喧嘩は江戸の華とまで謳われた街並みも、西洋の文化が混入してからは、ガス燈が並ぶ煉瓦造りの街並みへとすっかり変貌を遂げていた。

 長屋だらけだった通り道も、今では石畳が敷かれ、馬車が通れるほどの広い大通りへと変わり果てた。

 行き交う人々の中には洋装も珍しくなく、近頃は富裕層を中心に洋服を好む人間も増えているらしい。

 明治の初めに廃刀令が出されてからは、侍の姿も消えてしまった。

 そんな人々の群れの間を縫いながら、のらりくらりと歩く一人の男がいた。

 周りの人々よりも高い背丈。

 重力に逆らうように後ろにたなびく長い金髪。

 鋭くも穏やかな金の眼差し。

 端正な顔立ちをした着流し姿の色男。

 和と洋が入りまじる人々の中でも、その男の姿はよく目立つ……筈だった。

「はぁ〜。どこもかしこも変わりおって……爺にゃなんだか分からんのう」

 キョロキョロと辺りを見回しながら感心する男。

 奇妙なことに、誰よりも目立つその男は、その誰よりも目立っていなかった。

 そこに居るのに、そこに居ない。

 見えているのに、見えていない。

 水面に写る月のように、実像を捉えられない。

 忙しなく動く群衆の中で、その男だけが異質な存在だった。

「人間ってのは、相変わらず生き急いでんなぁ。ワシのような老いぼれにゃ、ちと早すぎる」

 のらりくらりと人の認識をすり抜ける――古の妖怪。

「ま、観光ってのも悪くないが。……面倒事はぜーんぶ鯉伴の奴に押し付けたからのう。いや〜隠居生活ってのは良いもんじゃ」

 男はぬらりひょんと呼ばれる妖怪だった。

 かつて百年程で奴良組をまとめあげ、百鬼夜行の主となった伝説的妖怪。

 初代奴良組総大将として名を馳せた後、早々に息子に代を譲った隠居爺。

 そんな妖怪ぬらりひょんは、今を謳歌していた。

 後ろにたなびく金髪に金の眼差しを輝かせ、ぬらりひょんらしく物色する。

「ん? おお、あんな所にあいすくりん屋が……氷菓は何でも美味いから、こすぱが良くて良いの〜」

 ここ最近のぬらりひょんの楽しみは、もっぱら甘味巡りであった。明治に入り、様々な美食が伝わって数十年。

 めぐるましい食の動きを追うことに熱中していた。

 ぬらりひょんの畏れを纏い、あちこちをふらつく。

「奴良組の奴らにも、土産として持っていきたいところだが……溶けちまうからな……ワシだけで楽しむか」

 氷菓の冷たさを味わいながら、雪麗でも連れてくりゃ運べたかもなと愚痴をこぼした。

 空の器をそっと置き、そそくさとその場を後にする。

 遠のく店の喧騒――おい誰だ食い逃げしたやつは! という声を尻目に、誰にも気取られることなく次の美食を求める。

「いや〜美味かった。氷菓も良いが、次は支那そばにしようかの」

 無銭飲食を繰り返すぬらりひょんの悪癖は、江戸の頃から全く変わらないままであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。