散策も程々にして屋敷へと戻る。
庭の枝垂れ桜を眺めていると、慌ただし気な声が聞こえてきた。
「先代様! 鯉伴様が!」
「どうした? 烏天狗」
ぷかりと紫煙を揺らめかせるぬらりひょん。
呑気に煙管を蒸かせば、烏天狗が肩をいからせて飛び込んでくる。
「何を呑気に! 明日は幹部会議だと言うのに、何処へ行ったのやら……!」
翼を忙しなく羽ばたかせ、焦る烏天狗。
ぬらりひょんは特に慌てることも無く告げる。
「おう。アイツの事なら、ちょっくらでかけて来るって話だ」
「はぁ!? あの方は本当に……! どちらへ行かれたのですか!?」
「あ〜……確か遠野の方だな。何でも、百鬼に加えたい奴がいるんだとさ」
「な、な、な……! 首無! 首無はいるかぁ――! 鯉伴様を……」
烏天狗の姿が遠のいていく様を見届けた後、やれやれと溜息を吐く。
「烏天狗の奴は変わらず忙しいのう。……ま、どーせそのうち帰ってくるじゃろ。なんてたって、ワシと珱姫の子じゃしな」
――奴良組二代目総大将、奴良鯉伴。
愛妻たる珱姫とぬらりひょんとの間に生まれた半妖であり――現奴良組二代目として、百鬼夜行を率いる主でもある。
二代目たる鯉伴が後を継いで数百年。
江戸っ子として生まれた鯉伴は、自由気ままな悪戯小僧に育っていた。
自由奔放な二代目に振り回される烏天狗。
日々振り回される様子が度々目撃されている。
「悪戯小僧な部分は変わらずあるが、魑魅魍魎の主に相応しい」
――のらりくらりと自由奔放かつ周囲を振り回す鯉伴だが、奴良組総大将としての素質は充分である、とぬらりひょんは考えている。
『――立派なもんじゃ。わしの時よりでかいかも?』
以前、百鬼夜行から帰ってきた鯉伴の姿を、それとなく褒めたことがある。
『立派な二代目がおって……奴良組も安泰じゃのう』
『ワシもこれで、いつでも肉片になれるってもんじゃ……のう、二代目?』
からかい混じりにそう言えば、
『何言ってんだオヤジ……皮肉か?』
『まだその煙管は継がねーでおくからさ』
のらりくらりと躱された後、ふと思いついたように鯉伴が告げた。
『親父がもっとジジ臭くなったら、その煙管を貰っても良いかもな』
「だとよ、珱姫……。ワシとお前の子が、立派に育ったもんじゃ」
命日の今日、花を携えて、墓石の前に座り込む。
鯉伴の母であり、己の妻である珱姫。
攫うようにして結婚し、夫婦となって五十年以上。鯉伴が生まれ、子育てに奮闘しながら夫婦としての時間を過ごした。
江戸の始まりを共に見た。
親を持たないぬらりひょんが、子の親となった。
齢十三として妖怪の成人を迎えた鯉伴を、共に祝福した。
しかし、妖怪と人の寿命の差はあまりにも大きい。
人並みに老いを重ね、皺だらけの手を握ることが増えた。
日に日に微睡むことが増え、外へ出かけることも減った。
緩やかに愛する人の死が近づくことを、ぬらりひょんは畏れた。
しかしどれほど願おうとも、その日はやってくる。
大病をすることも無く、眠るようにして亡くなったのは幸運だった。
「ワシは二人で末永く暮らしたかったんじゃ。珱姫が、未練なく逝っちまったからよぉ、……幽霊でもなりゃ……なんてな」
「悪りぃな珱姫。ちと弱気になってるらしい。ワシの隣にお前が居ないのは、――寂しいなぁ」
皆の前で吐かない弱音も、墓石の前では零れてしまう。
そうして、ぬらりひょんは己の弱さと向き合った後、立ち上がる。
「会えるもんなら会いてぇな……珱姫」
桜の季節も近い。
――屋敷の枝垂れ桜は、今も咲いたままだ。