レンたちが救出作戦に参加を決めてから、およそ二週間後が経った頃。
「よし、ここらで一旦休憩しようか」
レンは数メートル先で拳を構えるミユに、一時中断を申し出る。
それを聞くと、ミユはやや疲れたようにダラっと腕を落とし、その場へ座り込んでしまった。
それを気にかけたのか、ミユのパートナー・ケラモンがそそくさとミユへと近づいていく。
レンたちは今、メイビスの戦闘訓練場にいた。
市街地戦闘用に作られた施設なことから、内装は東京の街並みを模してある。
その中の広い公園のような空間で、レンとミユは組み手を行っていたのだった。
足元には芝生が生い茂り、転がってもダメージが少ないように出来ている。
勿論、ダルクモンとケラモンも一緒に訓練を行っていた。
「お疲れさまー。ハイ、これ」
ダルクモンが、クーラ―ボックスから取り出したスポーツ飲料をレンに渡す。
ありがたくそれを受け取ると、レンはキャップを開けて勢いよく飲んでいった。
「ミユちゃんとケラモンも! どうぞ」
ミユたちに近づき、ダルクモンはそれぞれにスポーツ飲料を渡す。
「ありがとうございます、ダルクモンさん」
「へへ、すまねぇな」
二人はピッタリ同じ動きでゴクゴクと飲んでいく。
デジタマから孵ったケラモンは、ミユの意思を尊重しているようで文句も言わず訓練に参加している。
ミユたちが一休みしているのを見ながら、レンはしばらく思案していた。
この二週間、ミユとケラモンを基礎から徹底的に鍛えるつもりで指導したレンだったが、意外にもミユたちの目覚ましい成長ぶりに驚かされていた。
デジモンであるケラモンについては、本能で戦闘についてはある程度理解しているはず、とあまり心配していなかった。
が、『ミユの戦闘面をどうサポートしていくか』が訓練前のレンの主な悩みだった。
ところが訓練を始めてしばらく経つと、ミユはその類まれなる戦いの才能を開花させていった。
元々体を動かすのが好きだったらしいが、それにしても異常な速度でミユの戦闘スキルは磨かれている。
機関が保有しているデジモンデータをいくつかミユのデジヴァイスにストックしたのだが、それをミユは僅か数日の内に使いこなしてしまったのには、流石のレンも度肝を抜かれた。
「流石にここまで動けるとは、って感じだが……」
スポーツ飲料を飲みつつ、レンはミユたちを見る。
ダルクモンやケラモンと談笑しているミユ……その姿は、レンから見ればまだあどけない少女だったが、考えを改めるべきか、と頭を振る。
そんな思案に耽っていたレンの方を振り向いたミユは、立ち上がって近づいてきた。
「レンさん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん? あぁ、何だい」
「先日、メイビスの機関長が『デジタル・ディザスター』がどうのと言ってたのが、ずっと気になっていて。私が小学生の頃に東京で起きた大災害、というのは覚えてるんですが、小学生の頃は地方にいたのでよく知らないんですよね……だから一体何があったのかな、と思って」
「あぁ……そのことか」
レンは少しだけ苦い顔をすると、ミユに座るよう言う。
そんなレンを不思議そうな目で見つつ、ミユは素直にその場へ腰を落ち着けた。
レンも同じように芝生に座ると、飲料を飲み干した。
「デジタル・ディザスターってのは、九年前に東京で起こった、野良デジモンによる大量殺傷事件だ。被害の大きさから『電脳災害』とも呼ばれている。同時に、この世界に初めて究極体が出現した事件でもあるんだ」
「究極体、って確か世界中に数十体しか存在しないんですよね。その最初の一体が出てきたのがデジタル・ディザスター、ってことですか?」
「そう。その時、都内に出現したのはインペリアルドラモンだった」
ダルクモンとケラモンがわちゃわちゃと遊んでるのを横目で見ながら、レンは記憶を探るように言葉を紡いでいく。
「当時、俺は大学生になったばかりの頃だったな。今の野良デジモンみたいに、インペリアルドラモンが突然都内に出現して暴れ始めたんだ。そりゃもう怖かったよ」
「究極体が暴れる、って大丈夫だったんですか!?」
「いや、全く。千人か二千人、それぐらいの人がインペリアルドラモンの攻撃に巻き込まれて命を落とした。都内はそりゃもう、阿鼻叫喚の状態だったさ。あの事件が起こってから、東京を離れる人もいた」
「そんな大きな事件だったなんて……」
「最終的に、インペリアルドラモンはどこかへと消えてしまった。この世界に初めて現れた究極体だ、人間のテイマーもいないだろうし、どこへ行ったのかは未だに皆目見当がつかない。インペリアルドラモンが消えた後は、さながら大地震でも起こったような有様だった」
「そんな……」
レンは虚空を見上げ、ぽつりと呟く。
「その事件で、俺の妹も亡くなった」
ミユは驚いたように目を見張った後、申し訳なさそうにレンに謝った。
「ご、ごめんなさい。まさか、ご家族を亡くされてるとは」
「いや、いいんだ。もう九年も経ったしな。多少折り合いはついた」
レンは連鎖的に、妹……
デジタル・ディザスター当時、ルリはミユと同じく女子高生だったこと。
友達と遠出をした際にインペリアルドラモンの攻撃に遭い、命を落としたこと。
心の奥深くに閉まっていたことを、レンは吐き出していった。
「妹を、ルリを亡くしたことがきっかけだったんだ。俺が便利屋を始めようと思ったのは。アイツは困っている人をよく助けていた。妹のそんな姿を忘れないためにも、同じことをやって少しでもルリのことを覚えておこうって。変な動機だろ?」
「いえ、そんな……」
「でも、そうやって便利屋を続けていたおかげで、色んな人を助けられたし、人を助ける喜びも知ることが出来た。そして今、ミユちゃんの依頼に繋がってる」
「レンさん……」
レンはいつの間にか、ミユにルリの面影を重ねてしまっていたことに気付く。
ミユの肩に手を置くと、レンは自分の気持ちを正直に打ち明けた。
「君を見てると、ルリの事を思い出すんだ。だから、アイツみたいに危険な目に遭って欲しくない。本当は救出作戦なんて参加せずに、この本部で待っていて欲しい」
「……それは、出来ません」
「やっぱりお兄さんが心配か」
「それもあります。というか、最初はその気持ちで参加を決めました。でも今は少し違ってて」
「違う?」
「もう、私の知らないところで、私の知ってる人たちが危険な目に遭って欲しくないんです。そしてもしも、その人たちが死んでしまうなんてことがあったら、私は一生後悔してしまう。だから作戦に参加したいんです」
レンは今まで、ミユにルリを重ねて見てきた。
そのこともあって危険を冒してほしくない、とずっと考えていた。
だが、ここにきてレンは気づく。
ミユの境遇は昔のレン自身にも似ているのだ。
何も知らずにルリを送り出し、そしてデジタル・ディザスターで死なせてしまったあの日のレンに。
それならば、レンが取る選択は一つだった。
昔のレンと同じ後悔をさせないため、そしてミユ自身を死なせないために、傍で全力を尽くしてサポートするのみ。
「……そうか。君の気持はよくわかった。なら、俺も俺のやるべきことに徹しよう。まさか、依頼人と共闘することになるとはな!」
はは、と今までの重たい話を吹き飛ばすかのように笑うレンを見て、ミユも少しだけ顔がほころぶ。
この数日後、組織の本拠地は発見される。
ミユの気持ちを汲み取ることが出来たレンは、迷いを持つことなく万全の状態で作戦に臨むこととなる。